デビル・グルメ   作:ナオ3

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勇者の末路回


憤怒のつみれ汁 3

 

魔界の空は今日も今日とて、血が滲んだような紫色に染まっている。

荒涼とした大地にそびえ立つ、無骨な城塞のような屋敷。

そこは『憤怒』の魔王が住まう城だ。

重厚な鉄扉の前で、悠夜は静かに待つ。

 

 

「……はい」

 

 

暫くして、扉が重々しい音を立てて開く。

現れたのは、身の丈ほどの巨大な剛剣を背負った、一人の少女だった。

 

 

「お久しぶりです……悠夜様、グラトニー様」

 

 

人間で言えば十代半ばほどの、あどけなさを残した容姿。

だが、その表情は暗く沈み、瞳は真っ赤に腫れ上がっていた。

 

 

「久しぶりだね、ラース」

「ラースちゃん、ヤッホー! って、うわっ! めっちゃ目が腫れてるよ!?」

 

 

グラトニーが遠慮のない声を上げる。

彼女こそが、現『憤怒(ラース)』の魔王。

七つの大罪が一角を担う、魔界の要人である。

しかし、その姿に「魔王」としての威厳はない。あるのは、迷子になった子供のような頼りなさと、深い悲しみだけだった。

 

 

「また……死んでしまいました……」

 

「……」

 

「どうして私は、悠夜様みたいに出来ないの……? 契約者を不幸にしか出来ない私は、魔王失格です……」

 

 

ラースはボロボロと大粒の涙を流し、その場に崩れ落ちた。

背負った大剣が、ガシャンと床にぶつかり、悲痛な音を立てる。

悠夜とグラトニーは顔を見合わせた。

 

 

「重傷だね」

 

「ええ。初めて上手く行きそうだった瞬間でしたから、余計に堪えたのでしょう」

 

 

悠夜は困ったように眉を下げ、泣きじゃくる少女の頭にそっと手を置いた。

彼女は、あまりにも「憤怒」という名に相応しくない。

それもそのはずだ。

先代の憤怒の魔王に拾われ、育てられた養女であり、本来ならば魔王の座になど就くはずのない、優しい少女だったのだから。

 

 

          ***

 

 

事は数日前に遡る。

 

 

「スマン、悠夜」

 

 

悠夜の屋敷の応接室。

訪ねてきた親友、強欲の魔王グリードは、開口一番に頭を下げた。

 

 

「どうしたんです? 貴方がそこまで神妙な顔をするなんて」

 

「ラースのお嬢に、こないだお前が持たせてくれた『フミ婆さんのミルフィーユ』を食わせたらよぉ……」

 

「ええ、どうでした?」

 

「泣いちまった」

 

「えっ!?」

 

 

悠夜は目を丸くした。あのミルフィーユは、天国と地獄の調和が生み出す、至高の味のはずだ。

 

 

「美味すぎて泣いた……わけじゃねえんだ。いや、味には感動してたんだが、その後に自分の不甲斐なさを嘆いて、号泣しちまった」

 

「……まさか」

 

「ああ。契約者が、また死んじまったらしいぜ」

 

 

グリードは重い溜息をつき、ソファに深く沈み込んだ。

 

 

「しかも、ヒッデエ末路だ。娘を悪漢に乱暴されて自殺に追いやられた父親だったんだが……」

 

「復讐の途中で燃え尽きた、と?」

 

「いや。復讐は果たした。その後は穏やかに暮らす手はずだったんだが……似たような事件が身近な人に起きて、トラウマが再燃しちまったんだ」

 

 

グリードは天井を仰いだ。

 

 

「結局、怒りを制御できずに暴走して、無関係な者を巻き込んで傷つけた挙句、自滅だ。……過去最大の惨劇になっちまったらしい」

 

 

悠夜とグリードは見合わせて。

 

 

「……やってしまいましたね」

 

「ああ、やっちまった……」

 

 

二人の大悪魔は、同時に頭を抱えた。

ラースはまだ若い。

最年少の魔王プライドに次ぐ若さだが、生まれながらの王族であるプライドと違い、彼女は野良悪魔から成り上がったため、魔界での立場も危うい。

先代ラースは言っていた。

 

 

『あいつは情が深くて涙脆い。余りにも悪魔らしく無いが……それがいい』

『愛を知る奴が憤怒を受け継ぐべきだ。愛を傷つけられる事こそ、何よりも純粋で強い怒りを生むからな』

 

 

そして、先代は悠夜とグリード、そして色欲のラストに遺言を残して逝った。

 

