最初、ルイズを見た時のサイトは、好みのルックスだったこともあって、彼女のかわいらしい容姿に感動すらした。
でもその感動は最初のうちだけだった。
彼女の自分に対する扱いは、酷いの一言だった。
どこかへ連れて行く度に怒鳴りながら耳を引っ張っていく。
急に服を脱いで着替えだした時は、いきなり出会った男に対してストリップを!?と興奮する内心を抑えつつも、それを指摘したら、「あんたは使い魔。犬と同じよ。そんなのに見られたって恥ずかしくないわ」と、人種差別的とも捉えられることを口走った。勿論カチンときた。
寝る場所は床の上に藁。寝ようにも寒くてなかなか寝付けない。
次の日の朝、目覚めたのが自分が住み慣れた自宅のベッドではなく、異世界の貴族の娘が用意した藁の上だと分かった時は、自分が異世界に来たのは夢ではなかったのだと切なくなった。そんな傷心気味のサイトを、ルイズはさも当たり前のようにこき使ってきた。口答えしても、食事を抜かれたいのかと脅してくる。
サイトは悔しかった。外見から見て自分より一つか二つほど年下の少女にいい様に、それも犬や奴隷のように使われていることが。地球の侵略支配に成功した異星人が、先住民である地球人を見下し嘲笑いながら強制労働させる…そんな悪夢を現実でされたかのようだ。
しかもこのルイズという女、自分を故郷から引っぺがしたことをろくに理解していない。そもそもサイトが異世界から来たということすら、手持ちのノートPCとかを証拠に見せても、全く信じなかった。罪を自覚していないというのも、かわいさ余って憎さ百倍であった。
食事の格差も酷かった。魔法学院の生徒たちが三食にありつくアルヴィーズの食堂にて、長テーブルに並ぶ豪華な食事にこちらが感動していると、ルイズはなんと床の上に固いパンと薄味のスープ一杯だけをサイトに与えたのである。もちろんこれにもムカついた。人間に対する扱いではない。
「あんた達は平民な上に使い魔なんだから、本来ならこの神聖な食堂に入ることも許されないんだからね。特別に頼んで入れてもらったんだから感謝しなさいよね」
悪意のある差別的待遇としか思えなかった。
――――――この女、人をなんだと思ってやがる
サイトの中で、沸々と怒りが込み上げてきた。
「ざけんな…こんな横暴認められないぞ。それにこのパンなんだよ!固すぎて食えねえじゃん!」
「…ふん、じゃあ特別にこれあげる」
いちいちうるさく言ってくるサイトを鬱陶しく思ったルイズは、適当に彼の皿に赤くて丸い物体を放り出す。サイトはそれを見て目が点になる。
「よりによってくれたのが人参かよ…」
また余計に憤慨させられたサイトだった。っというか、この世界にも人参があるとは。いや、擬きと言うべきか…なんであれ、施しを与える側であることをいいことに嫌いなものを寄越すとは、こいつどこまでお子ちゃまなんだよ!と頭に来た。
――――残してんじゃねーよ。いけないんだ~
どこからか声がサイトの耳に入る。
ほれみろと思った。声の低さから見て男子生徒の一人がルイズに呆れているらしい。
まぁそりゃそうだな。好き嫌いなんかするから、顔だけ好みってだけのまな板娘になるんだよ。
そんなことを心の中で呟いてると、ルイズの顔を真っ赤にした睨み顔がサイトに突き刺さる。
「な、何が『いけないんだー』よ!折角私がごはんを分けてあげたのに、まだ生意気なこと言うのかしら!?」
椅子から立ち上がってサイトに怒鳴りだすルイズ。
「あ?俺じゃねぇよ今の」
「嘘おっしゃい!さっきの声、あ、ああああんたの方から聞こえてきたんだけど!」
「お前こそ言いがかりはやめろよ。まぁ仮に俺の声だったとしても、まさにその通りだろうが。なんだよこの飯とも言えない飯!」
だがサイトも積もりに積もった不満のあまり、負けないとばかりに言い返した。
「こんなふざけた待遇で働けとか、ブラック企業の方がまともだろ。相応の待遇ってもんを寄越せよ。んな常識もねえのか!」
「ひ、ひひ…人を非常識な奴みたいに言わないでくれる!?私はヴァリエール家の息女よ!」
