ウルトラマンゼロ~絆と零の使い魔~   作:???second

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遭遇-コンタクト-/メイドのピンチ(1)

少し時を戻そう。

 

 それはサイトがこの世界に召喚される一か月ほど前のことだった。

 

 

 

 トリステイン魔法学院から離れた地域にある、とある領地の森の中。まだ機械文明が浸透していない自然の匂いは人の心を澄まさせる。

 だが、今のこの森はそんなのどかな空気を漂わせていなかった。血生臭く、残酷な光景がそうさせていた。

 

「はあ、はあ、はあ…!!!」

 

 その森の中で、屋敷など貴族のいるところで働いているはずの、一人のメイドの女性が汗水を垂らしながら、そして今にも血反吐を吐きそうなくらい息を切らしながら走っていた。暗い森の中、彼女はずっと自分を追い続ける『何か』から逃げ切ろうとしていた。

 彼女の背後は真っ暗な闇、だがその奥からは人どころか、動物のものとは思えないような薄気味悪い唸り声が聞こえてきた。

 まるでそう、死人の呼び声のようだった。

 

「あ!」

 

 メイドの女性は地面から顔を出していた木の根に躓いて転んでしまった。それでも逃げ切ろうと立ち上がって走り出そうとするが、転んだ拍子に足を強く打ってしまっていた。すねが青くなり、膝にも血が滲みきっている。痛みが強く、しかもずっと走り続けていたせいで体力はもう残っていない。

そんな彼女に、彼女を追い続けていた者たちはついに追いついてしまった。

 

「や、やだ!来ないで!!誰か助けて!!」

 

 怯える彼女を、追い続けてきた者たちは決して逃がすまいと取り囲む。彼女を取り囲んでいたのは、何と人間だった。老若男女問わず混在した集団で、何も彼女を辱めようとしているわけでもない。まるで世界的有名なサバイバルホラーゲームに出現するゾンビのように、怪しくうねるような動きで彼女に近づいてきている。

 

「何、なんなの…!?あ!!」

 

 辺りを見渡しても、奇怪の動きをする者たちが自分を取り囲んでいるせいでもう逃げ場がない。それでも助かりたい一心で彼女はこの包囲を突破しようとしたが、それはできなかった。気づいたときには、男の一人に腕を掴まれた。そして、一斉に彼女を取り囲んでいた人間たちは彼女に飛びかかった。

 

「きゃあああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 

 その後、ぐちゃぐちゃと生々しく吐き気を催すような音が森に響いた。その光景を、50メイルの体長を誇る巨大な影が、舌を巻きながら見下ろしていた。

 

 その日の夜から、とある伯爵の屋敷で働く従者・メイドたちがおかしくなったという噂が飛び交うようになった。

 

 

 

 

 

 

 

そして、時は今に戻る。

 

 

 

 

 

 その日、ハルナはサイトの実家を訪ねた。彼の家の位置を知る男子が気を遣って教えてくれたのだ。彼女はほぼ毎日、彼の家を訪れるのが日課となった。サイトが自分の前から姿を消したあの日から。

 

「あの子、まだ見つかってないの?」

 

 最初は自分が好意を寄せている男の母親ということもあってかなり緊張しきっていたのだが、彼の自宅を訪れるのが当たり前となっていた頃には、彼の義母と会話することにも慣れてしまった。

 

「…はい」

 

 沈んだ声でハルナは頷く。

 あの日からサイトの捜索隊が警察やGUYSによって編成され、クール星人の宇宙船が破壊された場所や秋葉原を中心に捜索されているものの、進展はまったくと言っていいほどなかった。

 

「サイトったら、一体どこへ行ったのかしら…」

 

 サイトの義母は、我が子の身を案じ、不安を露わにする。

 

「悪い星人に誘拐されてなければいいのだけど…」

 

 かつて彼女は『地球防衛軍のエリートチーム』に所属し宇宙からの侵略者から地球を守る任務に就いていた。当時に培っていた勘が星人に拉致されたのではと思わせてしまう。しかも先日、かつて自分が戦った異星人『クール星人』が現れ、サイトはその船に一度連れ浚われてしまった。可能性は否定できない。

 

「だ、大丈夫ですよお母さん!きっと息子さん、平賀君は見つかりますよ!今GUYSの人たちが平賀君の行方を調べているって言ってましたから!」

「…そうね、きっと見つかるわよね」

 

