その日の、朝日が昇る直前の早朝。
フーケとの接触と密談を経て、炎の空賊団はフーケを新たな仲間として引き入れた。
彼女は交わした取引通り、レコンキスタが怪獣を収めている怪獣保管庫の場所まで案内役を引き受ける。
翌日のルイズの結婚式に出席予定のグレンやガル船長他数名を除くメンバー…ギルの弟船長らと王党派多数の戦闘員を引き連れて、怪獣保管庫の爆破作戦を決行しようとしていた。
話によると怪獣保管庫は地下に隠されているとされていたが、その入り口はレコンキスタの占領下にあった街の、一軒の古民家だった。
空賊たちは当初、怪獣保管庫はレコンキスタが占拠したアルビオンの軍用施設及びそれ関連…そうでなくても名のある貴族の屋敷の敷地内等に入り口が隠されているのではと踏んでいただけに、特に戦いの影響で荒らされた影響もないただの町の民家にその入り口があったことに驚いた。
そして今、彼らは…フーケの盗賊家業時代に培った潜入技術の力を借りてその怪獣保管庫に侵入した。
潜入して、さらに驚くべき光景が彼らの目に飛び込んだ
「……こんなところに隠していたことも驚いたが…」
「こ、こいつぁ…いったいどうなってんだ」
周囲に広がる壁と、進行先に続く果てしない廊下。その作りは石や煉瓦造りでも洞窟でも、まして地上に建造された名工の手で建設された城とも違うものだった。
煉瓦のような細かい切れ目もなく、叩くと金属音を鳴り響かせる鉄らしき壁。土のメイジが何年かけても決して作れない高密度で精巧な鉄の壁だ。
「こんな壁、一体どれ程の腕のメイジが何年かければ作れるんだ?」
「いや、そもそもありえん。こんな材質の壁や床をつくるなど…」
実行部隊内にいたメイジたちも驚いていた。
そしてその先に広がる場所に、彼らは息を呑んだ。
通路の先は、広大な空間の中に吊り下げられた連絡通路だった。その下に広がる景色は、地下とは思えないものだった。
「な…」
「よもやこれほどとは…」
連絡通路の下に、怪獣がまるまる一体入るほどのサイズの、ガラスのように透明の円柱型のカプセルが無数に設置されていた。その中に納まっているのは勿論…怪獣だった。黒い肌のもの、鳥型の、猛々しい角を持つもの、人型寄りの、多種多様な怪獣たちがカプセルの中に収容され、眠りについていた。
これまでレコンキスタと、彼らの使役する壊獣を相手に勇敢に立ち向かった王党派と炎の空賊たちだが、こればかりは恐ろしい光景であることを実感した。
「聞いていた通りだな、怪獣保管庫ってやつは」
ギル船長は、下に広がる魑魅魍魎を目にして苦虫を嚙み潰したような顔になった。
「あたしもここに来た時、同じことを思ったよ。ぞっとするものさ。こんな奴らを、人間が使役できるなんて信じられないものさ」
ギル船長の呟きを横目で見たフーケが言った。
「なぁギル船長…大丈夫なのか?」
すると、空賊団の団員の一人が不安そうに口を開いた。
別の団員やメイジたちもそれに反応する。
「あん、そりゃどういう意味だ」
「だってよ、こんなとんでもねぇバケモンをたくさん持ってる奴らだぜ。レコンキスタだけで、こんなとんでもない奴らを手中に、なん十体…いや、こりゃ百体を軽く超えてるかもしれない。そんな奴らを相手に…」
「威張るばかりのくそったれ貴族の集まりかと思ったが…まさかこんなにまで」
その不安は次第に他の面々にも伝染していく。
これまで空賊たちは、その勇猛果敢な姿勢を武器に、レコンキスタの操る怪獣たちに立ち向かい、生き延びて、時に勝利を掴んできた。だが地球でもそうだったように、怪獣を一体倒すだけでもウルトラマンの助力なしではかなり厳しい。彼らにとってのウルトラマンであるグレンファイヤーの存在、炎の空賊たちが勇敢に戦ってこれた理由の一つでもあった。
「ギル船長殿、やっぱグレンを連れてくるべきだったのではか?怪獣と戦うには、どうしても彼の…」
作戦メンバーの一人のメイジが、ギルに一度引き返してグレンを連れてくることを勧めてくる。
「狼狽えるんじゃねぇ野郎ども!今までこのデカブツ共とも渡り合って今日まで生き延びてこれたことを思い出せ!
