アルビオンは空を飛ぶ大陸であるため、向かうには地上の港町から向かう必要がある。
アンリエッタの任務を引き受けたサイト、ルイズ、ギーシュ、そしてワルドは、翌日の早朝に出発し、港町『ラ・ロシェール』へと向かった。
学院長室にて、窓から出発する四人を見届けたアンリエッタは彼らの無事を祈りながら見送っていた。振り返ると、ソファに添わるオスマンが落ち着いた様子でパイプをふかしていた。
「見送らないのですか?オールド・オスマン」
「ふぉっふぉ。見ての通りですじゃ」
あまりの落ち着き…いや、呑気と言うべきか。アンリエッタはため息を漏らした。
すると、学院長室へ飛び込むようにコルベールが入室した。
「いいいい一大事ですぞ学院長!」
「そんなに慌ててどうしたのじゃ。姫殿下の御前じゃぞ、ツルベール君」
「コルベールです学院長!い、いえ…それよりも!」
「落ち着いてください、ミスタ・コルベール。一体何があったのですか?」
オスマンとは対照的に、あまりにも落ち着かない様子のコルベールに、アンリエッタが落ち着くように言葉をかける。
「も、申し訳ありません、姫殿下…お見苦しいところを。では…」
落ち着きを取り戻してこほんっと咳払いをすると、コルベールは学院に来たと言う使い物のからの知らせを伝えた。
「それが…チェルノボーグの監獄から、収容されていた囚人が全員脱獄したとのことです!先日捕えたフーケも逃げたとのことです!」
「そんな!あの牢獄が…」
王都トリスタニアの城下には、罪を犯したものを集中的に収監する専用の施設が存在する。
その一つにして、このトリステインにおいて最大級とされる監獄の名がチェルノボーグ。
収監されている囚人たちは国に一定以上の損害を与えるほどの危険人物だらけであり、同時に囚人たちが逃げたり外部からの侵入が一切怒らないよう厳重な警備体制が敷かれている。また、その裏では囚人に対して冷酷な尋問や拷問を行うと噂され、トリステイン中では恐怖の代名詞ともされていた。
その牢獄から、囚人が全員脱獄した。由々しき事態である。
「信じられないのはごもっともです姫殿下。ですが、この件を伝えに来た者話によると、現場に宮仕えのメイジが駆けつけた時には、看守は一人残らず皆殺しに遭っていたと…」
コルベールの報告を聞き、アンリエッタの憂い顔が深まった。
昨日、アルビオン軍が怪獣を使役していると言う話をルイズにしたことをアンリエッタは思い出した。謎のメイジが現れ、看守が謎の失踪を遂げ…否、皆殺しにされた。そのどさくさに紛れてフーケを含む囚人たちが脱獄。
「まさか…」
「そうです!城下に裏切者がいるということです!」
「!」
想像したくもなかった事実を聞いて、アンリエッタは思わず口元を覆い隠した。アルビオンで反乱を起こしたあの憎き貴族派…『レコンキスタ』の手の者が、既に徘徊していたという事実。
「オールド・オスマン!元より危険な任務…私としては、殿下のご命令だからとやむなく頷きましたが、我が国の内部からも危険が伴うようでは、ミス・ヴァリエールたちが危険すぎますぞ!彼らに任務を中止し、戻るよう伝えるべきでは!?」
オスマンと同様、コルベールも今回の任務にルイズたちが参加したことは聞かされていたが、彼としては反対であった。
土のドットクラスのギーシュ、かたやゼロと蔑まれているルイズ、伝説の使い魔ガンダールヴと思われる力を手にしたとはいえ平民の少年であるサイト。
まだ若い彼らをアルビオンへ、内戦が勃発しているのみならず、偵察兵によると怪獣も跋扈していると噂される国に向かわせるなど、いくらスクウェアクラスメイジのワルドが一緒でも危険すぎる。それでもルイズたちの出発を許したのは、王族…姫直々の任務という大変栄誉ある事、それに反対することはトリステインの一貴族に過ぎない自分が逆らうことは許されないという暗黙のルールからであった。
