【完結】天才美少女とリオ先生   作:小鶴

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関係 / You're my ――

 

 

 

 

 

「リオ」

 

 短くそう呼ぶと、些か緩慢な動作でこちらを見やった。

 少しの間、と言ってもそれ程期間が空いたわけではないが、暫く会っていなかった。

 それでもそんなふうな素振りは見せることなく、

 

「⋯⋯何かしら」

 

 とリオは返した。

 

 私は何か答えるわけでもなく、リオの部屋にある椅子に座る。

 そうして、部屋の写真を手で持ち上げた。

 

 明星ヒマリと、調月リオのツーショットだ。

 

「⋯⋯気づいていたのね」

「まぁ、たまたまですけど」

 

 多分、髪の長さから推測して高校一年生に撮ったものだろう。

 

 随分とまあぎこちない笑顔と、自然な笑顔。

 それでも、この写真は完成されたものに見えた。

 

「もっと新しいのを飾ればよかったのでは?」

「⋯⋯二人でのは、それしか持っていなかったの」

 

 そう言われると、どうにも返答に困ってしまう。

 多分、そういうことなのだろうけど。

 

「私が来た時伏せてる理由は?」

「⋯⋯貴女が、嫌がるかもと思って」

「ふーん」

 

 まぁ、そうだっただろう。

 

「これからは面倒なことしないで良いですよ」

「そう、かしら」

「はい」

 

 リオらしからぬ、細かい気配りだったように思う。

 

「⋯⋯聞きたいことがあるのね」

「聞きたいこと、まぁ、そうですね」

 

 聞きたいこと、というよりも。

 

「話したいこと、の方が正しいかもしれません」

 

 言葉を切った。

 

「私のお母さんのことを聞きたいのもそうですが」

 

 話してきたことを思い出す。

 病弱だったことも、彼女の選択も。

 かつてあったことも。

 私の知らない、母とリオの話も。

 

 

「リオのことも、教えてもらえませんか」

 

 

 そう聞くと、リオは、少し驚いたような顔をした。

 

「そんなことを、貴女は、聞きに来たの?」

「今更知りたくなったんですよ」

 

 私と会ってからのリオは、私が一番知っているのだから。

 私の知らないリオの話を、私は知りたいのだ。

 

「⋯⋯私はあまり人に伝えるのが上手くないわ」

「知っています」

「⋯⋯そうね。よく、ヒマリにも口下手だと言われていたの。いえ、もっと酷く言われたこともあった」

 

 エイミさんと、似たような声色で話し始めた。

 

「でも、ちゃんと伝えなくてはとは、ずっと思っていたから。難しいかもしれないけれど、最後まで聞いてほしいわ」

 

 

「面白い話ではないだろうけど」

 

 

「ヒマリの――貴女の母の話と、つまらない私の話を」

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

 昔から、私は周りを省みるということをしなかった。物心ついた時から、周りの人と歩幅を合わせるのが、苦手だった。

 

 中学生になる頃には、私は一人で生きていくのだと、恥ずかしげもなく思っていたの。

 

 私が初めて彼女に会ったのは、高校生になってからだったわ。

 彼女は天才だった。

 私とは違う、本物だった。

 

 人には専門分野が存在する。ミレニアムではそれが顕著よ。

 理学や工学、専門が異なるだけで普通埋めようのない差が生まれる。

 

 彼女には専門分野がなかった。

 すべてが万能で平均。

 故に専門がない。

 突出した一ではなく、完璧な全。

 

 そこで初めて会った私たちは強烈に互いを意識した。

 互いの存在を認識して、『ああ、こんな人がいるのか』と思ったわ。

 

 それからの日々は、輝かしいものだった。

 あの時は何とも思っていなかった日々だけど、今だからこそ、そう言えると思う。

 千年難題に挑んだ。ミレニアムEXPOに作品を提出したこともあったわ。

 