弱気になるクルーたちに、ギル船長は怒号を飛ばす。
「考えても見ろよ。あいつらも、クロムウェルの野郎も一度にたくさんの怪獣をわしらに差し向けてくることはねぇ。それができるんだったら、今頃王党派もわしらもくたばってる。できねぇからこそ、こうして使わねぇときはしまっとく場所を必要としてるんだろうさ。だったらこんな場所、爆破して埋めちまえばどうってことねぇ!」
その気迫と、言葉に圧されて作戦メンバーの面々は黙った。
そうだ、何を弱気になっている。今までだって、何度も王党派と炎の空賊はともに力を合わせて、レコンキスタや彼らの使役する怪獣たちと戦ってきたではないか。
それに今までの戦いを振り返ると、ギルの話にも説得力がある。なぜ一度に何体もの怪獣を使ってこなかったのか。きっと奴らにも怪獣を使役するには多くても2,3体程度。なら…まだ自分たちにも勝機はあるはずだ。
「とにかく、大量の硫黄を手に入れたんだ。ありったけの花火で派手にぶちかましてやろうぜ。野郎ども!」
ギル船長が、持参してきた爆弾を掲げて皆を鼓舞する。
ここを爆破し埋めてしまえば、怪獣たちは生き埋めになり、レコンキスタは奴らを操ることができなくなる。
すぐに爆弾設置作業が開始され、いつでも起爆できるようにされる。
科学や機械の文明が乏しいこの世界では、リモートコントローラーによる遠隔操舵での起爆、といったことはできない。導火線に火を灯し、火が爆弾本体に燃え移って起爆する間にここを脱出する必要がある。
だが、レコンキスタ側も黙ってそんな物騒なものを設置されるほど甘くなかったようだ。
「いたぞ!」
「卑しい賊共め!よくも度々我々の、クロムウェル閣下の邪魔をしてくれたな!」
入り口側の通路と深部へ続く通路の両側から、レコンキスタの兵士達がギル船長たちを挟み撃ちにする形で現れた。
「おい土くれの姉ちゃん、お前さんの案内だと警備が手薄なルートを辿ったはずだ。こんなに見張りの兵がいるなんざ、話が違うだろ」
作戦メンバーの一人の空賊が、フーケに疑念を寄せる。
今回の作戦でギルたちがここを通った理由は、フーケがこのルートなら敵の兵士に見つかりにくい、応援が来るまでにも時間があると言ったためだ。現にここへ来るまでの間、敵兵に見つからずに済んだのだが…
指摘を受けたフーケはそっとギル船長たちの元から離れレコンキスタ兵の方に歩み寄り、ギルたちに杖を向ける。
「……悪いね」
「この女、やっぱり!」
やはりフーケは自分たちを嵌めるために近づいて来たのか。爆破作戦メンバーたちは、自分たちを騙したフーケに敵意を向けた。
フーケは、この怪獣保管庫に炎の空賊のメンバーを誘導し、配置についていたレコンキスタ兵の的にさせるためにここへ誘うよう、仮面の男に命じられていたのだ。
「あんたらの兄貴も連中相手に、勝ちを取りたい余りにあたしを信用し過ぎたみたいだね。ころっと騙されてくれてありがたいよ」
フーケは、まんまと騙されてくれた空賊や王党派メイジたちを…笑おうかと思ったが笑えなかった。
人を騙すなんて今回が初めてではないはずだ。なのに、今回は妙に気持ちが悪い感じがする。もしやこの炎の空賊たちの賊でありながら厚い情に溢れた空気に自分も当てられていたせいか?
