貴族の男との応接が終わると、盗賊たちの手で拘束されたまま、テファたちは、建物内の、窓もない鉄格子の扉で封じられた独房へと連れて行かれていた。
「明日の朝、お前らはオークションに備えて湯浴みをしてもらう。商品が泥臭いようじゃ価値が下がるからな。その後はオークションで一人ずつ高値で売らせてもらう。せいぜい今のうちに別れの挨拶でも済ませとくんだな」
独房の鉄格子の向こうから、貴族の雇われていると思われる見張りの兵士が、独房内のテファたちに向けて言った。
「ひっく、うぅ…」
子供たちの中でも幼い女の子でもあるエマやサマンサは泣いていた。大声で泣き叫びたいが、そうするとそとの兵士やあの盗賊、貴族に騒ぐなと怒鳴られるので必死に自分を押し殺そうとしている。
泣きたくても泣ききれない子供達に、テファは胸を痛めた。本当は自分も泣きたかった。マチルダにこの子達を託されている身だと言うのに、何もできずにこうして攫われるなんて…
その傍ら、テファの隣で縛られていたサムが、テファと背中合わせの状態で何やらモゾモゾし始めた。
(サム?)
外の兵士に聞こえないよう、サムに声をかけるテファ。
(姉ちゃん、杖は持ってる?)
(え、ええ…でも、今は手を縛られてて)
頼みの綱である魔法の杖…それはテファの服の下、胸の谷間の間に隠してあった。いざという時はそこから杖を取り出して身を守れとマチルダから言われた通りにしてのことだ。
でも今は両手を背中側に縛られ杖を手に取れないからどうしようもなかった。
だがサムには勝算があった。
(姉ちゃん、俺…なんとか手を動かせるから)
そう言うと彼は、背中合わせになっているテファの手に、正確には彼女の腕を縛る縄に指を絡めた。
(俺、村に来る前は食い逃げしまくって食い繋いでたからさ、何度か捕まってたんだ。でも、おかげで縄抜けして逃げるの、得意になったんだ。だから)
サムはあっという間に、自分の手を縛る縄を解き切った。だが盗賊たちには見せないよう、背中に腕を回した状態を維持した。その上で彼は、今度はテファの手首の縄を解き始めた。
サムが孤児なのは知っていたが、まさかこんな特技を持っていたとは。
しかし怪しい動きをとったことで、外にいた盗賊たちが反応する。
「あん?何をやってる」
しまった。今ので怪しまれただろうか。
すると、テファたちの動きを怪しんで独房内に兵士の一人が入ってきた。
「なんだよ。もしかしてもう我慢できなくなっちまったのかぁ?俺らにかまってほしくてヨォ。
しかし、改めてみると本当に上玉だな。暗くなっても眩しいもんだ」
「…何をする気?」
恐怖に駆られ震えながらも、縛られたままのふりをしてテファはキッと男を睨みえ返す。
「何、ちょっくら味見をするのさ。大丈夫だって。すぐに痛くなくなるさ…」
気色悪く舌なめずりする、テファのすぐ目の前の男。その吐息は悪臭ばかり漂い、ただ死肉をむさぼって生きるハイエナよりも清潔感の欠片もない下品さがあった。その男の手が、テファの服を無理やり引き裂こうと伸びていく。
「やああああああ!!!」
その時、サムが立ち上がってその男を突き飛ばし壁に押しやったた。
「ぐお!?」
「みんな!こいつを押せ!」
サムに促され、他の子供達は戸惑うも、サムの考えを理解し彼に続いてその兵士を壁におしくらまんじゅうの要領で押し込んだ。
「この…放せガキども!」
「姉ちゃん、早く!」
サムはテファに立ち上がるように叫ぶ。
テファは頷き、立ち上がって胸の谷間に隠していた杖をサッと取り出した。
唯一使うことのできる魔法…それを使うべく杖を頭上に掲げる。
―――ナウシド、イサ、エイワーズ、ハガラズ、ユル、ベオグ…
杖に魔力の稲妻が走る。
―――ニード、イス、アルジース…
白い風のような光が周囲を駆け巡っていき…
――――ベルカナ、マン、ラグー!
