サイトとギーシュの決闘が始まるしばらく前…
『この良心ゼロのルイズ!!』
(良心ゼロ…ね…)
いつまでもいじけているわけにもいかず、罰として与えられた教室の跡片付けを終えたルイズは、一人校庭を歩いていた。
サイトから浴びせられた罵声が脳裏を過り、反芻するごとに胸を強く殴られたような痛みを覚える。
(確かに、床の上とかは…流石にやりすぎたわね。あいつにだってそりゃ、考えてみればあいつ自身の事情とかもあっただろうし…
それを無視して、当たり散らして…あんなところ、お母様や姉様も見てたら…)
使い魔は召喚したメイジにとっては最高のパートナーでなければならない。つまり召使でもなければ奴隷でもない。なのに、自分は平民を召喚したことで馬鹿にされて、頭に血が上りすぎていたのかもしれない。
サイトに対する酷い仕打ちをしたことに、申し訳ない気持ちが沸いていた。
(でも、だからって謝るのも癪だし…私は貴族よ!平民相手に謝るなんて、貴族としての面目が立たないわ!だ、第一あいつだって、あんな最悪な言い方ないじゃない!
…でも、そもそも私が召喚なんてしなければ、それにご飯もちゃんとしたものあげなかったから、あいつだってあそこまで怒らなかったかもしれないし…
べべ、別にあいつのことなんかなんとも思ってないわ!ただ、そ…そう!使い魔の信頼も尊敬も勝ち取れないメイジのままじゃ、実家にいるお母様たちに申し訳が立たないし、私の貴族としての尊厳に関わるから!そう、本当にそれだけなんだからね!)
でも、謝るという選択肢はすぐに浮かばなかった。それは貴族としてのプライドと、ルイズ自身の気位の高すぎる性格が、素直にさせてくれないのだ。
とりあえず彼を探しに行くことにした。
ふと、ルイズは中庭の方にやたら生徒が集まっているのを見つけた。何やらヤジが飛んでいるように見える。すると、人ごみの方から涙目の後輩生徒『ケティ・ド・ロッタ』が走り去った姿を目撃し、その後は同級生の『モンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシ』がおぼつかない足取りで現れた。
「ど、どうしたのよモンモランシー?どうして泣いてるのよ?」
「…今は放っておいて頂戴」
彼女も時折ルイズを笑う立場にあったのだが、今回ばかりはそんな気も起らなかったようだ。モンモランシーはそのまま歩き去ってしまった。
人ごみの方で何かあったのだろうか。ルイズはヤジの溜っている中庭の方へ向かった。
そうしたら、サイトはトラブルに巻き込まれていた。どうもシエスタというメイドを、ギーシュからの言いがかりから庇ったら、決闘を挑まれたのだとか。
なんてばかばかしい事だろうと呆れた。ギーシュの女好きが一番、女子として腹が立つことだが、部を弁えず言うことを聞こうともしないサイトにもぷりぷりさせられる。
勿論サイトとギーシュにやめるように呼び掛けたルイズだが、男たちは聞く耳を持たない。そしていざ決闘が始まると、案の定ただの平民であるサイトは、ギーシュのワルキューレにボコボコにされてしまっていた。
メイジとしてはまだ1つの系統にしか目覚めていない『ドット』のクラスのギーシュだが、平民に後れを取るようなことはない。
サイトに勝ち目なんてない。戦力的な面でもそうだが、ルイズはこれ以上、サイトが傷ついてしまうのが見てられなかった。だから根気強くやめるよう説得するが…それでも彼は止めなかった。
その理由の一端として…彼は、他の生徒たちみたいにルイズを馬鹿にしたことを詫び、決意を口にして再びギーシュのワルキューレに挑んだ。
そして、サイトがワルキューレから剣を奪い取ったのを機に…ルイズやほかの皆にとっても、何よりサイトにとっても予想外の展開が起きた。
そしてそれは、学院の教師たちにとっても、驚くべきことだった。
トリステイン魔法学院の学院長室。
長く白い口ひげと髪をゆらした…まるで映画に登場する賢者のような風貌をしている老人が、禿げ頭の中年男性教師と、執務用机越しで話をしていた。
老人はこの魔法学院の学院長『オスマン』。高慢なメイジだらけの貴族の中では、平民・貴族と言った身分への偏見が少ない珍しい人物だ。
禿げ頭の男性教師の名は『ジャン・コルベール』。こちらも他者を平等に見る人格者である一方、自身の実験室で日々妙な実験を繰り返している変わり者の教師だ。
そのコルベールは、ハルケギニアの文字で『始祖ブリミルとその使い魔たち』というタイトルの書物と、一枚のスケッチをオスマンの机に並べる。