その理由を、直後にフーケは体感する。
レコンキスタ側の、非道さによって。
「よくやったぞ土くれ。
このままそこの空賊共共々死ぬがいい!」
「!?」
レコンキスタ兵の一人が、双方から火球を一斉に放って来た。
よりにもよって、味方であるはずのフーケ諸共で。
その火球は、一発はフーケに、もう一発はギル船長らに、そしてもう一つは、彼らが設置した爆弾に向かって飛んだ。
爆弾に火球が当たった途端…
怪獣保管庫内を、轟音と爆発が包み込んだ。
爆発が晴れると、レコンキスタのメイジたちの目に、怪獣保管庫へ続く通路が、崩落した天井の土で埋め尽くされた光景が映った。反対側の通路の、倉庫内の連絡通路が崩れ落ちて遥か下の倉庫の床に落下した
ギル船長たち爆破作戦メンバーの姿はなかった。
「ふん、賊ごときが散々手こずらせおって。貴様らは黙って、始祖ブリミルのご加護を真に授かった我々の手にかかることを光栄に思いながら死ぬんだな」
レコンキスタ兵の一人がそう吐き捨て、他の仲間と子供踵を返してその場を離れていった。
次の日…ルイズの結婚式は、ニューカッスル城外れの位置にある教会で執り行われた。
本当ならば首都であるロンディニウムの一番立派な教会で式をあげて祝いたかったとウェールズは申し訳なさそうにルイズたちに言っていたが、あそこは今レコンキスタの本拠地として占領されているため、今の王党派にとって手頃で行えるこの教会で行われる。
式場内は今、王党派の一部の非戦闘員の貴族、および炎の空賊の代表者とその護衛としてガル船長とグレン他数名のメンバーが代表として出席した。流石に全員出席とまではいかなかった。教会のスペースの問題もあるし、今の王党派は次のレコンキスタとの戦いの準備もある。しかも今、次の作戦に重大な案件が舞い込んできたためそちらにも人員が割かれており、いつレコンキスタの奇襲がかかるかもわからないため、戦闘員の大半は欠席だ。
出席者の中には、新婦側の関係者としてサイトたちも席についている。
「大使、ラ・ヴァリエール嬢とワルド子爵の結婚式か。今日の決戦の舞台を前にこのような晴れ舞台を目にするとは、死んでも悔いなしというものですな」
「これこれ、我々は叛徒たちからこの国を取り戻すべく戦っているのだ。いきなり死んだときのことを考えるものじゃないぞ」
出席者たちは早く始まらないかと、たまらずわくわくしていた。
「それにしても此度の結婚式…貴族の歴史において前代未聞でしょうな」
炎の空賊の一派の内、代表者としてガル船長やグレン、他数名の幹部らも神父として参加したウェールズの友人枠でこの場に同席していた。彼らもせっかくだから祝いたいと旨を明かし、ウェールズが快くそれを認めた。
礼装など誰も着ていない。全員が普段通りの乱れたりボロボロになったりしている海賊服だ。
「いくら皇太子殿たちが見込まれているとはいえ、このような場においてもあの下品な格好をして参加とは。貴族の儀礼を一体なんだと思ってるのだ。少しは身だしなみを整えようという意識もないのかあの者どもは」
王党派の貴族の一人が、忌々しげに空賊たちを睨んだ。貴族の儀礼、それも結婚式に空賊が参加すること自体あり得ないことだ。あまつさえいつも通りの乱れた格好、清潔感も感じられず、悪臭がふわっとしてきそうだ。今の王党派がレコンキスタという共通の敵と戦う仲間同士と言っても、元は選民思想の高い者だらけの貴族。よく思わない者も少なからずいるのである。
「止せ、ウェールズ様たちに聞かれたらどうするつもりだ。それに、彼らのおかげであの叛徒共に良い様にされていた我々は救われたのも事実であろう?」
だが今双方の仲が裂かれるようなことは、自分たちの首を絞め、レコンキスタを喜ばせるだけ。別の貴族が、空賊を嫌う貴族を咎めた。
「これ、今はトリステインの大使殿方のめでたい結婚式だ。無粋な会話は控えたまえ」
さらにもう一人の貴族が、二人に静粛するよう言った。以後、それぞれが思うところがありつつも、貴族らしく毅然として結婚式に集中した。
サイトは、昨日ルイズに叩かれた頬の痛みを残したまま出席した。内心では、昨日彼女のぶたれた理由が明確にできず、不満に近いもどかしさを抱いていた。
ルイズとワルドが結ばれると言う現実を見ることにどうしてかあまりいい気分じゃなかった。
