デビル・グルメ   作:ナオ3

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法の解釈については自分の偏見が絡んで居ます、ご容赦を。


天国と地獄のミルフィーユ 2

 

 フミの葬儀は、雲ひとつない秋晴れの日に行われた。

 会場となったのは、悠夜が手配した格式高いセレモニーホールだ。

 参列者は決して多くはない。フミは復讐と孫娘の養育に生涯を捧げたため、世間との関わりを極力絶っていたからだ。

 それでも、遥の友人や夫の親族、そして悠夜の屋敷で共に働いた使用人たちが集まり、式は厳かで温かい空気に包まれていた。

 読経が終わり、出棺の時。

 喪主を務める孫娘・遥は、棺の中の祖母の顔を見つめ、ハンカチで目頭を押さえていた。

 

 

「お婆ちゃん……今まで、ありがとう……」

 

 

 遥の脳裏に蘇るのは、いつも割烹着を着て、優しく微笑んでいた祖母の姿だ。

 両親を失った幼い自分を抱きしめ、「大丈夫だよ、お婆ちゃんがいるからね」と言ってくれた温かい手。

 運動会で一緒に走ってくれたこと。熱を出した夜、朝まで看病してくれたこと。結婚式で、誰よりもボロボロに泣いていたこと。

 遥は知らない。

 その温かい手が、毎夜地下室で鉄火箸を握り、犯人たちの肉を焦がしていたことを。

 その優しい笑顔の裏で、どす黒い怨嗟と殺意を燃やし続けていたことを。

 彼女が知っているのは、自分を愛し、守り抜いてくれた「世界一のお婆ちゃん」だけだ。

 そして、それでいいのだと悠夜は思う。その美しい誤解こそが、フミが命懸けで守りたかった宝物なのだから。

 火葬場へ向かう車を見送り、親族たちは精進落としの席へと移動する。

 遥は夫と子供に「少し話したい人がいるから」と告げ、一人で庭に出た。

 そこには、喪服を完璧に着こなし、静かに空を見上げる悠夜の姿があった。

 

 

「悠夜さん」

 

「……遥さん。お疲れ様でした」

 

 

 悠夜が振り返る。その表情は、いつものミステリアスな笑みではなく、慈愛に満ちた兄のような穏やかさを湛えていた。

 

 

「本当に、何から何までありがとうございました。お婆ちゃんの最期を看取ってくださっただけでなく、こんなに立派なお式まで……。私たち家族だけでは、到底無理でした」

 

 

 遥は深々と頭を下げた。

 悠夜は首を横に振る。

 

 

「礼には及びません。フミさんは、私の屋敷になくてはならない方でした。彼女の作る煮物は絶品でしたし、何より、彼女の生き様は……とても美しかった」

 

「ええ……。お婆ちゃん、苦労ばかりかけたけれど、最後は幸せそうでした」

 

 

 遥は空を見上げた。

 突き抜けるような青空。その向こうで、祖母が両親と再会し、笑っている姿が目に浮かぶようだ。

 

 

「……悠夜さん」

 

「はい」

 

「私、わかっています。悠夜さんが、ただの資産家じゃないってこと」

 

 

 遥の言葉に、悠夜は少しだけ眉を上げた。

 

 

「……ほう?」

 

「具体的なことはわかりません。でも、ずっと感じていました。私たちが困った時、悲しい時、いつも不思議なタイミングで悠夜さんが助けてくれた。……まるで、見えない魔法使いみたいに」

 

 

 遥は真っ直ぐに悠夜を見つめた。その瞳には、恐怖ではなく、絶対的な信頼が宿っていた。

 

 

「悠夜さん。貴方は、しばらく遠くへ行くんですね?」

 

 

 悠夜は一瞬沈黙し、そしてふっと笑った。

 聡明な子だ。フミが命を削って育てただけある。

 

 

「……ええ。仕事の都合でね。少し長い旅になりそうです。もう、貴女にお会いすることはできないかもしれません」

 

 

 それは事実上の永遠の別れ。

 遥が幸福の絶頂にある今、悪魔が近くに居続けることはリスクでしかない。光ある者は、光の中だけで生きるべきだ。

 遥は寂しそうに微笑み、一歩近づいた。

 

 

「寂しいです。でも……大丈夫ですよ、悠夜さん」

 

 

 彼女は悠夜の手を取り、強く握りしめた。

 

 

