「……!」
陽光の眩しさを顔に浴び、サイトは目を覚ました。
「ここは…」
彼の目に入ったのは、丸太を積み上げてできた木製の壁と、外から陽光を取り入れている開けた窓だった。そこから深い緑で覆われた森が見える。自然の空気にあふれていて、心地がいい。そこの藁葺小屋のベッドでサイトは寝ていた。
自分の体を見ると、パーカーとシャツは脱がされていて壁に掛けられ、胸や左腕の上腕二頭筋の部位には包帯を巻かれている。この時の彼の包帯の下の傷は、やけどやみみず腫れを引き起こしていてかなり酷い有様だった。
(そうだ、俺はゼロが俺の体を使ってアイツに殴りかかろうとして、返り討ちにされたんだっけ…)
『そうだったな。くそっ、あの野郎…スカした顔で好き放題言いやがって…!!』
頭の中でゼロが、次々とこちらを逆なでするような言動を突きつけたシュウへの怒りをぶちまけた。
『俺は…俺は光の国の誰よりも強くなる最強のウルトラマンになって、皆を見返して…』
だがそんな時、シュウの言葉が頭の中で蘇る。
――――無駄な犠牲を生む前提で戦う奴などウルトラマンではない。ただのビーストだ。
(違う!俺は…俺は…!)
ゼロはシュウの言葉を頑なに否定し続けた。
しかし…それでも彼の厳しい言葉が頭を離れなかった。
『おいサイト!あの野郎を探して、仕返しするぞ!あんな風にコテンパンにされて、黙ってられっか!』
少しでもシュウから言われた言葉を忘れ振り払おうと必死のあまり、シュウへのリベンジをサイトに呼びかけるが、サイトは首を横に振った。
「ゼロ、いいよもう。やめようぜ…」
『何!?』
乗り気ではないサイトにゼロは唖然とした。
『サイト、お前…悔しくないのか!ワルドにも、あいつからも怪獣扱いされて!』
ゼロが声を荒げながらサイトに言った。
サイトにだってわかるはずだ。自分を理解しない者への不満や怒りを。ワルドから凡愚扱いされ、ルイズを守れないと断じられ、サイトがウルトラマンにかつて救われたことを軽んじた言い方をされ、見返してやりたい気持ちが燃え立っていたではないか。
否定したかった。でも…理性で理解させられてしまう。それが一層サイトとゼロの心を揺さぶる。
「ムカつくさ!ムカつくけど…」
だが、頭に血が上って理解が追いついていないゼロと異なり、そんな彼を一番傍で見てきたこともあったサイトは、
シュウから指摘された『戦う理由』…自分はそれを持たないまま戦ってきたことに気づいた。
ただの高校生だった自分が、ウルトラマンやガンダールヴの力を手に入れた。怪獣や異星人、メイジにだって引けを取らない力を。
これらの力をもってすれば、どんな奴にだって負けはしないと思った。どんな人たちだって助けられると思っていた。
でも…そんなことはなかった。うまくいっていたのは最初のうちだけ。
ルイズに婚約者として迫る、メイジとしても優れた腕を持つワルド。
この男の出現と、彼との決闘で自分たちは『ウルトラマンに守られただけで何の努力もしていない人間』『力任せに暴れる獣』と馬鹿にされ、そんなことはないと、ワルドを認めさせようとしたが…
ウルトラマンと同じくらいの力を持つ炎の巨人になれるグレンファイヤー。
そして今目の前にいるもう一人のウルトラマン、シュウ。
自分の存在理由を食らう他の戦士の存在と、ゼロとの望ましくない形でのバディによる戦いで周囲への被害を拡大させる結果が、強い力を得て気持ちばかりが大きくなっていたサイトの自信をへし折ったのだ。
『自分がこの世界に必要な人間ではないかもしれない』、と。
そんなはずない。もし自分がその通りの存在ならば、ルイズが何のために自分を召喚し使い魔としたのか、なんのためにウルトラマンが自分をはじめとした地球人を命がけで守ってきてくれたのか、それが誤りであったことになってしまうのではないか。
そんなことは認められない。自分が大した価値のない人間だと認めることを恐れるあまり、いつしか自分も、
『光の国の同胞を見返す』と息を巻いていたゼロと同様の、
『ワルドを見返す』ための戦いをしていたことにも。
その結果が、先日の王党派壊滅と言う結果だから、最悪だ。
