ある夜の空賊団の船。
その船内の応接室は、貴族の屋敷にも負けないほどの、下級貴族もこれを一目見れば嫉妬してしまうほどの高級な様式で作られていた。
その応接室にて、炎の空賊団のガル・ギル・グルの三兄弟船長はソファに座り、その傍らに護衛として立っているグレンは、突然の来訪者と密談を行っていた。
「悪いね。折角の貴重なイベントの前だってのに」
その人物は、土くれのフーケであった。
ソファに座り、向かい側にいる船長らに軽く詫びるフーケ。
「いや、気にするでない。お前さんは前々から仲間に引き入れておきたかったんだからの」
ガル船長は心からフーケの来訪を歓迎した。指を鳴らすと、船員の一人が酒瓶とグラスを持ってフーケたちのテーブルにそれを置き、酒を注いでいく。
「けど、どうして今になってなんだ?あんた、ウェールズの親父さんたちを恨んでるはずだろ。それもあって俺たちの仲間になることを断ってきたってのに」
グレンも歓迎の気持ちこそあれド、率直に抱いた疑問を口にした。
彼ら炎の空賊の間でも、フーケがかつてアルビオンの貴族で、王政府によって貴族の名と領地を取り上げられたことは周知の内であった。
そしてそれは、彼女に対する一種の不信感を根付かせた。王党派への復讐のために近づいてきた…そう考える者、その可能性を考慮する者が多かった。
フーケもそれをわかっていた。ガル船長らの視線の中に、自分を歓迎したい気持ちがある一方で、信用するべきかどうか探ってきている。
「…あぁ、確かに恨んでるさ。今でもな。父上を殺され、母様も後を追った。今まであたしが盗賊に身をやつす羽目になったのも全て、あのクソ爺のせいさ」
(あの子のご両親…モード大公たちだって)
胸中に宿る激情に嘘はつけない。フーケは王党派を、ウェールズの父ジェームズ王をこの手で殺してやりたいと願うほどに憎んでいた。
「けど、レコンキスタの連中のやっていることもあたしにとっちゃ気に食わないもんさ。父上の治世で長いこと平和だったサウスゴータが、怪獣共にあんな風に踏み荒らされちまったんじゃあね」
苦々しい思いをその表情に浮かべるフーケ。
ここに来るまでの間、以前の故郷であったサウスゴータの現状もこの目で見てきた。
文字通り荒れていた。街の建物の多くはひび割れ、ガラス窓の多くは修繕が間に合わずに割れたままの状態で野ざらしになった者も多く、街の人々も傷を負っている人たちが大勢外で救護を待っていた。
王党派と貴族派の激しい激戦によるものだ。王党派は反乱を起こした賊を撃つべく、かたは貴族派は自らが始祖ブリミルの後継者であると主張し蜂起…双方ともに正義を唱えて激突しているが、いかに口で正義を唱えたところで、一番被害を被るのは力の弱い民。
こんなことで一体何の正義を語れるというのか。
とはいえ、怪獣を使役している分、周囲への被害を拡大させているのは貴族派。王党派と炎の空賊たちはその被害を抑えている側にある以上、王党派の方がマシな方だろう。
尤も、フーケにとって王党派に助力することは心中穏やかではないはずだと、ガル船長たちは思った。
「まぁ疑うのも無理はないさ。そこでだ、取引といかないかい?」
「取引だぁ?」
グル船長が疑り深そうに言う。
「レコンキスタが使役する怪獣たちだけど、奴らの檻として使われている拠点がある。そこを叩けば、レコンキスタの戦力を著しく下げることができるよ」
「ほう…その情報と交換、ということか」
これまでグレンファイヤーと炎の空賊団の獅子奮迅の活躍で壊滅を免れ、手痛い反撃を返して貴族派を唸らせた王党派軍。
だが、レコンキスタの使役する怪獣との力の差は歴然であり、グレンがいかに頑張っても次の戦いではまた別の怪獣を使ってきてキリがない状態にあった。
その状況から、どこかで奴らが怪獣を保管し飼育している場所があるはずと見て、王党派と空賊たちはアルビオン大陸各地に斥候部隊を派遣して来たが、いくら探してもなぜか見つからなかった。あれだけの巨体を誇る怪獣たちを保管している以上、巨大な施設があってもおかしくないはずなのだが。
だから、フーケのこの話は魅力的であり、同時に疑念も大きかった。
「船長、にわかに信じられないぜ。一体どこに奴らが怪獣を保管している場所があるってんだ?」