 本当に、楽しかった。ヒマリにそれが伝わっていたかは、わからないけれど。

 

 

 それでも、私とヒマリの距離が縮まるにつれて、私と彼女の根底の部分で相いれないということが分かった。

 意見の食い違いが多くなった。

 互いの類似点よりも、相違点が多くなった。

 

 決して、悪いことではないはずよ。

 だっと、互いのことを全部分かり合える人間なんていないのだから。

 

 私は、それを気にしなかった。

 傲慢さにも似たその姿勢は、ヒマリとの交流の中で得たさまざまな人との関係を希薄にさせた。

 

 本当に、そのことは気にしていなかったわ。

 周りから人が離れようとも、ヒマリは居てくれると思っていたから。

 

 

 そのころかしら、ヒマリが私に対して口うるさく注意するようになったのは。

 

『言葉を尽くしなさい』とか、『誤解されるような行動は慎みなさい』だとか。

 周りに対する配慮を私は無駄だと思っていたから、意に介さなかった。

 いや、そもそも私はそういうことを考えるのが苦手だったから、最初から意に介していなかったという方が正しいかもしれないわね。

 

 だって、配慮だのなんだのと言っている間に取り返しがつかなくなったら意味がないでしょう?

 

 ヒマリなら、私のことを分かってくれるという甘えがあった。

 今は理解してくれなくとも、いつか私の思想に賛同してくれると、そう信じていたの。

 

 

 

 結局、しばらくして、ヒマリも私から離れた。

 ⋯⋯まるで被害者みたいな言い方をしてしまったわね。

 どう考えても、私が突き放してしまった。

 

 

 私は一人で、ミレニアムを守れると思っていたの。

 それからのことは⋯⋯まあ、大した話でもないわ。

 

 

 この都市の話は知っているはずよ。

 多分、アリスから聞いていると思う部分は省略するわね。

 色々あって、何度かの戦いを経験した後。

 結局私はまた表舞台に戻った。

 

 正直、卒業まで隠れてひっそり暮らすのが一番だと思っていたのだけれど。

 

 アリスと、トキと、ネルと――沢山の人が、何よりヒマリがそれを許してくれなかった。

 

 私は結局戻って、会長を続けて、ミレニアムを卒業した。

 

 アリスとケイを残して卒業するのは心残りだったけれど、先生がいるなら大丈夫だろうと思っていたの。

 会えないわけでは、ないのだし。

 

 

 そうしたら、ヒマリが先生にプロポーズして、同棲することになったと聞いて。

 

 本当に、本当に、驚いたの。

 だって、何も知らなかったから。

 

 エイミやトキは気づいていたらしいけれど。

 

 ⋯⋯ともかく、お似合いだなと思ったの。

 

 そうした後に、ヒマリとはなかなか会えなくなるな、とも思ったわ。ヒマリの体では、頻繁に外出させるわけにもいかないから。

 

 そんな事を思っていたのに、ヒマリから頻繁に連絡が来るものだから、会ってないような感じがしなかった。

 

 大抵はお互いの研究内容の進捗だったり、発見の共有だったり⋯⋯共同研究者としてのやりとりが多かったわ。

 

 その中でも、そうね。共有が終わった後ヒマリはよく惚気を話していたわ。

 幸せそうな声色で、随分と浮ついていた。

 

 ⋯⋯母親のそういう話を聞くのはつらい?