「そんな理由であいつを殴ったって、猶更あいつの言うことを認めたことに…なっちまうだろ…」
『っっ……』
だからサイトはゼロに、シュウに反抗しないよう諫めた。
やり返しに向かったところで、結局奴の言う通りになる。認めたくなかったが、理性では理解していた。不本意だが、ゼロは自身を抑えることを選んだ。
「よかった…目が覚めたのね。気分はどう?」
少女の声と同時に、小屋の扉が開かれる。サイトは声の方へ顔を向ける。
サイトは、地球でクール星人の宇宙船から脱出できなくなったところで発光体の状態で飛来したゼロとぶつかった時のように、眩い光が飛び込んできたのかと思った。眩しい金色の光だ。
ゼロもサイトの目を通して、その光を見た。光の国のうわさで度々耳にする伝説の超人…とまでいかずとも、それとはまた異なる神々しい光を見た気がした。
でも、それは錯覚だった。彼女の身に纏う雰囲気と、彼女の綺麗で長く輝いているようにも見える金髪がそう見せていたのだと気付いた。正直、美しいとしか思えてならなかった。いや、美しいと言う言葉さえも陳腐かもしれない。
「あの…まだどこか痛む?」
サイトがさっきから固まったままなのを気にした彼女が声をかけると、サイトはハッと我に返った。
なぜ自分はここにいるのだろう。真っ先に浮かんだ疑問がそれだった。
「動いちゃだめよ。まだ手当てしたばかりなんだから」
つい体を動かそうとするあまり、怪我の具合を無視した結果サイトは体中に激痛を覚えた。少女がベッドにサイトを寝かせたことでなんとか落ち着く。
「君が俺を助けてくれたのか?」
「うぅん。シュウ…あ、この村に住んでる男の人よ。あなたが倒れていたところを見つけたって言ってたの」
「シュウだって?」
ここで、自分と同じウルトラマンの名を聞くとは思わずサイトは目を丸くした。あの後、自分をこの村に運んできたのか。でも、なぜだろう。あいつがここまでしてくれるなんて思いもしなかったサイトは目を丸くした。
「もしかしてあなた、シュウを知ってる人?」
「あ、うん…最近知り合ったばかりだけどね」
「そうなんだ…あの人、自分のことあまり話さない人だから、お友達がいたなんて思わなかったわ」
金髪の少女はどこか気落ちしたような少し沈んだ表情を浮かべた。その仕草一つ一つが、昔ハマっていたRPGの女性キャラを実体化させたような美貌のおかげで魅力的に映ってしまう。
「いや、別に友達って程じゃ……っ」
そんな彼女を見て、サイトはあることに気づいた。耳の形が、人間のそれではない。先が横に伸びて尖っている。ゲームで見たことがある。確か…
「君は…エルフっていうやつ、なの?」
サイトの視線に気づいて、つい少女は耳を隠した。
「ご、ごめんなさい。怖いよね、この耳…」
不安や怯えから、耳を隠しながら少女は謝ってきた。
「いや、そんなことないよ。ただ初めて見る耳だなって思ってさ。
…あ!ごめん、触れない方がよかったかな」
「…怖くないの?この耳が」
サイトの反応が意外だったためか、少女は驚いていた。
「エルフを怖がらない人と、また会えるなんて思わなかったわ」
「まさか、君みたいなかわいい女の子を怖がるなんてないよ…っ」
つい口走ったサイトは、自分の言い放った言葉に気づいて口を覆った。何を言ってるんだ俺は。これではまるでギーシュの野郎みたいではないか。
「か、かわいくなんて…あなたまでそんなこと言うのね」
一方で少女は顔を赤らめた。結構初心な性格なようでサイトの誉め言葉に簡単に照れてしまったらしい。
「いや、実際凄いかわいいよ。いやぁ、あの野郎が憎いな。こんなかわいい子と知り合いなんて!」
「い、言わなくていいから!」
少女は顔をさらに真っ赤にして耳をふさいだ。
「あんまりかわいいなんて言わないで。それ以上言ったら無視しちゃうんだから!」
しまった、かえって機嫌を損ねただろうか。サイトは強引に話題を変えることにした。
「そうだ、君の名前は?俺、平賀才人。サイトって呼んでくれ」
「サイトさん、ね。私は『ティファニア』。呼びにくかったらテファで構わないわ」
さっきのサイトからの褒めちぎりで顔がまだ赤いままだが、少女もサイトに倣って自己紹介をした。
「俺のこともサイトでいいよ」
