※1エピソードとしては長かったので分割いたします。
王都-トリスタニア- /その名はゼロ(1)
平賀才人の失踪。それはたちまち学校中の衝撃のニュースとして広がった。星人の侵略行為に巻き込まれてしまい、さらには事件の最中に起こった思わぬアクシデントによって姿を消した。新聞記事には『勇敢なる少年 空に消ゆ』と、サイトが死んだと捉えられかねない見出しと記事が記載されていた。それは無理もないかもしれない。彼が取り残されたクール星人の宇宙船が青い光と衝突し木端微塵に破壊されたのだから。
メディアはすぐに彼の義母や、同じくクール星人の魔の手に巻き込まれた高凪春奈にも及び、度々自宅に押しかけてきては傷をえぐるようなインタビューをしてくる。彼女の場合、一日ほど入院し退院してから通った学校でも、特にサイトと親しかった男子から質問攻めにあった。一体平賀はどうしたんだ。一体どこへ行ってしまったんだ。果ては、実は死んだのではと、考えてもおかしくはないが縁起でもないことを口にする者まで出る始末。その時は仲のいい女子の同級生が「デリカシーなさすぎ」と一蹴する一言のおかげもあったりで何も言わずに済んだ。まあ、3・4年前に自分勝手な野心のためにウルトラマンメビウスの正体を明かした悪名高いジャーナリストよりはずっとマシである。
サイトは、いない。その日も運動場が見下ろせる教室の窓際にある彼の席は空席だった。
「平賀は、まだ見つかっていないんですか?」
サイトがいなくなってから四日ほど経ったその日のホームルーム。やはり彼の姿が無かったことをクラスの皆が気にしていた。男子生徒の一人が担任の先生に尋ねる。
「残念だが、保護者の方に連絡を取っても、GUYSの方に尋ねても、平賀の姿を見た人はいないとのことだ。だが、同じ被害者だった高凪が退院しこうしてみんなと同じ教室で学んでいる。もしかしたら、あいつもひょっこり顔を出すかもしれない。だから気を落とさずに、今日も勉学に励むように」
先生もサイトがいなくなったことを気にしていた。だがいつまでも気にしていては前に進めないし、自分のことが疎かになる。サイトのことが何もわかっていない以上自分たちのことに集中した方がいい、そう先生が告げると生徒たちは教科書を出して授業の準備に入った。
自分の斜め前の空席を見たときのハルナの目は、悲しみに満ちていた。
(平賀君…)
最後に会った日、二人でファストフード店を訪れた時の記憶が過ぎる。
テリヤキバーガーを食べている彼の姿は、見ていたハルナにとっても幸せだった。
(よくよく考えたら…今、平賀君と二人なんだ)
この時のハルナは、こうしてサイトと休みの時間を満喫する光景を客観的に考えていた。こうして二人で一緒にご飯を食べてる。これはまるで…
(恋人みたいに見られてるかなぁ…)
彼女は自分も頼んでいたポテトの束を一瞥し、幸せそうにテリヤキバーガーを頬張り続けるサイトをチラッと見る。
(平賀君、あ〜んとかしてくれないかな…?)
年頃の少女の脳内に、桃色に染まった空間が展開される。その中で、自分に向けて、目の前の少年が囁いてくる。
『ハルナ、ほら。口開けて。あーん』
「…なーんて」
「高凪さん、なんか言った?」
「ひゃい!?」
サイトの呼びかけで、我に返ったハルナはドキッとした。
「うぉ!?びっくりした…どうしたんだよ?」
「あ、あはあは…なんでもないよぉ?ちょっとしゃっくりが出ただけだから」
(って!な、何考えてんだろ私ったら…やだなぁ、恥ずかしい。平賀君に変な娘って思われたかなぁ…)
つい妄想が飛躍して、思わず口に出てしまったらしい。ハルナは必死に平静を装いながら誤魔化した。顔がにやけていなかったか心配になる。
ここはひたすら誤魔化しに行こう。勢いに乗った彼女は畳み込むように続けた。
成績向上のために、自分がマンツーマンで勉強を教える、と。
(うああああ!!!調子に乗って何言い出すのよ私ぃ!!マンツーマンで勉強って、いきなり平賀君と二人きりでデートに誘ってるみたいじゃない!まだ付き合っても告白もしてないのにぃ!)
