デビル・グルメ   作:ナオ3

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前回は胃がもたれる話だったので楽しいお話を


箸休め 情熱のハンバーガー

 

 魔界の昼下がり。

 紫色の太陽が中天に差し掛かり、悠夜の屋敷にはのどかな時間が流れていた。

 

 

「……小腹が空きましたね」

 

 

 書斎で古い魔導書の整理をしていた悠夜は、ふと手を止めて呟いた。

 悪魔にとって食事とは、人間の魂を食らうこと。通常であれば、人間界へ赴き、契約者を探すか、あるいは絶望に沈む魂を収穫しに行くところだ。

 だが、今の悠夜は少しばかり「ジャンク」な気分だった。

 高級フレンチのような重厚な人生もいいが、たまには手軽に、それでいてガツンと来るエネルギーを摂取したい。

 

 

「あれにしましょうか」

 

 

 悠夜は席を立つと、キッチンへと向かった。

 目指すのは、冷蔵庫の奥深くに厳重に保管されている、ある特別な「保存食」だ。

 取り出したのは、虹色に輝く絵の具箱のような奇妙な結晶体。

 その表面には、燃え盛る炎のようなオーラが揺らめいている。

 これこそが、かつて悠夜と契約し、世界的な画家としてその生涯を全うした男――マイケルの記憶の結晶である。

 

 

『おうおう! 腹が減ったのか悠夜!』

 

 

 悠夜がキッチンの台に結晶を置いた瞬間、結晶から豪快なダミ声が響き渡った。

 通常の記憶の結晶は、再生されるだけの記録媒体に過ぎない。だが、この男の魂はあまりにも生命力と情熱が強すぎたため、死してなお明確な「自我」を持ち、悠夜に話しかけてくるのだ。

 

 

「ええ。少し軽食をと思いましてね。いただきますよ、マイケル」

 

『しゃあねぇ、食え食え! 俺の人生は減るもんじゃねえからな! ガハハハ!』

 

 

 マイケルは笑う。

 実際、彼の言う通りだった。

 どれだけ削っても、どれだけ食べても、時間が経てば勝手に増殖し、元通りに復活するのだ。

 まさに、尽きることのない情熱の源泉。

 悠夜は慣れた手付きでナイフを取り出した。

 

 

「では、遠慮なく」

 

 

 ザクリ。

 ナイフを入れると、結晶からは肉が焼けるようなジューシーな音がした。

 切り出した断面から溢れ出すのは、血ではなく、極彩色の光――情熱のエネルギーだ。

 悠夜はかつて、路地裏で野垂れ死に寸前だったマイケルを拾った日のことを思い出す。

 当時のマイケルは、描きたい絵があるのに画材も買えず、パンの耳をかじって飢えを凌いでいた。

 だが、その目は死んでいなかった。ギラギラと世界を睨みつけ、キャンバスに見立てた空に絵を描いていた。

 

 

『ふむ、これも何かの縁ですね。私が貴方のパトロンになりましょう』

 

『あ? 悪魔だぁ? 知るか! 金だ! 画材と、あとハンバーガーをくれ! そしたら魂でも何でもくれてやる!』

 

 

 契約内容は『死ぬほど苦労するが、絶対に報われる試練』。

 その言葉通り、マイケルの人生はインディ・ジョーンズも真っ青の冒険活劇となった。

 幻の顔料を求めてアマゾンの奥地で人食い族に追い回され、極上の風景を描くために活火山の火口にロープ一本で吊り下がり、描いた絵がマフィアの抗争の引き金になって銃撃戦に巻き込まれ……。

 それでも彼は生き延びた。

 筆一本と、悠夜との契約(ハンバーガーへの執着)を武器に。

 

 

『この世界が俺のキャンバスでアトリエだ! 俺には筆と絵の具があればいい、後はハンバーガーとコーラがあれば言う事無し!』

 

 

 そう嘯きながら描き上げた数々の名画は、世界中の人々を震わせ、彼は伝説となった。

 

 

「さて、調理開始です」

 

 

 悠夜は切り出したマイケルの記憶の欠片を、魔力で加工していく。

 この記憶の最適な調理法は、彼がこよなく愛した「ハンバーガー」一択だ。

 まず、記憶の欠片をミンチにする。

 これは「情熱の肉(パティ)」となる。

 彼がジャングルで猛獣と格闘した時の野生の闘争心、極寒の雪山で遭難しかけた時に燃やした生存本能。それらが凝縮され、赤身肉のような濃厚な旨味と、あふれんばかりの肉汁(バイタリティ)を生み出す。

 ジュウウウウウウッ!!