だが内側にも危険があると分かった以上、教師として彼らを守るには
「まあまあ、落ち着きなされ。姫殿下。お気持ちはお察しいたしますが、王族たるもの、常に毅然とするものですぞ。ミスタ・コルベール、君もじゃ。どうも君は落ち着きを失いがちじゃのう」
衝撃を受けずにはいられないというのに、オスマンはどういうことか落ち着いた態度をとったままだった。というか、くつろぎ具合が全く持って抜けていない。
「オールド・オスマン!なぜそのような態度をとるのですか!このトリステインに危機が再び訪れようとしていると言うのに!!」
彼の態度にアンリエッタはオスマンに怒鳴るが、対するオスマンは笑みを崩していない。
「既に杖は振られたのですぞ。我々にできるのは待つだけ…違いますかな?」
「そ、それは確かにそうですが…」
何一つ心配に思わないのかこのご老人は。アンリエッタは疑惑の視線をオスマンに向け続ける。しかし、次にオスマンは落ち着いた笑みを向けて窓の外を眺めた。
「彼なら、どんな困難さえも打ち破る…無限の可能性を持っておるような気がしましてな」
「彼?」
オスマンは長年にわたって研鑽を積み、トリステイン魔法学院の学院長にもなった大人物だ。老年になった現在でも並のメイジと比べれば相当の実力者と言える。そんな彼がこうも高く評価している人物と言えば…
…
「ワルド子爵のことですか?それともまさかグラモン元帥のご子息のことですか?」
二人の名前を挙げたアンリエッタだが、オスマンは首を横に振る。彼…そういったから女の子であるルイズは除外される。つまり、残ったのはただ一人だけだ。
「もしや、ルイズの使い魔の少年…ミスタ・サイトのことですか?」
政界を言い当てられたことに満足し、オスマンはほほっと笑って見せた。
「姫殿下もご存じでしょう。わしらのために戦い、守ってくれた巨人…ウルトラマンのことを。彼、サイト君はウルトラマンと深い縁のある世界からこのハルケギニアに召喚されたのです」
「…オールド・オスマンも、ご存じだったのですか?」
「そのお言葉から察するに、殿下もご存じだったようですな」
「ええ、先日…私を襲った亜人、サイトさんがツルクセイジンと呼んでいた者が、彼をそのように呼んでおりましたので」
「そこまですでに分かっていたのなら、話が早いですな。だからこそ、彼を単なるミス・ヴァリエールの付き添いの使い魔としてではなく、今回の任務を請け負う重要なメンバーとして、殿下直々に彼を抜擢したのでございましょう?」
この姫は確かに若さゆえにまだ未熟なところはあるが、先見の目と必要とする事項への理解力が高い。それは同時に周囲からの理解を得られにくい一因にもなるが、未来を切り開くには彼女のような先を見る力がある者が必要なのだ。
「おっしゃる通りです。ワルド子爵の力と、ミスタ・サイトの知識…その二つが合わされば、此度の任務も無事に成し遂げられると…ですが、城下に裏切り者が出たことは完全に想定外でした」
だが、それをアンリエッタが自覚したところで、彼女が不安をぬぐえるわけではない。裏切り者の存在の有無をアンリエッタは読めなかった。
「先ほど、申し上げましたな?彼には無限の可能性があると」
「え、ええ…」
無限の可能性。聞くとどうも大げさな言い方に聞こえる。サイト本人も謙遜するだろう。しかしオスマンは、フーケ事件の時以来サイトのことについて強くそれを感じるようになっていた。
「内側からの不安など、フーケの事件でもまさにそうでありました。ロングビルの偽名を名乗り破壊の杖の強奪を虎視眈々と狙った彼女を、サイト君失くして鎮圧はできなかったでしょうな。
それだけでございません、この魔法学院が謎の円盤に襲われたあの日、彼はウルトラマンが初めてその姿を見せるまで、平民のメイドに嫌がらせをする生徒との決闘を受けて見事打ち勝ったり、円盤の攻撃で逃げ遅れた者たちの誘導を率先してくれたりと、奮闘してくれました。