勢いに乗りすぎてかなり早口で喋り続けるハルナを見て、サイトキョトンとしている。そんなサイトに誤魔化すつもりが、かえって変な目で見られていると思えてきたハルナは、赤面するほどまでに後悔を抱き始めた。
この時点で読者の皆様の中に、彼女がサイトに対してどう思っているか確信した人がいるだろうが、それはまだ置いてあげてほしい。
「勉強かぁ…」
あぁやはりか…と、授業ではうたた寝しがちなサイトの事業態度を振り返って肩を落とした。
でも落ち込んだ自分を見かね、嫌いな体育教師を見返し、GUYSのライセンスを取得するため。それを前提としておきつつ、サイトは一転してハルナの講義を受けることを望んだ。
それを聞いてよっしゃ、と思わず声が漏れ出そうになるほどに胸が躍った。これはハルナにとっても嬉しい誤算だった。一時は調子に乗ったことを悔やんだがその必要もなさそうだ。寧ろここから勢いのままに彼と…
その直後に、まるで二人の未来に水を刺すようにクール星人の侵略が起こる。
サイトはあの時、自分を守ろうとしっかり自分の手を離さずにいてくれた。
ハルナは、サイトの力強い手の感触に軽い痛みを覚えもしたが、同時にサイトが自分のためにここまで必死になってくれていると言うことに心が温かくなるのを感じた。
今はその温もりが、元より幻だったようだ。
机の下で、膝の上に置いていた手を、彼女はギュッと握り締めた。
地球・日本の秋葉原と、エスメラルダ・ハルケギニアのトリステイン魔法学院という遠く離れているという一言で片づけていいのかもわからないほど遠く離れた二つの地域+連日のクール星人による侵略行為、さらには無駄な心配をかけたと言う理由からのルイズのお説教のせいでサイトは正直気が滅入る思いだった。
クール星人を、鎧を身に着けたウルトラマンが撃退してから三日後。星人の攻撃でボロボロになっていた魔法学院だが、教師と自ら手伝いを申し出た土系統メイジによって、ある程度修復が済んでいた。それでも星人の攻撃の爪痕は深い。まだ所々攻撃された外壁、中庭、校舎にひび割れ、焼け跡が残っている。ルイズの失敗魔法で壁にひびが入れられたりガラスを割られたりするなどの被害はあるが、こればかりはそれ以上だった。
被害状況もだが、同時に学院の教職員が無視してはならない問題があった。赤い円盤、クール星人と、それを撃退した鎧の巨人。これらのことを報告するために学院長であるオスマンは王室に直ちに報告に伝書鳩を飛ばして知らせた。ただし、サイトのことは伏せておくことにした。彼のおかげで星人の魔の手から救われたものがいる以上、恩人を厄介なポジションに立たせたくはない。混乱の中で出せた彼なりの恩返しだった。
先日の事件は、生徒たちの間でも話題になっていた。クール星人の円盤に対しては、この世界における神『始祖ブリミル』の敵であるとしていう種族『エルフ』がこの大陸を侵略するために用意した恐るべき兵器だとか、遠く離れた東の大陸『ロバ・アル・カリイエ』より現れた侵略者だとか。
侵略者、という点では間違っていない。だが、この星とは別の星からやってきた種族が現れたと言う点までは当てることができなかった。平民たちはともかく、自分たちより優れた種族の存在をこの国の貴族は、砂漠地帯に住まうエルフを除いて存在しないと見做しているからだろう。
サイトは、そんな貴族を肯定的に捉えきれなかった。
…今は一部を除いて、と付くが。