だから常識に富んでいるんだとでも言いたいのか?だとしたらとんだ常識だ、とサイトはルイズをひどく嫌悪した。
「あらルイズ、あなた人参残してるじゃない。しかも残飯処理に使い魔を使うなんて」
ルイズにとって聞きたくもない声が聞こえてきた。召喚された翌日…今日の朝に使い魔であるサラマンダーを見せつけつつ挨拶してきた。赤い髪に褐色肌の、セクシーな女子生徒だ。確か…キュルケと言っていたか。サイトたちよりも年上の女性のように大人っぽいが、ルイズと同じ学年らしい。
偶然にも、自分とルイズの間に、青い髪の眼鏡をかけた小柄な少女『タバサ』を挟んだ形でそこにいたのだ。ルイズが人参を残したと言う情報はたちまち食堂中に知れ渡る。
「人参も食えないんだからゼロのルイズなんだよ!」
「「「わはははははははは!!!!」」」
近くで見ていた男子生徒のその言葉に吊られ、どっと食堂中がルイズ対する笑い声で埋まった。怒りで顔を真っ赤にしたルイズはサイトを睨み付ける。
お前のせいだとでも言いたいようだが、こっちからすればいい気味だ。逆にルイズを鼻で笑い飛ばし、食堂から去って行った。
「待ちなさいよ!!」と怒鳴り声が聞こえたが、意趣返しにとことん無視した。少しスカッとした。
朝食の後は授業だった。朝食の一件の後、皆の笑いものにされたため、居心地が悪くなったルイズは早々に朝食を済ませて、サイトを探すと、中庭から空を眺めていたサイトを見つけた。
合流した際のサイトは空に浮かぶうっすらと浮かぶ二つの月を見上げ、ため息を漏らしていた。それを見たルイズは人の気も知らないで…と自分のことを棚に上げて、サイトに「次は授業に行くわよ、あんたも来なさい」と命じる。
教室はサイトの知っている高校等のそれとは大きく違う造りだった。石造りで半円状の階段のような構造をしており、最下層には教壇と黒板があった。彼らを見て教室にいた生徒は笑いだし、それを聞いたルイズは無論、サイトもいい気はしなかった。
いざ授業が始まると、魔法についての説明があった。魔法には『火』『水』『土』『風』の四大系統と、失われた『虚無』という五つの系統がある…そこまでは魔法に関してはゲームや漫画等で聞いた程度の認識しかなかったサイトでもとりあえず理解できたが、その後の詳細なところについては、元より学校の授業内容が頭に入りにくいので、聞いてたのはその最初のあたりだけだった。
その時間の授業を担当した『シュヴルーズ』先生から、石を鉱物に変える『錬金』の魔法を試すように言われたルイズ。結果、いつも通り爆発が起こり、教室は机や椅子、窓ガラスの全てが滅茶滅茶になり、授業は中止。
生徒たちからは「いい加減にしろよ」「さっさと学院なんてやめちまえよ!」などの、ルイズに学院から出ていくことを求める不満の声が飛び交った。
ルイズは罰として片づけと掃除を命じられてしまった。
すっかりいじけたルイズは、教室にこそいたが、片づけ掃除作業を全てサイトに押し付けてぐずってしまった。魔法の失敗や他の生徒たちに嗤われたことはかわいそうに思えても、朝飯の件もあってルイズにイライラしていたサイトからすれば、何の咎もない自分が尻拭いを無理やりさせられたようなもの。ただの八つ当たりでしかない。
だから才人は、意趣返しに下手くそな歌を、他の生徒たちのようにルイズを嘲笑う内容の歌を歌いだした。もちろんルイズは怒った。
バチン!
ルイズは我慢ならずサイトの頬をぶっ叩いた。
「…あんた、一週間ごはん抜き!!ご主人様を侮辱した罰だから!」
彼女に叩かれた頬を赤く染めたサイトだが、毅然とした態度でルイズを見下ろしてきた。それも冷たく、ルイズにも負けない怒りに満ちたものだった。
「な…!な、なによその目…そんな無礼な目で私を見ていいと…」
逆にルイズは、その視線に一瞬だけたじろいだが、持ち前の意地っ張りもあって睨み返す。
「何?怒っちゃうのか?ああそうか!怒りたきゃ勝手に怒ってろ!俺は逆切れかましているお前なんかよりもずっと怒ってんだ!
