【完結】天才美少女とリオ先生   作:小鶴

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久しぶりの投稿です。
ケイとマルクトの話



番外編
千年後にまた / Millennium


 

 

 

 

 昼下がり。

 

 ささやかな喧騒と銃声は、この街ではままあることであり、穏やかな午後を破壊するには威力が足りていない。たまに破壊されるが、今日は大丈夫だろう。

 

 私は用向きがあって歩いていた。

 

 銃と財布とスマホを持って、ひょいひょい歩く。

 ホップ・ステップ。

 ジャンプまでは、やりすぎだけど。

 

 街路樹が作る影の下を通りながら、スマホを取り出す。

 時間は午後三時。学校の用事が大したことなくて助かった。まぁ、時間はそんなに気にしなくていい。

 部活動は依然活動頻度が低下中⋯⋯いいかげん、やられっぱなしではいられない。反セミナーとして、何かしらでやり返したい所だ。

 

 思考が逸れた。今はそれよりも楽しいことを考えよう。

 今回の行き先はカフェ。それもちょっと特別な。

 

 場所はミレニアムでも一等地。しかも駅前にあるというだけで中々なものだが、この店の変なところは店主が帰ってきた時だけ開店することだ。

 だから開店している時期と時間はまちまちで、平気で数か月店を放り出すことも珍しくないし、数週間だけ開けた後すぐまた旅に出てしまうということも多かった。

 

 その店主が帰ってくるたびに、私は会いに行くのが常だった。

 

 当たり前のようにそこにいる、大樹のような人。

 

 1人で歩いているのは、その店主と仲がいいということと、店の存在を周りに発信していないためだ。

 友達に紹介したい気持ちもあるが、それと同じぐらい、このヒミツの場所をあまり周りに言いふらしたくないという気持ちがある。

 

 まったく、もう少し店を空けてくれてもいいのだが。それだったら私も大手を振って紹介して回るのだけど――帰ってきてるときだけ開ける、という特別感。

 私が秘密にしたくなる、そんな魅力があの店にはあった。

 

 飲食店としては、きっと失格だけど。

 あのお店は結構な赤字のはずだ。

 

 

 しばらく歩くと、見知った後ろ姿があった。

 おや、今日会うとは思っていなかったのだが。

 

 私は小走りで駆け寄り、声をかけた。

 

「姉さん」

「ああ、ユイですか」

 

 ケイ姉さんだった。

 

「今日空いてたんですね!」

「アリスに悪いので、別の日にしようと思っていたんですが⋯⋯ユイが今日行くと言っていたのを思い出したので」

「アリス姉さんが聞いたら拗ねますね」

「だから、内緒にしておいてください」

 

 姉さんは、人さし指を口元に立ててふわりと笑った。同性でも思わず見ほれてしまうような、そんな笑みであった。

 

「忙しくないんですか?」

「アリスと先生程じゃありません。まぁ、アリスはサボり癖があるせいですけど。あんまり甘やかさないでください」

「そんなつもりはないんですが」

「あんまり仕事を手伝ったりしないでください、ってことですよ」

 

 そう言われると弱い。

 私がアリス姉さんの仕事を少しだけ手伝っているのは事実だったからだ。

 

「姉さんが仕事終わらないと、一緒にゲームできないんですよ」

「だからって、ためにならないでしょう⋯⋯年下相手に仕事を手伝わせるアリスも問題ですが」

 

 まったく、と言わんばかりの表情でケイ姉さんはため息をついた。

 私は言うほど手伝っているわけではないし、アリス姉さんの方から手伝って欲しいと頼んできたこともなかった。

 

 それでも、ケイ姉さんからすればよろしくないことのように見えたのだろう。

 

「まあ、今日はアリスに頑張ってもらいましょう」

「ふふ、秘密ですね」

「はい」

 

 秘密、ひみつ、ヒミツ。なんとも射幸心を煽る、素敵な言葉だ。

 並んで歩くのも、久しぶりなような気がした。

 

「久しぶりに、手でもつなぎますか?」

「⋯⋯はずかしいです」

「私はそんなことないですよ」

 

 手が少し触れる。少しだけ抵抗したが、すぐに諦めて指を広げる。その後に指が絡まって、お互いのてのひらが触れ合った。意味もなく手を握る力を入れたり、弱めたり。感触が伝わって、なんだか体が熱くなった。

 

「大きくなりましたね、ユイ」

「そりゃあ、もう高校生ですから」

「何度でも言いますよ」

 

 ケイ姉さんの背はとっくに越した。周りの人が私たちを見れば、髪の毛の色が同じなことも相まって姉妹に見えるだろう。きっと、私が姉の方で。

 