ギーシュについてはあの決闘の詫びとして彼から花束を贈られた。曰く、助けられたことと自分が間違っていたことに気づかせてもらった恩義だという。捨てるのももったいないしせっかく謝りに来てくれたので花瓶に移してルイズの部屋に飾ることになった。
あの事件後、彼はモンモランシーとケティに土下座して謝って、何とか許しをもらったらしい。ただし、復縁は流石に無理だった。今回の二股騒動でギーシュの貴族以前に一介の男としての評価は一気に落ちたに違いない。それでもめげないだろう。何せ彼は二人に許しをいただいてすぐに相変わらずのキザな男に戻ったのだから。いつまでも落ち込んだままよりはマシかもしれないが…なんだろう、残念な奴である。
サイトが変身した鎧の巨人についてだが、サイトがそのように巨人を呼称したためか、その名前が不思議なくらい他の人間にも浸透し、『ウルトラマン』と呼ばれるようになった。
星人に襲われたあの日から、シエスタをはじめとした学院の平民出身の厨房師たちはサイトを高く評価するようになった。剣を達人級の腕前で振い、貴族であるギーシュを見事に打ちのめしたことで『我らの剣』と。よほど彼らは、貴族連中の下についていることをよく思ってないようだ。わだかまりなく話してみれば結構それなりに話せる子もいるが、そうなるにしてもずっと先の話だろう。ともあれ『我らの剣』はサイトにとってとても照れくさい呼び名だった。
中庭を歩いて厨房へ向かうサイト。よほど床の上の粗末な朝飯が堪えたのか、サイトはアルヴィーズの食堂に入るのを拒否するようになった。本当なら自分の言うことなら何でも聞いてくれる存在であってほしいとは思うルイズはいい顔をしなかったが、あまりサイトの意思を無視したらかえって使い魔からの信頼と得られなくなる、それではただの暴君でしかないと、サイトがこれまで自分にぶつけてきた言葉を思い返し、少しは彼の行いを黙認することにした。
厨房へ向かうサイトは、自分の左腕に付けられた腕輪を見る。これはただの腕輪ではない。見かけは、まるでSF映画に出てくる超合金性の金属のようでもある。クール星人の襲撃の時、この腕輪が鎧に変形しサイトの左腕を覆っていき、最後には鎧を身に着けたウルトラマンとなった。
サイトの記憶の中で鎧を身に着けていたウルトラマンと言えば、メビウスと共に『暗黒大皇帝エンペラ星人』や『高次元捕食体ボガール』をはじめとした怪獣・星人の侵略から人類を守った青き戦士、『ハンターナイトツルギ』こと『ウルトラマンヒカリ』。
だが、自分が変身した鎧のウルトラマンはツルギとは違う。それにサイトは変身した時に、あの鎧があまりにも着心地が悪くて動き辛いものにしか思えなかったのだ。命懸けの戦いをしていたというのに、わざわざハンディを付けるなど愚かなことだ。だったら、どうして…?
『俺のことがそんなに気になるか?』
「!」
また声が聞こえてきた。変身した時に聞いた、自分とは別人の若い男の声だ。キョロキョロと辺りを見渡すサイト。もしかして、俺の中から話しかけてきているのか?早速サイトは、自分の中にいるウルトラマンに話しかけた。
「あんたは、一体…どうして俺の中にいるんだ!?」
『まあ落ち着け、順を追って話してやる』
こほんと咳払いする声も聞こえた。このウルトラマン、思った以上に人間臭くて砕けた喋り方をする。地球人からのイメージだと、結構神聖な存在とも取れるので予想外。とある悪徳ジャーナリストに正体を暴露されたメビウスも、GUYSのメンバーとも打ち解けていたらしいし、心に関しては人間とは遜色ない存在かもしれない。
『まずは俺の名前だな。
俺はゼロ。ウルトラマンゼロだ』
ゼロ!!?
