デビル・グルメ   作:ナオ3

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復讐劇の幕開け


不幸の蜜酒2

結城創の父の無実を証明し、真犯人とその取り巻きを地獄へ引き摺り下ろすための『法廷闘争』という名の一方的な蹂躙が始まった。

神代悠夜は、どこから用意したのか『凄腕の弁護士』という肩書きと完璧な経歴を身に纏い、結城家の代理人として表舞台に立った。

再審請求。

通常ならば死刑が執行された後の再審請求など、強固な壁に阻まれて何年、何十年と無駄な時間を浪費するだけだ。ましてや相手は、この国の政財界を裏から牛耳る巨大な一族である。

警察も、検察も、裁判所も、全てが彼らの息がかかった『身内』なのだ。

一人の弁護士がどれほど正論を吠えようと、巨大な権力の歯車は止まらない。彼らは悠夜という得体の知れない弁護士が現れたと報告を受けても、最初は「また鬱陶しいハエが飛んできた」程度にしか思っていなかった。

だからこそ彼らはいつものように、悠夜と創に対して『圧力』をかけ始めた。

だが、彼らは理解していなかったのだ。

自分たちが相手にしているのが、権力などというちっぽけな概念を鼻で笑う超越者たる悪魔であることを。

 

 

          ***

 

 

都内の高級ホテルの一室。

悠夜の元に一人の男が呼び出されていた。

彼は、創の父が「凶器を購入した」と証言した金物屋の店主だった。

 

 

「お呼び出しして申し訳ありませんね。単刀直入に伺いますが……あの日、結城さんの顔をはっきりと見た、というのは事実ですか?」

 

 

悠夜は紅茶のカップを傾けながら、優雅な微笑みを浮かべて尋ねた。

店主の男は露骨に嫌そうな顔をして鼻を鳴らす。

 

 

「何度も警察で証言した通りだ。あいつがうちの店で、あのナイフを買っていったんだよ。それ以上でも以下でもない」

 

 

「なるほど。偽証をしたことで、あなたは多額の借金を完済し、さらには例の一族の系列会社の役職に就けたようですね。素晴らしい出世だ」

 

 

ビクリ、と店主の肩が揺れた。

 

 

「な、何を言ってるんだあんた……名誉毀損で訴えるぞ!」

 

「では、貴方には法廷で『偽証をした』と正直に証言してもらいます」

 

「は……?」

 

 

悠夜は事もなげに言い放った。

 

 

「それによって貴方の社会的生命は完全に失われますが……うん、人の命と尊厳を奪っておいてその程度の代償なら、些細な事だ」

 

「ふ、ふざけるな! 誰がそんなバカなことを証言するもんか! 俺がどれだけ苦労して今の地位を手に入れたと……!」

 

「断っても良いですよ」

 

 

悠夜の紅い瞳が、スッと細められた。

その瞬間、部屋の温度が急激に下がり、店主は息ができないほどの重圧に喉を掴まれたような錯覚に陥った。

 

 

「貴方を壊す手間が、少しばかり増えるだけですから」

 

 

悠夜の背後に巨大な黒い影が揺らめいた。

それは、人間の根源的な恐怖を呼び覚ます深淵の闇。

店主の男はガチガチと歯の根を鳴らし、そのまま失禁して床に崩れ落ちた。

 

 

「ひっ……あ、ああ……っ!」

 

「正しい選択を期待していますよ」

 

 

悠夜は、冷たく見下ろしながら微笑んだ。

 

 

          ***

 

 

次に来たのは、検察側からの『脅迫』だった。

悠夜の動きを察知した警察幹部と検察の人間が、非通知の電話で直接コンタクトを取ってきたのだ。

 

 

『これ以上嗅ぎ回るなら、あんたの弁護士資格はおろか、命の保証もないと思え。結城のガキの命もな。世の中には、触れちゃいけない闇があるってことを学べ』

 

 

電話口から響く、ドスの効いた声。

録音されても問題ないように、公衆電話からかけてきているのだろう。

だが、悠夜はその脅迫を聞いてクスクスと楽しそうに笑い出した。

 

 

「ふむ、脅迫ですか。恐いですねぇ。……そういえば、貴方の隠し子が先月成人したそうで。おめでとうございます」

 