「そうじゃそうじゃ兄者、空から血眼になって地上を探しても見つからなかったんじゃぜ」
ギル船長や、他の船員たちが、ガルに言った。
フーケの話が本当なら、喉から手が出るほど欲しい情報だ。だが、レコンキスタの怪獣保管庫の正確な場所を本当にフーケが知っているのか、もしかしたら彼女は炎の空賊が王党派に組していることを理由に嵌めようとしているのでは?いくつかの理由から疑念を抱いていた。
「まぁ慌てるな。この話、聞き入れる価値はある」
しかしガルは、この話に深く興味を抱いていた。
「わしらは空賊の名の通り空が縄張り。上空から獲物の位置を探ることは得意じゃ。じゃが、上空からくまなく探しても見つからない、地上も探し回っても見つからないと言うことは…残った地点は一つ。
地下じゃ」
「ご明察」
言い当てたガル船長にフーケは笑みを浮かべた。
「地下だって?マジか…怪獣を何匹も連中は収めてんだろ?一体どうやって怪獣を収めるくらいの広さを掘ったんだ?」
地下に怪獣を沢山収容できる施設となると、その分地下に広大な施設を建設する必要がある。土系統に優れたメイジを何人雇っても長期間の建設を要する。流石にそんな長期間ではいぅれこちら側にも位置情報が漏れてもおかしくないはずだ。
グレンの疑問に、ガルは答える。
「その建設工事にも怪獣を使ったんじゃろ。怪獣を自分の手駒として意のままに操れるなら、範囲の穴掘り作業なんざ容易い。メイジがちまちまと穴掘り作業するより効率的じゃ。
そこの入り口を破壊し、塞ぐことができれば、連中を生き埋めにすることも不可能ではない。レコンキスタ共もそうなっては怪獣共をどうこうできん。もう一度手にするには、怪獣共のいる地下を掘り返すしかない。あの巨体であの数じゃ、メイジの土魔法で地面を掘り返し続けてる間に、わしらや王軍が叩きのめしたるわい」
「わかってるじゃないか。さすがハルケギニア一の空賊団の頭だ」
ガル船長の慧眼をフーケは讃える。
「あんたのような美人に褒められるたぁ男冥利に尽きるってもんじゃ。
んで、その地下基地の場所はどこじゃ」
「はぁ?こっちの条件を話してもないんだよ?」
地下基地の地点を教えろとせがむガル船長に、フーケはいきなり何言うんだと目を細める。
「なんだぁ兄者、前から目ぇつけてた女が来たからって舞い上がってんのか?」
「わしは女を見る目はある方じゃからな。んで、その条件とやらはなんだ?言ってみろ」
茶化して来たグルに、ガルは得意げに笑った。
フーケは、こいつらは馬鹿なのかと耳を疑った。以前から自分を仲間として引き入れることを希望していたとはいえ、自分は情報提供に条件をつけて来たのに、その条件の内容を聞く前に了承とは。これでは詐欺師に騙される格好のカモではないか。
いや、こいつらの人となりなどどうでもいい。今は、あの仮面野郎の言う通りに従うのみだ。そうしなければ、あの村にいるあの子達が…
「…あたしをあんたらに仲間に入れること。そうすりゃ教えるよ」
「よかろう。ではウェールズたちにも話を通しておく。次の作戦は今回得た情報を元に再考する」
「助かるよ」
「では土くれ、この作戦を果たした暁に、お前さんは何を望む?」
「あたしの望み?」
「何か、わしらにして欲しいことでもあるじゃろ。わしらは長年裏社会で生きて来たから、悪党の見分けかたは匂いと目でわかる」
じぃっとガルがフーケの目を覗き込む。この視線は苦手だ。
歳の離れたオヤジが若い娘を食い入るように見るのも周囲が敬遠する光景だが、このおっさんの言葉と目線はどこか純粋で下心が見られず、他の空賊たちが疑念を抱いている通り貴族派の悪巧み前提で話を持ちかけて来たこちら側としては、妙に罪悪感を抱かせる。
「あんたはいい匂いと目をしている。だから信頼できると見たんじゃ」
「…匂いを嗅いだことは目を瞑ってやるよ。
今から怪獣保管基地の地点を教える。王党派のやつを呼んで地図を持って来な」
話をすり替えるように、フーケは言った。
ルイズはあの後、ウェールズから結婚式に着るウェディングドレスの試着のため別室へ案内された。その際にメイドが一人彼女の元に配された。
ちなみにキュルケとタバサにも別のメイドがパーティ用のドレスが用意されるそうで、別室にて衣装合わせをしている。