「あの…それ本名?」
『本名だ。なんだよ、何かの聞き違いとでも思ってんのか?』
これは一体何の因果なのか。まさか、ルイズの不名誉なあだ名と同じ名前のウルトラマンだったとは。しかし、これはこれで不味い気がする。下手にマウンテンガリバーなんてトイレで気張っているような名前を付けられたりすることは、できれば避けたい。でも『ゼロ』という名前もご主人様権限(サイト命名)で許されないだろう。何せルイズは悪い意味で『ゼロ』と呼ばれているのだから。しかもたちの悪いことに自分と同化しているウルトラマン曰く本名だと言う。
「はあ…ルイズのことだから、『変な名前つけるな!』って一蹴されるんだろうな…」
『変とは失礼な奴だぜ。好きで名乗っているわけじゃねーけど、これが俺の名前なんだからな』
まあ、違う名前にしろとか言っても嫌だろうし、サイトはゼロの名前を受け入れた。実際名前の響きは嫌いじゃない。漫画のキャラクターのようなかっこいい名前だとは思う。が、ルイズからすれば間違いなくただの悪口にしか聞こえないだろうから、特にルイズに何かをされたわけでもないのにげんなりした。
「…とりあえず自己紹介な。俺は…」
『ヒラガサイトだろ。サイトと呼ばせてもらうぜ』
軽く自己紹介でもしようかとしたその前に、ゼロがサイトの名前を言い当てた。
「もう俺の名前もご存じか」
『そりゃそうだ。俺とお前は同じ肉体を共有している身だ。融合した時に、お前が一体化するのに問題無いかどうか把握するために、少しばっかりお前の記憶を覗かせてもらった。だからお前の思考のこともある程度は知っている。
年齢17、東京って街に住んでる高校二年生、好物はテリヤキバーガー、彼女いない歴=年齢で夜な夜なパソコンに保存していた秘蔵データを見て鼻の下を伸ばし…』
「ちょっちょっと待てええいい!!人のプライバシーってものを考えてものを言って!!」
最後の方で絶対に明かされたくはない情報を暴露されかけたサイトは思わず喚き散らしてしまう。ゼロはそれを聞いて言葉を切らした。黙ってくれたようだ。
「ふう…ったく。質問続けんぞ」
思わず大声を出してしまったことを恥じたサイトは、引き続きゼロに質問する。聞きたいことが山積みだ。これまで浮かび上がった疑問すべてに答えてもらいたい。
「あんたは、どうして俺の中にいるんだ?」
そうだ、なぜ彼が自分の中にいるのだ?
『地球でクール星人に襲撃されたのは覚えてるだろ?あの時お前が、ルイズってチビ助の作った召喚のゲートに手を突っ込んで抜け出せなくなったのを偶然見てな。宇宙船と運命を共にするはずだった俺と命を共有することでお前は生き長らえた。
加えて俺たちウルトラマンは、お前等みたいな人間のいる環境の星だと、実体を永続的に保つことができねぇ。だからお前の体に憑依させてもらった。
つまりウィンウィンの関係ってことさ』
ああ、やはりあの時見た青い光がゼロ自身だったのか。ウルトラマンは自分を光そのものの姿に変えることもある。ゼロもその姿で地球に訪れたのだ。
でも、特に特別な意味があって自分と一体化したわけではなかったようだ。心なしか少し残念な気持ちになる。普通こういう時は、自分に何か特別な要素か何かがあるのかと思ったが、さすがに漫画の読みすぎだったと反省した。いや、実際漫画の読みすぎという表現では留まりきれない。自分はウルトラマンと同化した、それ自体現実的にありえないはずなのだ。それに…。
「ギーシュとの決闘で、体も軽くなったし、5メートルは軽くジャンプしたんだけど?後、あの鎧は何?変身した俺からしたら、すっげぇ動き辛かったんだけど…」
人間がほんのちょっと足に力を入れたからってあんな超人的な跳躍力はあり得ない。
『そんなに質問を一度に何度も吹っかけられても答えられねえっての。順を追って話すから落ち着いてちゃんと聞けよ』
いけない。答えを知りたくて焦りすぎたようだ。サイトは深呼吸して落ち着きを取り戻す。
『あのギーシュって奴とお前の決闘の時のことだが、あの身体能力は俺と同化した影響によるもんだ。
そして変身した時に俺が着ているあの鎧は『テクターギア』。俺たち宇宙警備隊のウルトラマンの訓練用プロテクターだ。身を守ると言うより、筋力増強と厳しい環境下においても有利に戦えるように訓練するためとか言っていたって話だ。今、お前の左腕についてるそれがそうだ。ったく、人間に憑依しても外れねえとか、厄介なもんだぜ』