 ハルナが自分を安心させようとかけてくれた言葉を、サイトの義母は信じてみることにした。

 

かつて『自分が愛した赤い巨人』が、メビウスが出現した四年前に、26年越しに地球に舞い戻りテレビ越しでその勇士を見せてくれたように、いつか我が子も元気な姿を見せてくれると信じて。

 

 だが、行方が分からなくなってから何一つ情報がない。サイトの行方が分からなくなったあの日、GUYS隊長リュウは宇宙船内に発生した正体不明の光に飲み込まれたと言っていた。その光の正体について解析が徹底的に行われたが、いきなり何の前触れなく現れ、サイトを飲み込んだとたん跡形もなくロストした光のことなど、突き止めるどころか調べることもままならなかった。

 また、サイトのいない日々が一日一日と過ぎて行った。そして、サイトの無事を祈るしかなかったハルナの心は擦り減っていった。

 

 

 

 

 

 トリスタニアでのゼロとディノゾールとの戦闘は、ゼロの勝利に終わった。ゼロは町を蹂躙した悪魔を撃退した英雄と称えられた。

 しかし、一方でディノゾールと同様、彼も怪物の一体だと蔑む者もいた。怪獣とウルトラマンという強大な存在を目の当たりにして恐れをなした人間というのは、目に映る者すべてを恐れるほどの恐怖に駆られている。そう思うのも無理はないが、ゼロが逃げ遅れた子供を身を挺して守ったこともまた事実(サイトの意思だが)。その功績のおかげもあってか、ゼロを恐れる者よりも、彼を讃える人々の方が多かった。『始祖の遣わした聖戦士』『始祖ブリミルの化身』、彼への印象は様々だった。

 しかし、いかに始祖が遣わした存在であることが本当だったとしても根拠がない以上疑いもするのが人間。本当に味方でいてくれるかわからない。

 

 トリステインの貴族たちは復興作業を平民の土木作業員や土のメイジたちに頼む一方、他国に怪獣の情報を与え、対怪獣兵器の開発など、各国が連携し犠牲を0に近づけるためにも怪獣を討伐できる環境を整えようと、ハルケギニア各地へ伝令や鳩を飛ばした。ただでさえ古いしきたりに拘ったり私腹を肥やすことで自ら国力を低下させている小国トリステイン、他国からの助力は必須だった。

 

 

 

 

 

そんな折に、魔法学院の学院長室を、一人の貴族が訪ねていた。

口元に先端がクルリと丸まったちょび髭を生やし、派手な衣装を着飾っている、まさに平民が想像する貴族を絵に描いたような男性だ。トリステイン貴族の伯爵『ジュール・ド・モット』。二つ名は『波動』の水のトライアングルメイジだ。

 

「学院のご理解とご協力に感謝いたします」

「なに、王宮の勅命に理解も協力もないのでな」

「では」

 

 学院長と型通りの会話を交わし、彼はマントを翻して退室する。出てきたところで視界に一人の女性の姿が入る。学院長の秘書を務める、緑色の長髪を後ろで束ねたメガネの女性、ロングビルである。

 

「オールド・オスマンもなかなか人を見る目がある。相変わらずお美しいですな。近いうちに食事でもどうです?ミス・ロングビル」

 

 見目麗しい女性を習慣のように口説きにかかる貴族だが、その視線は彼女というよりも、彼女の持つ豊満な胸に注がれていた。どうやら、かなりの色好きのようだ。

 

「…それは光栄ですわ、モット伯」

「うむ、楽しみにしているよ」

 

 その視線に気づきながらも、ロングビルはあえていつも通りに丁寧な応対を返した。モットはそのまま彼女の隣を通り抜け、ゆっくりと去っていく。

 

「…フンッ」

 

 彼の後ろ姿が見えなくなったのを見計らい、彼女は汚らわしいとばかりに鼻を鳴らした。どうやら、かの伯爵は大分嫌われているようだ。

 そんなロングビルの嫌気など露知らずのモット伯爵は帰りの馬車へと向かう。

ふと、彼の目に一人のメイドの少女が目に入る。ハルケギニアでは黒い髪と目は非常に珍しかった。しかも髪は艶もあり、顔立ちも貴族の令嬢にも引けを取らない美少女。モット伯爵はにやりといやらしい笑みを浮かべた。