「大使様、こちらのお召し物はいかがでしょうか?大使様にお似合いかと。あ、でもこちらのドレスも良いですわね…」
メイドは、オードソックスな白のウェディングドレスと、真っ赤なドレスを見せて試着を勧める。
「結婚式と言えば白のドレスですけど、この情熱的な赤は如何ですか?赤といえば薔薇!恋や愛を象徴とする色でございます。あ、でも大使様はトリステインの方だから、伝統的な白がお好みでしょうか?」
ルイズは奇妙な疲労感を覚えた。明日滅ぶかもしれない可能性もある国を、それが失われることで心を痛めるであろうアンリエッタの気持ちを慮る矢先に、ワルドからの急なプロポーズに戸惑っている自分の気も知らずに…当事者であるルイズのことをよそに、本人より衣裳選びに悩んでいる。これでは着せ替え人形状態だ。
ワルドとの結婚にいささか気が乗らないものを覚えつつも、ここは一つ自分で選んでみよう。そうすれば仲裁にもなってこのメイドも少しは気がおさまるはずだ。
「あーあ、向こうのドレスはあたしに合わないわね。ルイズ、ちょっとお邪魔するわよ」
そんなルイズの事情など知ったことではないと言わんばかりのタイミングで、キュルケが急にルイズのいる部屋のドアを開けて入室してきた。
「ちょっと!こっちはウェディングドレスの試着中なんだけど」
全くこのゲルマニアの女は、相変わらず人の都合などお構いなし。よもや人の結婚式の準備にまで踏み込んでくるとは。
「そうは言うけどあんた…本気なわけ?」
キュルケが、じぃっとルイズの目を見て言った。まるでこちらの心情を見透かそうとするような視線に、ルイズはわずかにたじろいだ。
「どう言う意味よ」
「本気でワルドが好きで結婚するのかってこと」
ルイズは喉を詰まらせた。
かたや試着係のメイドはえ?え?と二人を交互に見て戸惑っている。
「そんなの…あんたが知ったことじゃないでしょ」
そうだ、仇敵のツェルプストーに何を気遣われる理由があるのか。ルイズは突っぱねた。
「…そうね。それもそっか」
キュルケも似たようなことを思ったのか、あるいは興味をすぐに無くしたのか、部屋のクローゼット内を覗き見ると、ある一着のドレスが目に入った。
「あら、いいドレスがあるじゃない。これ借りてもいいかしら」
ライトグリーン色のドレスだ。いつも色香をさらに引き立てる派手なものを着込むことが多いので、たまにはこんな色のものを着るのも良いかもしれない。
だが、メイドが口を挟んできた。
「あぁ。申し訳ありません。そのお召し物はウェールズ殿下の許可がない限りはダメなんです。ですから、いかに大使様といえど…」
「どうして?…あ、わかった。これアンリエッタ姫にプレゼントするつもりのものでしょ?もう、あの王子もじれったいわね。こんなもの用意するくらい今でも想ってるなら、トリステインなですっ飛んでくればいいのに」
キュルケは、そのドレスがウェールズがアンリエッタのために用意したものだと予想した。確かにそれなら、無理に借りてしまうわけにもいかない。
「さあ、どうしてと言われましても、殿下のお考えを私たち下々の者が知ることでは…」
しかしメイドは首を傾げた。別にアンリエッタのためのものではないらしい。
しかしだったらなぜ、使われもしないドレスに使用許可が下されないのか。使われないまま埃かぶるくらいなら、自分が着たって構わないだろうに。
「あ!噂程度でしたら、お一人心当たりがございますわ」
「へぇ、一体誰にあげるつもりだったのかしら?」
「よしなさいよ」
これ以上はウェールズのプライベートに関わることになる。破壊の杖騒動のフーケの時といい、人の過去にキュルケは踏み込みすぎだとルイズは注意する。
「いいでしょう?あくまで噂なんでしょ?ほら、聞かせてちょうだい」
「そうですね…」
このメイドもメイドで、お喋りな性格なのだろう。あまり躊躇せずキュルケに話し始めた。
「実はウェールズ殿下にはもう一人、従姉妹がいらっしゃったとのことなんです。父方、陛下の亡き弟君である大公の、なんですけど」
「らしいって、なんだかはっきりしないわねぇ」
なぜはっきりとその王族がいると言わないのだろうかと素朴にな疑問を抱くキュルケに、メイドが話を続ける。