念のためだが、デルフも持参している。刃物をこのようなめでたい儀式に持ち込むのは本当はいけないことかもなのだが、使い魔は主を守るのが務めだからとウェールズから特別に許可をもらったのだ。
「本当にこれでよかったのかい、相棒?」
小声で、デルフがサイトに話しかけてきた。いいのかって?そんなの答えは決まっているじゃないか。
「いいに決まってるだろ、大人しくしとけ、皆」
静かにしろと、鞘に無理やりデルフを仕舞い込み、黙らせた。
「だめよ、ものは大切にしなきゃ。ましてや心を持ってる剣なんだからなおさらよ?」
横からキュルケがサイトに忠告を入れてきた。彼女と同様この旅に半ば無理やり同行してきたギーシュとタバサもまたこの結婚式に同席していたのである。
「ふむ、ルイズの花嫁衣裳か。僕もいつか素敵なレディとこのような舞台に立つために、日々精進しなくては!」
一人意気込むギーシュと、いつも通り本を静かに読み続けているタバサ。ギーシュ、頼むから騒ぐなよ?それとタバサ、式中では本は閉じとけ。心の中でサイトは二人に注意した。
「でも、デルフリンガーじゃないけど…ダーリン、あたしも本当によかったのか疑問だわ」
「なんでだよ?ルイズって、あいつとは婚約者同士で、ワルドのこと昔から好きだっただろ?」
突然デルフと同じことを言ってきたキュルケに対し、サイトは何を言っているんだと首を傾げた。
「…いえ、それはないわね」
「え?」
「この経験ある『微熱』のツェルプストーから見れば、あの子はワルドに恋をしているとは思えないわね。ただの憧れ。それは恋や愛とは全くの別物よ。それに、あたしとしてはこの結婚は勧められないわね」
「どうしてだい?あのワルド子爵だぞ。魔法衛士隊グリフォン隊隊長にして『閃光』の二つ名を持つワルド子爵。女性からすれば、あのような殿方を結婚できるルイズは幸せ者じゃないか」
サイトと同様、意味が分からないとギーシュが言ったが、キュルケはこれだから…と呆れたようにため息を漏らした。
「前にルイズにも言ったけど、あの男の目は情熱を知らない、冷たい氷のようなものよ。あんな奴から歯の浮く言葉を聞いたところで、全然燃えてこないわね。そんなのにまんまと引っかかるルイズも、結婚を勧めたヴァリエール家の連中も、相変わらず男を見る目がないわね」
それはキュルケの価値観から見てのことじゃないのか?とサイトとギーシュは突っ込みたくなる。
「って、あたしが聞きたいのはルイズのことじゃないの、ダーリンのことよ」
キュルケは自分の隣に座るサイトを見て言った。その目は、決しておどけたものではなく、真剣な眼差しだった。
「ダーリンは、ルイズとワルドが結婚しても良いわけ?まぁ、あたしとしてはダーリンと一緒になりやすくなるからどうでもいいけど」
「…いいって言ってんだろ。もうすぐ式が始まるんだから大人しくしとけよ」
あ、そう…。そう言ってキュルケはサイトに何も言わなくなった。
教会内にてウェールズは王家の紫色のマントを羽織り始祖ブリミル像の前に立っていた。
すると、礼拝堂の扉が開かれ此度の新郎と新婦、ワルドとルイズがその姿を見せた。ワルドは白い礼装といういかにも新郎という服装で、ルイズはアルビオン王家から借りた純白のマントと、白い花とレースのあしらえた冠を身に纏っていた。新郎新婦の絆を永久なるものになるよう願いを込めた、枯れることの無い魔法の冠だ。
綺麗だ…。舞踏会の時と同じようにサイトはそう思った。あの時の、本当に綺麗なお嬢様としての姿を見せたルイズに目を奪われてしまったものだ。
でも、彼女の今の姿は、ワルドのためにあしらえたもの。そう考えると、どうしてかあまり穏やかな気持ちではいられなかった。
二人がウェールズの前まで歩いてくると、ワルドはウェールズに一礼した。
「ではこの私、ウェールズ・テューダーが始祖ブリミルの名において詔を唱えさせて頂く」
二人の結婚式はついに始まった。ウェールズとしては、愛するアンリエッタの友人をこうして祝福できることを嬉しく思っていた。
「新婦、ラ・ヴァリエール公爵三女ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール」
一方で、ウェールズが詔を読み上げるなか、ルイズは上の空だった。憧れの人との結婚。自分と彼の父親たちに決めてもらった、幼い頃からの結婚の約束。心のどこかで思い描いていた未来が現実になろうとしている。
(それなのに、どうしてこんなに気持ちが沈んでいるの…?)