 

『ラースになるあいつを、一人前になるまで支えてやってくれ』

 

 

グリードは遣る瀬無さそうに溜息を吐く

 

 

「前会った時は、上手く行きそうだとはしゃいでたのによぉ……」

 

「あのミルフィーユの『愛ゆえに地獄を受け入れた強さ』が、逆に彼女の自信をへし折ってしまったわけですか」

 

「そういうことだ。……悠夜、お嬢のフォローを頼む」

 

 

グリードは真剣な眼差しで悠夜を見た。

 

 

「魔界速報(ゴシップ)は俺が抑えとく。『超越者悠夜、遂に憤怒の魔王を傘下に』なんてふざけた記事は書かせねえからよ」

 

「わかりました。……亡き友の頼みとあらば、無下にはできません」

 

 

          ***

 

 

「さあ、ラース。泣き止みなさい。腹が減っては戦も、反省もできませんよ」

 

 

悠夜はラースを抱き起こし、屋敷のキッチンへと促した。

 

 

「今日は、ある男の物語を使って、料理を作りましょう」

 

「ある、男……?」

 

「ええ。理不尽に愛を壊され、地獄の底から這い上がり、復讐を成し遂げた……アレン君という少年の記憶です」

 

 

悠夜は空間から一つの容器を取り出した。

中には、キラキラと輝く銀色の結晶──アレンの記憶が入っている。

 

 

「そして、今回のメイン食材はこちらです」

 

 

悠夜が指を鳴らすと、床に巨大な金属製のタライが出現した。

タライの中には、水が入っていない。

代わりに、ビチビチと跳ね回る無数の小魚が、所狭しと詰め込まれていた。

 

 

『ギョギョッ!』

『ピギャアアア!』

 

 

魚たちは、耳障りな金切り声を上げながら、憎らしいほど元気に跳ね回っている。

その目は濁り、鱗は不快な粘液で覆われていた。

 

 

「うわっ、なにこれ……」

 

 

グラトニーが顔をしかめる。

 

 

「中々美味しそうだけど……身があんま無いなぁ。骨ばっかりで食べにくそう」

 

「見ているだけで苛つきますね、その魚」

 

 

ラースが涙目のまま、嫌悪感を露わにして睨みつけた。

 

 

「これは『雑魚(ザコ)』です。前回の物語で回収した、勇者マルスという男の記憶と存在を餌にして養殖しました」

 

「勇者……ですか?」

 

「ええ。女神の加護を笠に着て、弱者を踏み躙り、反省もせずに死んだ愚か者です。その記憶をすり潰して餌にしたら、こんなにイキのいい雑魚が大量に湧きました」

 

 

悠夜はタライの縁をコンコンと叩く。

すると、雑魚たちは一斉に悠夜に向かって威嚇するように跳ねた。

 

 

『俺は勇者だぞ!』

『雑魚が!』

『女をよこせ!』

 

 

魚の口から、微かにそんな幻聴が聞こえてくるようだ。

 

 

「……不愉快です。叩き潰したい」

 

「ふふ、その感情こそが、最高のスパイスになるのです」

 

 

悠夜はアレンの記憶の結晶を手に取り、タライの上にかざした。

 

 

「アレン君、あそこに君の大嫌いな雑魚がいますよ」

 

 

──ブワンッ。

 

 

結晶が輝き、タライの上に真っ赤な人影が実体化した。

それは、血と泥にまみれ、鬼の形相をした少年──アレンの憤怒の化身だった。

アレンの影は、タライの中の雑魚を見下ろし、ゆらりと拳を握りしめた。

 

 

『…………ッ!!』

 

 

ドガァァァァン!!

 

 

「おおー!」

 

 

グラトニーが歓声を上げる。

アレンの影が、タライの中に拳を突き入れたのだ。

バキバキバキバキッ! グシャアアアッ!

それは調理というよりは、処刑だった。

アレンの拳が、憎きマルスの成れの果てである雑魚たちを、無慈悲に、徹底的に叩き潰していく。

一匹残らず。骨の髄まで。原型がなくなるまで。

 

 

「これは……憤怒の?」

 

「はい。彼が勇者を殴り続けた、あの千切れるほどの怒りと殺意。それが今、食材の下処理(ミンチ)を行っています」

 

 

ドスッ! ドスッ! ドスッ!