 

「久しぶりの、上玉の娘か。くく…ちょうど良い。

 

最近は妙なことに、我が屋敷のメイドが減っていることだしな」

 

 

 

 

 

 

 

 伯爵が学院長から去ると、ロングビルは何の目的で彼が訪問してきたかを問うてきた。

 

「王宮は、今度はどんな無理難題を?」

「まぁ強いて言うなら、くれぐれも例の巨大な魔物や、泥棒に気をつけろと勧告に来ただけじゃな」

「魔物はともかく、泥棒ですか?」

 

 棚に本を戻しながら、話の中で気になる単語を見つけた彼女は再度オスマンに問いかける。

 

「近頃『フーケ』とかいう、魔法で貴族の宝を専門に盗み出す賊が、世間を騒がしておるようでな」

「『土くれ』のフーケ…へぇ」

 

 土くれのフーケ。サイトとルイズが武器屋の親父から聞いていた、噂になっている盗賊の名前である。土系統の魔法の使い手であり、その魔法でどのような強固な防壁も、二つ名通り土くれへと変えて、目当ての宝物を盗み出すという手口以外、素性も性別もまったく謎の怪盗なのだ。

 

「先日の王都で起こった巨人と怪物の戦いの騒ぎに乗じて、多数の火事場泥棒の犯行があったらしくてな。前々から噂にあったそのフーケの犯行が疑惑されておる。何より、我が学院には秘宝『破壊の杖』があるからのぅ」

「『破壊の杖』?物騒な名前ですこと」

「フーケとやらがどんな優れたメイジかは知らぬが、ここの宝物庫はスクエアクラスのメイジが幾重にも魔法をかけた特製じゃ。取り壊しも苦労するもんじゃよ」

 

 自信に満ちた表情でオスマンはそう語る。

 

「スクウェアクラス…なるほど、それだけ強固ならば確かにそこいらの盗賊では盗みに入る気も……

…ところでオールド・オスマン、私の足元に使い魔を忍ばせるのは止めてください」

 

 そう言うと彼女は何かを踏みつけるように床を踏む。すると、彼女の足下から一匹のネズミが慌てて走り去っていきオスマンの肩に止まった。

 

「ミス・ロングビル。動物はもっと可愛がってやりなさい。

おお、モートソグニルや。酷い目にあったのう………して、どうじゃった?そうか白か!じゃがミス・ロングビルには黒がに合うとは思わんかの?」

 

 全くその通りと言うように、その白いネズミ『モートソグニル』は頷いている。そのやり取りを、ロングビルはこめかみをピクピクさせながら冷ややかな目で見ていた。

 

「オールド・オスマン。使い魔にスカートの中身を確認させるのは止めてください。」

「…(T_T)」

「イジけてお尻をさわったり、ボケたふりをするのも……次やったら王室に報告しますよ?」

 

 彼女は少々怒気を孕んだ声で脅すように上司に注意した。それに対してオスマンは目を見開いた。

 

「カーッ!たかが下着を覗かれたくらいでカッカしなさんな!それに上司を慰めるのも部下の役目じゃろ!そんなんじゃから婚期を逃すんじゃ」

 

なかなか迫力があるが、正直言っていることはあまりにも情けない。

 婚期あたりの言葉を口にしたことを、彼はすぐに後悔することになる。ロングビルは音もなくオスマンの背後に回ると、カンフー映画の俳優も顔負けの鋭い回し蹴りをオスマンの後頭部目掛けて放った。蹴りを食らったオスマンは机を飛び越え顔面から床に激突した。しかしロングビルの怒りは治まらない。老人といえど容赦せんとばかりに、オスマンに近づくと無表情で見下ろして彼の腰をゲシゲシと踏みはじめた。

 

「あ、ちょ、止め、痛タッ、お願い、マジ止めて、あ…」

 

 オスマンの悲鳴など無視してロングビルは足を思いっきり上げると渾身の一撃を踏み下ろす。

 

 

「あぎゃああああ!!」

 

 

オスマンの叫び声は外にも響いた。事情を知らぬ者が聞けば何事か!?と駆けつけるものだろうが、あいにく誰一人、オスマンの叫びを耳にして学院長室に来ることはなかった。

オスマンは平民や貴族それぞれを平等に接する人格者である一方で、相当のスケベ爺であることを皆が知っているからである。

哀れだが自業自得な老人を助けに現れるお人よしはいなかった。

 