テファは兵士に向けて杖を振り下ろした。
サムたちの押し出しに抵抗していた兵士の体が光に包まれた。
光が晴れると…
「…あれ?俺、何をしてたんだ?」
兵士は、周囲をキョロキョロと見渡して戸惑い出した。
「みんな、もう大丈夫。彼を放してあげて」
テファは子供たちに兵士を解放させ、兵士に言葉をかけた。
「あなたは王党派の兵士、敵城偵察のためにここに侵入してきたの。潜入していたところ、捕まってた私たちを助けてくれたのよ」
明らかに事実と異なることをテファは兵士に言った。しかし…兵士は首を傾げながらもテファの話に聞き入っていた。
「そ、そうなのか?」
「ありがとうございます。おかげで助かりました」
ペコっと頭を下げるテファ。
「そ、そうか。なら出口まで護衛を」
「いいえ、あなたは潜入している身。私たちを連れ出そうとしたら怪しまれるわ。何も見なかったことにして部屋に戻って。その方が安全よ」
「そ、そうか…済まないな。ここまでしかしてやれなくて」
「いいえ、入り口を開けてくれただけで十分です。私たちは自力で逃げますので」
「そうか…気をつけてな」
なんと兵士は、そのまま独房を去ってしまった。
「やっぱ姉ちゃんの魔法ってすげぇな!」
ジャックがテファの魔法を見てはしゃいだ。
これがテファが唯一使える魔法…『忘却』。
名前の通り、相手の記憶を消去する魔法。ちなみに消し去った記憶の代わりに偽の記憶をも植え付け整合性を取らせることもできる。
この魔法のおかげで、テファはウエストウッド村での暮らしを守ってくることができた。尤も今回だけは、この魔法を使われる前に暴漢たちに見つかったので危機に陥っているのだが、この状況下でも役に立つことができた。
「はしゃいでる場合じゃないぞ!早く、他の奴に見つかる前にここを出ようぜ!」
サムが早く逃げるよう促し、それにテファも頷く。
「皆、私から離れないで」
独房のあるフロアから出て、一階上のフロアに出たテファたち。
階段を出て壁の影からその向こうを見ると、窓ひとつない蝋燭の火で照らされた薄暗い廊下を、夜勤で見回りをしている兵士が巡回していた。ふあぁ…と退屈そうに欠伸をしている。
兵士のいる通路側は避けた方が良さそうだ。兵士のいる通路ではなく、目の前の通路を進んでいった。
こちらは蝋燭一つない真っ暗な道だった。でもこちらの方が見つかりにくい。同時に、一度はぐれたら
「いい?みんな手をつないで、絶対に足音を立てないで進むのよ」
テファの呼びかけに子供たちはこくっと静かに頷く。
息を殺しながらテファたちは建物内を進んだ。テファが先頭に立ち、その後ろをジム、サマンサ、エマ、ジャック、そしてテファの次の年長であるサムが一番後ろの順に、手を繋ぎながら、壁を伝いつつ真っ暗な道を進む。
家に無事帰るためとはいえ、暗い道を進む。子供たちは不安で押しつぶされかけていた。そんな不安はやがて、ちょっとしたミスにも繋がる。
真っ暗な道を、息を殺しながら進むことで足元が疎かになったのだろう。
ガッ!
「きゃ!」
「わあああ!!」
サマンサが壁を曲がったところで壁の角に足をぶつけてしまう。真っ暗な闇の中で迷ったりはぐれないように手をつないでいたことが災いし、テファたちは全員揃って転んでしまう。
「…む?誰だ、そこにいるのは!」
今ので巡回中の兵に気づかれた。まずい!
「走って!」
テファはもう一度後ろにいる子供たちの手を取り、走り出した。この暗闇の中、強引に突っ切るのは危険だ。
テファは暗闇の中で壁を手探りし、ドアノブを探した。
あった!ドアノブを回してテファは扉を開いた。
「皆、こっち!」
テファに導かれて子供達はその扉の先に入った。
夜目も慣れてきたため、かすかに暗闇の中でも部屋の模様が見えてきた。
「姉ちゃん、なんか臭いよぅ…」
鼻に漂う変な匂いに気づいてエマが呟く。
「しっ」とテファは、今は何も喋らないように注意した。
しかしエマのいう通り、何か匂う。それに暗闇でかすかに、何か四角い箱のような…それも格子で囲われたものが見える。
「グルルルル…」
間違いない!何か動物が檻の中に閉じ込められていれる。だとしたらまずいかもしれない。このまま進めば、あの檻の中の動物がこちらに気づいて吠えるかもしれない。それに気づいて巡回中の兵たちがこっちに気づいて集まってくるだろう。
「いたか!?」
「いや!くそ、あのエルフ女、やはり先住魔法を使って脱出しやがったんだ!」
「明日はオークション当日だぞ。開始時間までには絶対に捕まえるんだ!」
でもだからって元の道を折り返すわけにいかない。元きた道の方から、自分たちを探しにきている兵たちの声が聞こえる。
(皆、絶対に物音を立てないで)
テファはごく小さい声で子供達に言い、その手を引っ張って先へ進んだ。
その時、闇の中でひゅん!と何かが光ったように見えた。目の錯覚?…いや違う!