「私には、お婆ちゃんがくれた愛と、悠夜さんが守ってくれた日々があります。優しい夫も、可愛い子供もいます。……だから、もう大丈夫」

 

 

 彼女は涙を堪え、満面の笑みを向けた。

 

 

「今まで本当にありがとう。……大好きなお兄ちゃん」

 

 

 血の繋がりはない。種族さえ違う。

 けれど遥にとって、彼は間違いなく、親代わりであり、最愛の兄だった。

 悠夜は眩しそうに目を細め、その手を握り返した。

 人間の手の温もり。フミが守り、自分が育んだ命の熱量。

 

 

「……お元気で、遥。貴女の人生に、幸多からんことを」

 

 

 風が吹き抜け、木々の葉を揺らす。

 悠夜は背を向け、歩き出した。

 一度も振り返らず、彼は光の中へと消えていく。

 遥の未来には、もう悪魔の影も、過去の闇も落ちることはないだろう。

 

 

(フミさん。貴女が命懸けで守った宝物は、こんなに強く、美しく輝いていますよ)

 

 

 心の中でフミに報告し、悠夜は現世での役目を終えた。

 だが、まだ終わっていない仕事がある。

 そう――「後始末」だ。

 

 

 

 

 

 世界が反転する。

 光溢れる現世から、重く澱んだ空気の漂う場所へ。

 地獄。

 死者の魂が裁かれる場所、閻魔庁。

 どこまでも続く灰色の空と、焼け焦げたような大地。その中央にそびえ立つ巨大な法廷は、亡者たちの呻き声で満たされていた。

 その法廷の中央に、三つの魂が引き出された。

 鎖で手足を繋がれ、鬼の獄卒によって乱暴に床に叩きつけられたのは、かつてフミの家族を惨殺した三人組――主犯格の男A、共犯の男B、そして女Cだ。

 彼らは周囲を見回し、呆気にとられていた。

 つい先程まで、フミによる凄惨な拷問を受け、極限の苦痛の中で死んだはずだった。

 だが今、彼らの体には傷一つない。痛みもない。

 五体満足で、まるで何事もなかったかのように「元通り」になっていた。

 

 

「おい、ここどこだよ……?」

 

「俺たち、死んだのか? あのババアに殺されたのか?」

 

「ていうか、痛くない! 治ってる! ラッキー!」

 

 

 女Cが自分の腕をさすり、ケラケラと笑った。

 彼らは状況を理解していない。いや、理解しようとしていない。

 生前と同じく、自分たちには甘いルールが適用されると信じ込んでいるのだ。

 

 

「静粛に!!」

 

 

 雷鳴のような怒号が響き渡った。

 法壇の上に座る巨躯の男――閻魔大王が、巨大な木槌を振り下ろしたのだ。

 その威圧感に、三人はビクリと肩を震わせた。

 

 

「これより、被告人らの裁判を行う」

 

 

 閻魔大王の声は、地響きのように腹の底に響く。

 だが、犯人たちはすぐに開き直った。

 彼らの腐った性根は、死んでも治らない。むしろ、フミの拷問から解放された開放感で、気が大きくなっていた。

 

 

「裁判? またかよ。めんどくせーな」

 

「おいオッサン! 俺らは未成年だったんだぞ? 少年法って知ってるか?」

 

「そうそう! たかが三人殺したくらいでガタガタ言わないでよ。しかも随分前の話じゃん」

 

「あのババアがイカれてただけだろ! 俺らは被害者だっつーの! 不法監禁と傷害で訴えてやる!」

 

 

 犯人たちは口々に喚き散らす。

 自分たちが犯した罪の重さなど微塵も感じていない。

 奪った命、壊した未来、遺族の悲しみ。それらは彼らにとって「運が悪かった」「向こうが騒いだのが悪い」程度の認識でしかない。

 閻魔大王はこめかみを押さえた。

 ここまで救いようのないクズは稀だ。

 反省の色なし。更生の余地なし。魂の芯まで腐りきっている。

 

 

(やれやれ……。これでは、あの悪魔が介入したくなるのも無理はない)

 

 

 閻魔は手元の帳面(閻魔帳)に目を落とした。

 そこには、彼らの罪状が記されている。

 だが、その内容は、彼らが犯した強盗殺人とは全く異なるものだった。

 

 

「……被告人らよ。汝ら、自分たちがどれほど『詰んでいる』か、理解しておらぬようだな」

 

 