 貴方が聞きたいと言い出したのだから聞いてちょうだい。

 

 何十回目かのやり取りの先で、ヒマリが結婚するという連絡を聞いたわ。

 

 少し遅いくらいかとも思った。

 

 結婚式は外の世界で挙げたわ。共通の知り合いは外のほうが多かったから。

 幸せそうなヒマリを見て、そうね⋯⋯それは良いことだと思っていたの。

 

 

 私しか、もしかしたらエイミも気づいていたかもしれないのだけど、久しぶりに直接会ったヒマリの病状が悪化しているように見えた。

 

 

 少し不安になったの。

 これから、二人はこれからなのに、欠けてしまったら意味がないでしょう。

 

 聞いてみてもはぐらかされるばかりで、ヒマリがそう言うなら、と自分を納得させたの。

 

 ヒマリは必要なら、私の手を払い除けたりしないもの⋯⋯私が道理を通しているなら、だけれど。

 

 そうした後⋯⋯そうね、結婚してからそれ程月日は経っていない頃、ヒマリが妊娠したと話してきたの。

 

 ヒマリは特別であろうとしていたから、そういう、ありきたりな願望を持っていたのは、意外だったわ。

 

 

 ヒマリは、誰かに憐れまれるのが嫌いだった。

 特別であることを好み、特別であることが彼女の在り方だったと思う。

 

 私はヒマリのことを分かっていた、なんて傲慢を言うつもりはないけれど、それは本当だったはず。

 

 

 止めたわ。それでも、止められはしなかった。

 直接会って話しても、ヒマリの考えは変わらなかった。

 

 

 私は、ヒマリの賭けを成功させるために、キヴォトスに戻ってきた。

 そうして、貴女が生まれた。

 

 そこからの話は、ユイも、もう知っているわね。

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

「⋯⋯最後まで聞いてくれたのね」

「まあ、聞いたのは私ですし。あと聞いていないのは⋯⋯先生になった理由は?」

「⋯⋯大した理由じゃないわ。ヒマリに、向いていると言われたから」

「貴女が自分でするべき決断を他人に委ねたりしないでしょう」

「⋯⋯はあ。貴女のことが、どうにも気がかりだったの」

 

 この女は、本当にどうして、素面でそんなことを言えるのだろうか?

 私の心を知らずにかき乱して、本当に。

 

「戻ってくるためだけに利用した肩書だったけれど、先生になればキヴォトスに残っていられる。ヒマリの決断の結果を、知りたかったの」

「じゃあ、なんで私に会いたがらなかったんですか」

「会わなくとも、貴女の様子は先生から聞けたから」

 

 ダウト。

 どうしてそこで弱気になったのだろうか。

 まあ、私がリオだったとしても、会いに行けないかもしれないとは思った。

 

「私と母さんを重ねていたのは不愉快でした」

「⋯⋯ごめんなさい」

「でも、最近は少なくなっていましたね」

「幻覚と幻聴は、殆どなくなっていたから」

 

 幻覚と幻聴?

 そんなの、聞いていなかった。

 

「初めて聞きましたよ、それ」

「⋯⋯言ってなかったわね」

「症状は? どれくらいまで進行していたのですか?」

「最近は寛解しているの。薬も服用していたし⋯⋯」

「症状は?」

「ヒマリが、突然視界に現れたり、消えたり」

 

 聞く限り、随分と重症だった。

 十年以上の治療で治ったのも、納得できる話ではあるが、それを私が知らないというのが嫌だった。

 

「⋯⋯私と、会うのは苦痛でしたか」

 

 私のせいで、リオが幻を見ていたとしたら、リオを苦しめていたとしたら、嫌だった。

 

「そんなことはないわ。貴女と、幻覚は関係ない。私の脳の錯覚に過ぎないし⋯⋯多分、もう用がなくなったから見えなくなったのだと思う」

「⋯⋯?」

「先生が言っていたの。幻覚を見るのは、何かを伝えたいからじゃないかって」

「そんな冗談を信じたと?」

「⋯⋯ヒマリらしいな、とは思ったわ」

 

 リオらしくない、不思議な言葉だった。

 いや、こういうのも、もうリオの一面なのだろう。

 

「お母さんみたいなことを言うんですね。オカルト好きだったそうですが」

「ああ⋯⋯懐かしいわね。迷信が好きだった」

「⋯⋯じゃあ、何を伝えたかったと?」

 

