デビル・グルメ   作:ナオ3

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アフターストーリーです、後半はちょっとグロい描写があります。


社畜ステーキ 2

 

 都心のオフィス街を見下ろす高層ビルの一室。

 大手ITソリューション企業「ネクスト・イノベーション」の企画部長席で、佐藤啓太は部下からの報告書に目を通していた。

 

 

「佐藤部長、先日のプロジェクトの件ですが、クライアントから感謝のメールが届いています」

 

「本当か。それはチームのみんなが頑張ってくれたおかげだな。後で全員に共有しておいてくれ」

 

「はい! ありがとうございます!」

 

 

 部下の女性社員が嬉しそうに敬礼して去っていく。

 啓太は三十五歳になっていた。

 かつて死んだ魚のような目をしていた青年の面影はない。背筋は伸び、瞳には知性と自信が宿り、顔色は健康そのものだ。

 仕事は激務だが、かつてのような理不尽な強制労働ではない。自分の裁量で働き、成果が正当に評価される環境だ。

 何より、彼は部下を守ることを第一に考えていた。「絶対に一人にさせない」「無理はさせない」という彼の方針は、社内で厚い信頼を集めていた。

 

 

(……ふぅ。一段落したな)

 

 

 啓太がコーヒーブレイクを取ろうとスマートフォンを手に取った時、着信音が鳴った。

 画面に表示された差出人名を見て、啓太の手が止まる。

 アドレス帳には登録されていない。だが、その名前を忘れるはずがなかった。

 

 

『ご無沙汰しております。今度の休日、少しお会いできませんか?』

 差出人:神代 悠夜

 十年ぶりの連絡だった。

 啓太の口元に、自然と笑みがこぼれた。

 

 

「……喜んで」

 

 

 啓太は短く返信を打った。

 

 約束の日曜日は、雲ひとつない快晴だった。

 啓太は仕事を早めに切り上げ(休日出勤していたわけではない、と自分に言い聞かせながら)、待ち合わせ場所へと向かった。

 そこは、ある地下鉄の駅のホーム。

 かつて彼が、人生を終わらせようとした場所だった。

 ホームの端、停止位置目標の近くに立つ。

 十年前のあの夜、ここから見える景色は絶望色に染まっていた。線路の砂利の一つ一つが、自分を嘲笑っているように見えたものだ。

 だが今は違う。

 行き交う電車も、駅のアナウンスも、ただの日常の一部としてそこにある。

 

 

(ここが、俺の運命が切り替わった場所なんだな……)

 

 

 啓太は感慨深げに線路を見つめた。

 恐怖はない。あるのは、あの日自分を救い上げてくれた手への感謝だけだ。

 彼は忙しい日々の合間を縫って、時折ここに来ていた。初心を忘れないために。そして、今の自分が生きていることを実感するために。

 

 ゴォォォォォ……。

 

 遠くから電車の接近音が響く。

 風が吹き抜け、啓太のコートを揺らす。

 その瞬間だった。

 

 トン、と。

 

 右肩に、温かい手が置かれた。

 かつてのように引き止める強い力ではない。

 友人の肩を叩くような、優しく、洗練されたタッチ。

 

 

「お久しぶりですね、啓太さん」

 

 

 耳元で囁かれた懐かしい声に、啓太はゆっくりと振り返った。

 そこには、十年前と一日たりとも変わらぬ姿で、悪魔・悠夜が立っていた。

 漆黒の髪、吸い込まれるような黒い瞳、そして完璧に着こなしたオーダーメイドのスーツ。

 周囲の喧騒が彼を避けるように、そこだけ静寂な空気が流れている。

 

 

「はい……お久しぶりです、悠夜さん」

 

 

 啓太が深く頭を下げると、悠夜は目を細めて微笑んだ。

 

 

「随分と良い顔つきになられましたね。死相が出ていた頃が嘘のようだ」

 

「おかげさまで。貴方に拾っていただいた命、大切に使わせていただいています」

 

 

 二人は再会を喜び合い、並んで歩き出した。

 向かった先は、駅近くにある高級イタリアンレストラン。

 あの日、絶望の淵にいた啓太を悠夜が連れて行き、契約を交わした運命の店だ。

 

 個室に通された二人は、極上のワインで乾杯した。

 啓太は積もる話を語った。

 新しい会社での奮闘、信頼できる仲間との出会い、そしてかつての自分のような若手を救ったエピソード。

 悠夜はそれを、まるで自慢の息子の話を聞く父親のように、あるいは極上の物語を味わう美食家のように、満足げに聞いていた。

 

 

「素晴らしい。順調に人生というキャンバスを彩っているようですね」

 

「はい。今は毎日が充実しています」

 

 