あの人間のモノとは思えない身体能力は、彼と同化している影響からか。それなら納得がいく。テクターギアのことも、ようするにランニングとかをするときに足に付ける砂入りの重りみたいなものか、とサイトは納得した。通りで…でもあの重さは尋常じゃない、変身した途端、体が鉄球そのものになったような重みを感じたのだ。あんな動き辛いものを、どうしてゼロは身に着けていたのだろうか。右腕に身に付けられていた、ブレスレッド状態のテクターギアを見るサイト。
「じゃあ、なんでそんな厄介なもん外さなかったんだ?実戦だと流石に外しといた方がいいだろ、あんな鎧」
『俺だってな、好きで身に着けてたわけじゃねーんだ。それに、あの鎧は自力じゃ外れねえんだよ』
「外れない?どうして?」
『………』
ゼロは黙り込んだ。そんなゼロにサイトは首を傾げた。
「お、おい。何とか言ってくれよゼロ。無言じゃわからないって…」
『それより、お前だって少しはやるんじゃねえの?俺には遠く及ばねえけどな』
「へ、俺?」
いきなり自分に話題が移ったサイトは自分を指差した。なんか明らかに話をすり替えられた気がする。
『いくら俺がお前と同化しているからって、あのキザ小僧相手に見せた剣捌き、初めてのモノとは思えなかった。お前剣術とか習ってたのか?』
「まさか!俺はこれまで剣を握ったことなんか…」
そうだ、思えば自分が真剣を握ったこともあれが初めてだ。だが、ゼロから借りた身体能力があったとはいえ、一朝一夕であんな達人クラスの剣捌きができるなどあり得ない。やろうとしても体がもつれて転んでしまいかねない。
「あの、サイトさん」
「へ?」
名前を呼ばれてサイトはふと、自分の背後を振り返る。
「お一人でどうなさったんですか?傍から見たらちょっと怪しいですけど…」
シエスタだ。どうもゼロの声はどう介しているサイト以外には聞こえないらしく、傍から見ればひとりごとをブツブツぼやく怪しい男にしか見えなかったのが気になったようだ。
「あ。あはははは!ルイズが頭をぶってくるから幻聴でも聞こえてたのかな〜?」
なんとも胡散臭い言い訳。ルイズに聞こえたらまずいが、サイトは笑ってごまかした。
「まぁ、ミス・ヴァリエールったら。サイトさんが自分の使い魔だからって、ちょっとひどいですわ。サイトさんが頑張ってくださってるから、ちゃんと労わってあげないといけませんのに」
シエスタは信じ込んでしまった。そのピュアな心に付け入るような嘘をついたことに、心無しかサイトは罪悪感を覚えると同時に、シエスタがうっかりルイズに口走らないか心配になった。
「それはそうと、サイトさん。積もるお話もありますし、それにもうお食事の時間ですよね。今日も厨房へいらしてくださいな」
「それにしても、先日現れたあの巨人はなんだったんでしょうね?教師や生徒の方々は皆あの日の光景を口々に話していましたよ」
サイトを厨房に案内しテーブルに座らせると、シエスタは賄食を皿に盛りつけ、彼の前に置く。
「ウルトラマンのこと?」
「サイトさんはあの巨人をご存じなのですか!?」
テーブルの向かい側に座っていたシエスタが身を乗り出しながら飯をもらっていたサイトに問い詰めてきた。彼女の顔が眼前に飛び出し、さらには服の上から見ても大きい胸がたゆんと揺れたものだから、サイトは思わず息を呑んでしまったが、なんとか自分の煩悩を戒めて頷いて見せた。
「う、うん。まあね…俺の故郷じゃ、彼らのことをウルトラマンって呼んでいるんだ」
サイトはそれからシエスタに、ウルトラマンが約50年前から長きにわたって自分の故郷・地球を何度も守ってきてくれたこと、そのたびに地球人もまたウルトラマンと共に肩を並べて戦い成長してきたことを話したのだが…。
「サイトさん!いくら私が平民の田舎娘だからって、からかっているんでしょう!?」
ウルトラマンのことは聞き入れたのだが、シエスタはサイトが地球に関する説明を入れたときに信じられないと言った。まさかこことは違う星に月が一つで魔法のない、だが人間が存在する世界が地球だと話したところでそう言ったのだ。まあ、無理もないかな…とサイトは思った。もし宇宙人が架空の存在だとしたら自分も本気で信じることはなかったに違いないから。
「まあ…信じられないのはしかたないけどさ、俺の言ったことは本当のことだよ。からかってなんかない」
「はぁ…そこまで仰るのなら…」
シエスタも半信半疑なままだが、とりあえず彼の言っていることは本当だと無理に納得してみることにした。しかし、彼女はふとサイトの話したと自分の記憶を照らし合わせ何かを思い出した。
(あ、でも…なんか似たような話を聞いたことあるかも…)
不思議なことに、彼女は聞き覚えがあるのを感じたのだ。でも、どこで聞いた話だっただろうか?