 そう言うと、リオは少し言いにくそうにした。

 私はさっさと言えと促すと、観念したように語った。

 

「ヒマリの命を選ばなかったことを、私は悔やんでいるの。そして、そう思うことはユイを否定することにつながると思った。だから、初めの頃は会いに行く足取りが重かった」

「考え過ぎです。賢しいのも考え物ですね⋯⋯後悔するなら、両方欲張ればよかったと思ってください」

 

 そう言うと、リオは少し目を見開いて、私を見た。

 

「怒らないで聞いてほしいのだけど、本当にそっくりね」

「⋯⋯」

「そうね、そういうことを、伝えたかったのかもしれない」

 

 不愉快だが、リオの顔を見て、文句を言えなくなった。

 

「ヒマリは、本当に⋯⋯」

 

 明星ヒマリは、本当に、罪な人だと思う。

 

「母さんは、どうして私を産んだと思いますか」

 

 そう問うと、リオは何でもないように言った。

 

「さあ、聞かなかったもの」

「さあって、あなた⋯⋯」

「ヒマリがしたいといったから、そうしたの」

 

 天才が、最後に自分の子供を欲した。その気持ちは、私にはわからない。

 これから分かるのだろうか。お父さんは、知っていたのだろうか?

 

 いや、父の姿を思い浮かべながら、案外聞かなかったのかもしれないと思った。あの人は、どうしようもなく優しいというか、受け入れてしまう人だから。

 

「リオに、その気持ちは分かりますか」

「私は人の親にはなれないわ」

「案外向いてるかもしれないですよ」

「貴女の母親代わりにはなれなかったわ⋯⋯ヒマリに、貴女のことを頼まれていたのだけど」

 

 そんなものに、なろうとしていたのか。

 

「いいんですよ、そんな風に思わなくて」

「私はヒマリに返したかった。貰いすぎて返せなかった分を、貴女に返そうとした」

 

 愛してくれたのだから。

 あなたの勝手で、どれだけ私が貰ったか。

 

「あなたの言動1つで、私がどれだけ満たされたか。それだけで十分です」

 

 どれだけ暖かかったか。

 

「聞いてもいいですか」

 

 リオは無言で促した。

 これが、最後の質問だ。

 

「リオにとって、私はなんですか」

 

 

 

 

 

 

 

 

「⋯⋯貴女は、私にとって一番最初の生徒」

 

「私の、唯一(ゆいいつ)

 

「あと⋯⋯年の離れた、対等な友人だと」

 

「そう、思っているわ」

 

 

「――リオにしては、悪くない口説き文句です」

 

 

 そのあと、私は、リオに。

 

 

「一度しか言いませんよ」

 

「あいしてる、なんて陳腐な言葉は伝えませんが」

 

「あなたは、私にとっての特別です」

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

 朝、ベッドで目覚める。

 

 そうだ、昨日はリオに話を聞いたのだった。

 端末で写真を見る。

 

 写真に写るのは二人。

 

 無理やり撮ったものだけど、悪くない写真だと、思った。

 

 リビングに出ると、いつも通り写真があった。

 2枚の写真。こうして見ると、片方は不格好かもしれないけれど、それでもいいのかなと思えた。

 写真は変わらない。

 変わったのは、きっと私だ。

 

 そう思えたのも、悪くない。

 

 

 少しすると、父が現れた。

 休日であることと、昨日のうちに聞きたいことがあると伝えてあったからだろう。

 

「"おはよう"」

「はい⋯⋯その」

「"聞きたいこと、だよね。何が聞きたいの?"」

「その、私の⋯⋯」

 

 何とか、言えた。

 

「お母さんは、どんな人でしたか?」

 

 そう言うと、父は微笑んだ。

 

「"実は、ずうっと話したかったんだ"」

 

 

「"君に出会わせてくれた、素敵な人のことをね"」

 

 

 

 

 

 

 

 




 これにて完結です。
 ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
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