 

 

拳が振り下ろされるたびに、雑魚たちの不快な鳴き声は消え、滑らかなペースト状へと変わっていく。

骨も、鱗も、内臓も、勇者の腐ったプライドも、全てがアレンの怒りによって粉砕され、均一に練り上げられていく。

やがて、タライの中には、驚くほど滑らかで、ツヤのある灰色のすり身が出来上がっていた。

アレンの影は、満足したようにすり身の中へと沈み込み、同化した。

 

 

「ふふ、雑魚に染み付いていたマルスの記憶は、すっかり消えてしまいましたね」

「その代わりに、アレン君の濃厚な情念が、たっぷりと詰まっています」

 

 

悠夜はボウルにすり身を移し、手際よく丸め始めた。

 

 

「さあ、つみれ汁にしましょう」

 

 

次に悠夜が取り出したのは、瑞々しい野菜たちだった。

大根、人参、ネギ、そして肉厚な椎茸。

どれも、宝石のような魔力を帯びて輝いている。

 

 

「おお! なんか凄いねその野菜!!」

 

 

グラトニーが鼻をひくつかせた。

 

 

「これは冥王ハデスさんと、奥さんのペルセポネさんが作った野菜です」

 

「冥王様の……!?」

 

 

ラースが驚愕する。冥界の夫妻が育てた野菜は極上の品だが、滅多に手に入らない事で有名だ。

 

 

「地獄の底、エリシオンの畑で育てられた野菜は、地上のそれとは一味も二味も違いますよ。魂の滋養に最適です」

 

 

悠夜は包丁を入れながら、遠い目で語り始めた。

 

 

「今回の勇者マルスに、とんでもない加護を与えた女神がいたでしょう? あの件が、大不祥事になりましてね」

 

「不祥事……ですか?」

 

「ええ、あの女神はそれはもうハデスさんの逆鱗を撫で回してくれました。それでハデスさんがブチ切れて、あわや世界崩壊(ラグナロク)の危機に……」

 

 

悠夜の手が、一瞬震えた。

 

 

「お詫びとして野菜を沢山頂きました……ええ、本当に、大変でした……」

「あのハデスさんが、フル装備で天界に殴り込みに行こうとするのを止めるのは……」

遠い目をする悠夜。

 

 

「ゆ、悠夜?」

 

「悠夜様が、死にそうな顔を……!」

 

 

あの超越者・悠夜をして、ここまで疲弊させるとは。冥王ハデスの怒りはそれはもう、恐ろしいものである。

 

 

「おっと、いけないいけない。料理に負の感情は禁物ですね」

 

 

悠夜は気を取り直し、鍋に火をかけた。

野菜から取った出汁が、黄金色に輝きながら沸騰する。

そこへ、アレンの憤怒が練り込まれたつみれを投入していく。

ジュワッ……。

鍋から立ち上る香りは、荒々しくもどこか懐かしく、そして魂を震わせる力強さに満ちていた。

 

 

「完成です。『憤怒のつみれ汁 〜愛と怒りのカタルシス仕立て〜』」

 

 

 ドン、とテーブルに置かれた椀。

 そこから立ち上る湯気は、ただの蒸気ではない。まるで戦場の硝煙と、家庭の台所の温かさが混ざり合ったような、矛盾した香気を放っている。

 澄み切った黄金色の出汁の中に、無骨な灰色のつみれがゴロゴロと浮かび、鮮やかな緑のネギと、飾り切りされた人参が彩りを添えている。

 一見すれば、田舎の祖母が作ってくれたような素朴な料理だ。

 だが、その「つみれ」が放つ存在感は異様だった。表面は荒々しく波打ち、所々に白く鋭い破片──粉砕された勇者の骨やプライド──が覗いている。

 

 

「いただきます!」

 

「い、いただきます……」

 

 

 グラトニーとラースが、同時に匙をつけた。

 まずは、黄金色に輝くスープを一口。

 ズズッ……。

 

 

「んん〜っ……!」

 

 

 グラトニーが陶酔のため息を漏らし、ラースの瞳が大きく見開かれる。

 それは、魂の奥底まで染み渡る「浄化」の味だった。

 冥界の底、エリシオンの畑で育った野菜たち。それらが放つ滋味は、限りなく深く、重く、そして優しい。

 舌に乗せた瞬間、土の香りと野菜の旨味が広がり、冷え切った内臓を優しく撫でるように滑り落ちていく。

 

 

「優しい……。なんて優しい味なんでしょう。ハデス様の野菜が、荒れ狂う心を鎮める鎮痛剤のように染み渡ります」

 