 啓太が照れくさそうに笑うと、悠夜は不意に尋ねた。

 

 

「ところで、結婚は? もう身を固めても良い頃合いでしょう」

 

「え……あ、いや、それは……」

 

 

 啓太は言葉を濁し、頭をかいた。

 

 

「実は、まだ独身なんです」

 

「おや? モテそうなものですが」

 

「いやぁ……仕事が楽しくて夢中になっていたら、気づけば十年経っていまして。恋愛とか結婚とか、二の次になっていたというか」

 

 

 啓太は苦笑いした。

 根が真面目な彼は、ホワイト企業に移ってからも「恩返しをしたい」「もっと貢献したい」という思いが強く、ワーカーホリック気味になっていたのだ。

 悠夜は呆れたように溜息をつき、ワイングラスを揺らした。

 

 

「困りますねぇ、啓太さん。契約を守っていただかないと」

 

「え?」

 

「私は貴方から『人生の記憶』を頂く契約をしたはずです。仕事一辺倒の単調な記憶では、味が淡白すぎて飽きてしまいますよ? もっとこう、愛とか恋とか、家族の絆とか、複雑なスパイスを効かせてもらわないと」

 

「うっ……すみません」

 

「もっと人生を謳歌してください。貴方が幸せになればなるほど、私のデザートは美味しくなるのですから」

 

 

 悪魔からのダメ出しに、啓太は恐縮して身を縮めた。

 だが、すぐに思い出したように顔を上げた。

 

 

「あ、でも! 実は、近いうちに結婚することになりそうなんです」

 

「ほう?」

 

「今の会社の社長が、僕がいつまでも独身なのを心配してくれまして……。『お前のような優秀な男が独り身なのはマズイ、日本の損失だ』って、ご親戚の娘さんを紹介してくださったんです」

 

「なるほど。お見合いですか」

 

「はい。先日お会いしたんですが、とても素敵な方で……その、とんとん拍子に話が進んで」

 

 

 啓太は頬を染めた。

 それを聞いて、悠夜はようやく満足そうに頷いた。

 

 

「それは重畳。社長様の慧眼(けいがん)に感謝ですね。……仕事だけでなく、家庭という新たな舞台で、貴方の魂がどう輝くか。楽しみにしていますよ」

 

「はい! 色んな所へ行って、色んな経験をして……絶対に、美味しい記憶にしてみせます」

 

 

 二人はその後も談笑し、食事を楽しんだ。

 メインディッシュの子羊のローストを食べ終える頃には、日はすっかり落ちていた。

 

 

「では、私はそろそろ」

 

「ありがとうございました、悠夜さん。また、会えますか?」

 

「ええ。貴方の人生の節目に、また」

 

 

 悠夜は会計を済ませ(「私の奢りです」と頑として譲らなかった)、夜の街へと消えていった。

 その背中を見送りながら、啓太は改めて心に誓った。

 この幸せな人生を、最期まで全力で生き抜こうと。

 

 

 

 

 

 啓太と別れた後、悠夜は路地裏の闇に溶け込み、転移魔法を発動させた。

 景色が一瞬で歪み、次の瞬間、彼は全く別の場所に立っていた。

 そこは、魔界。

 紫色の月が妖しく輝き、空には巨大な飛竜が舞う異界の地。

 その一等地に、広大な敷地を持つ牧場があった。

 

 

 『悠夜牧場』。

 

 

 表向きは魔界の貴族たちに最高級の魔獣肉を提供する牧場だが、その実態はもっと恐ろしい。

 

 

「お帰りなさいませ、悠夜様!」

 

 

 牧場の門番をしている下級悪魔たちが、直立不動で出迎える。

 悠夜は軽く手を挙げて応え、牧場の奥にある、特に厳重な結界で守られた一室へと向かった。

 

 『第五飼育棟』。

 

 通称、養豚場。

 重い鉄扉を開けると、ムッとするような熱気と、獣の臭い、そして微かな腐臭が漂ってきた。

 中は薄暗く、無数の檻が並んでいる。

 それぞれの檻の中には、丸々と太った豚が詰め込まれていた。

 だが、それらはただの豚ではない。

 体はピンク色の醜い豚そのものだが、首から上は――人間の顔がそのまま付いていた。

 人面豚。

 数多の世界で悪逆非道の限りを尽くした外道たちが、悠夜によってこの姿に変えられ、飼育されているのだ。

 

 

「ブヒィィィ……! ブゴォォ……!」

 

「殺してくれぇ……もう嫌だぁ……」

 

 