湧き上がる疑問に、彼女はその理由を求めた。
ワルドは確かに優しくて強い。嫌いじゃないし、結婚する相手としては決して悪い人間じゃない…そのはずなのに…。
もしかしたら、今式場にいる王軍の人たちが死に向かうかもしれないから?…いや、違う。それもあるかもしれないけど、そうじゃない。
サイトは、どうして自分が結婚すると聞いても、ただ「おめでとう」の一言しか言ってこなかった?
…わかっている。自分はご主人様でサイトはあくまで使い魔だ。その関係を押し付けるだけ押し付けていた。だからサイトが昨日、自分とワルドが結婚してもいいのか?とサイトに疑問を投げかけたところで何も意味はないはずだ。
ならばどうして、ワルドと結婚してもいいのか?なんて、そんな言葉を口にしたのだろうか。
…そうだ、止めてほしかったのだ。サイトに。どうしてか?
その理由に気づいて、ルイズは顔を赤らめた。
これまで、サイトは自分のために、目の前の危機に果敢に立ち向かっていた。学院が謎の円盤から攻撃を受けたときは逃げ遅れた人を助けに火中に飛び込み、フーケ事件の時は、怪獣にやられそうになった自分を助けてくれた。貴族がなんだ、死んだらお終いだろと言っているくせに、自ら危険の中に飛び込む。
その理由は、誇りとか名誉のためじゃないのはわかる。それは……サイトには強い正義感と優しさが備わっているから。他の誰かが傷ついて行くのを見たくなかった。だから、自分はそんな彼に助けられてきた。普段は犬だの使い魔だのと罵倒している一方で、ルイズはサイトの戦う姿を記憶に焼き付け、その戦う姿の根源たる心を知った。
だからだろうか?自分が昨日、サイトの胸に飛び込んだのは。
(私は…本当はサイトのことを…?)
「………ド・ラ・ヴァリエール、汝は始祖ブリミルの名において、この者を敬い、愛し、そして夫とする事を誓いますか」
ルイズはハッとした。いつの間にか式は誓いの言葉を口にする段階まで進んでいた。ウェールズがルイズに誓いの言葉への返答を尋ねる。だが、ルイズは俯いたまま答えない。
そのためか、この結婚式の出席者たちもいったいどうしたのだろうとざわつき始めた。サイトたちも立ち上がって様子がおかしいルイズたちを見た。
「一体どうしたんだねルイズは?」
ギーシュが思わず声を漏らす。一方でキュルケは目つきを変えてルイズたちを見ていた。その真剣な眼差しに、何か鋭いものをその目に宿していた。
(ルイズ、一体どうしたんだ?)
ふと、サイトは自分の身に異変を感じた。違和感を感じたのは左目だ。
「どうしてぇ相棒?」
デルフが顔を出してきて尋ねてきた。
「左目が変なんだ。なんか別の景色が見える」
左目に映る別の光景。視界にはワルドとウェールズが飛び込んでくる。だが、おかしいのは、右目だと自分が座っているここから少し遠くに小さく見えるはずの二人の姿が、左目ではずいぶん近くに見える。ワルドのやけに呆然とした顔が目に映っていたのだ。
「ひょっとしたら使い魔としての能力かもな。使い魔は主人の目となり耳となる能力が与えられるからな。ルーンだって光ってるじゃねーか」
デルフに言われて、彼は自分の左手を見た。確かに、左手のルーンが光っている。
「もしかしてこれ、ルイズの視線なのか?逆なこともあるんだな」
でも、どうして急に彼女の視線が見えたのだ?ふと、タバサがサイトの袖を引っ張っていた。なんだろうと思ってタバサを見下ろすと、彼女はデルフを持ち上げてサイトに渡そうとしている。
「気を付けて」
物静かで消えそうな声。しかし、その声には確かに今の彼女が強く抱いている感情が見え隠れしていた。
「ルイズ?」
「どうかしたかね新婦?」
二人が話しかけると、ルイズは意を決したように顔を上げた。
「皆さま…大変失礼を致しまして申し訳ありません!ご無礼をお許しください!」