 閻魔の声色が、底冷えする低音に変わる。

 場の空気が凍りつき、犯人たちの薄ら笑いが引きつった。

 

 

「判決を言い渡す」

 

 

 閻魔大王は帳面を閉じ、投げやりに、しかし厳粛に告げた。

 

 

「被告人らは、『世界同時多発テロ』を主導し、核兵器を用いて『地球を滅ぼした罪』によって裁かれる」

 

 

 

 

 

「「「……は?」」」

 

 

 

 

 三人の声が綺麗に重なった。

 彼らの顔には「何を言っているんだコイツは」という困惑が張り付いている。

 

 

「はぁ!? なんだよそれ! 俺らがやったのは強盗殺人だけだぞ!?」

 

「世界テロとか意味わかんねーし! 頭おかしいんじゃねーの!?」

 

「地球なんか滅ぼしてねーよ! 俺らバカだけどそこまでバカじゃねーよ!」

 

 

 必死に否定する犯人たち。当然だ。彼らはそんな大それたことをする知能も行動力もない、ただの小悪党なのだから。

 だが、閻魔大王は冷徹に告げた。

 

 

「黙れ。証拠はある」

 

 

 閻魔大王が指を鳴らすと、法廷の背後にある巨大な鏡――『浄玻璃(じょうはり)の鏡』が輝き出した。

 この鏡は、亡者の生前の行いをすべて映し出す絶対の証拠品だ。

 だが今、そこに映し出されているのは、悠夜によって精巧に捏造(演出)された「真実」だった。

 ――映像が流れる。

 場所は、ハイテク機器に囲まれた秘密基地のような場所。

 そこに、三人の犯人たちが立っている。

 彼らは邪悪な笑みを浮かべ、手には赤いスイッチが握られている。

 

 

『ヒャッハー! 人間ども、死ねえええええ!』

 

『俺たちが新世界の神だ! 花火大会の始まりだぜぇ!』

 

『キャハハハ! みんな燃えちゃえ!』

 

 

 映像の中の三人は、狂ったように高笑いしながらスイッチを押す。

 次の瞬間、画面が切り替わる。

 ニューヨーク、ロンドン、東京、パリ……世界中の主要都市から、一斉に核ミサイルが発射される。

 きのこ雲が上がり、高層ビルが崩れ落ち、人々が炎に包まれていく。

 美しい青い地球が、みるみるうちに赤黒く染まり、死の星へと変わっていく。

 その地獄絵図を背景に、三人は肩を組んで勝利のダンスを踊っている――。

 

 

「な、なんだこれ!? CGだろ!?」

 

「やってない! こんなこと絶対やってない!!」

 

「俺ら英語喋れないし! パソコンも使えないし! こんなの無理だって!」

 

 

 犯人たちは絶叫した。あまりにも荒唐無稽。あまりにも理不尽な冤罪。

 しかし、地獄において「浄玻璃の鏡」に映ったことは絶対の真実として扱われる。

 

 

「鏡には映っている。これが『真実』として記録されている以上、汝らはこの罪で裁かれる」

 

「ど、どうなってんだよ……! おかしいだろ!」

 

 

 泣き叫ぶ犯人たちに、閻魔大王は重い口を開いた。

 これは例外中の例外。冥土の土産として、この理不尽な状況の「種明かし」をしてやることにしたのだ。

 

 

「……あの老婆、フミはお前たちへの復讐を終え、死んだ」

 

「! ざまぁみろ! あのクソババア、地獄へ落ちやがったか!」

 

「いいや。彼女は地獄へは落ちなかった。……死んだはずの家族と再会し、光の中へ昇天したのだ」

 

「はぁ!? なんでだよ! あいつ三人殺してんだぞ!?」

 

「それは『奇跡』だ。本来ならあり得ない。復讐者は地獄へ落ちるのが理。だが、あの悪魔……悠夜が、その理をねじ曲げた」

 

 

 閻魔大王は苦々しげに、しかしどこか畏敬の念を込めて語る。

 

 

「フミが家族と再会し、救われるという『プラスの奇跡』。それを実現するためには、世界の均衡を保つために、天秤の反対側に同等の『マイナスの奇跡(不幸)』を乗せなければならない」

 

 

 因果の天秤。

 フミ一人を、ルールを無視して救うためには、その代償として誰かが理不尽に、ルール無用で沈まなければならない。

 その「ゴミ捨て場」として選ばれたのが、彼らだった。

 

 