「わかったわ、サイ…ト」
テファ、か…。ネーミングセンスの何たるかを知らないサイトも、なんとなく良い名前だな、と思った。
「ねぇ、一体何があったの?森の外で凄い激しい音が聞こえてきて、そうしたら空が白くなるくらいの強い光が出てきて、すごい爆発が起きたの。気になって森の外の方を見たら、森の外が…」
森の外と聞いて、サイトはベッドから起きて藁葺小屋の外を見た。
森は、思った以上に広がっていなかった。正確に言えば、サイトたちのいる藁葺小屋からほんの数百メートルほど離れた位置より、森と草原が焼き払われていた。
この森にも被害が及びかけていたらしい。辛うじて村は無事だったようだが、もしこのエルフの少女も巻き込まれていたかと思ったら…そう思うとサイトはエルフの少女にも申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
「大丈夫?やっぱりどこか体の具合が良くないの?」
サイトの表情が暗くなったのを見て、怪我が痛むのだと思ったテファが気遣ってくる。
「いや…そういうんじゃないんだ。これでも体が丈夫だし」
ティファニアに心配をかけたと思い、サイトはわざと笑みを浮かべてガッツポーズをとる。が、空元気であることは明らかであった。
「もしかして、シュウと何かあったの?喧嘩…したの?」
それくらいではティファニアを騙せなかったようだ。…ここは少しだけ、本当のことを語った方が彼女も納得できるかもしれない。
「…最近、あることで俺ちょっとやらかしちゃってさ。それをあいつから怒られたってだけなんだ。悪いのは、俺だよ」
「何があったの?もしかして、あの爆発と何か関係があるの?」
「それは……ごめん、詳しいことはちょっと話せないんだ」
それ以上は、自分たちの正体にも関わる話になりかねないので言わないことにした。ウルトラマンが自ら正体を明かすなんてことは本来あってはいけないこと。それによる『禍』が、当時のウルトラマンにふりかかったことはサイトも知っていた。たとえこの少女が無害で、心優しくあっても正体は明かすべきでないだろう。
「もし話せないなら、それでいいのよ。無理して話さなくても」
テファは、触れてはいけないことに触れたのだと思って手を振りながらそう言った。
この少女との邂逅でサイトは新たに疑問が浮かぶ。
「あのさ、テファ。君はあいつとここで暮らしてるの?」
テファはサイトの質問に頷いた。
「ええ。信じられないことだと思うけど、私…彼を召喚したメイジなの」
「君が、あいつを?」
サイトは目を見開いた。そういえばシュウも召喚されたって言っていた。
そうか、このエルフの女の子が、あいつを…俺と同じ地球人であり、ウルトラマンでもあるあの男を召喚した魔法使いだったのか!
「そっか、テファがそうだったんだな」
「サイト?」
「実は、俺もなんだ。ルイズって子に使い魔として召喚されたんだ。ほらこれ」
サイトはテファに、左手に刻まれたガンダールヴのルーンを見せた。
「これって、使い魔のルーン?シュウ以外にも召喚された人がいたなんて…」
テファも、人間の使い魔がシュウ以外にもいたという事実に驚いているようだ。
「俺も驚いたよ。同じ世界から来た誰かと会えるなんて」
「同じ世界?サイトさんもシュウが言ってた、違う世界の人なの?」
「まぁそういうことみたい。それで…訊きたいことがあるんだ。あいつのことなんだけど」
元より共通点の多さで気になっていた男だ。この子からシュウのことをもっと聞けるかもしれない。元より強い好奇心が刺激され、サイトはテファに、シュウのことを尋ねた。
「あいつ…シュウって何者なんだ?」
テファは首を横に振りながらサイトに言った。
「…実を言うと、私もよく知らないの。
彼、ずっと怖い顔を浮かべてて、何を考えているのか」
「そっか…てっきり色々あいつのこと知ってると思ってたけど。出会った頃からずっとあんな感じだったの?」
「えぇ…あぁでも、悪い人じゃないのはわかるの。寧ろ、優しい人なんだなって思ってる。振り返ってみると、初めて会った日から」
「優しい?あいつが?」
(優しいだぁ?あのすかし野郎が?)