きっと、ウルトラマンに救われた恩を強く受け止めた上で、あのような勇敢な行動をとったのだとわしは思います。
彼の目を見ると、まさに彼こそ真に『ウルトラマン』と名乗るに相応しい心を持っていると、我々貴族が本来持たなくてはならない大切なものを持っていると、この老いぼれは確信しておるのです」
「…」
ウルトラマンと深い縁のある世界からルイズの魔法によって召喚された少年、平賀才人。アンリエッタは昨日のサイトとの会話を思い出す。
『俺の星、地球はこの世界と同様、怪獣や侵略目的で侵攻してきた宇宙人たちの脅威に晒され続けてきたんです。その度に、ウルトラマンが俺たちを助けてくれました。
もしかしたら、この星にも怪獣だけじゃなく星人の脅威がこの先迫ることになるかもしれない、もしかしたらすでにこの世界に及び始めているかもしれない。
俺は、それを確かめたいんです。この星も地球と同じ危機に陥ってるなら、俺にできる限り、それを何とかしたいんです!』
ただ、たまたまウルトラマンと同じ世界からやってきた…というだけではない。
あんなにまっすぐ、他人のために強い使命を請け負うことのできる人間は、貴族の腐敗が目立ち始める今の時代において珍しく、そしてとても眩しい。
オスマンの言う通り、そのような気がしてきた。
無限の可能性を、彼は秘めているかもしれない、と。
「ならば祈りましょう。異世界から吹く風に」
もう窓の外から見える景色にルイズたちの姿はなかった。もうここから見えないくらい遠くへ旅立ったのだろう。
アンリエッタは微笑みながら、アルビオンへの旅路をゆくルイズたちの無事の帰還を祈った。
早朝からの早馬。ラ・ロシェールは出発から早馬で二日もかかる距離だった。
馬に乗り慣れていないせいもあったとはいえサイトは到着したころにはひどく疲れきっていた。貴族であるため乗馬技術の取得が義務と言えるギーシュも同じだった。
とはいえ、急いだことで予定よりやや早めにラ・ロシェールの町へたどり着くことができた。
サイトは最初、港町と言うから海に面しているとばかり思っていたが、実際は狭い峡谷の間にできた町を見て目を丸くした。
どうしてこんな山奥に港町なのかと問うと、アルビオンは浮遊大陸であることや、風石と呼ばれる石で空を飛ぶ船で行くものだとルイズが説明してくれた。
一枚岩を削ってできた無数の巧みな建物、空を飛ぶ船に浮遊大陸…異世界と魔法の偉大さに改めてサイトは感服した。
この町から空を飛ぶ船でアルビオンへと向かうということらしい。
だがここで問題が発生した。アルビオンがハルケギニア大陸に近づく日、二つの月が重なる『スヴェル』の夜の翌日…つまり一日か二日ほどこの町で足止めを食うことになった。
しかも、アルビオンで起きている内紛の影響で風石の産出量が例年より減っており、やはり内紛のこともあってアルビオン行きを一度取りやめるべきではとの話もあるらしい。
早馬でここまで来たので、サイトとギーシュはバテバテであり、一時の休息としてはちょうどよい機会でもあった。
ワルドの計らいで、ラ・ロシェールの町で一番上等な宿、『女神の杵』で一行は一度休むことになった。
その町の、山肌に設けられた建物の中でも特に頂上に近い位置の一角の民家…。
窓から差し込む月の光では十分に明るさを確保できていない、テーブルの上の蝋燭一本だけで照らされたその薄暗い空間。
そこに二人の人物が、向かい合う形で椅子に腰かけていた。
一人は、先日ツルク星人と結託してアンリエッタを誘拐しようとした黒マントを羽織った白い仮面の男。もう一人は…あの土くれのフーケであった。
「それで、今度はあたしに何をさせようってんだい?あんなしけた牢屋から引っ張り上げてまでさ」
フーケは、脱獄できたことに感謝こそしている一方で、この仮面の男を警戒していた。決して善意で助けたのではなく、自分を利用するためにこの男は自分や他の囚人らを脱獄させたのだ。