「大公様には奥方様がいらっしゃらなかったですし、数年前に急な病で亡くなられたと聞き及んでいます。ただ、度々お忍びで出かけられることもあったそうで、その時にお子さんに会いに行っていたのではと。
ウェールズ殿下は家族想いなお方ですから、その方に何かしてあげたいと思って、そのドレスを用意なさったのではないでしょうか」
「なるほどねぇ。
でもなんたって子供がいたのに隠していたのかしらね、その大公って。…もしかして、人に聞かれたらまずい何かがあったのかしら」
「いい加減にしなさいよ。さっさと他のドレス選んで出て行きなさい」
不毛なスキャンダルの匂いがして面白がるキュルケを、ルイズは咎めて部屋のドアの方へ押しやった。
キュルケにドレスの一着を適当に選ばせて追い払うと、ルイズはメイドの方に向き直った。
「悪かったわね。あいついつもああなのよ。ゲルマニアの女って、ほんとああいうとこが嫌いだわ」
「い、いえ!貴族様が謝るなんてとんでもない!私こそ喋りすぎました。」
「いいのよ。でも聞かれたらまずいことを口にしない方がいいわ。殿下たちに聞かれたらことだもの。気を付けておきなさい」
メイドはルイズの忠告を受け、彼女をいたく寛大な貴族と受け取ったのか、へこへことありがとうございますと深く感謝しながら首を垂れた。
しかし、キュルケと同じに思われたくないので口にこそしないが、ウェールズにアンリエッタとは別の従姉妹がいたらしい…か。
わざわざ女性が着るこのドレスを用意しているということは、ウェールズはその女性を知っているということだろうか。
ルイズたちがドレスの衣装合わせをしている間、サイトはルイズのいる部屋の前で見張りの兵代わりに突っ立っていた。
ワルドも花婿衣装の合わせのために別の部屋で、ギーシュもせっかくだから自分も着飾ろうと衣装合わせ中。主役は結婚するはずのルイズとワルドの二人にはずなのに、二人より目立つような衣装でも物色していることだろう。
サイトは、今は一人だ。正確には一本ともう一人がいるのだが。
「相棒、お前さんはいいのか?皇太子がお前さんの分の礼装も用意してくれるみたいだぜ」
「俺はいいよ。なんかそんな気になれないし、主役はワルドさんとルイズだろ」
「一人だけ礼装じゃないってのも、周りから浮いちまうし、娘っ子も後から何か言ってくるだろうしよ、選んだ方がいいと思うぜ」
「…後でな」
ルイズがワルドと…別の男のために花嫁衣装を纏う。しょうもないことかもしれないがそう思うだけで礼装なんて着る気にもなれない。しかも今は、ここしばらくルイズの使い魔としても、ウルトラマンとしてもちゃんと働いてる気がしない。それもあって余計にその気がなくなっていた。
でも一箇所にじっとし続けているのはサイトの得意分野ではない。まして、ルイズがワルドと結婚するかもしれないという事態が、ますますサイトを悶々とさせていた。
ダメだ、ここでじっとし続けてもなんだか嫌な気分になる。ルイズから後で文句言われそうだが、少し歩こう。
「次の作戦の準備、もう整っているのかい?」
「あたぼうよウェールズ。この国の、俺たちの未来にかかわる大事な作戦だからな。これまで以上に気張らねぇと」
ふと、サイトの耳に、偶然か半ドアの状態の扉から誰かの声が聞こえてきた。聞き耳を立てるのはよくないことだが、もしかしたらワルドがルイズを見つけ、彼女と会話しているのかもしれない。
「けどよ、空賊の俺が言うのもあれだけどよ、お前はこの国の大事な跡取りなんだし、前に出過ぎるのはちと危ねぇと思うぞ」
「グレン。僕らは、奴らが旗揚げして以来ずっと危急に瀕している。我が軍の盟主である父上はもう若くない。陣頭指揮を取れるお体ではない以上、僕が前に出るしかない。今は我々王党派の力を示さなければならない時なんだ」
が、予想は外れた。話していたのはウェールズとグレンの二人だった。グレンの方は、空賊らしいボロボロで乱れた服装ではなく、晩餐会のために用意したサイズぴったりの紳士らしい礼装に着替えていた。
「らは必ず、彼らと戦って勝たなくてはならないんだ。奴らがこうして執拗に僕たち王党派を追い詰める理由は他にもある」
「王家が代々守ってきたっつー『始祖の箱舟』と『鏡の騎士の力』のことか?」
(『始祖の箱舟』?『鏡の騎士』?)