「伏せて!」
テファは子供たちの頭を押さえつけて姿勢を強引に低くした。
瞬間、風の魔法が飛んできて近くのもの…闇の中であったため何かはわからないが、ガタン!と大きなものを吹き飛ばしたような音が響く。
そして、ステージホールルームの明かりが灯った。
テファたちはそこの座席と座席の間の小通路に、子供達と共に隠れていた。
そんな彼女たちの周りを、あの貴族の男、彼に仕えている兵や取引相手の盗賊団が取り囲んでいた。
「ここがどこかわかるか、ガキども。明日、お前らを出品するオークション会場だ。
これからお前たちは、ここで開催されるオークション売り飛ばすことが決まっている。
逆らおうなんて思うなよ?こっちはテメェらを完全に包囲しきってんだからな」
子供達の間に恐怖が走る。
もしかしたらみんなで帰れるかもしれないと思っていた希望が、ここにきて砕かれた。
エマが泣きそうになっていた。
サムは泣きそうになってる子供たちを庇うように、自らの身でそっと彼らを覆って少しでも落ち着かせようとした。
テファは姿勢を低くしたまま、座席の間から周囲を見渡して杖を握っていた。
どうする?もう一度忘却魔法を使うか?
…いや、それはダメだ。
テファのあの忘却の魔法…非常に強力と言える効果はあるが致命的な弱点があった。
それは…精神力を多量に消費するため、連発ができないことにあった。
メイジは、自分の精神力の限界以上の魔法を使うことも連発もできない。そのため、魔法を使いすぎたりでもすれば精神力を切らして魔法が使えなくなり、最悪死んでしまう。もしここで敵全員の記憶を消去できても、この子達を守る者が誰もいなくなってしまう。
「出てくる様子はないか。どうします?ここは明日のオークションに使うからあまり荒れさせんのも…」
「全く、少しは頭を使ったらどうかね。餌を使えば良い」
貴族の男がそう言うと、彼は背後からぐいっと『誰か』を引っ張り出した。
「いやぁ!はなして!」
「サマンサ!」
なんといつの間にか、奴らにサマンサ…子供たちの一人が捕まってしまっていた。
(しまった!さっきみんな一緒に転んじゃった時に、あの子だけ!)
さっき暗闇に満ちた廊下を強行突破するあまり揃って転んだ際、サマンサだけ取り残してしまったのだ。
なんていうミスを犯したのだ!テファは保護者でありながら、守るべき子の一人を見捨てかけていたことを恥じ、悔やんだ。
盗賊たちは、座席に隠れているテファに向けて声高々に叫んだ。
「おいエルフ女!大人しく出てこい!さもなけりゃ、てめぇが大事にしているこのガキ、どうなっても知らねぇぞ?」
「!」
テファは息が詰まりかけた。なんということだろう。彼らは自分を捕まえるためだけにそこまでやろうというのか。戦争や事故で親を失い悲しみに暮れながらも、それでも自分の元で笑顔を失うことなく力強く生きている、何の罪もないあの子たちを傷つけようとするなんて…
「や、やめろ!サマンサを返せ!」
サムが叫ぶ。
「返せ?ふん、平民のガキの分際で、立場というものを理解してないようだな」
貴族の男がその態度に気を害し、捕まえているサマンサの頬に杖の先をグリっと押し付ける。
「今貴様ら全員の命はこの私が握っているのだ。命が惜しければ大人しく商品として身を捧げることだな。
別にこの平民のガキを見捨てたって構わないぞ?我々が欲しいのは、そこのエルフ女だ。その女さえ手に入ればよい。お前たちガキどもはついでに過ぎない。
それとも、あいつの餌になるか?」
貴族の男は、学校の授業で使われる指し棒のように、ステージの方に杖先を向ける。座席シートの間に隠れているテファたちもそちらに視線が向かう。