「言っただろう。我ら『レコンキスタ』には、あの忌々しいエルフ共から、始祖ブリミルが降臨なされた『聖地』を取り戻す大義がある。そのために一人でも多くの優秀な手勢を欲しているのだ」
大義…聞こえはいいが、所詮は詭弁だろうとフーケには思えてならなかった。
エルフ。砂漠地帯に身を置く、地球においてもファンタジー系の創作物の中でも有名な種族で、このハルケギニアに実在する長命の種族だ。
ハルケギニア大陸においてはメイジたちが魔法の力を頼りに貴族として大勢の民たちを統治、支配しており、その背景から魔法を扱えない平民を見下す者が多い。
だがそんな彼らでも、昔から恐れる存在の一つとしてエルフが挙げられた。
彼らの扱う魔法は、メイジが扱うそれとは根本的に異なり、その力は単純計算でメイジの数倍以上にも及び、メイジの魔法も彼らには正攻法からでは通じないほど強力なものとされる。エルフ一人を倒すためには、相当数の人数のメイジが必要とされるほどの恐るべき敵であった。同時に、必要とされる犠牲者も…
なぜ彼らがハルケギニアのメイジと対立することになったかと言うと、約6000年前に『始祖ブリミル』が降臨したとされる地…『聖地』をエルフたちが『悪魔が降臨した地』として恐れ封じたためである。
詳しい経緯は広く知られていないものの、少なくとも敬虔なブリミル教徒が大多数を占めるハルケギニアの貴族たちにとって実に面白くないことで、昔からエルフとの和解ができない最大の要因である。
大義などと大層なことをレコンキスタが主張しているが、結局のところ無駄な犠牲を払う戦争をまた繰り返す愚を犯しているとしか、フーケは思っていなかった。
…尤も彼女の場合、『個人的な理由』から…というものもあるが。
「そんなことはわかってるのさ。どうでもいいけどね。あたしがあんたに訊いているのは、今回の仕事内容だよ」
早く話せと、フーケは急かす。
「…俺たちの目的は、アンリエッタがウェールズに当てた手紙を奪取し同盟を破棄させることだ。その手紙はウェールズが間違いなく所持しているはず。
だが、今の王党派には『強力な守り手』がいて、ウェールズを直接叩くことは叶わない。ヴァリエールの娘にも厄介な奴が一人任務に同行していて手を出すことが難しい状況だ。加えて、前回ツルク星人を据えた仕事は、不足の事態も起きた。まさか邪魔者がもう一人…いや二人か、現れるとはな」
驚くことに仮面の男は、どういうわけか密命遂行中のルイズたちの動きを把握していた。だがそんな彼でも、迂闊にウェールズたち王党派のみならず、ルイズたちに手を下すことができない状態だった。
「あの使い魔の坊やのことかい?確かにあの子、すばしっこいうえに、怪獣にも立ち向かっていくなんて大したもんさ。口先だけのメイジよりずっとマシな男だろうさ」
最初に彼の戦いを見たのは、学院長秘書ロングビルとして。ギーシュとの決闘では、彼のゴーレムから武器を奪い取った途端に、人間離れした跳躍力、素早く力強い身のこなしでゴーレムを次々と破壊して除けた。二度目は予定通り破壊の杖を奪おうと暗躍していた時。怪獣をけしかけ、サイトに破壊の杖を使わせることでその使用方法を探った。あの少年は事実破壊の杖を使いこなし、怪獣を相手に一歩も退かなかった。
仮面の男の懸念通り、並のメイジが下手に挑戦しても煮え湯を飲まされるだけだろう。
「けど、解せないね。エルフとやり合って聖地回復なんて言っておきながら、坊や一人にビビってるってのかい?他の邪魔者って言うのも…」
フーケは仮面の男を嘲るように言った。
直後、フーケの後ろの壁がボン!と暴発するように吹き飛ばされた。風の魔法によるものだ。
フーケは今巻き起こった風に、怒りの感情が滲み出ていたのを察した。仮面の男の気を害したのだ。
「口の利き方に気を付けるんだな。だいたい、その坊やとやらのおかげで縛に着いた分際の貴様が、俺を嗤える立場か?」
