──翌日の朝。
私はトランクケースに着替えを入れて阿紫花のお兄さんを待っていると真っ黒な車が屋敷の前に止まり、にこやかに笑う阿紫花英良のお兄さんが出迎えてくれた。
「お久しぶりでさあ、お嬢さん」
「はい。お久し振りです、お兄さん」
「荷物はそれだけですかい?女の子なら、もっと大荷物だと思ってたんですがね」
「フフ、それは大丈夫です。何故ならこの四次元ポケットがありますから!」
ポンとお腹にワッペンのように貼った丸いお皿を半分に切ったような見た目のポケットを触る私に阿紫花のお兄さんは首を傾げるので、ポケットから『秘剣電光丸』を取り出すと咥えていた煙草を落としてしまった。
ゆっくりと眉間を摘まんで揉み、困惑するお兄さんに「お荷物はこの中に入っていますから、トランクケースにあるのはお着替えの洋服だけです」と伝える。
「まあ、あたしは構いませんぜ。お嬢さんと居たら面白いことに巻き込まれるのは間違いなさそうですし、なによりお嬢さんみたいに良い女とデート出来るんだ。悪い依頼じゃあねえでさ」
酔い止めの薬を飲んだので大丈夫だ。
「お父様、行ってきます」
「ああ、気を付けて行くんだよ。阿紫花、分かっていると思うが娘に手を出したら」
「ははあ、あたしみたいな三十手前のオジサンにお嬢さんみてえに若くて綺麗な女の子が靡いたりするのとは思いませんがねえ?」
「私は阿紫花のお兄さんの事好きですよ?」
「命!?」
「お世辞でも嬉しいですぜ、お嬢さん」
お世辞ではないんですが?と小首を傾げながら人生初めての助手席に座り、ドキドキとしてしまいます。愛する、好きな男の人の隣に座ることが出来るのは恋人だけだとお母様もお父様も仰っていましたから。
そう思いながら五分ほど走行していた車が道をずれ始めた瞬間、ガタンと車が揺れ始め、だんだんと気持ち悪さが押し寄せてきた。
「うっ、ゔッ」
「伝糸色の女は乗り物に弱いなんざ迷信かジョークかと思っていたんですがね。お嬢さんの反応を見るにどうやらハナシはマジみたいで」
「す、すみません、私がお願いしたのに…」
ハンカチを口許に当てて謝る。
私もこの体質は改善したいのですが、どうやら遺伝的に乗り物に酔いやすくお母様の従姉妹──秋葉妙叔母様はこの乗り物酔いしやすい体質で、あわや襲われそうになったと聞いたことがあります。*1
私も気を付けるようにしているのですが、如何せん送迎も車のため酔いになれることはありません。ただ、少しだけ気になる殿方に心配して貰えるのは嬉しいです。