ラ・ロシェールは山岳地帯に建てられた港町である。
なぜ山奥に?と首を傾げる者もいるだろうが、ここは魔法が存在する異世界。空を飛ぶ船が存在する。
早い話、地球で言えば空港に当たる街なのだ。
桟橋は、200か300メイルほどの大きな枯れ木の内部をくり抜き、そこから必要な設備を加えて作られていた。
ガボラとの戦いから翌日、アルビオン行きの船に大量の風石が燃料として詰め込まれ、時間通り船はアルビオンに向かって出航した。
「いやはや、本当にありがとうございます!あの化け物をやっつけてくださるなんてなんとお礼を申し上げれば!」
「任務のため、貴族としての使命を全うしたまでだよ。それに此度の場合、奴の弱点を見つけることができたから対処できたんだ。本当だったら僕一人でどうにかできる相手ではなかったよ」
深く感謝を述べてぺこぺこと頭を下げる船長に、ワルドは笑った。
ガボラの弱点は頭部への強い衝撃。それを与えるにはどうすればいいのか。もしガボラが首回りの外甲を回転させて空を飛ぶ能力を見せなければ、ワルドもガボラを倒せなかったと感じていた。正直運が良かったとも言える。尤も、敵の能力を利用し倒せないとばかり思っていた敵を屠ったこの結果は、ワルドの知恵と力が優れていることを一層強く表した。
「いやいや、しかし我々は運が良い!貴族様が化け物をやっつけただけでなく、まさか奴の体からあれだけたくさんの風石が取り出せたなんて!」
風石の件だが、実はワルドがガボラを倒したことで一挙に解決した。ガボラの死体から、ガボラが捕食したと思われる大量の風石が採取されたためだ。おかげでサイトたちは予定通りアルビオンへ出航できるようになった。しかも予想以上の量が採れたことで、ラ・ロシェールの炭鉱夫たちは『釣りが余るくらいだ』と大喜び。ちょうど今、その風石がアルビオン行の便の船に、船員たちの手で運ばれていってるのだが、次々と詰め込まれているその光景はもはや底が尽きる気配すら見受けられない。
「しかしそれに引き換え、あのウルトラマンという巨人、はた迷惑な奴でしたよ。貴族様と違って野蛮に暴れまわるばかりで、結局町が余計に荒れてしまいましたよ。街の者たちも疫病神として見てましたぜ」
喜びの表情から一転、船長は嫌なことを思い出したことを露骨に表情に出した。実際彼の言う通り、ガボラに挑んだゼロがラ・ロシェールにもたらしたのは、結果的に災厄だけであった。周囲をろくに顧みない戦いで建物を次々と破壊し、逃げ遅れた人にも多数の怪我人を出したらしい。おかげでラ・ロシェールの人々のウルトラマンゼロへの評価は良くて中の下以下であった。
「あの巨人は都を化け物から救ったらしいぞ」
「そんなの嘘だ!あの巨人も、化け物と同じに違いねぇ!」
「俺たちの町をあんなにぼろぼろにしやがって!次現れたらただじゃおかねぇ!」
「町で暴れるくらいならどこか遠いところでやってほしいわ!おかげで家も潰されて、明日からどうやって生活すればいいのよ!」
「わしの孫が、あの化け物共が暴れまわった時に瓦礫の下敷きに…おのれ、始祖がお許しになっても、わしは孫を殺したあの化け物共を許さん!」
以上が、町を去るまでの間、ラ・ロシェールの住民たちからのウルトラマンゼロへの評価コメントだ。いずれも罵詈雑言で、何と中には、死者…それも幼い子供もいたらしい。事実上、ウルトラマンが子供を殺害したと言えてしまう事態だった。
「…」
それを聞いていたサイトは、俯いていた。隣で見ていたルイズにも表情は見えなかったが、どんな顔をしているか、想像に容易かった。
「夜にはスカボローの港へ到着するでしょう。それまでどうかごゆっくり」
船長はそういうと、ルイズたちの前から歩き去っていった。
「…さて、怪獣を倒したことに続いて風石の積み込みで疲れてしまったな。僕も一旦部屋で休ませてもらう。君たちも無理せず、部屋で英気を養うとよい」
ワルドも船長の後に続くように、船内へ入っていった。
「ウルトラマン…都じゃ、国を救った英雄だったのにねぇ」
残念そうに、だが他人事でしかないのでどこか気のない呟きを漏らすキュルケ。
「……それはそうと」
ルイズは頭を掻きむしりながら、彼女に向かって指をさした。