 フライパンに乗せると、油も引いていないのに凄まじい音と香りが立ち昇る。

 スパイシーで、野性味溢れる香り。嗅ぐだけで心拍数が上がるようだ。

 

 

「次はバンズですね」

 

 

 悠夜は棚から「幸せの小麦粉」を取り出した。

 これはマイケルが初めて個展を成功させ、万雷の拍手を浴びた時の幸福感を粉末状にしたものだ。

 こねて、焼く。

 オーブンから漂うのは、日曜日の朝のような、ふっくらとした安心感のある香り。

 そして野菜。

 「忍耐の野菜」を用意する。

 金がなく、絵が売れず、それでも歯を食いしばってキャンバスに向かい続けた下積み時代の記憶。

 苦味はあるが、その分、噛みしめるほどに滋味深い。シャキシャキとしたレタスや、酸味の効いたトマトとして顕現させる。

 

 

「仕上げは……これですね」

 

 

 悠夜は黄色い瓶を取り出した。「恋のマスタード」だ。

 マイケルは生涯で数え切れないほどの恋をした。情熱家であるがゆえに惚れっぽく、そして振られまくった。

 その甘酸っぱさと、鼻にツーンと来る失恋の痛みが混ざり合った特製ソース。

 バンズにパティを乗せ、野菜を挟み、マスタードをたっぷりと塗る。

 最後にバンズで蓋をすれば――。

 

 

「完成。『情熱のマイケルバーガー・デラックス』」

 

 

 皿の上には、タワーのように積み上げられた巨大なハンバーガーが鎮座していた。

 パティからはマグマのような肉汁が滴り落ち、バンズは黄金色に輝いている。

 見た目だけで胃もたれしそうなほどのボリュームだが、今の悠夜にはこれが必要だった。

 

 

『おう! 美味そうにできたじゃねえか! 俺の人生、最高の焼き加減だろ?』

 

 

 ハンバーガーからマイケルの声がする。

 これから食べられるというのに、彼は自分が最高傑作として調理されたことに満足げだ。

 

 

「ええ、素晴らしい出来です。では」

 

 

 悠夜は大きな口を開け、マイケルバーガーにかぶりついた。

 ガブッ!!

 瞬間、口の中で花火大会とロックフェスが同時に開催されたような衝撃が走る。

 

 

「んんっ……!!」

 

 

 肉だ。圧倒的な肉の暴力。

 噛み締めた瞬間、マイケルがアマゾンで叫んだ雄叫びが聞こえてくるようだ。

 熱い。物理的な温度ではなく、込められた魂が熱すぎる。

 濃厚な旨味が奔流となって喉を駆け抜け、全身の細胞を叩き起こしていく。

 そこに「忍耐の野菜」のシャキシャキ感がリズムを刻み、「幸せのバンズ」が全てを優しく包み込む。

 そして遅れてやってくる、「恋のマスタード」の刺激。

 

 

『感謝してるけどさぁ、殴らせて?』

 

 

 ピリリッ!

 舌に走る鋭い痛み。

 これは、マイケルが悠夜の無茶振りな試練に対して抱いていた、ささやかな殺意の味だ。

 「ふざけんな悪魔!」と思いながらも、「でもありがとう!」という感謝が混ざり合い、絶妙なアクセント(パンチ)になっている。

 

 

「ふふっ、相変わらず手厳しいですね。だが、これがいい」

 

 

 悠夜は口の端についた肉汁を拭い、ニヤリと笑った。

 これぞジャンク。これぞソウルフード。

 繊細な味わいなど知ったことかと言わんばかりの、力技の美味しさ。

 悠夜が二口目を食べようとした、その時だった。

 

 

「あー!!!」

 

 

 背後から、鼓膜をつんざくような幼女の叫び声が飛んできた。

 ビクッとして振り返ると、キッチンの入り口に銀髪の幼女――暴食の魔王グラトニーが仁王立ちしていた。

 その指は、悠夜の手にあるハンバーガーをビシッと指差している。

 

 

「マイケル食べてる! しかもハンバーガーだ! ズルい!!」

 

 

 グラトニーは地団駄を踏んだ。

 ドシンドシンと床が揺れ、屋敷全体が震度3くらいの揺れに見舞われる。

 

 

「……グラトニー。貴女、さっきおやつにドラゴンを一頭丸かじりしたばかりでしょう?」

 

「あれは前菜! 別腹!」

 

「別にご馳走ってわけじゃないからいいでしょう……。ただの軽食だよ」

 

「やだ! その匂い、絶対美味しいやつだもん! マイケルは味が濃くてジューシーで、食べると元気になるんだ!」

 

 

 グラトニーはよだれを垂らしながら、悠夜に詰め寄った。

 

 

「食べたい食べたい食べたい!!! よこせよこせよこせ!!!」

 

 

 魔王の威厳など欠片もない。ただの食い意地の張った駄々っ子である。

 だが、その駄々っ子が指先一つで国を滅ぼせる力を持っているのが厄介なところだ。

 悠夜はため息をついた。

 このまま拒否すれば、実力行使で奪い取られるか、屋敷を半壊させられる未来しか見えない。

 

 

「……わかりましたよ。作ればいいんでしょう、作れば」

 

「やったー! 悠夜大好き! はやくはやく!」

 

 

 グラトニーは掌を返したように満面の笑みになり、テーブルについてフォークとナイフを構えた。

 悠夜は再びマイケルの結晶に向き合う。

 さっきガッツリ削ったはずなのに、もう断面が再生し始めていた。さすがの回復力だ。

 

 