 まぁ、それは違うのだが。

 この人を姉だと、私は思う。

 血のつながりがなくても、その温かさを私は覚えている。

 

「⋯⋯悩みが晴れたようで良かったです。正直、どうしたらいいか分からなかったので」

「まぁ、その、そうですね」

 

 唐突だったが、悩みというのは、私が母についてあれこれ悩んでいたことだろうというのは察せられた。

 いや、というよりも。

 あまりに自然だったので、流してしまったが。

 

「⋯⋯いや、バレてたんですか!? 姉さんには話してませんよね!?」

「結構分かりやすかったと思いますけど⋯⋯むしろ、リオが気づいてないのがおかしいぐらいですね」

「あああああ!」

 

 恥ずかしい、ケイ姉さんには知られたくなかったのに! こんな、こんな悩みを!

 

「姉から1つアドバイスですが、コミュニケーションの基準をリオに置くのは間違いです。多分無意識でしょうけど」

「 」

「周りが知っていても、リオだけ気づいてないなんてよくあることです。ヒマリがあんなに分かりやすく先生に好意を向けていたのに、それを周りで気づいてなかったのはリオぐらいですよ」

「 」

 

 終わった。おしまいだ。

 リオを殺して私も死にます。

 

「まぁ、よかったじゃないですか。私は特に役に立てませんでしたが⋯⋯すっきりした顔してますよ」

「⋯⋯⋯⋯そうですか?」

「はい」

 

 そう見えるのなら、良かったのだろう。

 まぁ、一から百まで全部バレていたのは本当に恥ずかしいのだが。本当に本当に、ケイ姉さんだけには知られたくなかったのだ。姉さんにだけは、私はもう素敵な大人のレディだと思っていて欲しかったのに。

 

「そんな風に思わなくても、リオの方も随分と拗らせていたので恥ずかしがることはありませんよ」

「それとこれとは話が違くないですか」

「リオなんて、ユイが生まれて3年も経ってからようやく貴女に会いましたからね。しかも私が言い出さなければ多分会いに行きませんでしたよ」

「えぇ⋯⋯」

 

 この期に及んでまだヘタレエピソードが出てくるのか。リオの立場ならしょうがないかも知れないが。

 

「⋯⋯ヒマリの話をするなら、私よりも適任が多いですから。色々聞けてよかったですね」

「そうなんですか?」

「ヒマリの話ならアリスか、エイミとかですかね。ああ、当時のヴェリタス副部長でもいろいろ聞けそうですけど」

「エイミさんには聞きました」

「なるほど。アリスの紹介ですね」

 

 エイミさんとはちょくちょく連絡を取り合う仲になった。なんというか、とてもしっかりした人なので、安心感がある。

 卒業したらぜひ会いに行きたい。

 

「着きましたね」

 

 そういえば、私はカフェに行こうと思っていたのだったと、姉さんの言葉で思い出した。

 

 喫茶『灯』。

 店主は――。

 

「来ましたね。2人で来るとは思ってませんでしたが」

 

 マルクトさんだ。

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

「ケイも甘いですね」

「姉さんは優しいですから」

 

 来店して少しで、姉さんはアリス姉さんのヘルプを受けて電話に立った。暫くすれば戻ってくることだろう。

 

「それにしても、本体が空いているのは珍しいですね。電脳体なら時々会いに来ますが」

「へぇ。まぁ、ケイ姉さんはマメですから」

「ご注文をお伺いいたします⋯⋯と言っても、まだ食材を買い込んでないのでドリンクのみのご提供ですね」

「じゃあ、ブレンドでお願いします」

「分かりました」

 

 そう言うと、マルクトさんは慣れた手つきで用意を始めた。

 マルクトさんが店を出すのは帰ってきている時だけ、と言うのは彼女がこのキヴォトス中を旅して回っているからだ。

 

「今回の旅はどのくらいでしたっけ」

「4ヶ月と16日ですね。短く収まりました」

「短く⋯⋯?」

「今回は百鬼夜行の地区でしたね。景色と、何より建物が良かったですよ」

 

 不思議な人だな、と思う。今のご時世旅好きな人はあまり多くない。しかもこんなに長期間。

 

 まぁ、私の周りは不思議な人ばかりな気もするので、相対的にはかなり常識人な気がしないでもない。

 

「百鬼夜行の方は行ったことないんですよね。何処が良かったですか?」

「何処に行っても街並みが美しかったですね。お祭りにも参加できました。それと同じぐらい自然も雄大で⋯⋯あの雪原は、記憶に残るものでした」

「素敵ですね」

 

