「んしょ、よいしょ…!」
ギコギコと木の板をノコギリで切りながら大百科のページを開いたまま都度に確認する。代々糸色家の受け継いできた蛮竜には時代を渡り、当時の遣い手と出会える不思議な体験が起こるそうです。
────謂わば継承者の儀式だとお母様は言っていましたけど。時間を移動するなんて科学的に考えるとあり得ない現象です。
何かしら理由と条件を幾つか調べたものの、私に当て嵌める物、巓ちゃんに当て嵌める物、そのどちらも該当しない物があった。
私に無いものは強靭な肉体と精神。
巓ちゃんに無いものは蛮竜の資格。
もしも蛮竜を譲渡できるのなら巓ちゃんは叔母様を優に越える当主になることだって出来る。しかし、そうしないのは私に対する優しさだ。
私の事を気遣って当主に名乗り出ない。
お母さんを本当に愛している彼女なら同じように当主に就き、彼女と同じように過ごしたい筈なのに、私が巓ちゃんの邪魔をしている。
「お嬢さん、また悩み事ですかい?」
「なんだ、また悩んでるのか」
「いえ、そういうわけでは……」
英良さんと鳴海お兄さんに問われて思わず否定したけれど。やっぱり、こんな風に自由に動けるのは巓ちゃんのおかげです。
「それより鳴海お兄さんまたしろがねさんを睨みましたね。そういうのはダメだって教えたばかりじゃないですか。本当にダメですからね?」
そう言ってノコギリを地面に置いて鳴海お兄さんを注意すると「仕方ねえだろうが、つい警戒しちまうんだよ」と彼は拗ねたように呟く。
だからって、あんな風に睨んだらしろがねさんも話しかけることは出来ませんし。なにより好きな人に嫌われるのは、本当につらいんですからね?
「ははあ、お嬢さんは怖い物知らずですぜ」
「? 怖いものは沢山ありますよ。私は忘れられるのが一番怖いですから、こうしてすれ違ってしまうのはダメだと思っているんです」
いつか鳴海お兄さんがしろがねさんのことを思い出せたら、それだけで私は安心です。そうしたら、みんな私の事を思い出してくれるから……。
「命、安心しろ。アイツらは絶対に倒す」
「まあ、乗りかかった船ですし。あたしも最後まで付き合いますよ、お嬢さん」
そう言ってくれる鳴海お兄さんと英良さんの言葉を信じたい。でも、サーカスの人達に何故か英良さんは警戒されているんですよね。
一体、どうしてでしょうか?と私は小首を傾げながら、木の板をハンマーと釘で打ち付け、しっかりと固定して球体状の乗り物の発明品「潜地球」を見つめる。
あとは中身の機材ですね。