 

 

 

 

 

 ディノゾールとの戦いでトリスタニアの国民からも様々な認識をされているゼロ。しかしゼロとサイトは、あれから一言も言葉を交し合っていない。

 

 サイトは苛立っていた。自分と同化しているウルトラマンが、人命救助よりも怪獣殲滅を優先させ、目の前の命を見捨てようとしていたという事実に憤りを覚えていた。更に許せなかったのは、これまで地球を守ってきたウルトラマンたちを、ゼロはこともあろうか『人間の道具に成り下がった奴』と見下してきたのだ。

 

 逆にゼロは確実な怪獣の殲滅による被害の増大を防ぐ冷徹な効率主義故か、大を守り小を切り捨てるという考えを持ち、どうせ犠牲は出るものだからと人命を軽視して怪獣を倒すことを優先して考えていた。だからサイトに邪魔をされたことを怒っていた。

 

 この真反対の考えの違いは、サイトとゼロの間の溝を深めるのに十分すぎた。

 

「しっかしおどれーたな街んときは!相棒がまさかどでけえ巨人になっちまうとはよ!数えきれねえほど長生きしてきたけどよ、あんなのは初めてかもしれねえ!」

 

 現在ルイズは授業中だ。本来彼女はサイトも自分の身を守らせるために連れていくつもりだったようだが、トリスタニアでの激闘の日、無事を知らせたサイトはお怒りのご主人様から離れた罰として今日は掃除を命じられていた。下着を含めた洗濯までは、キュルケに恥じらいがないと馬鹿にされるだろうから譲歩したらしい。

 あの日からデルフリンガーはサイトのことを相棒と呼ぶようになった。部屋の壁に掛けられたデルフは、サイトが先日のトリスタニアの街で彼を所持したまま変身したために彼の正体を知ったようだ。

 

「…」

 

 雑巾がけをしていたサイトは無言だった。張りつめた空気を放ちながら、いかにも怒っていることをアピールしている。

 

「おーい、怒ってるみてぇだけどよ、何か言ってくれよ相棒」

 

 しかし、話しかける側としては何か返事をしてくれないと寂しいものだ。デルフは無言のままのサイトに言った。

 

「…あ、そうだ!おめえさん、あの巨人の姿のこと、貴族の娘っ子に言わないままでいるのかい?それなら俺っちも黙っておいとくぜ。ああいうのは身内にも敢えて明かさないままでいるのがよさそうだしな」

「…そうか、助かるよ。デルフ」

 

 ようやくサイトは返事をしてくれたことに、デルフはホッと息を吐いた。デルフの言葉を聞く内に、苛立ちが次第に薄れた気がした。

デルフは自分が常時持ってはおかなければならない武器だ。人間と同様の意思を持つ以上は必ず自分たちの正体を知ることになる。あらかじめ教えようとする前に、彼が自ら黙っていてくれるのなら安心だ。

 

「にしてもよ、朝から苛々してるってことは、もう一人の相棒が原因かい?」

「まぁな…」

「そうかい。

…相棒。言いたいことあったら俺に何でも言っとくれよ。俺はおめえさんの剣だからな、愚痴でもなんでも聞いてやるぜ」

 

 剣という立場だからだろうか、彼は付き合いのいい性格をしているらしい。見た目は錆びついたボロボロの剣だが、精神面においても頼りになってくれそうな奴だ。

 

 それに引き換え…ゼロは…あの真のウルトラマンを自称する薄情者は…!!

 何が真のウルトラマンだ!目の前の子どもの命を見捨てようとする奴が、偉大な先人たちを侮辱するような奴がウルトラマンであってたまるか!!あんな奴、俺は絶対に認めねえ!