「なんであんたたちまでいるのよ!キュルケ、タバサ!」
そう、アンリエッタ直々の密命であるはずなのに、なぜかキュルケまでもがいつの間にかここにいた。しかもタバサまでも、寝間着姿のまま同行している。
「あんた達が出かけるの見たもんだから、急いでタバサを叩き起して着いて来たのよ」
タバサもコクコクと首を縦に振っている。要らないところばかり積極的な二人に、ルイズは額を押さえた。
「あのねぇ、これは『お忍びの任務』なのよ?」
「あっそ。お忍びなんて言ってくれなかったから分からなかったわ~」
「~~~ッ!!!さっさと魔法学院に帰りなさいよ!シルフィードならひとっ飛びでしょ!」
「酷い言い草ね。怪獣から採れた風石、ワルド様とギーシュだけじゃすぐに運びきれなかったでしょ?あたしたちのおかげで積み込めたってこと、忘れたのかしら?『ゼロ』のあなたと違って」
「ぐぐ…」
どんなに重くて沢山な量の荷運びも、普通のメイジなら〈レビテーション〉の魔法で一挙に解決できる。複数人でクラスが高いメイジが集まればさらにその量も比例して多くなる。スクウェアであるワルドとドットクラスのギーシュに、トライアングルクラスの彼女たちも加わったおかげで、ガボラの体から大量に採取された風石を運ぶことができた。
一方でルイズは知っての通りコモンマジックもろくに使えない。何もしていない。というか、ワルドたちと比べて微々たる量、それも手でしか運べないので風石運びにおいてはいてもいなくても同じであった。
「それに、勘違いしないでね。あなたを助けに来たんじゃなくって……あんたの婚約者殿とやらに興味があったからよ」
「あんたワルドにまで!」
ルイズは目を吊り上げた。この女、ワルドにまで色目を使うつもりか。いや、ここ百数年ほどのヴァリエールとツェルプストー家の因縁…トリステインとゲルマニアが戦争状態に陥ると真っ先に殺し合う間柄であり、それを抜いても婚約を交わした異性を度々寝取ってきたツェルプストーの女だ。現にこの女は学院内の男子からの人気を独占していると言っていい。考えてみれば十分にあり得ることだ。この女がワルドに言い寄るなど。
…が、彼女は意外な反応を表した。
「安心なさいルイズ。もうあたし、あの男に微塵も興味はないわ」
「はぁ!?」
いきなり何を言い出すのだと、ルイズは耳を疑った。
「最初は気付かなかったけどあの男、背も高いし顔もイケてるけど、中身はダメね。目が冷たくて情熱を知らない氷の目をしてるのよ。つまんない男だわ」
実を言うと、ガボラの遺体から風石を運び込む前、既にキュルケはワルドにアプローチを仕掛けていた。数多の男たちを手玉に取ってきたお色気たっぷりの視線や仕草を持ってワルドも篭絡しようとしたのだが、結果は彼女の予想に反して惨敗だった。ワルドはキュルケのアプローチを微塵も受け止めず、「婚約者に誤解させたくない」との一点張りでキュルケを拒絶してしまった。この際にルイズとワルドが婚約を交わした者同士であることを知ったこともあったのだが、それだけでヴァリエールの婚約者をあっさり切り捨てるようなキュルケではない。ワルドの反応を受けたことで上述の通りに彼への興味を失ったのだ。
「やっぱり男は熱くないと!ねえダーリン!!」
切り替えが早いのか、さっきまでのキュルケの姿はなく、彼女はターゲットをサイトに変え、彼に抱きついてきた。
「ホントはね、ダーリンが心配だったのよ?」
愛想良くサイトに語りかけるキュルケ。
ルイズは、ワルドへの興味をあっさり捨てたキュルケに一時ぽかんとしていた。でもキュルケの熱しやすく冷めやすい性格を思えば、納得の反応と言えよう。
サイトは迷惑そうな顔をするものの、抱き着かれて顔が朱色に染まっている。
「………嘘つけ」
実際キュルケの言っていることはまるっきりの嘘である。アンリエッタの来訪時にワルドに見惚れていた時からここに来るまでの間、キュルケはサイトのことなど眼中にも脳裏にも示していなかった。実はサイトが気になってましたなんて、今更ながらの都合のいいセリフである。しかし言ったところで、もうワルドに興味を抱かなくなったキュルケにとってどうでも良いことだ。