彼は今年の使い魔召喚の儀の監督を務めていた。そのためルイズはもちろん、サイトのことも知っている。オスマンに見せているスケッチも、彼の左手の甲に刻まれた、地球で言う古代ルーン文字のような形の紋章を描いてある。
20年ほど勤務してきたコルベールだが、このような使い魔のルーンは見たこともない。使い魔というのは、逆ピラミッド型の小さな模様が使い魔のルーンとして現れるからだ。
気になったコルベールは、学院の図書室を漁り、この『始祖ブリミルとその使い魔たち』という書物に辿り着いた。その書物の挿絵内にて、かの伝説の系統『虚無』を扱った『始祖ブリミル』が従えていた使い魔『ガンダールヴ』のルーンと、サイトのルーンが酷似していたのを見つけた。
「ありとあらゆる武器を使いこなし千の軍をも一人で壊滅させ、並みのメイジですら敵わなかったとうガンダールヴ…のう」
「はい、調べたところ黒髪の少年に刻まれたルーンはガンダールヴのものだと分かりました」
「のうミスタ・コルベールよ。あの少年は本当に平民じゃったのか?」
「その事なのですが、ディティクトマジックを使用した際、特に魔法の反応はありませんでしたので黒髪の少年は平民と判断しました」
コルベールがそこまで言った時、扉がノックされる。
「オールド・オスマン、私です。ロングビルです」
オスマンが入りなさい、と言うと、緑色の知的な美女が入ってくる。
この『ロングビル』と呼ばれた女性は、オスマンの秘書を務めている若いメイジだ。
「いかがしたのかね、ミス・ロングビル」
「生徒がヴェストリの広場で決闘を行おうとしています。教師が止めようとしましたが、生徒に阻まれて止められないようです」
「やれやれ。で、生徒の名前は分かるかの?」
オスマンはため息交じりに生徒の名前を尋ねる。
「一人はギーシュ・グラモンです」
グラモンと聞いて、まるで以前に何か聞いたことがあるのか、彼は呆れた様子だった。
「グラモンとこのバカ息子か。恐らく女の子の取り合いじゃろうて。して、相手の生徒は?」
「それが…生徒ではなくミス・ヴァリエールの平民の使い魔です」
ルイズの使い魔。それを聞いて、オスマンとコルベールは互いの顔を見合わせた。
「教室達は決闘を止めるために『眠りの鐘』の使用を求めていますが?」
「アホか!子供の喧嘩に秘宝など持ち出せるか!放っておくのじゃ」
「分かりました」
そう返事をするとロングビルは去っていった。彼女が去った直後、コルベールは強い口調で詰め寄った。
「よいのですかオールド・オスマン!平民と貴族では勝負になりません!あの少年の身が危ないですぞ!学院から貴族の出来心で平民に死者が出たりしたなどという事実が王宮に知れ渡ったら…」
平民の命など意に返さない貴族はいるが、それはどちらかというと少数派だ。そう思いたいだけなのかもしれないが、コルベールとしては貴族が軽々しく平民に手を上げるなんて事態は、貴族の威信云々においても、何より人間としてあってはならないことだと思った。助けてあげるべきではないかとオスマンに打診するが、オスマンは待ったをかけた。
「待つのじゃ。ミスタ・コルベール、その少年がガンダールヴかどうか、確認するよい機会じゃ。大丈夫じゃて、危なくなればきちんとわしが責任持って止めるからの」
「はぁ…」
コルベールが渋々承諾する。
オスマンは、学院長室内の壁にかかった鏡に向けて軽く杖を振るう。
すると、その鏡に窓から見える景色ともこの部屋のそれとも異なる、別の場所の景色を映し出す。
ハルケギニアに存在する、魔法によって精製されたマジックアイテムの一つ、『遠見の鏡』。名前の通り、メイジの意思に沿って特定の場所の景色を映してくれる、地球で言えば監視カメラ的な機能を備えている。
鏡に映っていたのは、ヴェストリの広場の様子だった。
「さて、本当にガンダールヴなのか…」
このとき、彼らは予想もしていなかっただろう。今のサイトには、この世界で伝説と謳われた存在『ガンダールヴ』の力だけではない。
もっと別の…それも誰もが想像を絶するほどの力を知らずの内にその身に宿していたことを…。
「さあ行け!ワルキューレ!」
命令されたワルキューレは、敵であるサイトに向かって槍を突き出した。
もうだめだ。サイトの体はあの槍に貫かれてしまうのだ。ルイズは目を当てることもできず目を伏せた。
しかし…。
「『デエエエヤアアア!!』」
青銅のワルキューレは、サイトが放った横一直線の一太刀でいとも簡単に切り伏せられ、ただの青銅屑となって芝生に転がった。
「な!?」
ギーシュにルイズ、モンモランシーをはじめとした、広場にいた生徒たち全員は、突然発揮された彼の力に驚いた。
(え?なんだ…体が軽い!?)