仮面を被っていたことで表情や口の動きが悟られないせいもあるだろうが、それにしては呪文の詠唱が速すぎた。下手なことをすれば命はない、と暗に告げたのだとフーケは受け取り、それ以上は胸の内に仕舞った。
(気の短い男だね)
し かしこの男がますます解せない。一度は投獄された自分をわざわざ頼るとは。よほどこの男は余裕のない状況らしい。
「まぁいい。貴様にはこれからやってもらうことがある」
仮面の男は机の上に大きな紙を広げた。ラ・ロシェールとその付近一帯の地形図を記した地図だ。
「酒場で我々レコンキスタが雇った者どもから聞いた話によると、この街の風石の産出量が著しく減っている。原因の一つとして、アルビオン王政府とレコンキスタの戦だ」
「戦なんだから当然じゃなくって?」
「その通りだが、異常なのは戦で発生する風石の減量数が、想定よりも遥かに多いことだ。
して、アルビオン行きの船便は、予定では月が重なるスヴェルの夜に出立予定。それまでに必要な量の風石か風メイジの力を埋め合わせしなければ、アルビオンへ行くことができない」
ウェールズの手紙を奪いトリステインとゲルマニアの同盟を破棄させるには、アルビオンへ行くことは必須。だが、今現在のラ・ロシェールは風石の残量が著しく減っているため、これでは出立予定日になってもアルビオンへ行くことがそもそもできないのであった。
「つまり、あたしに風石を堀りに炭鉱夫の真似事でもしろってのかい?そりゃ、あたしは土のメイジだから地面を掘るくらいわけないけどさ」
「慌てるな。まだこの話に続きがある」
仮面の男は、地図の中心に描かれたラ・ロシェールの町に羽ペンを刺し、そこから赤いインクを、街の外の山のとある一点へと一本線を引いた。その一点とは、獣の横顔に似せたマーク。何らかの魔物がそこにいることを示しているようなマークだった。
「貴様も一度はやった手口だ。今回もそれをやればいい」
「一度やった手口……つまり、あれかい?そのいかにもなマークの意味は…」
「そうだ。貴様が想像している通りの奴がいる」
嫌な予感と言うものほどよく当たるものだとフーケは思った。
「わかっていると思うが、拒否権はない。逃げたら…殺す。
貴様が密かに匿っている『あの娘』共を、な」
フーケはそれを聞いて、ギリっと奥歯を噛み締めた。
翌日の早朝、サイトは自分でも珍しく早起きだった。
詳細を語ると、先日の夜…ワルドに決闘を申し込まれた。ワルドはどうも、自分の実力を確かめたいとのことだそうだ。
彼は魔法学院でサイトやルイズの前に現れる前日まで、サイトたちと魔法学院に降りかかった事件について独自に調べていたとのことで、フーケの破壊の杖強奪未遂事件のことも調べ上げていた。
平民でありながら、怪獣たちの猛攻すらもかいくぐり、フーケを捕えて破壊の杖を取り戻した。それで、貴族として、男としてサイトの力に興味がわいたとのことであった。
「にしても、何もこんな朝早くに決闘なんて…ふあぁ」
『なにだらしのねぇ欠伸してんだよ。しっかりしやがれ』
「俺は遅寝遅起き派なんだよ…」
『適当なこと言いやがって。折角5000年以上鍛え上げた俺の体まで、お前と一体化してる影響でなまっちまうだろ。
そんなんじゃ、ギーシュの野郎みたいな糸のように細くてヒョロヒョロの運動力皆無ボディみたいになるのは嫌だぜ』
「そりゃ同感だけどよ…」
脳内でゼロがサイトの意識覚醒を促してくるが、サイトは夜更かしでゲームをして翌日学校に遅刻か宿題忘れ…と言ったことが多々あった方なので早起きは苦手だ。
ちなみにギーシュは先日の休憩時間が短い早馬の影響で、ひどく疲れて今も眠っている。使い魔のモグラ―――アルビオンは浮遊大陸なので連れていくことはできないとルイズから言われていたが、せめて港町まではと意地でも引き連れてきた―――を抱き枕代わりにしてぐっすり眠っている。寝言でモンモランシーの名前を呟いており、浮気した癖に未練たらたらだなと、サイトとゼロは呆れたものだ。