「そうえいばシエスタ、あの日の怪我は?」
確かシエスタはクール星人に襲撃されたあの日に足を怪我して逃げ遅れてしまったはず。それを思い出したサイトは彼女の足を見やる。
「え?あ、はい。ミス・モンモランシが治療の魔法をかけてくださったので、もう平気です。でもまさか、貴族の方から治療をして下さるなんて、未だに驚いてしまいます」
シエスタはほんのりと頬を染めながら笑みを浮かべた。ああ、この人は勇敢であると同時に優しい人なんだ、と。しかも偶然にも自分と同じ黒い髪。何かこの人と通じるものがある。…いや、一つ忘れていたことがある。この人に対して言わなくてはならないことがある。
「あの、サイトさん…」
「何?」
妙に申し訳なさげに言うシエスタに、サイトはどうしたんだろうと首を傾げる。
「ミスタ・グラモンと決闘をなされた時のことですが…」
そう言うと、彼女はサイトにぺこりと頭を下げた。
「ごめんなさい。怖くなって逃げ出したりして。私の失敗のせいでサイトさんが殺されるんじゃないかって思ったら…」
確かにシエスタはギーシュから因縁吹っ掛けられ、それを止めようとしたサイトがギーシュからの決闘を受けたとき、彼女は青ざめて走り去っていった。
「ほんとに、貴族は怖いんです。私みたいな魔法を使えないただの平民にとっては。
でも…もう怖くないです!私、サイトさんを見て感激しました。平民でも、貴族に勝てるんだって!それどころか、貴族さえ恐れ慄いたあの空飛ぶ赤いものにも物怖じせず勇敢に、皆さんを助けに向かったサイトさんは、私たちの憧れです!」
ぱあっと擬音が聞こえてきそうなほど、その表情は明るかった。
「そ、そう…はは」
頭を掻きながら乾いた笑い声をあげる。
「じゃあシエスタ、俺そろそろルイズのところに戻るから」
「あ、はい。またいつでもいらしてくださいね」
シエスタはにこやかに笑みを見せ、サイトに食い尽くされた料理を乗せていた皿を持って洗い場へと去って行った。ちなみに彼女の視線が熱を帯びていたことに、サイトは気が付かなかった。
夜、奇妙な出来事にサイトは直面した。フレイム…キュルケの使い魔の火蜥蜴が、サイトがルイズの部屋の前に差し掛かったところで自分の服の裾を掴んでキュルケの部屋へと引っ張り出してきた。ほぼ無理やり彼女の部屋へ連れてこられたサイトを出迎えてきたのは、なんと下着姿のキュルケだったのだ。
曰く、決闘時にギーシュを圧倒した姿に惚れてしまったとのこと。しかもいつの間にかダーリン呼ばわり。サイトも好意を向けられること自体は嬉しいし年頃の男子ゆえの劣情に火をつけられかけたのだが、直後にキュルケの彼氏らしき男子生徒たちが次々と乱入、一人ずつ炎の魔法で追い払っただが、最後には一斉に何人もやってきてフレイムの炎で追い払われた。 サイトはこれを見て、ちょっと惜しい気持ちがあったのだが、あの彼氏たちみたいに飽きられて捨てられるくらいなら…とキュルケの愛を拒むことにした。部屋を出ようとした途端、ルイズがお冠状態でサイトを引っ張って部屋に連れ戻したのだった。
「別にあんたが誰と付き合おうが勝手だけど、キュルケだけはダメ!ツェルプストー家にヴァリエール家は代々、殺しあったり恋人を奪われたりと苦汁を飲まされてるんだから!!」
部屋に戻ったルイズはサイトを正座させ、キュルケと付き合うのだけは止めろと一方的な説教をしてきた。それも長々と。
そしてルイズは、聞いても無いのに、彼女の実家ヴァリエール家と、キュルケの実家ツェルプストー家との長きに渡る因縁を語りだした。