 

 サイトは自然と拳を握った。すると、誰かが部屋の扉をノックしてきた。

 

「サイトさん」

「その声は…シエスタ?」

「はい。あの、もうご飯お食べになられましたか?そろそろお昼なので…」

 

 ルイズはご主人様の断りなく他人を入れるなとでも言うだろうが、さすがにシエスタが何かやらかすとは思えないし、大丈夫だろう。それにわざわざ昼飯の知らせをくれたのだ。

 

「ああ、行くよ。ちょっと待ってて」

 

 もう掃除も一通り終えたところだ。サイトは掃除道具を片付け、シエスタに着いて行った。

 

 

 

 

 厨房で食事を終えると、外に出たところでシエスタはサイトに頭を下げてきた。

 

「サイトさん、ありがとうございます」

「シエスタ?いきなりどうしたんだよ?」

 

 別に何かお礼を言われることをしてないのに、急にお礼を言われてむずがゆくなったサイトは一体どうしたのかとシエスタに問う。

 

「何があってもめげないし、平民なのに貴族相手に立ち向かったり、貴族さえも恐れたあの円盤が襲ってきても私たちを助けてくださったり…そんなサイトさんにはたくさん勇気をいただきました。サイトさんのおかげで、私…これからもがんばっていけます」

 

 ギーシュから決闘を受け、そしてクール星人の魔の手からサイトに救出されたあの時から、シエスタはサイトに対して強く惹かれるものがあった。

 

「それはどうも…」

 

笑みを見せてくる彼女にサイトは少し照れてしまう。

 

「じ、じゃあ私はまだ仕事がありますから…」

 

 そう言ってシエスタは再び厨房の方へと戻って行った。一瞬だけ、寂しげな表情を浮かべて。

 その時のサイトは、どうして彼女がそんな表情を浮かべたのか理解できなかった。

 

 

 

 

 

 

 虚無の曜日から次の日の朝、一台の馬車が学院の門の前に用意されていた。その馬車の傍らで、私服姿のシエスタが、寂しく名残惜しげに学院の校舎を見上げていた。

 

「何をしている。早く乗りなさい」

 

 晴れない表情のまま、彼女は御者に促されると、その馬車に乗ると、馬車はからからと車輪の音を鳴らしながら学院を去って行った。

 

 

 

 その日も、サイトは厨房へ足を運んだ。

 そう言えば、今日はシエスタの姿を見ていない。一体どうしたのだろうか?体調でも崩したのか?

 

「え!?」

 

厨房に着た途端、サイトは信じがたい事実を聞くことになった。

 

「シエスタが…辞めた?」

 

 信じがたい事実…それは、シエスタが学院のメイドを退職したという話だった。

 

「ああ、我らの剣は街に出かけてたんだよな。その間にな…」

 

 シエスタの所在を尋ねられた料理長のマルトーはサイトに、表情を歪ませながら言った。

 

「どうして!?シエスタが、何かやったって言うんですか?」

「落ち着けって我らの剣。俺だって胸糞の悪い話なんだけどな…」

 

 マルトーは不快そうに顔を歪ませて、シエスタが学院からどうしていなくなったのかを話してくれた。

 

「先日、モット伯爵っていう貴族がやってきてな。学院長に用事を告げて、そのまま帰ればよかったってのに、偶然鉢合わせたシエスタに目をつけると、自分のメイドにするって言って引っこ抜いていっちまったんだ……」

「何だって!? そんな無茶苦茶な!」

 

 勝手すぎる。そのモット伯爵という男は。シエスタは貴族という存在に恐怖さえもしていた子だ。恐ろしくて、それも自ら望みもしない相手に引っ張りだされるなんて嫌に決まっている。

 

「あいつだって嫌がっていたけどさ、俺たち平民が貴族に抵抗できるはずもねえ。結局平民は貴族に勝てやしねえんだ」

 

 悔しげに、しかし諦めるしかない現実と受け止めていたマルトーは仕事に戻って行った。

 

 

 

 その夜のルイズの部屋。ルイズは櫛でウェーブのかかった桃色の髪をとかしていた。長くて綺麗な髪だ。これを維持し続けるには念入りな手入れが必要なので念入りにやっている。

 

「モット伯爵は王宮勅使の方よ。私は偉ぶってるし好色で女癖は悪いって話をよく聞くから好きじゃないけど」

 

 彼女が髪を整えている間、サイトはルイズに、シエスタを自分の屋敷に雇ったモット伯爵とはどんな男が尋ねると、ルイズからのコメントは、伯爵に対してあまり好印象を抱いていないものだった。

 

「けど、どうしてシエスタが…」

「貴族が若い娘を名指しにってことは、妾になれってことだ。おめえそんなことも知らなかったのかい?」

 

 藁の寝床に置かれていたデルフが、鞘から顔を出してサイトに言う。

 

「妾って…愛人!?」

 

 シエスタを無理やり自分の屋敷に雇ったと聞いたあたりからそうだろうと思っていたが、シエスタの体が目的なのか!