『……なっ!?』

 

 

電話の向こうで、息を呑む音が聞こえた。

 

 

「いやあ、愛人を三人も同時に囲えるなんて随分とお金をたっぷり持っているようで羨ましい限りです。警察幹部の給料とは、そんなに良いものなのですか? それとも、裏金作りの才能がおありで?」

 

『き、貴様……何を適当なことを……! どこでそれを……!』

 

「明日の朝刊、楽しみにしてて下さい」

 

 

電話の向こうから悲痛な叫びが聞こえたが、悠夜は無慈悲に通話を切った。

翌朝、その幹部の不正蓄財と女性問題、そして今回の事件における証拠捏造の指示を裏付ける決定的な音声データが全国の主要メディアとネット上に同時多発的にリークされた。

その幹部は自ら命を絶とうとしたが「なぜか」ロープが切れ、手首を切るための刃物は全て刃こぼれし、死ぬことすら許されずに逮捕されることとなった。

 

 

          ***

 

 

そして、権力者たちが最後に頼ったのは、剥き出しの『暴力』だった。

法的な圧力も脅迫も通じない得体の知れない弁護士を始末するため、一族と裏で繋がっている巨大な暴力団の構成員たちが、悠夜と創が滞在しているホテルを襲撃した。

深夜の地下駐車場。

数十人の武装したヤクザたちが、悠夜を取り囲む。

彼らの手には、鉄パイプ、刃物、そしてチャカ(拳銃)まで握られていた。

 

 

「おい、弁護士センセイ。お前、ちょっと調子に乗りすぎたな」

 

 

顔に傷のある幹部らしき男が、悠夜に銃口を突きつけて嘲笑う。

 

 

「ガキと一緒に魚の餌になってもらうぜ」

 

 

絶対的な優位。圧倒的な暴力の数。

彼らは自分たちが『強者』であり、目の前の細身の青年など一捻りで殺せると思っていた。

だが。

悠夜は向けられた銃口を前にして、心底愉快そうに肩を揺らして笑い出した。

 

 

「くくっ……あはははは!」

 

「何がおかしい!」

 

「その程度で『暴力』団ですか?」

 

 

悠夜の紅い瞳が暗闇の中でらんらんと発光し始めた。

ただの人間には到底放つことのできない、圧倒的な魔力と殺気が地下駐車場を埋め尽くす。

ヤクザたちは、その異様な気配に本能的な恐怖を覚え、一斉に後退った。

 

 

「な、なんだこいつ……! 撃て! 殺せ!!」

 

 

幹部の叫びと共に、銃声が鳴り響く。

だが、放たれた銃弾は悠夜の身体に届く数センチ前で見えない壁に弾かれ、パラパラと床に落ちた。

 

 

「ば、馬鹿な……!?」

 

「『暴力』の意味を、身体で教えてあげますよ」

 

 

悠夜の影が、無数の触手のように伸び、ヤクザたちの足首を絡め取った。

 

 

「楽しいなぁ、自分が強者と思い上がってる奴を嬲るのは本当に楽しい!!」

 

 

バキィッ! メチャァッ!

 

 

「ぎゃあああああああ!!」

 

「腕が! 俺の腕がぁぁ!!」

 

 

悠夜が一歩歩み寄るごとに、屈強な男たちの腕が、脚が、あり得ない方向へとへし折られていく。

物理的な接触すらない。ただ悠夜が「折れろ」と念じただけで、彼らの骨は砕け散った。

 

 

「悪魔冥利に尽きるとは、この事だ!!」

 

 

悠夜の歓喜の笑い声と、男たちの絶叫が地下駐車場に響き渡る。

数分後。

そこには、四肢を砕かれ、二度と自力で立ち上がれない体になりながらも、決して意識を失うことが許されずに痛みと恐怖に呻き続ける肉塊の山が出来上がっていた。

 

 

「さて、ゴミ掃除も終わりましたし、本番といきましょうか」

 

 

スッキリした顔の悠夜はスーツの埃を払うように軽く肩を叩き、微笑んだ。

 

 

          ***

 

 