『まぁ、なんだかんだ言って、律儀に守ってる辺りは褒めてやるぜ』
「そりゃどうも」
『よっぽどワルドの野郎が、ルイズに構ってるのが嫌だったみたいだな』
「んなんじゃねぇよ!」
サイトはムキになって声を上げた。
実際、ここに来るまでの道中サイトは気が気でなかった。ルイズはワルドのグリフォンで彼と毎度相乗りしていたせいだ。婚約者とは言えやたら密着して、サイトのストレスは募るばかり。ルイズなんてきゃあきゃあと、人の気も知らないで上擦った声を上げてばかりだ。
『そうかぁ?宿の部屋割りだって、お前とギーシュ、そしてルイズとワルドの奴の二組の割り当てになった時から、お前気が気でなかったのが丸わかりだったぜ?ムキになるところが逆に怪しいなぁ~。やだねぇ、男の嫉妬ってやつは』
露骨に揶揄うゼロだが事実その通り、二人部屋が二つしか空いていなかったとは言え、ワルドがルイズと部屋を共にしたことで、サイトはものすごくハラハラしていた。
ルックスがかなり好みで、なんだかんだ上手く使い魔と主人という関係でやっていった少女が、他の男と急速に距離を縮める。恋愛経験無しのサイトには免疫がないことであった。
「お前だって男だろうが…!ってか、そういうお前こそどうなん…」
言い返そうとしたところで、デルフが鞘から顔を出した。
「相棒よぉ、そうやってぶつぶつ呟いてるのを見ると、ひとりごとに勤しむ可哀そうなやつに見えてくるな」
デルフに言われ、ハッと我に帰るサイト。今は朝早くの時間帯のため、外に出ている人はいない。
「早朝でよかったな」
「…余計なこと言うなっての。なんか恥ずくなるだろ」
ホッとしたものの、ゼロと一体化している事情を知っているとは言えデルフに見られていたことに変わり無く、言われてみると少し恥ずかしい気がしたサイトだった。
少し歩いて、ワルドの指定していた場所に辿り着く。
そこは今、宿で使われなくなったものが放置された物置き場だったが、決闘を行うには十分なスペースが空いていた。
「本気でサイトと決闘なんてするつもりなの?」
さっとサイトは物陰に隠れた。ルイズの声だ。なぜか物陰に隠れて話し相手を確かめると、案の定ワルドが相手だった。
「もちろんさ。彼の力を正確に把握することも、今回の任務において重要なことだ」
「そんなことしてる場合じゃないのよ?
今この街って風石が足りなくなってるせいでアルビオンに行けるかどうかも怪しくなってるのよ」
(え?そうなのか?)
サイトには初耳であった。これからアルビオンって国に行こうと思っていた矢先に、まさか行けなくなるかもしれないという事態になっていたとは。
「そのためにも、これから風石の採掘現場に向かって調査を行う予定だ。もし十分に取れなくとも、僕の魔法で補う」
「そうよ。だから余計な体力を使って明日に響いたら任務どころじゃなくなってしまうんだから」
「そうはいかないよ。まだ僕は彼の力量を把握しきれていない。風石採掘作業前の今のタイミングでなければ、彼との決闘は行えそうにないんだ。
どのみちスヴェルの夜の日にならなければアルビオン行きの便は出ない。同じことさ」
それはそうだけど、とルイズは呟く。
「ねぇワルド、どうしてそこまでこだわるの?サイトに決闘を申し込んだのだって、昨日言ってたみたいに、サイトが伝説の使い魔だから?」
伝説の?ゼロを宥める言葉に悩んでいたサイトはピクッと反応した。
オスマンの爺さんも言ってたな。ガンダールヴとかなんとかって。
ゼロも気になったようで、サイトの体を介して、彼の左手に刻まれているのが、伝説の使い魔ガンダールヴのルーンだと話していた時のことを思い出す。
そんなこと言われたっけと、改めて左手に刻まれたそのルーンを見るサイト。
それにしても、ルイズやワルドも既に知ってたのか?