「その『不幸』の受け皿にされたのが、お前たちだ」

 

 

 閻魔大王は指を突きつけた。

 

 

「フミ一人を救うだけなら、ここまで酷い罪にはならん。……だが、お前たちは今、ここに立っている」

 

「え?」

 

「本来なら、お前たちはフミの最後の拷問によって魂ごと消滅していたはずだ。無に帰し、苦しみを感じることすらできない状態にな。……だが、見ろ。お前たちの魂は、傷一つなく完全に復元されている」

 

 

 犯人たちは自分の体を見た。

 新品同様に輝く魂。精神の傷もない。

 

 

「消滅した魂を、完全に復元する。……これは死者蘇生をも上回る、とてつもない『奇跡』だ」

 

 

 閻魔の声が低く響く。

 

 

「いったいどれほどの『奇跡』を浪費すれば、そんなことが可能なのか想像もつかん。……あの悪魔は、お前たちを『より長く、より深く苦しませるためだけ』に、あえて魂を修復するという奇跡を行ったのだ」

 

「な……」

 

「その反動で発生した莫大な『不幸(負債)』が、この『世界を滅ぼした罪』という冤罪だ」

 

 

 犯人たちは呆然とした。

 自分たちが生き返ったのは、救いではなかった。

 「地獄で永遠に苦しむための器」として、無理やり修理されただけ。

 そして、その莫大な修理費と、フミの幸福の代金を、すべて「冤罪」という形で請求されたのだ。

 

 

「フミと遥の幸福。死んだ家族との再会。そしてお前たちの魂の完全修復。……これら全てのツケを、お前たちが払うのだ」

 

「い、いやだ……! 理不尽だ! そんなのあんまりだ!」

 

「俺たちは関係ない! ただの強盗だぞ!? 世界なんか滅ぼしてない!」

 

 犯人たちは泣き叫んだ。

 自分たちがフミと遥にした理不尽。

 何の落ち度もない家族を奪い、未来を壊した理不尽。

 それを、悠夜は何億何兆倍ものスケールにして、彼らに叩き返したのだ。

 

 

「理不尽だと? ……そうだな。これは間違いなく冤罪であり、理不尽だ」

 

 

 閻魔大王は頷いた。最早諭す価値すら無い。

 

 

「だが、あの悪魔に目をつけられたのが運の尽きだ。諦めろ」

 

 

 閻魔大王が木槌を高く振り上げた。

 それが、終わりの合図だった。

 

 

「判決! 被告人らを、地獄の最下層『阿鼻叫喚(あびきょうかん)の、さらに下へ堕とす!」

 

 

 ゴゴゴゴゴゴ……!

 

 

 法廷の床が裂け、真っ赤な炎と、光すら飲み込む黒い闇が渦巻く奈落が口を開けた。

 そこからは、数億、数十億の亡者たちの呻き声が聞こえてくる。

 

 

「刑期は永劫! 消滅すら許されず、死ぬこともできず、未来永劫、地球人類70億人を虐殺した罪の重さと同じだけの苦痛を受け続けよ!」

 

「いやだぁぁぁぁぁ!!」

 

「助けてくれぇぇぇ!! ママぁぁぁぁ!!」

 

「ごめんなさい! もうしません! 生まれ変わらせてぇぇぇ!」

 

 鎖が彼らを引きずり込む。

 彼らは爪を立てて床にしがみつくが、無駄だ。

 

 

「フミの拷問など、準備運動にもならんぞ。……存分に味わえ」

 

 

 閻魔大王は冷たく言い放った。

 彼らが堕ちる先は、無間地獄のさらに奥底。

 そこでは、彼らが「殺したことになっている」70億人の幻影が、彼らを待ち受けている。

 焼かれ、切り刻まれ、犯され、食われ、それでも魂が修復されているため死ねない。

 発狂しても、次の瞬間には正気に戻され、また一から恐怖を味わわされる。

 時間の概念すら歪んだその場所で、彼らは永遠に、己の罪(と押し付けられた冤罪)を償い続けるのだ。

 

 

「「「うわあああああああああああああああああああッ!!!」」」

 

 

 三人の絶叫は、奈落の底へと吸い込まれ、やがて聞こえなくなった。

 床が閉じ、法廷には再び静寂が戻った。

 すべてが終わった後、閻魔大王は玉座に深く背中を預け、大きなため息をついた。

 

 

「ふぅ……。疲れるわ」

 

 