ステージの上には、檻に閉じ込められた、見るからに怪しい獣の姿があった。姿は赤と暗い緑色に染まったクラゲといったところか。クラゲと言っても、普通のそれよりも幾分か大きなサイズであり、それだけでも近寄りがたいものだが、それ以上にそうさせるのはそいつがとる行動にあった。
檻をこじ開けようと、幾度もガン!ガン!と鉄格子にその身を打ち付けている。その獰猛さに子供たちも、元より大人しいテファもビクッと身が震えた。
「あれは私が珍獣を売るとある商人より購入したペットなのだが、どうも気性が荒く食い意地が有り余って扱いにくくてな。奴も出品しようと思っていたのだ。その商人によると、獰猛な肉食だと聞いている。それも人間を好んで食らうとも…な。
なんなら、お前たちに逃げるチャンスを与えても良いぞ?その代わり…あいつを檻から出してお前たちを追わせる。見事に逃げ切ることができればお前たちの勝ちだ。当然逃げ切れなければ、お前たち全員こやつの餌として死ぬがね」
何の罪悪感も感じさせない軽さで貴族の男は言ってのけた。
生き物を飼う者は、飼う対象の動物がどんなに危険であっても、飼うと決めたならば最期まで生涯を見届ける義務が伴うもの。だが貴族の男は、飽きた玩具に対するそれのように、要らなくなったからあっさり売り払うという選択をした。しかも、最後はそれを使ってリアル鬼ごっこをさせるという、享楽というには非道極まりないことまでテファたちにさせようというのだ。
生き物を飼う者としても、貴族としても、何より人間としても問題がありすぎる男だった。
「うわっはぁ、貴族の旦那。悪いこと考えるねぇ。もしそいつを野にはなっちまえば町は大変なことになりまずぜ?勿論この会場やあんたの屋敷だってただじゃ済まねぇっすよ」
「はっはっは。君たちからすればこの会場すら豪勢に見えるだろうが。私から言わせればこの会場も貧乏くさく、古臭いものだ。
それに私には別宅があるのだよ?愛人名義の、だがね。こんな場所一つ潰れたくらいじゃ、痛くもかゆくもないのだよ」
「さすが旦那!いやはや、そのあくどさには頭が下がりますぜ」
そんな貴族の男もだが、盗賊頭は同じ悪党なだけあってか、貴族の男の悪質さを咎めもせず、調子よく褒めちぎっている。これから始まるかもしれないリアル鬼ごっこによって、テファたちのみならず、自分たちが住む町の人々の命を脅かすかもしれないことがあるのは想像に容易いのに…
「こ…この…」
遊び感覚で平気で金儲けするわ、女子供を利用するわ、町を壊すこともいとわない…
サムは、ただ貴族の男や盗賊頭、目の前に移る薄汚い大人たちを睨みつけた。
自分は平民の子供。メイジでもなければ特殊な力もない。テファを守りたくても、守れるような力もなく、あの憎たらしい貴族の顔に拳をめり込ませたくてもできない。なんの特別性もない自分の無力さを呪った。
自分の命が脅かされる。
テファにとって、このようなことになったのは初めてではなかった。
また、こんなことになってしまうなんて。
『あの頃』もそうだった。
幼い頃、ある屋敷に隠れ住んでいた時…ある日突然、自分と『母』を追ってきたアルビオン王政府の軍隊が現れた。
その時自分は、母に言われてクローゼットに隠れた。その間母は、外で兵たちへの説得を試みていた。
自分たちエルフは、決して争うことを好まない、と。
だが返事は…魔法だった。母はその時、兵たちの放った魔法で…
何とか兵たちをやり過ごしたその後は、後に土くれのフーケを名乗るマチルダによってウエストウッド村に隠れ住み、ようやく平穏を取り戻したはずだったのだが…
(どうして…どうしてこんなことに…私や子供たちが何をしたって言うの?)