しかしそれはサイト自身も同じであった。
(昔見たメビウスとヒカリの剣捌きを真似た感じで振っただけだってのに…
いや、それよりも!)
剣を持った時からだ。手の甲にある使い魔のルーンとやらが、不思議な青い輝きを放っている。そのせいか、体が軽くて非常に楽になっていたのだ。まるで自分が空気か何かになったかのように身軽で、重みを感じない。
でも、それだけじゃない。今の自分にできないことはなにもない。怖いくらいの自信がみなぎっていた。
これなら…行ける!
「く!たかが一体倒したくらいで!」
ギーシュは残りの造花の花弁を全て舞わせ、今度は本気だと言わんばかりに各々槍や剣、盾などを武装させた6体のワルキューレを造りだし、それすべてを一斉に彼に向け突撃させる。
一体のワルキューレが槍を突き出す。サイトはそれを、後ろに飛んで避けた。そう、飛んで避けたまでは普通だった。だが、飛んだその直後からが、そうでなくなっていた。
―――!?
後ろに飛んだ途端、地面が離れて、離れて…気が付いたら
5メートル近くも高く飛んでいたのだ。
スタッと着地すると、ヤジの生徒たちが騒ぎ出した。
「お、おい!あの平民5メイルは飛んだぞ!!」
「まさか、メイジだったのか!?でも杖は使ってないし…」
「じゃあエルフなのか!?」
「い、いったいどういうことなんだ…!」
ギーシュは激しく動揺していた。ただの無能な平民。それだけのはずだった目の前の男。だが、彼は本能的に理解していた。
あいつは、ただの平民ではないのだ、と。
(あいつ、こんなに…!?)
ルイズもこれには目を奪われていた。ただの平民かと思っていた。でも、そうではなかった。魔法を使ってはいない。でも、それでもあいつは人間離れした跳躍力で5メイル飛んで見せたのだ。
(なんで俺、あんなに飛べたんだ…!?俺、一体どうなってんだ!?)
サイト自身、さっきと同じように…いやそれ以上に驚いていた。たった今体感した、自分の驚異的な身体能力に。
…いや、そんなことはどうだっていい。
これが今の自分の力だというのなら…このムカつくキザ野郎をボコって後悔させてやるまでだ!
「……おい」
着地と同時に、静かに、怒りをにじませた声でサイトはギーシュに言葉を放つ。
(な…なんだこの平民?急に様子が…?)
ギーシュは、さっきまで侮っていたこの平民に、とてつもない恐怖とプレッシャーを肌で感じ取っていた。
「『てめえ…覚悟できてんだろうな?』」
信じられなかった。たかが魔法も使うことのできない下級民族、平民の癖に、名門貴族グラモン家の嫡子たる自分が、恐怖している!?一体、どこからこんな覇気を出していると言うのだ。まるで、自分が巨大な魔物に見下ろされている蟻のようではないか。
剣を逆手に持って拳を引くサイト。素手で殴りかかる気か。それならばすぐに青銅の盾を作って防げば問題はない。
「…行くぜ」
瞬間、サイトの姿が消えた。一体どこへ!?誰もが辺りを見渡してサイトの姿を探す。だが、サイトの姿は影も形もない。と思ったその途端。サイトが、ワープしたのように突然ギーシュの眼前に剣を向けて立っていた。
突如の事態に固まりかけたギーシュだが、今がチャンスと見た。自分とワルキューレの間に彼がいる。今の彼は背中ががら空きだ。今なら敢えて自分を囮にすることで後ろを突ける。
「今だ、やれ!」
全く脅かしてくれる。勝利を悟ったギーシュはワルキューレにサイトを攻撃するよう命令した。だが、ワルキューレは動かない。一体たりとも、6体全てがピクリとも動かないのだ。早く動け!そう言おうとした時だった。ワルキューレの体が崩れて始め、最後に青銅の塊の山が出来上がったのだ。
まさか、たった…たった一瞬ですべてのワルキューレを細切れにして見せたと!?