さっきの会談の内容には含まれていなかった話だ。
王族が直々に守っている上に始祖、と冠が付いている辺り、かなりの代物であることがうかがえるが、聞いたこともない。舟、と呼称されているから何かの船なのだろうか。
それに鏡の騎士とはなんだろう。まさかグレン以外にも、ウルトラマンに匹敵する何らかの力が、この国に眠っているというのだろうか?
「伝承ではあの箱舟は、鏡の騎士を守り手としてそばに置いていた始祖と同胞たちが乗り、この世界から聖地へ降り立ったと言われているんだ。レコンキスタが狙う理由もわかる。我らは、それを決してレコンキスタに渡してはならないんだ。僕らが負けて奴らの手に渡れば、間違いなく悪用されてしまう。
勝利の可能性を少しでも上げるためにも、ミス・ヴァリエールたちの結婚を見届けたら、僕は自ら戦場に向かうつもりだよ」
この世界に来てからルイズたちの口より度々聞いていた『始祖ブリミル』。地球で言うイエス・キリストに近いもの、または神のような存在だとサイトは認知していた。そんな神々しい存在が乗ってこの世界に現れた、それほどのものが実在していたと言うことが事実なら、自分のない頭では理解しきれないほどの代物であるに違いない。
すると、ウェールズはグレンに対し、静かに、穏やかに、言葉をかけた。
「グレン、もしこの作戦が失敗したら君たち炎の海賊団は逃げるんだ」
「………それ本気で言ってんのか?」
グレンの声色が低くなった。
「ダチほっといて逃げるなんざ、俺のポリシーに反するんだよ」
「君たちは元々無関係な立場にある。僕たちアルビオン貴族同士のいさかいのために、君たちの自由を奪う権利は僕らにはない。
ガル船長たちも、そのあたりについては君に同じことを言っていたんじゃないか?」
「…!」
(……)
グレンたちの身を案じて逃げることを勧めるウェールズと、そんな彼を見捨てまいとするグレン。
サイトは驚いた。ルイズに召喚されて以来、貴族と平民の三分の差と、それに起因する差別が当たり前なこの世界で、初めから身分違いの絆を結んでいた者を見たのは初めてで、感動した。
ふと、サイトが近くにいたためか、彼が隠れていた部屋のドアがギィイ…と音をたてた。
「誰だ!?」
その音に気が付いて、グレンとウェールズが警戒してドアの方に向き直った。
「す、すいません…俺です」
あまり不信に思われるような態度や行動はとるべきじゃないだろうと思い、サイトは自ら扉を開き素直に謝って頭を下げた。
「あんたは確か…あの大使の女の子の使い魔、だったよな?」
「あ、ああ…そうだけど。ごめんなさい。偶然聞こえてて…」
「いや、そんなに大したことは離していなかったから構わないさ。晩餐会は楽しんで…はいないみたいだね。栄えぬ顔をしているが、大丈夫かな?」
「あ、いや…その…」
浮かない顔をしているサイトを見て、ウェールズはふむ、と声を漏らす。
「気分転換に話でもしようか。君も入ってきたまえ」
空いている客間へと移り、テーブルに向かい合う形で三人はそれぞれ一人用のソファに座った。
「二人って、王族と空賊って間柄なのに、仲がいいんですね」
グレンとウェールズを見て、改めてサイトは思った。最初に出会った時のルイズのように貴族というのはかなり高慢さばかりに磨きがかかった印象があったから、時に犯罪だってやるかもしれない空賊と、それを取り締まる貴族の中の貴族である王子が仲良しになるなんて、普通は想像できないだろう。
「炎の空賊がレコンキスタに反抗し、我ら王党派に味方をするようになってから、僕と彼は年齢もほぼ同じでよく話すことが多かったんだ。これまでどんな場所を仲間の空賊たちと旅してきたのか、たくさんのことを聞かされてね。僕は王族だから本格的な旅には出かけられないから、とても興味深い話を聞けてよかったよ」