サイトとゼロは、テファのシュウに対する印象を聞いて耳を疑った。
つい先刻の厳しすぎる言動を振り返ると、そんな印象を抱くに至る気がしない。
「マジで、そんなにいい奴なの?最初から?」
「ええ、もう半年以上は前になるかしら」
テファはサイトに促され、語り始めた。
もう一人のウルトラマンにして異世界の使い魔の男…
黒崎修との出会いを。
アルビオン大陸。サウスゴータ領の最大都市、シティ・オブ・サウスゴータと港町ロサイスを結ぶ街道から50リーグ(約50キロ)離れた森の中。
『ウエストウッド村』は存在さえアルビオンの国内でも忘れ去られている…というよりほとんどの人々から初めから存在を認知されてもいない村。
その村は、村というよりも孤児院だった。戦争・人売り・盗賊からの襲撃で家族から引き離された子供たちが集う施設でもあった。
しかし子供たちはそんな苦境にある生い立ちであっても、笑顔を失うことはなかった。これもひとえに、子供たちをまとめる姉替わりの役目をテファが担っているがためだろう。
その日、土くれのフーケ…もとい、マチルダ・オブ・サウスゴータは数十日ぶりにウエストウッド村にいるテファたちの元に帰ってきた。
「テファ、チビたち。今帰ったよ」
「マチルダ姉さん。お帰りなさい。皆、姉さんが帰って来たわよ!」
テファは姉代わりの彼女が帰ってきたことにとても喜び、この村で暮らす子供たちを呼ぶ。すると、小屋から多数の10歳未満の子供たちの集団がやってきた。
「マチルダ姉ちゃんだ!」「お帰り、お姉ちゃん!」
「ああ。ただいま」
マチルダは土くれのフーケとして盗賊稼業を勤しんでいる身。裏の薄汚い世界を何度も見てきたし、その分だけこの世界の貴族たちがどんなに汚い連中で出来上がりつつあるのかを知っている。
そんな荒んだ世界で大切な妹分と純真無垢な子供たちのために生きている中、この子たちの笑顔はマチルダにとって大きな救いとなり、力をも与えた。
「はい、数ヵ月分の金持ってきたよ」
マチルダは盗賊稼業で稼いできた袋一杯の金をテファに渡す。この時はなかなか珍しいマジックアイテムを、とある貴族の屋敷から盗み出し裏ルートに売りさばいてきたおかげでがっぽり稼ぐことができた。
「ねえ、気になってたんだけど、このお金どこで手に入れたの?」
「ふふ、細かいことは気にしたらダメさ」
そんなことを露知らず尋ねてくるテファに対し、マチルダは意地悪な笑みで誤魔化す。
「もう、いつも誤魔化すんだから…」
ちょっと頬を膨らますテファだったが、マチルダ自身に危険が及ぶようなことがあるのではと悪い予感があったが、無事にまた来てくれたことを喜んでいた。
しかし、相手の心配をしていたのはなにもテファだけじゃない。マチルダもだ。自分がいない間に、何かこの村に危険が及ぶようなことがこの先もなければいいのだが、と思っていたが、万が一のことも彼女は常々考えていた。この辺りは地図にも記されておらず、時折盗賊や悪徳傭兵が略奪目的で現れることだって不思議じゃない。
(テファの『あの魔法』があるからって、いつまでもこの村が安全とは限らないよね。ここは、やっぱりあれに賭けるか…)
マチルダが考えていた賭け…。それは、使い魔召喚の魔法『サモン・サーヴァント』。テファも実は魔法を使うメイジでもある…のだが、魔法をほとんど多用したことがない。しかもそれ以前に、彼女は魔法をうまく扱いことができないのだ。
…それも、後に彼女が魔法学院に努めることになった際に存在を知ることになるルイズのように。
そんな彼女だが、彼女が持つ『たった一つだけ使える魔法』だけでこの村は守られてきていたのである。だからマチルダも遠くへの出稼ぎに出かけることができたのである。
それでも、先ほどマチルダが考えていた通りテファの持つ魔法が無敵というわけじゃない。
