「……すいやせんね、お嬢さん」
阿紫花のお兄さんはそう言うと勝手に消えた。
初めてのキスは、煙草と血の味なんて酷い。そう静かにグスグスとすすり泣く私の足元に忠臣倉が現れ、不安げに私の事を抱き締めてくれる。
ありがとう、ごめんね。
「……グスッ、どうせ嫌がらせでしょう」
お父様とお母様の事を嫌っている人は多く、阿紫花のお兄さんは何か大切なモノや誰かを助けるために、あんな酷いことをしたんです。
私は自分に都合の良いことを考えながら立ち上がって、誰もいない燃える屋敷を離れ、誰もいないところで『空中浮輪』を身に付けて飛び上がる。
「責任、とってもらわないと……」
それに女の子のファーストキスを奪ったんですか。お兄さんなは絶対に責任を取って貰います!と意気込み、フンスと握り拳を作って頷く。
「ねえ、忠臣倉」
私の呼び掛けに忠臣倉が動き、私を見つめる。
「私ね、キスしちゃったんだ」
ゆっくりと自分の唇をなぞる。いつもとは違うお兄さんが怖くて、仕方なかったけど。あんな風に、わざと嫌われようとするお兄さんの不器用さが、ほんの少し可愛く思えてきてしまう。
……私ってチョロい?というやつなのかな。
そう思いながらもローエンシュタイン大公国に戻っている途中、ふと阿紫花のお兄さんがピンク色のドアを使っていた事を思い出した。
あれは大百科に載っていた発明品だから覚えているし、ひょっとしたら巓ちゃんの言っていた、はむしさんが犯人なのかも知れない。
「(……巓ちゃんも騙されてる?)」
もしも、そうなら許せません!
金色の蝶々が月明かりに照らされて舞っているのが見えて、私は小首を傾げてしまう。また、金色の蝶々。もう何度も見ているけれど。
この金色の蝶々は私の行きたい場所に案内してくれているのでしょうか?と考えつつ、チラリと阿紫花のお兄さんと別れた燃える屋敷に視線を向ける。
はむしさんって、蝶々のことなのかな?
流石に人形は動いていても人間サイズの虫さんがいるわけないですよね。い、居たら、ちょっとだけ怖いかもだけど。居ないよね?
「(虫さん、苦手なんですよね……)」
こう、うにょうにょしているし。
見た目も恐いから苦手です。
「虫さんが出たときは忠臣倉が倒してね?」
そう言って彼の事を抱き締めるとうなず、ガタガタと物凄く震え始める忠臣倉の事を見つめつつ、どうやら彼も私と同じく虫さんが苦手なんだと理解する。
「……そのときは一緒に逃げましょうね!」
恐いものは恐いですから仕方ないのです。
そう笑って言うと忠臣倉も笑い、私は傷だらけの鳴海お兄さん達が公女様とお別れの挨拶をしているところを見つけてしまった。
私だけ、お別れの挨拶出来ていません……。