煙草を吸う阿紫花のお兄さんに近付けず、私はハンカチで口許を押さえながらバレないように「ケホッ、ケホッ」と咳き込んでいるとレッシュさんのコートに身を包んだ公女様が現れたけれど。
なぜか鳴海お兄さんがいない。
ルシールおばあさんは私と阿紫花のお兄さんの足元に転がっている私にそっくりな
「エリ公女様、先を急ぎましょう」
「で、ですが、ナルミは?」
「アイツなら舞踏会デビューだよ」
その言葉に私達は戸惑う。
あの、ちょっと言い方は悪いかも知れないですが、ものすごく怒りやすい鳴海お兄さんが社交界デビューした上、舞踏会デビューもしている?
あんまり想像できない光景ですね。
そう思いながら車に乗り込んでいこうとするルシールおばあさんを追いかけようとした私の手を握り締めて、私の行動を繋ぎ止める阿紫花のお兄さんに小首を傾げ、ルシールおばあさんとレッシュさんを見る。
二人とも頷いて先に行ってしまいました。
「お兄さん、追い掛けなくて良いんですか?」
「アッチは追い掛けなくても良いんですよ。それよりも奴さんに捕まっているときに何か変なことをされませでんしたかい?」
「変なこと?」
「あ、あー、墓穴を掘っちまいやしたね」
煙草の火を踏み消すお兄さんは右手で顔を覆いながら「この事は社長さんにはご内密に」と言われて、よく分からないけれど。
今は素直に頷いておきましょう。
「お兄さんは」と言葉を続けようとしたとき、彼は自分の唇に人差し指を添えて、静かにするようにジェスチャーを出してきました。
何かまだ居るのかな?と電光丸をいつでも引き抜けるように刀袋の紐を解いて、周囲を警戒する私の手を優しく握ってきた阿紫花のお兄さんに驚く。
「お嬢さん、あたしに全部くれる話」
「は、はい」
「あれ、無しにしましょうぜ」
「え?」
ドキドキしていたのがウソだったかのように身体が強張り、どうして?と話し掛けようと彼に近付いたその時、苦くて辛いヌルヌルとしたものが唇に触れる。
きす、されてる?
「んッ…ッ、や…!」
電光丸を落としながら阿紫花のお兄さんのロングコートの背中を引っ張り、ガリッと彼の唇を噛んでしまい、ペタンと地面にへたり込んでしまう。
はじめての、キスだったのに、どうして?
「ははあ、ヤンチャな事で」
「な、なんで…」
唇を伝う血を舐めて笑う阿紫花のお兄さんを見上げて思わず、目尻に涙を溜めながら彼を睨む。