それにこの国…アルビオンはテファが生まれる以前は少なくとも表向きは治世であったのだが、今では各地で反乱が起き始めており、政治・軍事面できな臭さが増していた。はぐれメイジがこの村に金や売却目的の奴隷を求めて現れることも考えられる。
やはりここは、頼れる存在が必要と考えた。かといって傭兵を雇うなんて問題外。せっかく雇ってもエルフの血を引く彼女を恐れる奴、または彼女の体を売り飛ばそうとする奴かもしれない。それに自分が稼いでる金に、この村を守る傭兵を雇えるような余裕自体ないのだし、子守なんかやってられないと断られることも考えられる。だからテファに使い魔を召喚させ、そいつに彼女とこの村を守らせることが最善ではないかと考えた。
意を決したマチルダはその日の日が沈み始めた頃、子供たちもいる前で自分の意見をテファに告白する。
「テファ、使い魔を召喚してみないかい?」
「え、使い魔?」
急に言われてテファは戸惑う。
「あんた一人じゃ、チビたちを養うの大変じゃないかい?だから、手伝いをやってくれたり、守ってくれそうな使い魔を召喚したら、少しは負担を減らせるかと思って」
「マチルダお姉ちゃん、つかいまってなあに?」
使い魔ってなんだろうと子供たちが考えている中、まだ6歳ほどの少女が気になってマチルダに尋ねてきた。
「使い魔って言うのはね、召喚したメイジの頼れるパートナーになる奴のことさ。召喚のゲートって奴を作り出し、そのゲートからそのメイジに相応しい使い魔を呼び出すんだよ」
「うーん…」
使い魔とはいかなるものかを説明したものの、少女はよくわからないと首を傾げている。こんな小さな子に難しい話は無理か。マチルダは苦笑する。そんな中、子供たちの中で年長者に当たる少年がマチルダに質問してきた。
「とにかく、テファ姉ちゃんの魔法で何かが出てくるんだろ?たとえば…えっと…竜とか」
「ドラゴンって、アルビオンの竜騎士たちが乗ってるあのデカくてかっこいい生き物なんだろ?俺も見てみたい!」
「竜ねえ…そいつは結構難しいよ?」
竜は相当優秀なメイジでないと使い魔として召喚できない。これはメイジの中でよく聞く話だ。お世辞を言っても仕方ないのではっきり思うと、テファにそんなものすごい奴を呼び出せるだろうか?というか、寧ろそいつの世話に手間がかかってしまうんじゃないか?とはいえ、だからってそこら辺の傭兵を雇っても信頼性に欠けるものである。
「僕はグリフォンって奴を見てみたいな」
「かわいい動物がいいな~」
「俺も使い魔っての召喚できないかな?」
子供たちが様々な意見を飛び交わせている中、テファは少し不安げな顔をしていた。
「使い魔…召喚できるのかな?だって私の魔法、『あれ』以外は今まで…」
「小さな爆発しか起こんないからって?大丈夫さ、うまくいくって」
さっきも言っていたが、テファはどういうわけか魔法がうまく扱えない。ルイズと同様で、自分が一つだけ使えると言う『あれ』の魔法以外はこれといった系統魔法が使うことができないままでいた。この爆発現象のため、テファは魔法を使うことにやや不安を抱いている。
「でも姉さんの使い魔は?」
姉に使い魔がいないことが気になったテファが尋ねるが、マチルダはいらないと言った。
「あたしはいいさ。いなくても大丈夫。ゴーレム作れるんだし。んで、どうする?早速試してみるかい?」
「うーん…」
テファは使い魔召喚について、あまり乗り気ではない、と言うか自身が持てずに迷っているようであった。
一つは、本当に使い魔になる存在を召喚できるかどうか不安だった。テファもまた、魔法を使うことができる。しかし…
「ごめんなさい姉さん。私…」
「おや、テファは使い魔が要らないのかい?」
テファが使い魔の召喚を拒んだことで、子供たちから「ええ~!?」と落胆の声が上がった。