「うんうん! 泥臭さが全くない! 死者の国の野菜なのに、なんでこんなに生命力に溢れてるの!? 身体中の毒素が洗い流されて、胃袋が『準備万端』に整えられていくよ!」

 

 

 スープはあくまで舞台装置。

 これから始まる「暴力」を受け止めるための、慈悲深いクッションだ。

 そして二人は、メインディッシュである「つみれ」へと箸を伸ばした。

 箸先から伝わる感触は、驚くほど硬く、そして弾力に富んでいる。

 持ち上げると、ずしりとした重量感が指に伝わる。これは、アレンが抱えていた業(カルマ)の重さそのものだ。

 覚悟を決めて、ラースはそれを口へと運んだ。

 ガブリ。

 瞬間。

 口の中で、爆発が起きた。

 ドォォォォォン!!

 

 

「!?」

 

 

 味覚の爆発ではない。

 これは──打撃だ。

 歯を立てた瞬間、つみれが猛烈な勢いで押し返してくる。

 まるで、アレンの拳が口の中で暴れまわっているかのような、凄まじい弾力。

 

 

『許さない……! 許さない……!』

『エレナを壊したお前を……!!』

 

 

 咀嚼するたびに、脳内にアレンの咆哮が響き渡る。

 ブチブチと筋肉繊維が千切れ、アレンが勇者を殴り、蹴り、ねじ伏せた時の「肉の感触」が、旨味となって舌を蹂躙する。

 

 

「うぐっ、凄い……! 何ですかこの歯ごたえは!?」

 

 

 ラースが目を見開いて叫ぶ。

「噛んでも噛んでも、ゴムまりのように跳ね返してきます! これがアレンさんの怒り……『絶対に屈しない』という鋼の意志が、すり身のつなぎ(バインダー)となって肉を強固に結びつけているんです!」

 

 

 グラトニーも夢中で顎を動かす。

 

 

「んぐッ、ガツッ! あはは、最高! 時々『ジャリッ』てする歯ざわりがたまんない!」

 

 

 彼女が指摘したのは、すり身の中に混ざる硬い異物──「雑魚(マルス)」の成れの果てだ。

 勇者の鎧、剣、そして肥大化した自尊心。それらがアレンの拳によって粉々に粉砕され、微細な粒子となって練り込まれている。

 噛み砕くたびに、口の中で「パキン、ジャリッ」と小気味よい音が鳴る。

 それは、嫌な異物感ではない。スナック菓子を噛み砕くような、背徳的な快感だ。

 そして、そこから溢れ出す味。

 本来ならドブ川のように臭く、泥臭いはずの「雑魚」の味。

 だが、今のそれは全く別のものへと昇華されていた。

 ジュワワワワッ……!!

 口いっぱいに広がるのは、鉄錆びた血の味と、脳髄を焼くような憤怒の熱気。

 アレンの激情という名の「香辛料(スパイス)」が、雑魚の臭みを完全に焼き切り、代わりに野性味あふれる濃厚なコクを引き出しているのだ。

 

 

「辛い……! でも、熱い!」

 

 

 ラースの額に汗が滲む。

 唐辛子の辛さではない。魂がカッカと火照るような、激情の熱量。

 喉を通る瞬間、食道が焼けるように熱くなる。それはアレンが吐き出し続けた、血の混じった呪詛の熱さだ。

 だが、ただ暴力的なだけではない。

 この料理の真髄は、暴力の嵐が過ぎ去った後に訪れる「余韻」にあった。

 ゴクリ、と飲み込んだ後。

 嵐のような辛味と旨味が引いた後の舌の上に、ふわりと残るものがある。

 それは、泣きたくなるほど甘く、切ない香り。

 

 

「……あ」

 

 

 ラースの動きが止まる。

 鼻孔をくすぐるのは、少女の髪の匂いのような、陽だまりのような甘さ。

 そして、舌の奥に残る、微かな塩気。

 

 

「これは……涙……?」

 

 

 アレンが流した悔恨の涙。そして、彼が最後まで貫き通した少女、エレナへの純粋な愛。

 それらが隠し味となり、暴力的なつみれの角を取り、全体を優しく包み込んでいるのだ。

 怒りの核にあるのは、憎しみではない。

 愛する者を守りたいという祈り。失った悲しみ。

 その「愛」が、つみれ汁にとろみを与え、喉越しを滑らかにし、食べた者の心に染み入るような深いコクを生み出している。

 

 

「美味しい……。なんて、悲しくて、力強い味なんでしょう」

 

 

