扇子を開き、舞う。
無心。無欲。無我。全てを忘れてしまうほどに没頭し、没水し、没入していく。悪意も善意も混ざり合うように何もかもが舞う。
やがて巡るように意識は元に戻る。
「……けほっ」
「相変わらず好い舞だな」
そう言って湯呑みに注がれたお茶を啜る巓ちゃんに視線を向ける。僅か二年間、この間に私は
パンタローネと十数分ほど交えた程度の舞踊ではなく武踊としての糸色流舞踊の秘伝たる扇舞を体得する。免許皆伝は奥伝まで、秘伝は糸色本家の書庫で一度だけ拝読する機会を得て以降は覚えていない。
「風の香りが変わった?」
私の事を注視し始める巓ちゃんにも見えるように、緩やかに、美麗に、流麗に、壮麗に、手足を動かし、弧を描く、線を描く、点を描く、繋げて、紡いで、繕いで、全ての動きは血液の
「どう?」
「及第点だ。仕置きしてやろう」
「うん。お願いします」
開いて指を揃えた左手を右手首に添えて、扇子を突き出して構える。ハッキリと意識して見ることは出来る。私に武道の才能は無い。
あるのは健康を保つために学び始めた舞踊と、糸色景様から受け継いだ神通力だけです。────意識を切り換える。ゆっくりと歩を進める巓ちゃんの右手には薙刀「含牙戴角」が在り、一呼吸の合間に四つの斬撃が振るわれる。
大丈夫。ちゃんと見えるようになっています。
振るい終わる前に扇子を閉じ、親骨で薙刀の峰を更に下段に弾く。────けれど。その防御を先読みしていた巓ちゃんの髪の毛が私の腕を締め上げ、ぐるりと身体をねじるように宙へと私を放り投げる。
瞬時に扇子を開いて風を集め、着地する。
「クク、傷を負ったのは久しぶりだな」
「げほっ、手加減して下さい。身体弱いんですよ?」
「愚図め、手加減など無意味だ」
そう言うと薙刀を握る手を伝う血を舐める巓ちゃんを見据えたまま、ゆっくりと深く深く酸素を取り込み、二本目の扇子を開いて構える。
踊りでは届かない。
もっと鋭く剣の如く私自身を研いで、彼女に本当の意味で一撃を与えることが出来るようにならないといけない。なにより私は
ずっと守って貰ってきた。でも、もうそれだけじゃダメなんです。ルシールおばあさんみたいに守れたはずの命を掴み取ることが出来なかった。
もう二度と、あんな最後に関わりたくない。