子供たちを「はいはい」となだめ、その理由をマチルダは尋ねる。
「だって、私…姉さんから教わった四大系統の魔法、何も習得できていないもの。召喚魔法だって失敗しちゃうとしか思えないわ」
理由は、テファは四大系統魔法を使うことができないことだった。
「もし、召喚魔法に失敗して、また何か爆発でも起きたりなんてしたら…」
実は、テファも魔法の行使においてルイズと同じ…四大系統魔法を使おうとすると爆発が起きてしまう体質であった。
「ミスったのは四大系統魔法さ。でもコモンマジックくらいなら、唱えても問題なかっただろ。サモン•サーヴァントだって同じさ」
「でも…もし召喚されたのが凶暴な生き物だったりしたらみんなを危ない目に遭わせちゃうし」
もう一つテファが懸念しているのは、危険な生物を万が一召喚してしまった時だ。子供たちの身を案じるとそれでも召喚魔法を使うのは気が引けた。
「あたしとしては、あたしがいない間にあんたがどっかの変な男にちょっかい出される方が心配さ。あんたを守ってくれる使い魔がいてくれると安心して仕事できるしさ。
心配ないさ。使い魔は主に忠実なものだよ。少なくともあたしの知る限り、主人に逆らった使い魔の話なんて一切なかったよ」
念を押してきたマチルダに、少し悩んだ様子だったテファだが、意を決した。
「ならせめて、やり方だけ覚えておこうかしら。私、成功するかちょっと自信が持てないもの」
こうしてテファは、使い魔召喚魔法『サモン•サーヴァント』こやり方の身を教わった。マチルダ曰く、一緒の時の方がフォローのしがいがあるから、すぐにやった方が都合がいいんだけど、とは言ったが、やはり不安の方が勝っていたのでこの時は使い魔を召喚することはしなかった。
だが、程なくしてその時はすぐに訪れた。
このウエストウッド村の森の辺りには行商人もたまに来るのだが、本当にたまにあること程度だし、自分がエルフと知ると恐れて逃げる人も時折いる。
その時テファは、洗濯物でも乾かそうと、洗濯籠を抱えて物干しへ向かう。
他の子たちは遊んでいたり、薪割りをやってくれていたりしている。
その時、たった今彼女が洗濯物を干した物干しに、どこからか飛んできた矢が突き刺さった。
「!?」
ハッと振り返ると、酷く傷んだ軽装と武器で武装した男の集団が、村の入り口に集まっていた。一目見ただけでも、盗賊団だとわかる格好だった。
「へえ、こんな辺鄙な森の中の村に、こんなかわいい別嬪さんがいるとはなぁ」
顔に傷痕が深々と刻み付けられた、一団の親玉らしき男が下種な笑みを浮かべながらテファを見ている。
「あなたたちは?」
怯えながらもテファはその男に尋ねる。
「なぁに、俺たちはどこにでもいる盗賊だよ。たまに傭兵として戦争に参加してはいるがね。今はレコンキスタに従軍して、古くせぇ王家に喧嘩売って人稼ぎしてるところだが…」
嫌らしい笑みを浮かべたまま、親玉は言った。
「出て行ってください。あなたたちに渡すものなんかありません」
「ないだって?あるじゃねえか」
「え?」
「俺だってこんなちっぽけな村に金なんかねえことは見るだけでわかるぜ。俺たちが扱ってるのはよ、人さ。それも特に、あんたのような別嬪さんは高く売れるだろうぜ」
この盗賊たち、人浚いの目的でこの村に踏み込んできたようだ。すると、テファのピンチを見かけたのか、サムやジャックが盗賊たちの前に立ちふさがった。
「テファ姉ちゃんに触るな!悪者!」
「なんだガキ?命が惜しけりゃ引っ込んでろ」
盗賊の一人が邪魔をするなと二人を睨み付けてくる。その視線に二人はビクッと身を震わせたが、テファのためにもここから引き下がるわけにはいかない。
「なんだこのガキども!カッコつけて出てきた割に、足が震えてるじゃねえか!」
ぎゃはははは!!!盗賊たちはサムたちを見て馬鹿笑いし始める。
「何しているの二人とも!ここは私に任せて、下がって!」