 サイトは不快感を覚える。マルトーが言うには、彼女自身は嫌がっていたというじゃないか。彼女の意思を無視していたということ。貴族関連で、胸糞がまた悪くなった気がした。

 

「そういえば、生徒たちから他に変な噂も聞くわ」

「変な噂?」

 

 まだ何か、モット伯爵についてあるのか?サイトはルイズの話に耳を傾ける。

 

「なんでも、モット伯爵の屋敷で働く使用人たち、ここ最近様子がおかしくなったって話を聞いたわ。正直言って単なるくだらない噂だけど」

「どんな?」

「木にかじりついて食い散らかしていたって話よ。聞いたときは正直耳を疑ったわよ。そんなありもしない話、噂として広めるにしてもありえなさすぎるじゃない。多分好色な伯爵への当てつけでしょうね。さっきも言ったけど、あの男って女癖の酷さはギーシュの比でもないもの」

(木を、食らう?)

 

 確かに噂話として広めるにしてはあまりにもおかしい。噂としてここまで広がること自体あり得ない内容じゃないか。でも、こうして噂として広まっているなら、何かあるんじゃないか?クール星人に拉致されかけたせいだろうか、サイトはその話にきな臭さを覚えた。

 

「あんたまさか、シエスタを連れ戻そうなんて考えないでしょうね?」

 

 もしかしたら、と思ってルイズは、サイトがシエスタを連れ戻そうとするのではと勘ぐり、嫌まさかと思いながらも尋ねる。

 

「できないのか!?」

「本気で考えてたの!?」

 

 できれば外れてほしいと思っていたのだが、嫌なことに当たってしまったらしい。

 

「言っておくけど、…これは貴族の間じゃよくある話よ。シエスタのことは諦めなさい。

それより、あんたは私の使い魔なのよ?ご主人様である私を守るのが役目だから、そっちの方に集中しなさいよ。また勝手なことしたら許さないんだから」

 

 まるでシエスタを見捨てるような言い方。サイトはルイズのその言葉を許容しきれなかった。

 

「それ、本気で言ってんのかよルイズ!シエスタが可哀想じゃんか!好きでもなんでもない、体目当ての男に無理やり連れて行かれるなんて!

ルイズ、前にお前、言い寄られてたあの子を助けてやったんだろ?同じ女の子として、何かこう…あるだろう!?」

 

「私だって可哀想だとは思うわよ!」

 

ルイズは椅子から飛び上がるように立ち上がって声を上げた。

 

「けど、前にあの子にちょっかいかけてた男子は同じ学院の生徒で、実家も私のそれより低かったこと、学校の先生方がとりなしてくれたおかげでもあるの。

でも今回は部外者、相手が伯爵となると、公爵家の三女である私でも、一介の学院の生徒であることに変わりないわ。メイド一人のために公爵家のコネを利用しようとすると、私の実家に迷惑をかけることにもなるの。だから私にはシエスタをどうこうすることなんてできないの。残念だけど…」

 

「そんなの…あんまりじゃないか…!自分の意思をどれだけ無視されてるんだよ、この世界の人たちは…」

 

モット伯爵の噂と、意思を無視され望まず彼の下へ連れて行かれてしまったシエスタ。暗闇に染まっていく外の景色を、サイトは眺めていた。

 …いや、眺めてばっかじゃだけだ。一歩でも動かないと。

 シエスタは飯抜きにされた自分にご飯をくれたし、何度も世話になってくれた優しい少女。貴族の好き勝手に立場の弱い彼女が酷い目に合うことなど、認めてはならない。認めたくない。彼女の未来は、彼女自身だけが決めなければならない。それをあのモット伯爵とやらは自分の助平な趣味のために踏みにじった。

 

(決めた!シエスタを助けに行く!)