「どうしたのかね新婦?日が悪いなら改めて」
「気分がすぐれないのかい?だったら少し休んで……」
ルイズは目を閉じワルドの言葉に首を横に振った。
「違うのそうじゃない、そうじゃないの」
怪訝な顔をするワルドを、ルイズは改めて見つめなおし、己が決めた答えを口にした。
「ワルド…ごめんなさい。私、あなたと結婚できない」
それを聞いた途端、式場中がさらに騒然となった。ルイズは罪悪感を抱いた。せっかくの結婚式を喜んでくれた王軍の皆にこんな残念な思いを抱かせることを。結婚を迫ってくれたワルドの願いを断ること。いくつもの罪悪感が板挟みとなった。だがそれでも、このまま愛情のない結婚をしても幸せとは言えない。ここで言わなければならないと自分の心が叫んでいた。
「し、新婦はこの結婚を望まぬか?」
「はい、わたくしはワルドとの結婚を望みません。皆さまには大変申し訳ありませんが……」
ルイズは心から謝罪して頭を下げた。ウェールズは哀れみながらワルドに話かけた。
「子爵。お気の毒だが新婦が望まぬ以上、式を続ける事は―――」
するとワルドはウェールズが話し終える前にルイズの両肩を掴み、恐ろしい形相で迫った。
「緊張しているんだろルイズ!?君が僕の求婚を拒むはずがない!」
しかしルイズは申し訳なさそうに首を横に振り続けた。
「ごめんなさいワルド。確かにあなたの事は憧れてたわ、でも…それはあくまで『憧れ』であって『恋』や『愛』じゃなかった。本当にごめんなさい」
恐る恐るルイズは、ワルドの顔を見上げた。
その瞬間息が詰まった。冷静沈着なワルドの顔に赤みがさしている。ギリっと奥歯をかみしめた怖い顔を浮かべていた。
だが、大人故の余裕を強引に保とうとしたのか、それはほんの一瞬くらいで、すぐに落ち着きを取り戻して穏やかな口調でルイズに向けて口を開いた。
「ルイズ、そんなはずないじゃないか。君と僕の仲だろう?日を改めて…」
「ワルド……ごめんなさい」
今さっき一瞬だけ浮かべた表情、やはりワルドは怒っているのだ。それでもこうして自分を気遣って優しい言葉をかけてくれている。だが、それでもルイズは、自分の気持ちに嘘をつくことも誤魔化すこともできなかった。
このように、自分と相手の未来を定めるイベントだからこそ…。
もっと早く気付くべきだったかもしれない。そうすれば、自分のためにこんな晴れ舞台を擁してくれたウェールズやワルド、そしてこの結婚式に祝いに来てくれたみんなに恥をかかせるようなことはなかったのに…。
「そうか…………残念だよ」
ワルドの笑みが、一転して落胆の表情に変わった。
それと同時に、この場にいる誰にとっても予想外な事態が起こった。
ガシャアアン!!!
強い衝撃により、教会のステンドグラスが砕け散った。
「「「きゃあああ!?」」」「ひいい!!」
屋根が瓦礫となって降り注ぎ、キュルケやタバサにウェールズ、会場に出席したメイジたちはすぐさま魔法で振ってくる瓦礫を吹き飛ばしたり、防御魔法で防ぐ。ルイズは頭を覆い、ギーシュは瞬く間に腰を抜かした。サイトはデルフを神速の斬りで、自分や仲間たちに降りかかってくる瓦礫を切り落とした。
サイトたちが飛び散ってきたステンドグラスの対処に追われる中、その向こうに大きな影が覆いかぶさり、巨大な鋼鉄の手がルイズの小さな体を包み込んでしまう。
「きゃあああ!!」
「ルイズ!」
ルイズを救うべくワルドが杖を引き抜く。だがそうしている間に、鋼鉄の腕は彼女を手の中に収めたまま教会の外へ引き抜かれる。
サイトも視界が見えている影響で、すぐにワルドたちの元へ急行した。
「なんだ?一体何が…!?」
駆け付けた時、ワルドもウェールズも呆気に取られていた。
「そんな…そんな馬鹿な…!!あれは…
『始祖の箱舟』…!!?」