 旅、というか遠出という遠出をあまりした記憶がない。父はよくキヴォトス中を飛び回っているが、それについて回ったことは殆どなかった。

 

「旅、ですか。いつか行ってみたいですが、腰が重いです」

「私は空を飛べますから」

 

 日常に空を飛び回るのはどうかと思うのだが。考えれば考えるほど凄いスペックだ。

 この人からはシロコさんと同じ雰囲気を感じる。

 

「何か、いいことでもありましたか」

「⋯⋯みんな、みんななんでそんなに察しがいいんですか」

「ふふ、年の功です」

「私知ってますよ。マルクトさんと私の年齢、実はそんなに変わらないこと」

「5年も長く生きていれば、見えてくるものもありますよ」

 

 年齢の話をすると、アリス姉さんもマルクトさんとほぼ同い年だと言っていた。まあ、造られてからで言ったらアリス姉さんは長いのだけど、他ならぬ本人が言っているのだからいいのだろう。

 

 ちなみにケイ姉さんが一番年上だ。活動時間もそれなりに長いらしい⋯⋯それでも、自由に動き回れる体を手に入れてからは他の2人と殆ど変わらないようだ。

 

「前に会った時と比べて、ずっといい顔をしています」

 

 同じような言葉を、つい先ほど言われたばかりだった。

 変わったのは自覚している。それでも、周りからこうも指摘されるほど、大きく変わったのだろうか?

 

「やっぱり、リオのことですか」

「⋯⋯⋯⋯そんなに、そんなにわかりやすかったですか?? 私ってそんなにわかりやすいんですか??」

「そうですね。ヒマリも、リオも、思い返すほどに難儀でしたから。あなたも大変そうだなとは思っていました」

 

 会う人合う人にバレていて、私の心はぼろぼろ。

 

「あなたはヒマリの子供ですから」

 

 それは、その通りなのだが。

 なんとなしに、改めて言われるのは久しぶりなような、そんな気がした。

 

「お母さんは、どんな人でしたか?」

「なるほど。最近それを聞いて回っているんですね」

「ええ、まぁ」

「⋯⋯かつての天敵でした。全てをつまびらかにする『全知』。彼女こそが我たちとあなたたちの道が重なった始まりでしょう」

 

 マルクトさんは、思い返すような目をしながら話した。

 

 私には、振り返るような過去がまだそれほどない。だから、私自身がそれをすることはまだ先なのだろうが。

 話を聞くとき、色々な人がこんな目をした。

 エイミさんも、アリス姉さんも、リオも、父も。

 

 少し目を細めて、ここではない何処かを思い浮かべるような、そんな目をするのだ。

 

「ヒマリが居なければ、良いことか悪いことかは置いておくとして、我たちは課された使命を完遂できたはずです。スタートの差で逃げ切れたでしょうから」

 

 そう言いながら、マルクトさんはコーヒーを差し出してくれた。

 

「ご注文のブレンドです。お熱いのでお気をつけてお飲みください⋯⋯ヒマリにも、我のブレンドを飲んで欲しかったですね」

「⋯⋯間に合わなったんですか?」

「はい。この店は、ヒマリの晩年に構えたものですから」

 

 コーヒーカップを持って、少しだけ冷ましながら飲む。苦みが少なく、それでも味に深みがある飲みやすいコーヒーで、この味が私は好きだった。

 

「話したことがありませんでしたね。我はヒマリと先生に言われて店を持ったんです。あちこちを旅して回るだけだった我に、『帰る場所があった方がきっといい』と」

「お父さんからもですか?」

「はい。その時は、カフェを開くことを勧められたわけではなかったのですが⋯⋯旅の始まりに飲んだ、自販機のコーヒーを思い出しまして」

 

 マルクトさんはゆったりとした動作で自分の分のコーヒーを手元に寄せて、そこに角砂糖を一つ溶かした。

 

「その自販機はもう型落ちで、次に行ったときにはもうありませんでした。何処に行っても見つからなくて、あの一杯が最初で最後でした」

「⋯⋯その味を、再現したかったんですか?」

「いえ、そういう訳ではないのです。あれからたくさんの料理を食べて飲み物を飲んで、その中にはコーヒーもありました。私のメモリーにはあのコーヒーの味が今でも残っていますが、言ってしまえば決して優れたものではなかった」

 

 自販機のコーヒーなら、味にどれだけ拘っていたとしても限界があるだろう。

 現に今飲んでいるコーヒーは、自販機で百いくら払って飲むものよりもずっと美味しく感じる。まぁ、人によって違うと言ってしまえばそれまでだが。

 