それからの展開はまさに嵐のようだった。

悠夜が用意した『完璧で、絶対に反証不可能な真実の証拠』の数々が、白日の下に晒された。

隠蔽されていた防犯カメラの真の映像。

真犯人である御曹司が遊び半分で犯行に及んでいる最中の、自分たちで撮影していた悪趣味なビデオ。

警察幹部への裏金の振込記録。検察と裁判官が交わした、不正な判決のシナリオ。

全てがこれ以上ないほどに鮮明に、全国民の前に突きつけられたのだ。

結城創の父は完全に無実であった。

そして、この国の司法と権力がいかに腐敗し、一人の善良な市民をスケープゴートにして殺したかという真実が日本中を震撼させた。

結果として、父を陥れた者たちは物理的にも社会的にも完全に破滅した。

真犯人である御曹司は、悠夜の「特別な呪い」によって、毎日、自分が殺した被害者たちと同じ痛みを幻覚として永遠に味わい続ける廃人となり、精神病院の隔離病棟でヨダレを垂らして発狂し続けている。

圧力をかけた一族は全ての不正が暴かれ、財産を没収された上で民衆からの激しい怒りと暴力に晒された。

政治家、警察幹部、検察、裁判官。

彼らは皆、あらゆる尊厳を剥奪され、刑務所の中でも、外でも、常に迫害され、地を這うような惨めな生活を強いられることとなった。

彼らにとって、死ぬことこそが唯一の救いだった。

だが、悠夜の力により、彼らは絶対に「死ぬこと」ができない。

自ら首を吊ろうが、毒を飲もうが、必ず息を吹き返し、さらに深い絶望と肉体的な苦痛を抱えたまま、天寿を全うするまで生き地獄を味わい続けるのだ。

日本中が、この前代未聞の巨大スキャンダルと権力者たちの没落に狂乱していた。

 

 

          ***

 

 

都内の最高級ホテル、最上階のスイートルーム。

眼下には、まるで光の海のように広がる夜景が見える。

その美しい景色を、結城創はただ黙って見下ろしていた。

テレビでは連日連夜、例の一族の崩壊と、創の父への謝罪の言葉が並べられている。

その後ろ姿に悠夜が静かに歩み寄った。

彼の手には、グラスに注がれた高価なシャンパンが握られている。

 

 

「これで、御父上の冤罪を晴らす事が出来ました」

 

 

悠夜の言葉に、創は窓から目を離さず、短く答えた。

 

 

「……ああ」

 

「父君を陥れた者に関しては、僕が責任をもって最低最悪な人生を約束します」

 

 

悠夜はグラスをテーブルに置き、愉悦に満ちた声で囁いた。

 

 

「決して死なせず、彼らが最も恐れ、最も苦しむ形で、天寿を全うさせてあげますよ。彼らの絶望の味は、さぞかし極上のスパイスになるでしょう」

 

 

その言葉に、創は窓ガラスに映る自分の顔を見て、皮肉気味に笑った。

 

 

「そうだな。俺も鬼じゃない。……父さんみたいに、長生き出来ないのはあんまりだろ?」

 

 

殺してやるよりも、生かして地獄を味わわせる。

それが今の創にとっての最大の復讐だった。

 

 

「そうだ。もう悔いは無い。俺の目的は、これで全部果たされた」

 

 

創は断言した。

自分を絶望のどん底に突き落とした元凶たちは全て破滅した。

父の無実は証明され、汚名は雪がれた。

これ以上何を望むというのか。

だが。

断言したはずの創の言葉は、どこか空虚に響いた。

胸の奥で黒くドロドロとした『何か』が、まだ燻って、引っかかっているのを感じる。

 

 

「……」

 

 

悠夜は、そんな創の横顔を、全てを見透かしているかのように、静かに見つめていた。

 

 

「その割に随分と浮かない顔ですね?」

「そんな事は、ない」

 

 

創は顔を背けた。

 

 

「まだ、復讐する相手が残っているのでは?」

 

 

ドクン。

創の心臓が大きく高鳴った。

 

 

「おいおい、誰かいるってんだ……」

 

 

創は必死に平静を装いながら、声を荒げた。

 

 