なるほど、話をしているうちに打ち解けて仲良くなったんだ…でもこれはこれで、地球でごく当たり前に平等性を説いてきた学校で教育されたサイトからすれば、良い傾向だと思う。身分の差に拘らない絆を紡ぐということは、身分にこだわっている間では決してできない新しい可能性を見出すこともできるし、身分差別から起こる問題も起こらなくなっていくかもしれない。
一方で、気づいたこともある。
「けど、戦争…なんですよね」
怪獣を使役して侵攻してきていると言っても、レコンキスタはこの世界の人間によって結成された組織、たとえその影に外宇宙の何者かがいるとしても、人間の構成員が大半のはずだ。
「あぁ、戦争だよ。どんなに大義があっても、ね。
だから終わらせないといけない。一日でも早く」
口惜しげに、しかし強い決意を胸にウェールズが言った。
「王子様は…怖くないんですか?その、戦争って…」
「我々を案じてくれているのか。ミス・ヴァリエールもそうだったが、君は優しいな」
ウェールズはそんなサイトの心遣いに笑みを返した。ふう…と息を吐くと、彼は見栄を張らずに正直に言った。
「そうだね。君の言う通り戦争とは恐ろしいものだ。死は必ず付き纏う。だから晩餐会でも皆、明るくふるまって恐怖を吹き飛ばそうとしている。ミス・ヴァリエールの結婚も祝いたい。
もし、今度の戦いで敗れたら我が軍は確実に滅ぶからね。しかし、守るべきものが恐怖を和らげてくれる」
貴族の守ろうとしているもの。かつてのルイズがそうだったように、やはりあんなものを守ろうとしているのか?
「守るべきものって…まさか、貴族の誇りとか、なんて言わないですよね?」
誇り?名誉?それを守るための死ぬなんて馬鹿げてる。
そんなものは、人の命と比べたら足元にも及ばないモノじゃないか。努力さえすれば取り戻せる可能性がある。だが、命は一度失ったらもう二度と帰らないのが自然だ。この時点で、命と貴族の誇りや名誉の価値なんて天地の差であることが目に見えずともわかる。
「ははは、貴族の模範解答ともいえるな。けど、少なくとも僕の場合は違う」
サイトがきっと、自分が名誉のために死ぬことを望んでいるのではと、疑っている。そう察したウェールズは笑い、遠くを見つめるようにして答えた。
「奴ら貴族派、レコンキスタはブリミル教の悲願、エルフに奪われた『聖地』を取り戻すという理想を掲げハルケギニアを統一しようとしている。しかし奴らはその過程で流れる血の事をまるで考えていない。
現に、奴らに攻め入られた町村は全て怪獣や敵軍に全て蹂躙しつくされ、最後まで抵抗し続けた我が軍傘下の区域に至っては、跡形もなく消されたのだから」
笑みを浮かべていたウェールズの表情が、静かに怒りで曇った。レコンキスタの反乱でもたらされた自国の悲劇を、幾度も目にしてきて、義憤が募っていた。
「誰かが止めなければ、ハルケギニアは統一の代償に、全土が滅び去ったアルビオンの町村のようになるのは間違いない。そうなれば、元の大地に戻るには長い時を有する。その間にまた争いが起らないともいえない。
だから民のためにも、僕らは戦う。それが我々貴族、王党派の誇りを固辞することにも、何より民の健やかな未来にも繋がるんだ」
「…」
サイトは、この王子に強い好感を抱いた。
貴族の誇り、それを聞くとフーケと戦った時に無謀に立ち向かおうとしたルイズの姿が浮かぶが、ウェールズは『民のため』という地盤がある。
でも、だからこそどうにかしてあげたい気持ちも抱いた。
いかに炎の空賊たちやグレンファイヤーと言う強い味方がいても、サイトは怪獣の脅威をその身を持って知っている。グレンに対抗して、きっと一体だけじゃなく何体もの怪獣を呼び寄せる可能性が高い。
「俺、ルイズが言ってたように亡命した方がいいって思うんです。怪獣の脅威は、俺が一番わかってるつもりです!」