 冤罪だとわかっていて裁くのは、司法の長として気分の良いものではない。

 システム上仕方がないとはいえ、後味が悪い仕事だった。

 ……表向きは。

 

 

「大王様」

 

 

 側近の鬼が、おずおずと進言した。

 

 

「宜しかったのですか? あのような……明らかに悠夜の干渉による捏造を認めてしまっても」

 

「……」

 

「我らからも天界へ報告し、悠夜への処罰を求めるべきでは? あるいは、あの悪魔に対策を講じるべきかと。地獄の法が歪められております」

 

 

 側近の言葉は正論だった。地獄の司法への挑戦とも言える行為だ。

 だが、閻魔大王は即座に首を横に振った。

 

 

「ならぬ。却下だ」

 

「なぜでございますか?」

 

「悠夜と戦うということは、すなわち『運命』そのものを相手取るに等しいからだ」

 

 

 閻魔大王は天井――その遥か上にある人間界を見上げた。

 

 

「あの悪魔は、気まぐれに見えて、その実、奴が能動的に不幸をもたらすのは、魂の腐った外道だけだ。フミのような善人には、奴なりの救いを与える」

 

 

 もしここで地獄側が悠夜を敵認定し、フミの魂を地獄へ引き戻そうとしたり、犯人たちへの減刑を行おうとしたりすればどうなるか。

 あの悪魔は、きっと喜んで地獄ごと敵に回すだろう。

 

 

「アレが敵に回れば……次は我らが『冤罪』で裁かれることになるぞ。『地獄の管理不届きにより宇宙が消滅した』とな」

 

 

 側近の顔が青ざめた。

 悠夜ならやりかねない。いや、やるだろう。

 

 

「触らぬ神に祟りなし、ならぬ、触らぬ悪魔に祟りなし、だ」

 

 

 閻魔大王は木槌を置いた。

 そして、誰にも聞かれないような小声で、ポツリと漏らした。

 

 

「……それにな」

 

「はっ」

 

「閻魔大王の役割を継いだ者が、絶対に言ってはならぬことだがな……」

 

 

 厳格な閻魔の顔が、ふっと歪んだ。

 それは、溜飲が下がったような、人間臭い、実に清々しい笑みだった。

 

 

「スッキリした」

 

「……」

 

「アヤツに関わった外道共の、あの絶望に染まった顔を見るのが……実は楽しみなのだ」

 

 

 側近たちも、顔を見合わせ、思わずコクコクと頷いてしまった。

 法では裁けない、更生もしない、被害者を嘲笑うだけの外道たち。

 そんな連中が、法を超越した理不尽な力で、完膚なきまでに叩き潰される様は、地獄の獄卒たちにとっても極上のエンターテインメントだったのだ。

 自分たちの手では決して下せない「理不尽なまでの厳罰」を、あの悪魔が代行してくれた。

 そう考えれば、今回の冤罪判決も、ある種の「正義」なのかもしれない。

 

 

「さあ、次の亡者だ! 仕事に戻るぞ!」

 

 

 閻魔大王の声が響く。

 地獄の裁きは続く。

 だが、今日だけは、その木槌の音がいつもより軽やかに聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人間界。

 遥は夫と子供と共に、公園を歩いていた。

 秋風が心地よい。

 子供が落ち葉を拾って、遥に見せに来る。

 

 

「ママ、見て! 赤い葉っぱ!」

 

「わあ、綺麗ねぇ。お婆ちゃんにも見せてあげようか」

 

 

 遥は空を見上げた。

 どこまでも広がる青い空。

 そのどこかで、祖母が、そしてあの不思議な「お兄ちゃん」が見守ってくれている気がした。

 遥は知らない。

 自分が享受しているこの平和な日常が、祖母の壮絶な献身と、地獄の底での永遠の断罪の上に成り立っていることを。

 そして、それでいいのだ。

 光ある者は、ただ光の中を歩めばいい。

 闇の始末は、悪魔がつけてくれたのだから。

 遥は子供の手を引き、笑顔で歩き出した。

 その背中を、優しい風が押していた。

 

 




隆行さんと権藤さんは真っ当に裁かれて地獄に落ちてますのでご安心を。
閻魔さまも温情で、ある程度減刑してくれました。
流石にここまでするのは本当に稀です、フミさんと遥ちゃんに相当思い入れがあったのでとことんやりました。
彼らの犠牲でフミの子孫は永遠に安泰です。
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