昨日から勝手に俺を召喚したことに謝りもしなければ何の責任も感じないし、あまつさえ雑用係させるわ、しかも床の上で堅いパンにまずいスープ!これって俺に対する八つ当たりって奴か!貴族ってのはそれはまあ、いいご身分って奴だよな?」
しかし、頭に血が昇り切った『彼ら』に、そんな虚勢に満ちた視線など通じなかった。
サイトと、後に彼の中にいることが判明する…『彼』には。
「『魔法が使えない癖に貴族だからってうざったらしく威張る上に、人を人とも扱わねえお前なんか、俺から見たら、俺の故郷を何度も襲ってたくさんの人から大切なものを奪ってへらへら笑い続けた、クソ異星人たちと何一つ変わんねえ!そんな最低女に従う義理もねえよ!
この『良心ゼロ』のルイズ!!』」
溜まり溜まった鬱憤のまま罵詈雑言を浴びせたサイトは、ルイズの前から立ち去って行った。その場で膝をついて、泣き出してしまったルイズの方を一瞥することなく。
「やっちまった…!」
教室から出て行ったサイトの中に、後悔が芽生えていた。
いくらムカついていたからって、女の子相手に言い過ぎたかもしれない。この世界に来てからの苛立ちと鬱憤を一気にすべて吐き出したサイトは、自己嫌悪に陥った。
(いくらあれだけのことをされたからって、女の子相手に…あそこまで怒ることなかったな…)
まさかあそこまで、ルイズに…女の子相手に怒りをぶちまけるとは自分でも思わなかった。いきなり地球から全く他所の世界に放り出されたせいで、精神的な余裕を見失ってたからだろうか。好みのルックスな分だけ憎さ増しましだったのか?
サイトは好奇心も強く、能天気な性格だ。故に知らない環境にも適応しやすく、年頃の思春期少年だから可愛い女の子は好きだ。
だから、さっきまでの自分が普通かどうかと問われると、違うと言いたい。
(なんか随分怒りっぽかったな、さっきの俺。あいつがムカついたのは確かだけど…我ながら、あそこまでストレス溜まってたんだな)
確かにルイズへ怒りを感じたのは本当だ。でも、ルイズに暴言を吐いた時の自分が、自分では無い別の誰かになっていた様な気がした。まるで自分の中にもう一人、別の誰かがいる様な…とにかく自分では無い自分になっていた奇妙な感覚だ。
が、今はある意味もっと重要な問題を抱えていた。
「腹減ったな…」
そう。この腹減りをどうしのぐかだ。ルイズの用意した、あの侘しい朝食セットだけでは心もとない。あんなものしか用意されないようでは、そのうち栄養失調になりそうだ。そう思うと、よくもまぁあんなもので、自分を手なずけようだなんて思ったもんだと、呆れと共に、ルイズへの怒りがまた沸いてくる。
ぐーぐー鳴る自分の腹を抑えながら、サイトは唸った。
「サイトさん、どうしたんですか?」
ちょうどそこで、サイトと年齢が同じくらいのメイドの少女が現れた。黒髪のボブカットで、そばかすがある素朴な美少女だ。一人お腹を抑えてうろついてるサイトを見かねたのだろう。
彼女の名前は『シエスタ』。この学院で奉公しているメイドの一人だ。実は朝食前、ルイズに洗濯ものを押し付けられた際に、洗い場を案内してもらって顔見知りになっていた。
「ああシエスタ。実は今、腹減っちゃってて…」
「そうなんですか?だったら厨房に来ません?賄い食がまだあったと思うので」
彼女は学院の校庭の端に建てられていた二階建ての小屋へ案内する。そこがこの学院の厨房だった。
厨房で用意された賄食だが、その味はとても絶品だった。これらは生徒たちが食事で残したものだと言っていたが、こんなものを残した生徒たちの舌を疑いたくなった。
「まいううううううううう!!!」
もう地球ではだいぶ前に流行って忘れられつつある言葉で、喜びを表すサイト。リスのように口に食べ物を詰め込んでる辺り、相当の感激だったらしい。
「それにしてもサイトさん、ミス・ヴァリエールからご飯貰えなかったのですか?」
「固いパンだったよ。どうせ昼もそんなだろうから…」
「大丈夫なんですか!?貴族の方にそのような態度で…」
不安げに尋ねるシエスタだったが、サイトはルイズの行いを思い出して憤慨した。
「貴族がなんだよ。魔法が使えるからとか身分が高いからって威張りやがって!