「怪獣のことを理解している?」
「俺は、その…ハルケギニアから遠く離れた場所に故郷があります。これまで何度か怪獣の危険性を体感してきました。確かにグレンファイヤーは強いです。でも、きっと敵は今頃彼を倒すための算段を立てている。これまで、俺が知っている侵略者たちはずっとそうでした」
学校で配布された教科書でも、侵略目的で現れた宇宙人は数えきれないほどいた。地球を守護する防衛軍とウルトラマンを倒し、地球を我が物とするためにありとあらゆる手口を講じようとした。薄汚くずるがしこい手なんて当たり前だ。
ウェールズの反応と、レコンキスタの所業で荒れてゆくアルビオンの惨状…レコンキスタも恐らくそう言った手合いが支配している。
「話にあったクロムウェルって男は、もしかしたら異星人かもしれないし、または星人に操られるだけの傀儡かもしれない。どちらにせよ俺から見れば、怪獣を従える連中相手に、勝てる可能性は低いですよ!一度亡命し、体勢を整えてから…」
やはり亡命をするべきだと主張するサイト。しかし、ウェールズはルイズに説得された時と同様に頑なに首を横に振った。
「それはできないよ。
言っただろう?我らは勝てずとも勇気と名誉の片鱗を見せつけハルケギニアの王族が弱敵でないことを示さねばならぬ。国に最後まで残り、叛徒たちからこの国を取り戻すために戦う。それが、この内乱を防げなかった事への……王家に生まれた者の義務と責任だからだ」
「けど、お姫様は!」
なおも断る彼に、サイトは思わず立ち上がり、自分とウェールズの間に置いてある机に手をついて身を乗り出しながら強く言い放とうとした。
「もう彼女がゲルマニアに嫁ぐことは決まった。今となっては、もう僕は彼女にとって邪魔でしかない。
愛しているからこそ、身を引かねばならないこともあるのだよ」
ウェールズは微笑を浮かべながら、それ以上言わないでくれと暗に言った。取り憑く島もなかった。
「何、アンリエッタと結ばれないことは残念だが、だからといって奴らに打ち勝った後の希望がないわけではないさ」
肩を落としているサイトを見かね、ウェールズは微笑を浮かべながら首を横に振る。
「まぁこいつもこいつなりに前向こうとしてんだ。そうしょぼくれた顔すんなよ。王党派にはこのグレンファイヤー様が、炎の空賊も力を貸してやってんだ。怪獣が何匹集まろうが、俺たちで焼き鳥にして平らげてやんよ!」
だから元気を出せ!とグレンはサイトの背中を叩いてきた。
こっちが何とかしてあげたいと思っていたのに、逆に気を遣われてしまったようだ。サイトは自分がちょっと情けなくなった。
これでは男が廃る。それにやはり、なんとかしてあげたい。
そんなサイトと同じことを思っていたかのように、ウェールズがサイトに声をかけてきた。
「そうだ。使い魔君、君は怪獣のことが詳しいと言っていたが事実かね?」
「は、はい」
「ふむ…」
ウェールズは少し考え込むと、サイトに改めて向き直り、強い眼差しで彼を見つめ、深く会釈した。
「作戦開始まで時間がある。大使の一行である君を作戦に加えるとまでは流石にできかねるが、できる限り怪獣について教えてもらえないか?次の作戦は我が国の未来がかかった大事な作戦なんだ」
「だ、大丈夫ですよ!そんなに頭下げなくても、俺でよければいくらでも教えますから」
今度こそ、怪獣頻出機の世を生きてきた自分の力を役に立たせなくては。ワルドに言われたことや、ゼロとの一悶着もあったが、サイトはこの王子やこの国のためにも、少しでもできることをしようと気を奮い立たせた。
――そうだ、俺はワルドの言ったような情けない凡愚な人間ではない。
――ましてやゼロのように、ウルトラマンでありながらウルトラマンらしさのかけらもない奴とも違うんだ!
―――この人たちのことだって、俺が助けて見せる!