 

 窓から見える夕日を見て、サイトは意を決した。

 

 

 

 夕日も沈んだ頃、学院のホールの噴水で、モンモランシーとギーシュは隣り合わせで座っていた。ギーシュは彼女に手作りの指輪をプレゼントしていた。『青銅』の二つ名を持つ土のメイジだからゆえか、その指輪は店で売ってもある程度の値打ちが付きそうなほど立派だった。

 

「ミスリルの指輪ね、素敵じゃない。でもこれで浮気の件はなしってわけじゃないでしょ?」

 

 精巧な作りとなっている指輪を眺め感激しながらも、ギーシュに疑いの眼差しを向ける。

 

「わかってるさ。君がこの程度で許すとは思っていない…」

 

そう言って、歯の浮くセリフを言おうとしたところで、サイトがギーシュたちの前にやってきた。

 

「ギーシュ、ちょっといいか?」

「な、なんだ…サイトじゃないか?僕らの愛の語らいを邪魔しに来たのか」

 

 せっかくの二人の邪魔をされたことに、若干不機嫌になるギーシュ。とはいえ、最初に会った時と比べると結構サイトに対して気さくになってくれている辺り、人当たりはよくなっていると見える。

 

「別にそういうわけじゃないって。っていうか、よりを戻せたんだ」

 

 今ギーシュの隣に座るモンモランシー。ルイズほどではないが、彼女はトリステイン貴族らしく気位も高い。一度二股をかけたギーシュとはヨリを戻さないだろうと思っていたが、これは意外。以前どおり仲のいい二人に戻っているようだ。

 

「ああ、モンモランシーは本当に素敵な女性だよ。こんな罪深き僕を許してくれるなんて…」

「ゆ、許したわけでも寄りを戻したわけでもないわよ!ギーシュがどうしてもお詫びの贈り物をしたいって言うから仕方なくよ」

 

 相変わらずのキザな態度にサイトは内心でも隠し切れないほど呆れかえる。傍らでツンとした態度をとりながらもまんざらでもなさそうに照れているモンモランシーがその証拠。よくもまぁこのキザ男は二股かけたものだとサイトは思った。結局こんな男の話に耳を傾けるモンモランシーも器が広いのか、それとも単に彼女がチョロいのか。

 

「って、そんなことより、ちょっと訊きたいことがあるってだけだ」

「訊きたいこと?」

 

 

 

 

「サイトの奴、一体どこをほっつき歩いてるのかしら?」

 

 サイトが戻ってこないことを気にし始めたルイズはサイトを探していた。廊下をきょろきょろと見渡しても、彼がよく立ち寄ると聞く厨房にも姿がない。もうじき夕食の時間だと言うのに。

 

「あら、ルイズじゃない。ダーリンは一緒じゃないの?」

 

 そこへキュルケが、押し車に食事を乗せてやってきた。

 

「そのご飯はなんなの?」

「ダーリンったら、わびしい料理ばかり食べてるみたいだから、余分に作らせてもらったのよ」

 

 つまり自分用以外に、サイトの分の食事を用意してくれたということだ。ルイズからすれば、キュルケが彼の気を引くために餌付けしようとしているようにしか思えない。

 

「人の使い魔に勝手に餌をやらないで」

「あげようにもいないじゃない。一体どこに行ったのかしら?」

 

 キュルケもサイトの姿を見てはいなかったようだ。

 

「もしかしてルイズの下が嫌になって出て行っちゃったのかしらね」

「どう言う意味よ!」

 

 ルイズが文句を言うと、ギーシュが二人の話を偶然聞きつけ、サイトの所在を言った。

 

「ああ、彼ならさっき僕に、モット伯爵の屋敷の道のりを尋ねてきたよ」

「なんですって!?」

 

 もうこの時点ではっきりした。彼はすでにモット伯爵の元へシエスタを取り戻すために外出したのだと。

 

「しかしまずいんじゃないかな?最近、モット伯爵へ見初められた人が、連絡さえも寄越さず帰ってこないままだって言う噂だぞ」

 

 拍車をかけてきたギーシュ。もうこれはご主人様として見過ごすことはできない。無理やりにでも彼を連れて帰らなくては。

 

「行かないと!」

「お待ちなさいヴァリエール」

 

 サイトを追って行こうとしたルイズだが、キュルケが突然止めてくる。

 

「どうして止めるのよ?」

「あなた一人じゃ何もできないでしょ?私も行くわ」

「あんたの手は借りないわ。別に一人で十分よ」

「本当に?あなたの家は確かに伯爵よりも上だけど、そのために実家の名を使うのはご家族に迷惑がかかるんじゃなくて」

「う…」

 