「あら?もしかしてダーリンやきもち?やだカワイイ!!」
ふてくされているサイトをよそに、彼女はサイトにより強く抱きつく。ひたすら慌てるサイトとラブコールを繰り返すキュルケ。
「ちょっとキュルケ!毎度毎度人の使い魔になにして――――――」
すかさずサイトへのアプローチを再開するキュルケを見て、ルイズは怒って二人を引き離そうとする。
しかし、一方でサイトはキュルケの両手に触れると、すり抜かせるように彼女の手を解いた。
「………」
「ダーリン?」
いつもならもっと顔を赤くして慌ててくれるサイト。キュルケにはそれがかわいく見えたし、ルイズへのあてつけも兼ねていたから趣味にしておきたいくらい好きだったのだが、今のサイトは様子がおかしかった。誰も見たくないと言った様子だった。
「昨日からあんななんだ。そっとしてあげてくれ」
自分なりにサイトを気遣って、ギーシュがキュルケにそう言った。
キュルケにとって、サイトに最後に会ったのは姫殿下来訪の時だ。あれからのわずかな期間の間に何があったのだろうか。
「一体どうしたのよ。ギーシュたちも気にしてたけど、昨日の夜からあんた、すごく不機嫌そうじゃない」
ルイズが心配そうにサイトに言う。顔にまで出ちゃってたのかな…。サイトは自分が今不機嫌な理由を明かす。
「昨日の、ウルトラマンゼロのやったことが、あんまり許せなくってさ…」
「…そうね。私も…」
ルイズも先日のゼロの、結果的にとはいえガボラを相手に周りを顧みなさ過ぎた戦いで、街の建物子多くが壊され、怪我人や死者も出た。ゼロによって大きな被害を与えたことに怒っていた。
「…あんたには悪いけど、あんなの見たらとてもじゃないけど、ウルトラマンのことを信用できないわ。街を滅茶苦茶にしたんだもの」
ルイズがこういうのも致し方ないだろう。この世界では、まだウルトラマンの存在は認知されたばかり、それもまだインターネットどころか電話線さえも張り巡らされるほど近代的な発展を遂げてないから世界的に見てもごく一部しか知らない。どこかで一度でも悪いイメージが付いたら、たとえその前に英雄的イメージがまとわりついていても、場所によって見る目が180度も異なってしまう。
『…』
ゼロも、ルイズの意見を聞いていた。サイトがこうして表に出ている間も、嫌でも聞こえてしまうのだ。さっき、崩壊したラ・ロシェールの人たちの自分に対する怒りの声も、その身に受け止めさせられた。
「そう、だな…」
「あら、意外ね。そんなことない!って言ってくるって思ってたのに」
やはりどうも、サイトの様子はおかしい。サイトとしても、昨日のゼロの行いが許せなかったということだろうか。
「そう言えばルイズ」
今はゼロの話など話題に上げたくもない。サイトは違う話に切り替えることにした。
「えと…ワルドさんのとこに、いなくていいのか…?」
その時、サイトは我ながら何を言い出すんだ!と思った。なぜ、ワルドなんかのことを話題に挙げようとしたのだろうが。ルイズのワルドへの褒め言葉を並べる姿が容易に浮かんでしまった。
「べ、別にいいでしょ…」
しかし、そんな言葉は一言も放たれなかった。朱色に顔を染めてサイトから視線をそらしている。
「別にいいって、なんでだよ?その…婚約者なんだろ」
つまり、自分の結婚相手だ。なのに、ルイズはワルドよりも自分の傍にいようとしている気がする。
「…そうだけど…。確かに、ワルドは婚約者よ。でも、それは親同士が勝手に決めたことだし、10年間ずっと会わないままだったし…」
だから、あのような形で再会を果たし、そしてワルドが自分を想ってくれていることにルイズは戸惑いを覚えていた。
「だったら、今からでも二人で話して来たら…どうなんだ?」
いずれ地球に帰るつもりでいる自分がこれ以上、ルイズたちと密接な関係を置くべきじゃない。なら、自分よりもワルドに構うべきじゃないか。だからサイトは、ルイズを遠回しに突き放すように言った。
「……何よ、ちょっとだけ心配になったから声をかけてあげたのに」
「何か言った?」
ポツリと不満そうに呟くルイズだが、サイトの耳にかすかに聞こえた程度だった。