しかしテファとて、この子たちの保護者。危険な目に合わせるわけにはいかない。杖を出して、『唯一自分が使うことのできる魔法』を使おうとした。
が、相手は戦い慣れた盗賊の集団。そんな隙を与えるはずもない。彼女たち三人の足元に弓兵の盗賊の放った矢が突き刺さる。
これでは、詠唱している間に
「アニキ…こいつ、エルフじゃねえか?」
「ああ?エルフ?」
親玉の男が、部下にそう言われてテファの耳を見てみる。耳の先がとがっている。確かにエルフだ。テファはそう言われて耳に触れると、今日は村から遠く離れることがないだろうから帽子を被っていなかったことに気づく。
「やばいんじゃないですか?エルフってたった一人の奴を相手にするだけでも、俺たち人間じゃ1000の兵をそろえても勝ち目が薄いとか聞きますぜ?」
「知ったことかよ。この女…俺の長年の勘だがまともに戦ったこともねえ。つまりエルフだろうがなんだろうが、ビビるこったねえのさ。
それにちょうどいいじゃねえか。エルフの女を捕まえたとなると、俺たちはエルフを捕まえた功績者になって報酬も仕事もがっぽり入るだろうぜ。
ほれ、つべこべ言ってねえで捕まえんぞ」
親玉に言われるまま、部下の盗賊たちはテファに近づいて行くが、ここでサムとジャックが盗賊たちに飛びかかってきた。
「ぐ…この糞餓鬼ども!!」
「姉ちゃん!今のうちに!!」
「だめよ!あなたたちこそ早く!」
逃げるように言うが、子供たちはテファのためにと危険を顧みないまま、盗賊を取り押さえようとするが、体格からして段違い。すぐに殴り飛ばされてしまう。
「ガキがでしゃばんじゃねえ!」
「やめて!あなたたちの狙いは私のはずよ!」
顔を殴られて青紫の痛々しい痣を刻み付けられたサムたちを見て、テファは悲痛に叫ぶ。
「商品が生意気な口聞くんじゃねえよ。ほら、このガキ共を殺されたくなかったら黙ってついて来い!」
親玉から怒鳴られ、テファと子供達は、あっという間に盗賊たちに縛られ、彼らの用意した馬車で運ばれて行った。
もう夜の闇が空を覆い始めた頃だ。テファと子供達は盗賊たちの運転する大きな馬車に運び出され、アルビオンのとある街まで運ばれた。
「ひゃっはあ!!今日は大当たりだぜ!」
「しかもこの女はエルフだ。エルフ退治の功績で俺たちもがっぽり貴族共から金をもらえるだろうぜ」
「あとは、どこか高く買ってくれそうな奴にどこまでの値段で売りさばくか…けけ」
品性などから程遠い声が、馬車に響く。馬車の荷台に乗せられたテファは背後に両手を縛られ、足もきつく縛られているために逃げることもできない。もがいてもほどける気配もなかった。
「うわあああん!」
エマがたまらず泣き出してしまった。他にも目尻に涙を浮かべている子達もいる。
「ち、ウルセェぞクソガキ!ぶっ殺されたくなかったら泣くんじゃねぇ!」
盗賊の一人が子供たちに向かって怒鳴った。エマたちの涙は今ので引っ込んだが、そもそも泣かせている元凶である盗賊たちに、ジムは怒りから反抗的な視線を向ける。
「おいガキ、んだその目は。やんのか?」
その目つきが気に入らなかったのか、睨まれた盗賊がジムを睨み返す。そんな仲間を別の盗賊、おそらくリーダーが嗜めてきた。
「ガキ相手に何ムキになってんだよ。そいつらは貴重な商品だ。傷ものにしたら値打ちが下がるぞ。
どのみち、どうせ何もできやしねぇんだ。ほっとけ」
子供相手に、の言葉が聞いたのか、嗜められた盗賊の一人はちっと舌打ちしてジムから目を逸らした。
これから何をされるだろう。いや、考えるまでもないし考えたくもない。子供たちがこうして怯えて、涙を流すだけならまだしも泣き叫ぶことも許されない状況に放り出されている。自分だってきっと、この男たちの金儲けと欲望のはけ口として利用されるのだ。
