「ほ、ほんとうに飛ぶの?」
「あたしとお嬢さん、坊やも一緒に乗ったままこの距離を飛び越えるのは流石に無理があると思うんですが、本気でやるんですかい?」
「行こう!」
「どうなっても知りやせんからね!!」
そう言うとお兄さんは懸糸傀儡を操作し、ものすごい速さで屋上の端から端まで駆け抜け、そのまま勢い任せに別館に向かって飛んでいく。
───でも、届かない。
三人も乗せているグリモルディじゃ五重の塔には届かないんだ。どうしたら、阿紫花のお兄さんと勝君を向こうまで送り届けることが出来る?
「助けて、お母様…!」
グッとお腹に力を込めてそう叫んだ瞬間、グリモルディは何かを踏み、加速して五重の塔にはめり込み、壁を粉砕して落下することなく、三人とも死なずに飛び移ることが出来た。
「へ、へへ、落っこちるかと思った…」
「こ、怖かったよぉ…!」
木の板の床に降りて、勝君を抱き締めながら半泣きで泣き言を言っていた刹那、巨大な弾丸が私の顔の真横、お兄さんや勝君の近くに撃ち込まれる。
「チッ。ガン・オブ・フェザーか!」
「よう、阿紫花さん。良い曲芸だったぜ、此方は護衛だ待機だなんて言われて退屈してたんだ。オレの相手をしてくれよ」
「及川、お得意の決闘かよ」
おいかわと呼ばれた男の隣に控える懸糸傀儡。さっきお兄さんは「ガン・オブ・フェザー」と呼んでいた人形は拳銃をホルスターに納める。
「坊や、あたしが合図したら壁まで走りな。グリモルディにゃ拳銃は付いてないし、そっちのお嬢さんも傷だらけでもう動けないですぜ」
「わ、私はまだ動けます…」
「なら、坊やと一緒に走れ」
お兄さんの私を見つめる目に頷き、勝君の手を握り締めて走るために足に力を込め、ホルスターに手が伸びる瞬間、勝君と一緒に壁際まで走り出す。
「グリモルディ!」
「馬鹿が、突進なんざ効くわけがねえ…!」
「そりゃあそうさ。だが、コイツで共倒れだ!!」
グリモルディの突進に合わせて身体を捻り、銃弾を回避したお兄さんは糸を操り指輪を外し、グリモルディだけを突撃させて相手を倒してしまった。
「かっこ、いい」
「何か言った?」
「え?あ、な、なんでもないですよ!!」
な、なんでこんなときに私の心臓はドキドキとしてしまっているのだろう?と戸惑いながら、破壊されたエレベーターを抉じ開け、大量の髪の毛が溢れ出す。
「巓ちゃん!」
「うるさい。様を付けろ」
「か、髪の毛が伸びて動いてやがる。コイツもお前の使ってる人形みたいなもんなのか?」
「……いや、彼女は人間だ」
「しろがね!鳴海兄ちゃん!」
私を助けに来てくれた従姉妹の巓ちゃんに抱きつき、頬擦りしようとした瞬間、ベチンと軽く怪我していない方の顔をたたかれてしまう。
えへへ、迎えに来てくれたんだね。
「てめえ、阿紫花ッ!!」
「おっと殴り合いなんざ御免ですぜ」
「大丈夫だよ、お兄ちゃん。阿紫花さんは僕と命さんが雇ったんだ」
「そう、坊やがあたしを10億でね」
勝君とお兄さんの言葉に鳴海お兄さんとしろがねさんは少しだけ怪しそうに彼の事を睨み付け、直ぐに勝君を抱き締めていたその時、私の方に視線を向けた。
「命は何円払ったんだ?まさか20億とかか?!」
「わ、私にそんな大金ありませんよ!」
「じゃあ、一体何を払った」
何の躊躇もなく私を問いただす巓ちゃんの言葉に顔を赤く染めて、私は今更言った言葉を恥ずかしくなりながらも巓ちゃん達に伝える。
「わ、私の、全部を」
私がそう言うと巓ちゃんは「……命の反応を見るに母様の言っていた言葉の意味はこういうことか」と何かをひとりで納得している。
なにか知らない間にあったのかな?
「おまっ、コイツどう見ても制服*1だぞ!」
「見りゃ分かりやす」
「年の差は!?」
「あたしは来るものは拒みやせんので」
「お前、殺し屋で、相手はお嬢様だろうが!」
お兄さんと鳴海お兄さんの口論に「糟共がさっきから喧しいな」と髪の毛を揺らめかせていたその時、階段を駆け上がってくる音が聴こえてきた。
「奴さん、まだまだやる気みたいですね」
「チッ。一時休戦だ!」
そう言いながら、二人は階段を睨み付ける。
何か、私にも出来ることがあればっ。手持ち無沙汰というよりも何も出来ない無力感と疎外感、不甲斐なさに悲しくなりながら周りを見ていると巓ちゃんが袖の中に腕を入れ、にゅるんっ!と巨大な箱を取り出した。
「手品?」
「羽虫からお前宛だ」
「はむ?え?」
巓ちゃんの言葉にビックリしながら箱を開ける。いつの間にか全員が私の持っている箱の中身を下ろし、一様に困惑していた。
だって、そこにあるのはビスクドールサイズの小さなお人形さんで、今から戦うには圧倒的に大きさも強さも足りていない贈り物だった。
「まさか、ソイツは次郎丸ですかい!?」
「如意光を使えば規格は変わる。命、その糟に全てを捧げると言っていたな。それも糸色の血か?」
「……よく分からないけど。きっと、そうです」
「そうか。私も成りたいものだ」
そう言うと巓ちゃんは懐中電灯を『次郎丸』とお兄さんに呼ばれた贈り物に当てた瞬間、次郎丸は私達の背丈を優に越える長身の忍びになった。
「ヘッ。随分と退屈しねえ展開ですね!」
お兄さんはギィッ…!と糸を操り、次郎丸を動かし、ゆっくりと階段から出てきた敵に笑みを向ける。これも全て百年前の『糸色景』は悟っていたのでしょうか。