「なんでもないわよ!いいわよ、ワルドと話してる方が有意義な時間を過ごせそうだし…」
ふん!と荒い鼻息を飛ばし、ルイズはぷりぷり怒りながら踵を返して、ワルドの元へと行ってしまった。
「いいのかよ相棒?貴族の娘っ子にあんなこと言っちまって」
デルフが鞘から顔を出して、サイトに言う。
「いいんだ。これで…」
遠い目で空を眺めながらサイトはそう言った。すると、ギーシュがルイズとすれ違う形でサイトの元にやってきた。
「ルイズが何やら不機嫌そうだったが、喧嘩でもしたのかい?」
「別に、婚約者の元にいた方がいいと思ったから、言って来いって言っただけだけど」
ギーシュと目を合わせないままサイトは言った。
「そうか。ならいいんだ」
「いいって何が?」
サイトはギーシュを横目で見る。
「使い魔と平民、主人と使い魔、叶わない恋心を抱くのは、後々君が辛い思いをするだけだからね」
「別に恋とかじゃねえよ」
「でも、実際ルイズがあの婚約者と結婚したら、サイトをどうするのかしらね?」
キュルケが頭に浮かんだ疑問を、特に深く気にするものでもないようだが口にする。タバサは何となくキュルケについてきたくらいで特に深い理由はない。
「決まってるじゃないかキュルケ。使い魔は主人と共にいるべきだろ。当然僕はヴェルダンデと生涯一緒さ!」
「ダメよ。新婚さんの邪魔でしょ。というわけでダーリン、あたしのものになって♥」
「お、俺を物扱いするな」
なんで流れるようにそうなる!抱きついてきたキュルケにサイトは突っ込む。
「あぁ、そう言えばあのメイドもいたわね」
メイドと聞いて、ギーシュはああ!と思い出して相槌を打つ。
「確か、シエスタといっていたね。もしや、シエスタとそんな関係だったかい?」
「シエスタとはそーゆー関係じゃないって」
シエスタは確かにいい子だ。体つきも…その…すごい見事なスタイルだったし、美貌も貴族の令嬢にも負けないと、マルトー親父も絶賛している。あのそばかすも愛嬌の証だ。さらに家事も料理も現役メイドなだけあって超得意。間違いなくいいお嫁さんになるタイプだ。…けど、俺はいずれシエスタともお別れする。だから、深い仲になることはできない。
「もう、ダーリンったらあたしをそっちのけでルイズやメイドばっかり!あたしにも構ってよ~」
「だあああ!そんなにすり寄るなって!」
胸をやたらくっつけて誘惑してくるキュルケに、サイトは赤くなる。
だめだだめだ!クールに、ストイックになるのだ!ルイズだろうが、キュルケだろうが、この世界で一緒に骨をうずめる相手を見つけるなんて許されない!
…とは心の中で言ったのだが、その時の彼は心穏やかではなかった。ワルドとルイズの関係、何でもないふりをしているが、実際サイトはかなり気にしていた。でも、いつかは地球へ帰る身の自分が、下手に情を移すような真似なんてしていいわけがない。
だから…これでいい。俺はただ、この世界の人たちが怪獣や星人の脅威から守るために、地球で暮らしていた頃の知識を用いて、この世界の人たちを守って見せたい。
ゼロとはもうそりが合う気がしない、昨日から彼の声は一言も聞こえていない。
もう『ゼロ』の力は頼らず、『俺自身の力だけ』でできることをする。それが、俺の望みなんだと…。
ふと、タバサは空の向こうをじっと眺めていた。サイトにじゃれていたキュルケもそれに気づき、サイトとギーシュもそれに気が付く。雲に囲まれた、空を飛ぶ大陸が見えてきた。
「どうかしたの?」
キュルケが不思議に思って声をかける。
「ああなんだ、アルビオン大陸に近づいているだけじゃないか」
ギーシュが大げさだな!と笑い出した。しかし、タバサのポーカーフェイスに、警戒心がにじみ出ていたのをキュルケは見逃さなかった。
「ギーシュ、スカボローの港に着くのは今夜のはずよ。それにしては早すぎるわ」
「え?あ…確かに言われてみれば」
キュルケの指摘を受け、うむむ…と違和感を自覚し始める。
サイトは、タバサと似た表情を浮かべながら、雲間から見えた浮遊大陸を眺めた。どうしてだろう。あれがルイズたちの言っていたアルビオン大陸のはずなのに、どこかものすごい違和感を覚えていた。自分の心が、叫んでいたのだ。
―――あそこに近づくな、と。