 それは自分がサイトにも言ったこと。ルイズは押し黙る。

 

「ま、ちょっとお待ちなさいな。一つ大事なものと、タバサも呼んでくるから校門で待ってなさいな」

 

 そう言ってキュルケはいったん寮へ戻って行った。

 タバサを呼ぶ理由はわかる。彼女の使い魔シルフィードの手を借りるのだろう。あの竜の速度は幼生ながらも馬より圧倒的に速いし、自分たちを乗せて飛ぶだけの巨体である。

だが、『大事なもの』とはなんだ?何か伯爵に物でも売り込もうと言うのだろうか?

 

 

 

 

 その頃…。デルフを携えたサイトはモット伯爵の屋敷前にたどり着いた。しかし、予想以上の距離にはキツさを感じざるを得ない。伯爵の屋敷が魔法学院からそんなに遠くは離れていない。だから慣れない馬に乗って腰を痛めるくらいならと歩きか走りで向かったのだが、予想以上に時間がかかった。とはいえ、ゼロと同化しているおかげだろうか。全力で走ると30分ほどで到着した。

流石は貴族、念入りに整備された庭に噴水を設置している辺り、まさにその通りと言った感じの様式だった。

 

「…ったくあのキザ野郎。これ徒歩だとかなりきつい距離じゃんか…」

『おい、サイト』

 

 ふと、街から戻ってきて以来一度も話しかけてこなかったゼロが、ようやく口を開いた。

 

「あ、なんだよゼロ。今ちょっと休憩しようと…」

 

話なら後にしてほしいものだ。何せスタミナを消費しすぎてまだ呼吸が乱れたままだ。

 

『本気でシエスタを助けに行く気か?お前一人でどうこうなる相手だと思うのかよ?』

「けど、このままじゃシエスタがモット伯ってのに好き放題されるってことだろ。嫌がっているのにそんな真似をしでかそうとする奴、男として許せないだろ」

 

 想像するだけでなんかムッとくる。俺なんか彼女いない歴=年齢なのに!と余計な嫉妬心もプラスしていたが。

 

『まぁ、そのモットとかいう野郎が気に入らねぇのはわかるさ。話を聞いた限りだが、俺もムカついてはいるからな。

ただ、俺は別にお前がシエスタを助けようが助けないまま逃げても文句は言わねえ。俺にはどうでもいいことだからな。好きにやれ。ただ、お前が死にかけたら俺がお前に成り代わって暴れることになる。いいな?』

「へ!別に借りなくたって俺一人で助けてみせる。お前の力なんか借りねえよ」

 

 そうだ。こんな奴の力に頼らなくたって、自分にはギーシュを打ち負かした時のような剣の腕がある。一度も剣を握ったこともないのに達人級の腕でギーシュのワルキューレをあっさり全滅させたのだ。あれさえあれば何とでもなるはずだ。

 

『へー、そうかい。後で手を貸してくださいなんて言うなよ?』

「あ~あ、まだ喧嘩してるみてえだねえ。こんなんで大丈夫なのかよ?」

 

 ピリピリした空気は剣であるデルフでさえ効いてしまうようで、いい加減ほとぼりが冷めてほしいものだと思った。

だが、そこで見張りの兵士に見つかってしまう。

 

「貴様!ここでなにをしている!?」

 

 

 

 

 

 

 一方で、モット伯爵の領内の森。

 もう夕日が沈みきって暗闇が完全に立ち込めていたその中に、ある若い男がいた。

 

 黒い上着の下に赤いシャツを着こみ、年齢はサイトやギーシュと変わらないようだが、身に纏うクールな雰囲気は、他者を頑なに拒んでいるようで、その分だけどこか大人びた印象を漂わせる。

 

 

手には、不思議な作りをした白い短剣のようなものが握られていた。

 

 

「あの屋敷の方か…」

 

 視線の先に、サイトが訪れたモット伯爵の屋敷の明かりが、豆粒よりも小さいサイズで確認できる。

 

ドクン、ドクン…。

 

 心臓の高鳴りのような音を響かせながら、短剣に埋め込まれた宝珠は点滅していた。それを見つめると、男は何か意味深な言葉を呟いた。

 

 

「俺に…何を望む?」

 

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