確かにそりゃ初めて見た時はすごいとは思うけどよ、他にもっとすげぇ奴らがいるの、俺知ってるし」
昨日の夜からサイトは苛立ちの境地だった。クール星人に誘拐されかけて命が助かったまではよかった。だが、見知らぬ場所にいきなり呼び出され、謝りもせず藁で寝かして、朝食は固いパンにまずいスープ?誰だって嫌になるだろ!とブツブツ言いながら。
それに魔法…よくよく考えれば、確かに地球人から見るとすごく、そして面白い能力だとは思うが、考え直してみると、随分ちっぽけに見えた。
これまで幾度も地球で暴れた怪獣や異星人や…
あの『光の使者』たちの、強大な力と比べると。
「す…すごい!サイトさん勇気あるんですね。貴族に媚びたりへつらったりしない立派な姿勢、尊敬しますわ!」
「い、いやぁそれほどでも…」
シエスタの言葉はお世辞ではなかった。憧れに近い眼差しでサイトを見ている。サイトの言葉を聞いたシエスタは尊敬の眼差しで彼を見つめながら褒め称えると、サイトは照れながらも謙遜の言葉を口にした。
「ですがほとんどの方が、魔法主義の方です。中にはオスマン学院長のような、平民や貴族関係なく皆を公平に扱う立派な貴族もいますけど…」
彼女が言うにはこの学園の長たるオールド・オスマンは平民にも良くしてくれる人物らしかった。サイトはその人物に興味を抱く。
「ミス・ヴァリエールもそういった、立派な貴族になろうとしているんだと思いますよ。実際、私はあの方を貴族様の中で尊敬しているんです」
「え、そうなの?」
あのルイズを!?サイトは目を丸くした。
「ええ、実を言うと、私もお世話になったんことがあるんです」
シエスタの話によると、彼女は以前ある男子生徒に絡まれたことがあったらしい。目的はシエスタを自分のメイドにする…というのは建前で、実際はシエスタを自分の慰み者にしようとした下劣な目的があったという。もちろんこれは立派な校則違反だ。貴族たるもの、平民相手に規範となるべく精進するのが最も理想的。だが、権力を持って調子に乗るあまり、自分より身分の低いものを相手に暴威を振るうこともある。無論、他の連中の目の届かぬよう狡猾に見謀らないながら、だ。
貴族に逆らえない立場のシエスタでもそんなのは嫌だが、相手が貴族では断ることもできない。「先生に報告しますよ!」と言っても、必ずしも聞き入れられるわけではないのだ。中には「貴族を悪く言う平民には罰を与えるべきだ」などと抜かし、結局平民が泣きを見るパターンも少なからずあるのだから。
どうしたものかと思った時、ルイズが現れてその男子生徒を爆発魔法で退けた。その後ルイズは同級生を傷つけたとして罰則を受けたのだが、その男子生徒は学校の風紀を乱し、未遂とはいえ貴族にあるまじき婦女暴行罪で学院を退学させられたという。自分が罰を受けることも顧みず自分を助けてくれたルイズに、シエスタは大きな恩義を感じていた。
あのルイズが…。自分が思っているような、ただの高慢ちきな女じゃなかったのか。ほんの少しだったが、サイトはルイズへの認識を改めた。でも同時に思う。
「シエスタを助けるだけの優しさがあったのなら、少しくらい俺に分けたっていいだろ…」
「…ミス・ヴァリエールは公爵様のご息女ですから、あまり平民に施しを分けると面目が立たないとお考えかもしれません。名家のご出身に相応しい貴族であろうと、日々精進なさってる真面目な方だそうですし」
シエスタがルイズのために一応のフォローを入れてきたが、よくわからん。変な方に真面目さが向かって空回りしてる気がする。そんな気持ちがあるなら、どうして自分に分けてくれなかったのかと、納得がいかないが…シエスタが本人がいないこんなところでもルイズを立てているのだ。少しだけ…ほんの少しだけ信じてみようかと考えた。
食べ終わると、シエスタはサイトに微笑みながら食器の片づけをしはじめた。
「なぁシエスタ。食わしてもらった礼に何か手伝うよ」
食わせてもらってばかりでは申し訳ない。サイトはシエスタに手伝いを申し出た。
「ホントですか?じゃあデザート運ぶの、手伝ってくださいな」
「ああ、いいよ」
二人とシエスタはデザートのケーキを配り始めた。ちなみにちゃっかりケーキが余ったら貰う約束まで取り付けた。