両家の領地は、トリステインと、キュルケの出身国ゲルマニアとの国境沿いに位置しており、戦争の度にお互いの領地が真っ先と殺し合いとなってきた。それだけ聞けば、確かに両家との間には、只ならぬ因縁と言うものがある。だが、先祖の話に飛び込んだとたん話は一気に下らないものへと格下げされる。やれひいひいおじいさんは、キュルケのひいひいおじいさんに婚約者を奪われただの。ひいおじいさんは奥さんをキュルケのひいじいさんに奪われたりと…。しかもこれらのラ・ヴァリエール家のNTR話は200年前からさかのぼっていたものだったとも言った。
「はあ…」
「ちょっと!聞いてるの!?」
ルイズの文句も耳に入らなくなってきた。自分の実家の汚点を語っていることに気づかないとは、よっぽどキュルケの実家が嫌いらしいが、正直サイトにとってどうでもいい話だ。
「あんた欠伸しているようだけど、呑気なものね」
「あ?」
ため息交じりに呟くルイズにサイトは、彼女が何を言いたがっているのかわからず首を傾げる。
「あんたがキュルケのことをどうも思わなかったとしても、次の日からあんた、あいつの男どもに因縁吹っ掛けられるわよ?ギーシュの時みたいに」
それはなんとも面倒な話。サイトとしては避けたいことだ。
「じゃあルイズ、剣を買ってくれよ」
「持ってないの?」
「あるわけないだろ?この前握ったのは、ギーシュの人形からぶんとったもんだし」
ゼロにも言ったことを言うと、ルイズは呆れたとばかりに腕を組んだ。
「剣士なんでしょ?ギーシュとの決闘では自在に操ってたじゃないの」
「それなんだけどさ…剣なんか握ったこともないぜ。ただ、剣を握ったら左手のルーンってのが光っていたのはわかったけど…」
そこまで聞いてルイズは考え込んだ。
「使い魔として契約したときに、特殊能力を得ることがあるって聞いたことがあるけど、それなのかしら」
「特殊能力?」
以前は確か、使い魔は主人の目にも耳にもなるみたいな話を聞かされた。
「そうよ。例えば、黒猫を使い魔にしたとするでしょう?」
ルイズは指を立てると、サイトに説明した。
「人の言葉をしゃべれるようになったりするのよ」
「俺は猫じゃないぞ」
「知ってるわよ。人を使い魔にした例はないし。だから、何が起こっても不思議じゃないのかもね。剣を握ったことのないあんたが、自在に操れるようになるぐらいのこと、ありえない話じゃないと思うわ」
「ふーん」
確かに、まるで羽みたいに、自分の体は軽やかに動いた。その上、ギーシュの青銅のゴーレム…金属の塊を簡単に切れた。使い魔とウルトラマンの力、それが普段の自分にも影響を与えていたのだと、サイトは思った。ただ、状況から見て武器を持った上でのことだ。丸腰だとやはり不安がある。
「そうね…あんたに、剣、買ってあげる」
「え?」
結構けちんぼに見えるルイズ。寧ろ自分の方が使い込んでそうなほど我儘な印象がこびりついていたから、サイトは明らかに意外に思って目を丸くした。
「何よ、その意外そうな顔。
まあいいわ。明日は虚無の曜日で休みだから。早いうちに出るからさっさと寝なさい」
「う、うん…」
部屋の明かりを消したルイズが自分のベッドにくるまると、サイトもパーカーを脱いでそれを毛布代わりに掛けて藁の上に寝転んだ。背中が痛い。地球にいた頃に使ってたベッドが懐かしい。
「…ねえサイト。まだ起きてる?」
ふと、もう寝たと思っていたルイズがサイトに声をかけてきた。
「どうしたんだよ?寝付けないのか?」
「あんたは私に聞きたいこと言ってきたけど……あの時の巨人が、あんたの言ってた『ウルトラマン』って奴?」
初めてサイトを召喚したその晩、サイトの世界のことを聞いたルイズは当然ながらウルトラマンのことを聞いている。あの鎧の巨人もそうなのではないのかと思い、尋ねてみた。
「あれが、本当にあんたの故郷を守った奴なの?」
「…みたいだ。見たことない個体だったけど」