ワルドの話はまだ続く。
「そうだ。君の使い魔は、始祖ブリミルが従えた四人の伝説の使い魔の一人、ガンダールヴの力を持っているようなんだ」
「で、伝説の…まだ言ってるのワルド。私がそんなすごい使い魔、召喚できるはずないわ」
「いいや。過去の資料を読み漁って得たところ、符合する点が多かったんだ。ほぼ事実といえる。
つまり君は伝説のメイジにして我らが始祖、ブリミルの力を受け継いだんだ」
そんな馬鹿な、とルイズは思った。
陰から話を聞いていたサイトも、ゼロも、ワルドの話を信じられなかった。
ルイズが伝説の魔法使い?身近な存在が実はすごい奴でした何て言われても、ピンとこない。
ただ、否定しきれない何かも感じていた。この左手のルーン、使ったことのない武器であっても、武器を握るだけで使い方を理解し、その上身体能力が飛躍的に上がる。それだけでもとんでもない力だ。
それにしても、とゼロは思う。
(あの野郎、なんでそんな突拍子もねぇことをベラベラルイズに喋ってやがるんだ?いきなりそんな話されたって、素直に信じる馬鹿がいるか?)
婚約者の気を惹きたいからなのか、流石に褒めちぎりではないかと思っていると、ルイズも同じようなことを口にした。
「ワルド、流石に私を持ち上げすぎよ。あなただって忘れたわけじゃないでしょう?私、成功率ゼロなのよ」
「今はまだ力に目覚めていないだけだ。でも彼が召喚されたのは、きっとその兆候なんだ。
君がその力を覚醒させれば、きっと君は誰よりもすごいメイジになる。婚約者として、それに見合う男でありたいんだ。君をあらゆる災いから守れるただ一人の男に、僕はなりたいんだ」
自分ですら認めきれない自分の価値を、婚約者として信じて大事にしてくれるワルドの言葉は、年頃の少女であるルイズの心を揺さぶる。
「それに男と言うのは面倒な生き物なのさ。通したい意地は通しておきたいのさ。貴族ならなおのことさ。今僕は、はっきり確認したいんだ。彼の力と…何より自分自身の力を、ね」
ワルドはちらっとサイトの隠れている柱の影に目を映す。サイトは思わずドキッとした。
「もう来ているんだろう使い魔君。何も隠れることはないはずだ。出て来たまえ」
バレてたのかよ…とサイトは頭の後ろを描きながら、柱の影から出て来た。
「さ、サイト!来てたなら言いなさいよ!」
ルイズがテンパりながらサイトに怒鳴った。つい先ほどワルドに甘い言葉を告げられまくっただけに、聞かれた気恥ずかしさが込み上げていた。
「悪かったよ。なんか話し込んでるから…で、そう言うルイズこそ何でここにいるんだよ」
「僕が決闘の介添え人として呼んだんだ」
サイトの質問にワルドが答えた。
「この宿は、はるか昔のアルビオンとの戦闘に備えて建造された砦だったものを改装したのだそうだ。
当時は僕らの立っているこの場が、その砦の練兵場だった」
なるほど、通りで物置にしては広いと思ったとサイトは思った。
「当時はさまざまな理由で決闘も頻発していたとのことだ。下らない理由も含めてね。たとえばそう…女性の取り合いとか」
そう言いながらワルドは、ルイズから少しずつ離れた位置まで移動する。サイトとの距離も8メイルほど。決闘の初期位置らしい距離感が開いた。
向こうは相当にやる気のようだ。しかもルイズまでこの場に呼び寄せてまで。
「だから確かめたいのさ。
君がこれからの任務において背中を預けられるに値する存在か、それとも…ウルトラマンに救われただけで満足し何も努力していない惰弱な人間でしかないのか」
サイトは今の言葉にカチンと来た。
『ちっ、ワルドの野郎、あいつの前でお前をボコる気だろうな』
『みたいだな…くそ、この髭野郎』
男として悔しいと思いつつワルドをいい奴だなと思った矢先、男として見せつけようと言うキザなところは見た目通りだったかと悟り、サイトはワルドに対してなんだかむかっとして来た。
『サイト、遠慮はいらねぇ。ワルドをボコっちまえ!』
「あぁ…!」
サイトはデルフを鞘から引き抜いて構える。
「サイト、やめなさい!命令よ!」
ルイズがサイトに剣を下すように命じるが、サイトもワルドも構えを解こうとしない。ギーシュの時と同じだ。ワルドも誘った側なだけにすっかりやる気だ。
男というのは、なんでこうなのか。
ルイズが呆れて頭を抱えている間に、決闘は始まった。