迫る恐怖にテファは怯え、自分の不運を、子供たちの不幸を呪った。
(助けて…お母さん…マチルダ姉さん…)
自分も、母があのような最期を遂げたように、あの男たちの手で酷いことをされるのだろうか。村の子供たちの姉替わりであろうとした少女は今、幼子のように涙を流し震えた。
そんな彼女の脳裏に…マチルダの教えが浮かぶ。
――――テファ、今から『サモン・サーヴァント』のやり方を教えるから、いざってときのためにも、よく覚えておくんだよ。
「…!」
テファの目が見開かれる。そうだ、この時こそ姉さんが教えてくれたあの魔法が使えるかもしれない。
「みんな、ちょっとだけ離れて」
テファは子供たちに、落ち着きを何とか保とうと意識しながら言った。
「姉ちゃん?」
一体何をする気だろうと、言われた通り少しだけ距離を置きながら、サムら子供たちがテファに注目する。
―――いいかい、サモン・サーヴァントを使う時はこう唱えるんだよ。
「我が名はティファニア」
マチルダが教えてくれた通りに目を閉じ、呪文を唱えていく。
すると、彼女の周囲に五芒星の魔法陣が展開され青白く光った。
瞼の下からもその光が見える。うまく行ってるようだ。
「む?おい、一体何をする気だ!」
「まぁ待て、そう慌てることはない。あれは、サモン・サーヴァント…使い魔召喚の魔法だ」
テファの行動に兵士、盗賊たちが警戒する。対して貴族の男は面白そうに見ていた。
「よもやエルフが我らメイジと同じ魔法を使うとはな。
面白い。使い魔を召喚してみるがいい。尤も、おいそれと我ら全員を退けられる生物を召喚できるとは思えないがね!」
そうだ、いかにあの娘がエルフであっても、自分たち全員を相手にできる生き物はせいぜいドラゴンくらいの大型の生物。それに契約の儀であるコントラクト・サーヴァントを完了させるにしても、ドラゴンほどの生き物が大人しく契約を交わすのも至難だ。
どうせ大した使い魔を召喚できないか、できても彼女たち自身がかえって危機に陥るか。自分たちの優位は揺るがないと貴族の男は高をくくって、他の者たちにも手を出さないよう指示し、静観することにした。
「五つの力を司るペンタゴン。我の運命に従いし…」
テファは記憶を辿りながら眼前に向け…
「使い魔を召喚せよ!」
杖を振るった。
すると、彼女の求めに応え、ちょうど等身大の丸い鏡のような発光体が現れる。眼を開けてそれを見るテファ。
(やった…!)
マチルダが言っていた通りだ。この丸い発行体が、使い魔が現れる召喚のゲードなのだ。さて、あとはどんな使い魔が現れるか…。
(お願い、神様!どうか…あの子たちを救ってくれる使い魔さんが現れてくれますように…)
今の状況で自分の『あの魔法』では子供たちを救うのは難しいのなら、これからこのゲートより現れる使い魔に希望を託すしかない。
テファは召喚のゲートの前で、強く祈った。
「お願い…助けて」
…ブォン、ブォン、ブォオオオオン…!!!
「?」
「なんだ、この音は?」
ゲートの中から、何やら聞いたことのない音が聞こえてくる。一体何の音だろう。まるで暴れ馬のような…いや、それとも違う。とにかくものすごい勢いある音だと言うことは理解できる。なんだろうと思ってゲートを覗き見てみると、まだこのうるさく響く音は聞こえている。それどころか大きくなっている。
貴族の男たちも聞いたことのない音で、彼らも困惑した。
バオバババ…!!!
もしかして…何か勢いよく近づいて来てる!?
「みんな、伏せて!」
テファは危機感を覚え、子供たちと共に伏せた。
「ち、るっせんだよ!!ブンブンブンよう!!!」
「いい加減にしねえと俺たち『灼塵』の…ふぐ!!?」
彼女たちが伏せたと同時に、あまりの耳障りな男に、兵士や盗賊たちは苛立って召喚のゲートに攻撃を仕掛けようとした…
ゲートの中から何か黒い影が飛び出してきた。馬の勢いづいた速さなんてものじゃない、ものすごい勢いと速さだった。
「な、なんだこい……ぎゃあ!!」
「ぐはぁ!」
その黒い影は、盗賊たちに襲いかかって突き飛ばし、一瞬のうちに二人の意識を刈り取った。
黒い影は、バン!と激しい着地音を鳴らしながら、ステージホール内の座席間の階段に着地した。それを警戒して貴族の男が従えている盗賊や兵士たちはテファたちへの包囲を解いて貴族の男の方へと下がった。
「…え」
テファはポカンと口を開けていた。
現れたのは、人だった。
ブブブブっと息を吹いている、大きな輪が足となっているような…奇妙な鉄ごしらえの物体に跨っている。一体これはなんだろう?マチルダ姉さんなら何か知っているだろうか?
それに乗っている人物も変わった格好をしている。妙に丸っこい形をした兜を被っていて顔が見えない。ずっと森や屋敷暮らしの自分から見ても、この人物の服装も、少なくとも自分の知る限りのものではない奇妙な印象を与えた。
兜の人物が、ガチャっとバイサーらしき部位を上げたことでその目元周りの顔が見えた。
男だった。それも、自分と歳が変わらないくらいの若い青年だった。
この男が…ティファニアの使い魔として召喚した青年、黒崎修であった。