「さて、どういう味付けにしますか? グラトニー様」

 

「んーっとね……」

 

 

 グラトニーは少し考えてから、邪悪な笑みを浮かべた。

 

 

「ゆうや〜。マイケルの浮気で奥さんに刺し殺されそうになった時の出して〜」

 

『やめろおおおおおおおおおお!!』

 

 

 結晶から、今までで一番の絶叫が響いた。

 それはマイケルが生涯で最も生命の危機を感じた瞬間の記憶。

 世界的名声を得て調子に乗っていた時期、複数のモデルに手を出したマイケルが、本妻にバレて包丁を持って追い回された、あの阿鼻叫喚の修羅場だ。

 

 

「……趣味が悪いですねぇ。激辛になりますよ?」

 

 

「それがいいの! 恐怖で身が引き締まったお肉と、冷や汗の塩気が最高なんだから!」

 

 

 グラトニーのリクエストに応えるべく、悠夜はマイケルの「恐怖」の記憶を抽出する。

 色は青ざめたような蒼白。触れるだけでヒヤリとする。

 

 

『悠夜! 頼む! それだけは! それだけは勘弁してくれぇぇぇ! あの時のカミさんの目はマジだったんだ! マフィアより怖かったんだよぉぉぉ!』

 

「諦めてください、マイケル。これも貴方の人生の一部。味わい尽くされるのが契約者の務めです」

 

 

 悠夜は慈悲なくその記憶をミンチにした。

 パティに練り込むと、ジュワッという音と共に、悲鳴のような音が混ざる。

 さらにトッピングを追加する。

 「必死の土下座ソース」。

 プライドをかなぐり捨て、額を地面に擦り付けて許しを乞うた時の、泥臭くも必死なパッション。これをテリヤキソース風に仕立て上げる。

 そして、「仲直りのハラペーニョ」。

 許してもらった後に食べた、涙と鼻水まじりの食事の辛さを再現。

 

 

「お待たせしました。『マイケル・決死の土下座バーガー 〜修羅場風〜』です」

 

 

 ドンッ!

 

 

 悠夜が皿を置くと、ハンバーガーからは禍々しいオーラと共に、包丁を持った女性の幻影がゆらりと立ち上った。

 

 

「わぁーい! いただきます!」

 

 

 グラトニーは待ちきれない様子で、顎が外れるほど大きく口を開けた。

 そして、顔と同じくらいのサイズのハンバーガーを、一息に頬張った。

 

 

 ガブガブッ! ムシャアッ!

 

 

「んん〜〜〜〜ッ!!!」

 

 

 グラトニーが身悶えする。

 

 

「辛い! 怖い! でも美味い!!」

 

 

 口いっぱいに広がるのは、極限状態の緊張感(サスペンス)。

 背筋が凍るような恐怖がスパイスとなり、肉の旨味を引き立てている。

 そして何より、必死に生きようとする「生への執着」が強烈な弾力となって歯を押し返してくる。

 

 

「この『もう二度としません!』っていう誓いの味が、嘘くさくて最高! 喉元過ぎれば熱さを忘れる、人間の愚かさが凝縮されてるよ!」

 

『俺の反省は本物だったわい!!」

 

「でもその後また浮気したよね?」

 

『うっ……それは、芸術家の性というか……」

 

 

 グラトニーは貪るように食べる。

 ソースが口の周りについても気にしない。

 

 

「それにしても、相変わらず熱っ苦しいねマイケルは! こんなに恐怖してるのに、芯の部分が燃えてるよ!」

 

『俺の人生は情熱の味ぃ! 恐怖だってスパイスだぜぇ! ……まあ、二度と体験したくはないがな!』

 

 

 マイケルは食べられながらも、どこか誇らしげだ。

 自分の人生が、こうして悪魔たちを満足させ、エネルギーになっていることが嬉しくてたまらないらしい。

 

 

「おかわり! 次は、無人島で一ヶ月サバイバルした時の味にして!」

 

『お、次はサバイバル編か! あれはキツかったぞ〜! トカゲの味がするかもしれんがな!』

 

「はいはい、わかりましたよ」

 

 

 悠夜は苦笑しながら、再びナイフを振るう。

 キッチンには、肉の焼ける音と、マイケルの武勇伝と、グラトニーの咀嚼音が賑やかに響き渡る。

 窓の外では、紫色の太陽が沈みかけていた。

 魔界の午後は、騒がしくも平和に過ぎていく。

 悠夜は手元のハンバーガーをもう一口かじった。

 ピリリとした辛味と共に、マイケルの陽気な笑い声が聞こえた気がした。

 

 

(……まったく。貴方のパトロンになって、退屈したことだけはありませんね)

 

 

 悠夜は口元のソースを拭うと、満足げに目を細めた。

 マイケルの情熱が尽きない限り、この屋敷の食卓はいつだって賑やかだ。

 

 

「さあ、次は特大サイズで行きますよ!」

 

「わーい!」

 

『おう! どんとこい! 俺の人生、骨の髄まで味わい尽くしな!!』




浮気はするけど奥さんは誰よりも愛していましたマイケルさん。
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