「父さんを陥れた奴、真犯人、警察、裁判官……全部、地獄に落とした筈だろ!?」

 

「ええ、そいつらは一人残らず、死が救いになるような生き地獄に叩き落としました。僕の名にかけて誓いましょう」

 

 

悠夜は、恭しく胸に手を当てた。

 

 

「なら」

 

「ですが」

 

 

悠夜の紅い瞳が、創の瞳の奥深くまで覗き込む。

 

 

「な、なにを……」

 

「貴方が本当に憎い相手は……まだ居るのでは?」

 

 

その言葉が引き金となった。

創の脳内に、ずっと無意識のうちに蓋をしていた、見ないようにしていた記憶が、汚水のように噴き出した。

 

 

『殺人鬼の息子!』

『人殺し! ここから出て行け!』

『お前の父親がやったんだろ! 謝れよ!』

 

 

直接自分や母に向かって、石を投げ、唾を吐きかけ、侮蔑の言葉を投げかけた、近所の連中の醜い顔。

 

 

『えー、この容疑者はですね、普段から非常に陰湿な性格で……』

『家族も当然、気づいていたはずです。同罪ですよ、これは』

 

 

テレビの中で、安全な場所から好き勝手に自分たち家族を分析し、嘘八百を並べ立てていたコメンテーターたちの薄ら笑い。

 

 

『正義の鉄槌を下してやったぜ!』

 

 

正義面をして家の壁に赤いペンキをぶちまけ、窓ガラスを割り、それを誇らしげにSNSにアップしていた連中。

 

 

『人殺しの妻と息子、今すぐ死刑にしろ』

『こいつらも絶対に共犯だわ。生かしておくな』

 

 

ネットの匿名性という安全な盾の後ろに隠れ、やってもいない悪事を捏造し、面白半分に拡散し、結城家を社会的に抹殺することに加担した、無数の顔のない群衆たち。

真犯人や権力者たちが「元凶」だとするならば、彼らは自分たちの不幸を「娯楽」として消費し、おもちゃにして遊んだ連中だ。

彼らが投げつけた無数の小石が刃となって母の心を切り刻み、最終的に母を死に追いやったのだ。

 

 

「……いくら何でも、あいつらまで含めたらキリが無いだろ?」

 

 

創は震える声で言った。

自分を納得させるように。

 

 

「世間なんて、そんなもんだ。マスコミに踊らされて、勘違いしただけだ。……お、おれ、は、もう、だい、だいじょうぶ、だから」

 

 

強がる創の脳裏に母の顔が浮かぶ。

嫌がらせの電話が鳴るたびにビクビクと怯え、外に出ることもできず、日に日に痩せ細っていった母。

「お父さんは、絶対にやってないのに……」と、涙を流しながら自分を抱きしめてくれた母の温もり。

そして今、テレビの画面では。

 

 

『いやぁ、警察の杜撰な捜査には呆れますね! 私は最初から怪しいと思ってたんですよ!』

『結城さんご遺族には、心からのお悔やみを申し上げます』

 

 

手のひらを返し、今度は警察や権力者を叩き、あたかも最初から父の味方であったかのように振る舞う連中の姿が映し出されていた。

 

 

『よかったな、無実で!』

『俺たちも応援してるぞ!』

 

 

ネット上には、自分たちのしでかした誹謗中傷など無かったかのように無責任な応援コメントが溢れかえっている。

顔の見えない恥知らずたちのヘラヘラとした笑い声が、創の頭の中でガンガンと鳴り響く。

自分たちの不幸でお祭り騒ぎをし、一人の人間を殺しておいて、間違いがわかれば「騙されてた」「警察が悪い」と責任転嫁し、今度は別のターゲットを叩いて楽しんでいる。

彼らは痛みなど少しも感じていない。

明日になれば、また別の誰かの不幸を消費してノウノウと生きていくのだ。

母を殺したのは権力者だけではない。

あいつらだ。

あの、名もなき無数の『悪意』たちが、母を殺したんだ。

悠夜は何も言わなかった。

ただ静かに創を見つめている。

創の瞳から、大粒の涙がボロボロとこぼれ落ちた。

歯を食いしばり、拳を握りしめ、全身をガタガタと震わせながら。

創は魂の底から絞り出すように、叫んだ。

 

