さあ、行こう
「モモンガ、少しよろしいかしら」
「紫さんですか?構いませんよ」
魔理沙から異変に関することを報告された日の深夜。
霊夢も友人が泊まると言って気分が上がったのだろう。普段の就寝時間になってもお喋りが止まらなかったので、俺は縁側に出て満月をボーッと眺めていた。
そんな時に、いきなり空間が歪んで美女が現れ、俺の隣に座った。月光に照らされた顔はなんとも儚く、そしていい匂いがした。
「異変のことなのだけれど」
おずおずとした様子で慎重に言葉を切り出すその雰囲気からは、若干の申し訳なさが感じ取れた。
「霊夢が私のことを嫌っているのは知ってるわよね?」
「⋯⋯初耳です」
「えっうそっ!?」
素っ頓狂な声をあげて驚く紫さん。先程の雰囲気が崩れ去った。
俺も人の感情を読み取るのはあまり得意ではないが、少なくともこれまでの会話から霊夢に負の感情はなかった。俺の処遇を巡って対立こそしたものの、それでも嫌いではないはず。
まあ、相性は最悪だとは思う。
「ま、まあ仮によ、仮にそうだとしてもの話よ」
「はい」
「私は彼女のパートナーを表立って務めれる程の関係を築けていないわ。だから、あなたには今回の異変で霊夢の側で助けてあげて欲しいの。もちろん、私も陰でサポートするから」
「なるほど。承知しました」
異論は特にない。異変が具体的にどういうものかは分からないのだが、それでも幻想郷の緊急事態であることに変わりはないのだろう。霊夢の歳を考えると、誰か補佐する人が必要なのも確かだ。
しかし。
そのような事態にも関わらず、どうして俺なんかに博麗の巫女のサポートを頼むんだ?
信頼されている。と言われてしまえばそれまでであるだろう。悪い気はしない。
適任者がいない。と言われてしまえば納得せざるを得ない。俺は幻想郷の人事なんて、これっぽっちも分からないのだから。
「彼女は実力こそ確かだけれど、幼くて直情的。貴方がサポートしてくれるのなら、心強いし助かるわ」
「ですが紫さん、本来こういうものは貴女が背負うべきでは?俺は幻想郷入りして日も浅い。そんな奴に幻想郷の命綱とも言える巫女を預けるのは⋯⋯正気、とは、思えません」
俺が敢えて言った理由。
それは、個人の感情よりも幻想郷の人事よりも大きな物事が裏で動いていると思ったからだ。
彼女も名ばかりの幻想郷の管理者ではない。霊夢も紫さんが居ればどうにでもなると零したことがある。
「⋯⋯事情がある。の一言で片付けるのはあまりにも失礼なのだけれど、ごめんなさい時間が無いわ。とにかく、霊夢を守って欲しいの。お願いします」
深々と俺に頭を下げ、彼女は逃げるようにスキマを作ってその場を去ってしまった。
⋯⋯悪い人じゃあ無いんだけどなあ。ちょっと説明不足というか、なんというか。ユグドラシルの時はリーダーがこんな態度だと、不平不満の嵐でギルドが荒れたことを思い出す。
「誰か来てたの?」
その直後だった。背後でピシャンと障子が音を立てて開かれる。
仁王立ちの霊夢が寝間着姿でふんぞりかえっていた。紫さんが帰った理由、なるほどね。
「独り言だ」
「その割にはかなり大層なことを零していたのね」
どうやら聞き耳を立てられていたらしい。なんとも言えない気まずい空気が漂った。
「⋯⋯月が綺麗だな」
「おいおい。それは口説き文句だぜ?骸骨の恋愛なんてどうでもいいけどさ、相手は選べって」
ひょっこりと顔だけ覗かせて冷やかす魔理沙。誤魔化すつもりが変な方向で受け取られてしまった。
霊夢はそれを無視すると、俺に一言。
「寝るわよ」
普段よりもどこか刺々しく、無愛想な言い方だった。
「おお、紅の空だ」
「ハハッやっぱり昨日は泊まって正解だったな」
翌日。起きると世界が紅一色の気味が悪いものへと変貌していた。
そう見せかけているのは、霧か。毒などの有害物質は含まれていないようだが、さて首謀者の目的は何なのだろう。
「氷の湖よ。そこを目指すわ」
「了解、さっさと行くぜ!」
即断即決。理由を聞いても勘だと返答される。
少女たちは空を飛び立って行く。俺も何をすればいいのか分からないのでそれについて行った。
「にしても、これは趣味が悪いな!」
「その通りね。気が滅入るわ」
どこか楽観的に物事を捉えている二人。
それとは対照的に、悲観的でどこか憂い気な紫さんの姿が脳裏を過ぎった。
⋯⋯霊夢を助ける、か。万が一彼女が負けてしまった時、果たして俺はその敵に勝てるのだろうか?十中八九、無理だろうな。
「ねえ、あなたたちは食べれる人類?」
そして紅の世界を進むことしばし。
両手を広げた金髪の少女が目の前に立ち塞がった。