ルイズは、実をいうとウルトラマンに対して懐疑的な考えがあった。本当にあれがサイトの言っていたヒーローなのか、戸惑いを覚えていた。もし、実はあの円盤同様人間に対して危害を加えてくるようなことになったらと疑いばかりが湧き上がる。
「俺は…信じるよ。ウルトラマンのおかげで、俺は生きているようなもんだから…」
「…そう」
「ルイズは、信用できないのか?」
サイトは顔を上げてルイズを見る。彼女は月明かりの差し込む窓の方を見ているせいか顔が見えなかった。
「正直、私はあの巨人を信じてない。あんな力を持ってるんだもの。あいつがその気になれば…悔しいけどこの国はきっとひとたまりもないわ」
「…」
無理もないか。この世界はウルトラマンのことを知らないし、宇宙生命体の脅威に晒された経験もない。得体の知れないものに対してどうしても警戒をしてしまいがちなところは地球人とて同じだ。それでも、踏み込んではいけない領域というものは存在するのも確かだが。
「でも、あんたが信じるなら…」
「え?」
何かルイズが小さく呟いている。何を言っているんだろうと思って声をかけてみた。
が、次に飛んできたのはルイズの張った声だった。
「な、なんでもないわよ!それより早く寝なさいよ!キュルケに悟られる前に出かけないと、またあの女のせいで厄介なことになるんだから!」
そう言ってルイズはガバッと毛布を頭までかけて夢の世界へと飛び込んでいった。
「へいへい」
ため息交じりにサイトもパーカーを毛布代わりに掛けて再び藁の寝床の上に寝転がった。
サイトの表情は、どこか浮かないものだった。恐らく父…いや祖父の代。そのあたりからウルトラマンたちは地球を守ってきてくれた。自分の人生は、ウルトラマンの存在会ってこそ成り立っていると言っていい。でも、その時のサイトは、心中複雑な表情になっていた。
(信じるって、言うだけなら簡単なのにな…)
サイトはウルトラマンを信じる、と言った。でも、どうしてか自分で言っておきながらその言葉に甘んじている感覚が無い。
(鎧に、青い模様のウルトラマン…)
眠気によって、暗闇にまどろむ直前のサイトの脳裏に映ったのは…。
今、窓から青い光を差し込ませている青い月と同じ光を放っていた、中学時代にこの目で見たことがあった、青い鎧を着たウルトラマンの姿だった。
その頃、トリステインの存在するハルケギニア大陸から遠く離れたエスメラルダのとある大陸…。
その大地は酷く荒れ果てていた。爪痕や足跡などが生々しく残っている。その原因と思われる、二つの巨大な影が互いに暴れまわっていた。
クール星人より以前に、すでにこの星には怪獣と言える巨大生物が存在していたのだ。だがその怪獣たちが本当にこの星の大地から生まれた存在なのか、それとも宇宙から飛来した存在なのかは定かではない。
一方の怪獣が、口からひゅんひゅんと糸のようなものを吐いてそれを鞭のように振り回した。それを受けた敵の怪獣はそれをもろに受ける。一見細くて軽い攻撃。敵の怪獣は全く痛くなさそうだった。今何かやったか?そう言っているように自分の肌をぼりぼりと掻いて余裕を示したのだが、その次の瞬間、その怪獣の体がまるで子供の手によって崩れ落ちていく積み木の城のごとく、バラバラに砕け散っていった。
「キシャアアアアアアアア!!!!」
その怪獣は物足りないとばかりに吠えた。そしてもうこの大地に用はないと吐き捨てるかのように、自分の倒した怪獣の遺体を食い散らかすと、その怪獣の頭の中に…声が聞こえてきた。
―――――トリステインへ行って、本能のままに暴れろ
―――――ウルトラマンも、人間も…殺して喰らい尽くすがいい
怪獣は、その声に抗えなかった。その目が赤く怪しく光り、捕食欲求が極限に高まった。
声に導かれるがまま、怪獣は飛び立った。
まっすぐ、ハルケギニア大陸のトリステインへと…。