馬車から子供達共々、街の一角の大きな建物まで拘束されたまま連れ出される。
入り口から入ると、そこは広大かつ豪勢な造りとなっている大ホールだった。演劇や演奏会を今にも開けそうな広い場所に、羽振の良さそうな中年の貴族の男がただ一人だけ出迎えてきた。
「ほう、エルフの女…それも相当な美人。よく捕まえてこれたな」
その貴族の男は、慣れた様子でテファたちを吟味しつつも、テファの容姿やスタイルの良さに、格好だけでも気品のある姿と裏腹の下卑た笑みを浮かべた。
人身売買という悪魔のような取引を、明らかに身分違いで軽蔑の対象で盛る盗賊を相手に、こうも慣れた様子をしている辺り、この貴族の男は過去何年にもわたって同じ悪事を裏で働いているのだろう。
「これも始祖の恩恵ってやですよ旦那。それにこの女を捕まえるの、楽なもんでしたぜ。なんたって先住魔法を使ってこなかったからな」
『先住魔法』、ハルケギニアにおいて人間とは異なる種族らが用いる、メイジが行使する四大系統魔法とは異なる特殊な魔法のことである。それらはメイジの魔法よりも威力が優れているとされ、メイジが平民を相手に高圧的に接する一方、異種族…特にエルフを恐れる一因にもなっていた。
それだけに、今回テファを捕まえたことは、彼らにとってまさに天運でもあった。
「そうかそうか、今日は本当に運が良いな。しかし本当に美しい。いっそ明日の競売で私の妾として買おうか」
「旦那ぁ、そりずるいですぜ。その前に俺らにも味見させてくだせぇよ。いつもこうして、商品を見繕って運んできてるんですから。それに、この女には明日の競売の商品にも広告塔にもなるんすから、出品しておかねぇと」
「わかっておる。これだけの美貌と肢体だ。たとえこの女が処女でなくとも相当の額にはなる。
我らレコンキスタの莫大な活動資金をもたらしてくれることだろうな。
だがこの娘は気に入った。もし競売で他の者がこの女を購入したら、その客にうまく諦めてもらうよう手引きしておけ。その暁には私の後でこの娘で楽しむことを許す」
「御意にございます」
この貴族は、アルビオン貴族派…レコンキスタに所属している貴族でもあった。
しかも貴族と盗賊は、テファを売る前に彼女を辱めること、テファを利用し不正に儲けようとしていることを露骨に口走っていた。
テファもなんとなくその意味を理解し、恐怖と嫌悪感で鳥肌を立たせる。
「テファ姉ちゃん手を出すな!指一本でも触ってみろ!お前らの指を噛みちぎってやる!」
サムが勇ましく、怒り露わにして威嚇する。
だが貴族と盗賊たちは全く動じない。せいぜい子犬に吠えられているくらいにしか思ってないのだろう。
「だがこのガキは躾がなってないな。こんなに喚かれては売り物にもならん」
「旦那。大丈夫ですぜ。こういう生意気なガキも若い分十分な売り物になる。この手のガキの躾も慣れてますわ」
サムの怒りを、盗賊の親分はそう言って嘲笑った。
「それは良いことだ。ではガキどもを独房に連れていけ」
「へい。では旦那様、お約束はお忘れなく…」
盗賊の親分は、明日が楽しみで仕方ないのがニヤニヤとした顔が収まらないでいた。
「姉ちゃん、お姉ちゃん!」
「うるせぇぞちび共。死にたくなきゃ黙ってろ、それとも、大好きなお姉ちゃんの前で指一本もがねぇとわからねぇのか?」
テファと離れたくない一心で、自分を引っ張っていこうとする盗賊の親分に抵抗するも、やはり大の大人、残忍な悪事を平気でする悪人の前では空しい抵抗でしかない。
「やめて!その子たちに乱暴なことをしないで!」
当然テファもこれを見過ごせず、男たちに訴える。
貴族の男は、テファや子供たちに向けて冷たいまなざしと共に言った。
「それはお前等次第だ。いいか、少しでも痛い目に遭いたくなければ我々に抵抗するな。そうすれば余計な傷を入れないでおいてやる。その方がお互いに特だからな」