糸色家の経営する病院の見慣れた病室。
ワンピースタイプのパジャマに着替えて、勝君や英良さん達に一時的に入院する事は伝えてもらい、私は大百科の第一巻を静かに呼んでいると巓ちゃんが現れた。
「見舞いに来た。もてなせ」
「……普通は逆では?」
「囀ずるな」
いつものように傲慢不遜な態度の巓ちゃんの変わらない姿に安堵の吐息をこぼす。お母様もお父様も心配すぎているんです、私はもうすぐ高校生になるんです。
それに、こうして何もせずに居るのは怖くて苦しくて辛いんです。また昔みたいに何も出来ない、ただただ心臓の痛みに耐えるだけの日々に戻りたくない。
「巓ちゃんはお見舞いだけですか?」
「お前の様子を見に来た。どうせ、気負って良からぬ事ばかり考えているのだろう?お前は昔からそうだ。ジメジメと鬱屈にしおって」
「…………巓ちゃんに何が分かるんですか。私は子供の頃からいつ死ぬかも分からない病気で怖くて怖くて仕方ないんですよ、お母様に会えるのも一回の面会時だけ、ほとんどお医者様として接するッ、夜が寂しくても迷惑になるから呼べない!私は、ずっと、ずっとずっとずっとやってみたいことを我慢しているんです!!」
本当は自分の力だけで走りきってみたい。
本当はお友達と遊びに行ったり、色んな場所を旅行してみたい。でも、こんな心臓だから、弱い身体だからずっと諦めているのにッ、強くて綺麗な巓ちゃんに何がわかるの!?
「はあ、はあ……ごめんなさい」
「クク、お前も随分と溜め込んでいるな?」
スルリと伸びてきた指が私の頬をなぞり、黒い髪の毛が真っ白に染まった巓ちゃんの顔が獰猛に変わる。ゴクンと何かを呑み込む音が聴こえてきた。
「糸色家の悪感情は相も変わらず美味だな。特に自分の不幸を他人に押し付けず、自分の責任だと思い込んでいるお前の感情は極上の甘露だ」
「んやあぁ…!なんで舐めるの?!」
いきなり、頬を舐めてきた巓ちゃんにビックリしていたそのとき、こんなことが前にもあったことを思い出す。そうだ、私は小学生二年生くらいのときにも巓ちゃんに捕まって、こんなことをされていたんだ……。
「命、ようやく本心を話したお前に私の秘密も教えてやろう」
「巓ちゃんの秘密?」
「私は元々は妖怪だったんだ」
「妖怪?……けじょうろうとかですか?」
「木っ端と一緒にするな。十年前の記事を調べればお前も簡単に分かることだ。それから不満を吐露したくなったら私に言えば良い」
そう言うと巓ちゃんは帰ってしまった。
……なんなんですか、ずるすぎますよ。