 ラースの瞳から、また涙がこぼれた。

 だがそれは、先程までの惨めな涙とは違う。

 口の中に広がる「アレンの人生」──地獄を生き抜き、愛を貫いた少年の強さに、魂が共鳴した涙だった。

 グラトニーも、珍しく真剣な表情で最後の一滴までスープを飲み干した。

 

 

「ん……。雑魚のくせに、生意気な味。アレンの愛に包まれて、最高の料理に昇華されちゃってるよ」

 

 

 空になった椀を見つめ、ラースは呟く。

 

 

「復讐は、ただ虚しいだけだと思っていました。食べた後に残るのは、灰のような虚無感だけだと」

「ですが……これは違います」

 

 

 胃の腑から湧き上がってくるのは、アレンから託されたような、燃えるような活力。

 体が芯から熱い。

 指先に力がみなぎり、視界が鮮明になる。

 アレンの怒りが、ラースの血液となり、彼女の中で新たな炎となって燃え上がっているのだ。

 

 

「ラース。貴女は契約者の死を嘆き、自分を責めましたね」

 

 

 悠夜が静かに語りかける。

 彼は満足げに、空になった二人の椀に新たなお玉を差し出した。

 

 

「怒りというのは、最も強く、最も危険な感情です。僕でさえ、原動力には出来ても、直接扱うような真似は極力避けます。下手をすれば、自分自身を焼き尽くしてしまいますから」

 

 

 悠夜は鍋の中で踊るつみれを見つめた。

 グツグツという音は、まるで地獄の釜の音のようであり、生命の鼓動のようでもあった。

 

 

「ですが……アレン君は、その業火で自分を焼き尽くすのではなく、自分自身を『武器』として鍛え上げた。復讐を力に変えるのではなく、復讐の炎で魂を鍛造したのです」

 

「復讐の炎で……鍛える……」

 

 

 ラースは自分の手を見つめた。

 今までは、怒りに振り回されていた。怒りに飲み込まれないように怯えていた。

 あるいは、契約者の怒りに同調しすぎて、一緒に燃え尽きてしまっていた。

 だが、アレンは違った。

 このつみれのように、雑魚(敵)を怒りで練り上げ、愛で包み込み、自らの糧として飲み込んだのだ。

 

 

「アレン君の件で先代が貴女を選んだ理由がわかった気がします」

 

「え?」

 

「貴女は愛を知っている。だからこそ、誰よりも深く傷つき、誰よりも激しく怒ることができる。……その怒りは、暴走させるための火種ではなく、貴女自身と契約者を強くするための『炉』の火なのです」

 

「炉の火……」

 

 

 ラースの脳裏に、インスピレーションが閃いた。

 契約者の怒りをただ解放させるのではない。

 その怒りを熱源として、彼らの心を、意志を、鋼のように強く打ち直すこと。

 それこそが、『憤怒』の魔王としての自分の在り方なのではないか。

 胃袋の中で、アレンの「不屈の魂」が熱く脈打っている。

 それはラースに、「お前も立て」と語りかけているようだった。

 

 

「……悠夜様」

 

「はい」

 

「おかわり、いただけますか?」

 

 

 ラースは涙を拭い、力強い瞳で椀を差し出した。

 

 

「もっと味わいたいんです。この、愛ゆえの怒りを。……忘れないように、私の血肉にするために」

 

「私もー! おかわりー! つみれ山盛りで!」

 

 グラトニーも便乗して椀を突き出す。

 悠夜は苦笑して、お玉を手に取った。

 

 

「はいはい、わかっていますよ。まだまだ沢山ありますからね」

 

 

 タライの中には、まだアレンの影が潜むすり身がたっぷりと残っている。

 悠夜は鍋に新たなつみれを落としていく。

 ポチャン、という音と共に波紋が広がり、鍋底から新たな熱気が立ち上る。

 そのグツグツと煮える音は、まるでラースの中で新たに燃え上がり始めた、決意の炎の音のようだった。

 

 

「あー、美味しかった! 雑魚なのにメインディッシュ級の満足感! 骨の髄まで噛み砕くのって、こんなに気持ちいいんだね!」

 

 

 やがて、巨大なタライが空になるまで、宴は続いた。

 満腹になったラースの顔からは、もう悲壮感は消えていた。

 背負った大剣が、先程よりも少しだけ軽く見えた。

 魔界の夜は更けていく。

 アレンの激動の人生をスープ一滴まで飲み干した若き魔王を、魔界の月が静かに見守っていた。





次回は女神がどれだけデカいやらかしかをしたか書きます。
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