「世の中にはもっと美味しくコーヒーがたくさんありました。拘れば拘るだけ、コーヒーには種類があります。時間を掛ければ掛けるだけ、様々な深みを出せます。あの自販機に、そこまでの性能はなかった」

 

 そう言いながら、マルクトさんはカップに口を付けた。私はカップの中を覗き込んだ。黒っぽい水面が揺れていた。

 

「でも、旅の先々で、我はあの自販機が作ったコーヒーの味を恋しく思うのです」

 

 マルクトさんと目が合った。薄いオレンジの瞳が、私を見た。

  

「不思議なことに、我のメモリーの一番上に、あの時のコーヒーが残っているのです」

「⋯⋯」

「あの自販機に出来たのだから、我にだって出来るはずです。我は、たまに恋しくなるような、そんなコーヒーを出す店を構えたくなったのです」

 

 少し幼稚な競争心かもしれませんが、と続けた。

 

「我はきっと、永劫を生きるでしょう。ヒマリが居なくなったように、リオも、先生も、あなたも私より早く居なくなる。きっと、光のように今は過ぎ去ってしまいます」

 

 言葉を一度切って、マルクトさんは言った。

 

「全てが変わっていく世の中で――一つぐらい、変わらないものがあってもいいなと、そう思ったのです⋯⋯まだまだ、未来に遺すには拙い味ですが」

 

 そこまで言うと、ケイ姉さんが戻ってきていた。

 スマホを片手に、ようやく相談事が終わったようだった。

 

「へぇ、そんなつもりでこの店を出したんですね」

「はい。あまり周りに話したことがありませんでした」

「取り敢えず百年後にアリスと味を確認しますか」

「ふふ、長寿の友達はいいですね」

「スケールがでかくないですか?? ⋯⋯というか、ケイ姉さんってそんなに長生きなんですか?」

 

 姉さんの肉体の組成は人間に近いはずだ。

 

「電脳体から再構築するたびに新しいボティですから、老化とは無縁ですね」

「ええ⋯⋯人類の夢が⋯⋯」

「プロトコルATRAHASISの権能を限定的に再現しています。既に手放したものですが⋯⋯最もあの権能を知り尽くしているのは私ですから」

「我は普通に長寿です」

「記憶とかどうなってるんですか?」

「私のミレニアムネットワークに偏在させている私の複製体と同期しているので問題ありませんよ」

 

 なるほど。無駄がない。

 

「ケイも飲むでしょう?」

「いただきます」

  

 マルクトさんは姉さんの分を用意し始めた。

 

「アリスに無理を言ってミレニアムに土地を用意してもらって、ようやく店を開いた頃には少し⋯⋯遅かったようで」

「やっぱりヒマリにも、ここに来てほしかったですね。ここを訪れるたびにそう思います」

「代わりに、というわけではありませんが⋯⋯ユイが来てくれて我は嬉しかったんですよ?」

「マルクトさんのコーヒーは美味しいですから」

 

 事実、私はマルクトさん以上のカフェとコーヒーを知らなかった。

 多くの店を回っているわけではないのだが、少なくとも未来でお気に入りから外れることはないだろう。

 

「マルクトが店を出してるときは、リオとの定例会はここでやってたんですよ」

「⋯⋯知りませんでした」

「リオにはまだ美味しいと言ってもらってませんから、次こそは言わせてみせますよ」

「は?」

「まぁ、リオはなんだかんだハイスペックのメイドが側に居ましたから」

 

 ああ見えて舌が肥えていたのか。

 平気な顔して同じ半額弁当を連日食べていた痕跡を発見してからは、食に頓着しないたちなのだと思っていたのだが。

 

「トキのことでしょうか」

「自称するだけの能力はありましたよ」

「エイミさんから聞いた名前ですね」

「いつか会ってみるといいですよ」

 

 ケイ姉さんに、一杯のコーヒーが差し出される。

 それを手に取り、一口飲んだ。

 

「変わらない味、ですか。もう変わってますよ」

「美味しくなっているでしょう? 旅の先々で教えを請うてるんです」

「はい。良くなっていますよ⋯⋯ですが、百年後はどうでしょうか。悪くなるかもしれません」

「それは困ります。変わらないならまだしも、悪くなることを我は許せません」

「だから、アリスと確認に来てあげます⋯⋯百年後でも、千年後でも」

「私は、差し当たって十年後で」

「ふふ。頑張らないといけませんね」

 

 

 

 穏やかな午後は、こうして過ぎる。

 十年後、私はこの日々をきっと思い出す。

 

 何だか感傷的になっている自分に気づいて、それを振り払うようにコーヒーをまた口にした。

 

 

 

 

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