「…続けんのか?」
結構体力を使ったためか、息が荒くなったサイトはギーシュを睨み付けながら尋ねる。
「…いや、まだだ!まだ僕は負けては…!」
ギーシュは往生際悪く負けを認めなかった。サイトが自分に返答を求めている間にサイトの目の前から下がって薔薇の杖を彼に向ける。
「今から僕の真価を…!」
真価を見せてやるとは言っているが、それは虚勢…ただの強がりでしかなかった。
「あの少年、ミスタ・グラモンを圧倒していますね…」
オスマンとコルベール、そしてロングビルは円境越しに見ていた、広場で起こった出来事に困惑していた。
この決闘、ギーシュはまだ負けを認めていないが、はっきり言ってサイトの勝ちとなっているのが目に見える。黒髪の少年が、目にも見えぬ剣捌きで青銅のゴーレムを全滅させた。
もしかしたら、あの使い魔の少年は…
始祖ブリミルが従えた伝説の使い魔の一人
『ガンダールヴ』かもしれない。
「学院長、彼の事は全て王宮に報せるべきでは?」
そう提案したコルベールであったが、オスマンはそれを否定した。
「ミスタ・コルベール、このことは他言無用じゃ」
「何故です!?千人ものメイジでさえ歯がたたなかったあのガンダールヴはまさに世紀の大発見ですぞ!」
「だからこそじゃよ。伝説の使い魔らしき存在を手に入れたら、戦好きの軍人どもは喜んで戦争をおっ始めるやもしれん。この事は教師、生徒や使用人共々秘匿するのじゃ。よいな?」
「な、なるほど…はは!学院長の深謀には恐れ入ります」
コルベールは、下手をすればあの平民の少年が戦争のための道具にされかねなかったことに気づき、自身の先見の目の足りなさを感じ、少年の力については口外しないことを決める。
とにかく状況が状況なだけに、情報を外部の人間に知られないように手を打った。
だが、その時だった。
ビイイイィィィ!!!!ズオォォォォン!!!
突然何かを引きずったような音が鳴り響いたと思ったら、外から常識外の爆発音が響き、学院の建物に地鳴りが走った。当然コルベールとオスマンもそれを肌で感じた。
「な、なんじゃ!?」
円境を再び覗き見ると、生徒たちに向かって上空から正体の読めない奇怪な光が降り注ぎ、学院に攻撃してきているではないか!
「ミスタ・コルベール!全教師を集め、急いで使用人も含めた皆の者に避難を呼びかけるのじゃ!」
「は!」
一方、異常事態の起こった校庭。
何の前触れもなく、突然学院の上空から正体不明の光線が落雷のごとく落下し、学院の外壁を破壊した。
「「うわあああああああああ!!!!」」
急な出来事に混乱し、サイトたちの決闘を見に来ていたヤジの生徒たちはたちまち大パニックに陥る。どこからともなく飛んでくる光によって、学院が壊されていく。
この驚愕が最も大きかったのは、サイトだった。
「な…あれは!」
空を見上げた時の彼は、ショックを受けすぎて言葉も失いかけていた。赤い三角錐から赤いキノコを生やしたような奇怪な形の円盤が数機、学院のはるか上空から列をなして飛行しているのだ。あの船、間違いない!
「クール星人の円盤!!」
そう、サイトがこの世界に来る前に彼と秋葉原の街の人たちを襲ってきた宇宙人『宇宙ハンター・クール星人』の円盤だった。あの時謎の青い発光体によって母艦である宇宙船を破壊されたものの、小型の円盤が今空に見えている分だけ残っていたのだ。
しかし、一体どうやってこの星を見つけたと言うのだ。まだ秋葉原での事件からほんのわずかな日数…いや、一日しか経っていないのに!
(俺がこの世界に飛んできた時、この世界の座標を…!?そして超科学技術によるワープでここまで来たってのか!?)
一方でクール星人の円盤。彼らは今、目的達成まであと一歩まで上り詰めたことで歓喜に溢れていた。地上の人々の心に恐怖を与えていることに、何の罪悪感も感じることなく。
「まずは威嚇射撃をかけるのだ!混乱して判断力を鈍らせた奴らは逃げ場に向かって一か所に固まるはず!そこを一気に我が船に転送し集めるのだ!」
「了解」
リーダーのクール星人からの命令を、部下の星人が聞き入れ、引き続き星人の円盤からビームが地上の学院に向けて放たれ続けた。