 

「……嫌だ」

 

 

その声は、泣き咽ぶ子供のような、そして全てを呪う悪鬼のような響きを持っていた。

 

 

「父さんを、好き勝手に誹謗中傷してきたあいつらが……これからもノウノウと生きていくなんて……!!」

「母さんを……殺した奴らが! ヘラヘラ笑っていられるなんて……!」

「嫌だあああああああああ!!!!!」

 

 

創はスイートルームの床に膝をつき、頭を抱えて魂が裂けるような悲鳴を上げた。

理屈などどうでもいい。世間がどうとか、キリがないとか、そんなことは関係ない。

 

 

「あいつらは、笑ったんだ……!! 俺達家族の不幸を、おもちゃにして笑ったんだよ!!!」

「何も知らないくせに! 正義面して石を投げて! あいつらが、あいつらがぁ!!」

「母さんを殺したんだ!!!」

 

 

創の慟哭が部屋の空気を震わせる。

それは、真犯人に対する怒りよりもさらに深く、ドロドロとした、逃げ場のない絶望と憎悪だった。

 

 

「あいつらが笑っている限り……俺は笑えねぇ……!!」

 

 

床を拳で叩きつけ、血を流しながら泣き叫ぶ創。

悠夜は待っていたとばかりに、甘く、そして悪魔的な提案を口にした。

 

 

「……そいつらも、全員地獄に叩き込んでも良いですよ」

 

 

悠夜の声に、創がビクッと肩を震わせて顔を上げた。

 

 

「顔のない群衆。正義を振りかざした愚者たち。一人一人、丁寧に、その人生が崩壊するほどの不幸を与えてあげましょう」

 

「……!」

 

「ですが、創君。これは最初の契約とは別の案件になります。……追加料金が発生しますが、よろしいですか?」

 

 

悠夜の言葉に、創は一切の躊躇なく叫んだ。

 

 

「何でも持って行け!!!」

 

 

創は悠夜の足元にすがりつき、見上げるようにして叫んだ。

 

 

「俺の記憶でも、魂でも、未来でも! 」

「あいつらが……あいつらが不幸になるなら、俺はもう何も要らない!!!」

「だから……お願いだ……っ! 母さんの仇もとってくれ……!」

 

 

創は大声で泣きじゃくりながら悠夜の胸に顔を押し付けた。

まるで迷子になった子供が、唯一の保護者にすがりつくように。

悠夜はその冷たい手で、創の頭を優しく撫でた。

それは恐ろしいほどの慈愛に満ちた、悪魔の撫で方だった。

 

 

「……良いでしょう」

 

 

悠夜の紅い瞳が三日月のように細められる。

 

 

「貴方達を笑った奴らを、二度と笑えなくして差し上げます」

「それで、御母上の無念を晴らしましょう」

 

 

悠夜の声は、甘く、低く、そして絶対的な力を持って部屋に響き渡った。

 

 

「他人の不幸を蜜のように舐めた者に、今度は自分の人生が崩壊していく不幸を、たっぷり味わって貰いましょう。ええ、残さず全て」

 

 

悠夜は創の頭から手を離し、闇に溶け込むような優雅な足取りで部屋のドアへと向かう。

 

 

「暫くこの部屋で待っていて下さい、創君。……極上の宴の、準備をしてきます」

 

 

ドアノブに手をかけ悠夜は振り返り、ゾッとするほど美しい笑みを浮かべた。

 

 

「些細な悪意の行動で、自らの人生が取り返しもつかないほど破滅していく……」

「そんな、喜劇の始まりだ」

 

 

神代悠夜は夜の闇の中へと消えていった。

残された創は床に座り込んだまま、窓の外の夜景を見つめていた。

あの光の一つ一つに、自分たちを笑った人間がいる。

彼らの運命はすでに決まった。

悪魔が、彼らを一人残らず地獄へ引きずり下ろすために解き放たれたのだから。

創は涙でぐしゃぐしゃになった顔のまま、静かに笑った。

その口角は、どこか、あの悪魔の笑い方に似ていた。

 

 




多分自分が創君だったらこう思うと想像して書きました。
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