 豚の鳴き声に混じって、人間の言葉による悲痛な呻き声が響き渡る。

 悠夜は表情一つ変えず、ある一つの柵の前で足を止めた。

 そこには、一際大きく、醜く太った豚がうずくまっていた。

 顔を見ればわかる。

 かつて啓太を追い詰め、地獄のようなブラック企業「グローリー・アーク」を支配していた社長、権藤だ。

 その横には、腰巾着だった幹部たちの顔をした豚も寄り添っている。

 

 

「やあ、権藤さん。お元気そうで何よりです」

 

 

 悠夜が声をかけると、権藤豚はビクゥッと震え、顔を上げた。

 その目は恐怖で見開かれ、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになっていた。

 

 

「ゆ、悠夜さま……! お許しを……もう十分でしょう……!?」

 

 

 権藤豚が人間の言葉で命乞いをする。

 悠夜は優しく微笑み、柵越しにその頭を撫でた。

 

 

「悠夜様! 今日も餌が沢山採れました!」

 

 

 そこへ、飼育係の下級悪魔たちが、台車を押してやってきた。

 台車の上には、ドス黒いヘドロのようなものが山盛りに積まれている。強烈な瘴気を放つそれは、見るだけで気が滅入りそうな代物だ。

 

 

「いつもありがとう。ご苦労さまですね」

 

 

 悠夜は下僕たちを労い、餌を検分した。

 

 

「ふむ……今日も大漁ですね。人間界は相変わらずストレス社会だ」

 

 

 この餌の正体は、『現代社会の苦しみ』である。

 ブラック企業で働く人々の絶望、パワハラによるストレス、過労による肉体的苦痛、将来への不安。

 悠夜は魔術的なネットワークを通じ、現世で苦しむ人々からそれらの「負の感情」を吸い上げ、ここに転送しているのだ。

 これによって、現世の人々の精神的負荷は僅かながら軽減される。

 自殺を踏みとどまれたり、鬱病の回復が早まったり、会社を辞める勇気が湧いたりする。

 つまり、この汚物処理するのが、この人面豚たちの役割だった。

 

 

「さあ、食事の時間ですよ」

 

 

 下級悪魔たちが、スコップでヘドロを檻の中に放り込む。

 

 

「いやだぁぁぁ!! 苦しいぃぃぃ!!」

 

「喰え! 残さず喰え!」

 

 

 権藤豚たちは、泣き叫びながらも無理やり餌を口に押し込まれる。

 食べた瞬間、餌に込められた「他人の苦しみ」がダイレクトに脳に流れ込む。

 終わらない残業の辛さ、怒鳴られる恐怖、責任の重圧。

 かつて自分が他人に強いてきた苦しみの数万倍の濃度となって、彼らの精神を苛むのだ。

 

 

「ブギィィィィィッ!!!」

 

 

 権藤豚が激痛にのたうち回る。

 悠夜はその様を冷ややかに見下ろした。

 

 

「人間は本当に凄い。これほどの苦行を、毎日こなしているのですからねぇ」

 

「ご、ぼッ……うぐぅ……」

 

「そうそう、朗報ですよ。啓太さんは今や立派な人物になって、多くの後輩を引っ張っているそうです。貴方が使い捨てようとした人材は、正しく磨けば宝石だった」

 

 

 悠夜は意地悪く告げる。

 

 

「そして貴方達の今の仕事も、間接的に多くの人の助けになっています。貴方達がこのヘドロを喰らうことで、現世で誰かが救われているのです。誇ってください。やっと社会の役に立ちましたね」

 

「そ、そんな……」

 

「さて」

 

 

 悠夜は権藤豚の背中を、品定めするように撫で回した。

 その目は、完全に「食料」を見る目だった。

 

 

「たっぷりストレスを食べて、良い脂が乗ってきましたね。今度はどう料理しましょうか?」

 

「ひぃッ!?」

 

「しゃぶしゃぶにしましょうか。薄くスライスして、お湯にくぐらせれば余分な脂が落ちてヘルシーだ。それとも生姜焼きも捨てがたい」

 

「い、いやだ……痛いのは嫌だ……死にたくない……」

 

「いや、豪快にポークステーキも食べたいですねぇ。厚切りにして、表面をカリッと焼いて……」

 

 

 悠夜の言葉に、権藤豚は失禁した。

 この牧場での最大の恐怖は、ただ飼育されるだけではないことだ。

 定期的に「出荷」され、解体され、食べられるのだ。

 

 

「大丈夫ですよ。いくら肉を取られても死にませんから」

 

 

 悠夜はニッコリと笑った。

 

 

「北欧神話には『セーフリムニル』という猪がいましてね。殺して食べても、翌朝には骨から肉が再生し、生き返るのです。……貴方達も、同じ仕様に魂を改造してあります」

 

「う、あああ……」

 

「他人を喰い物にして私腹を肥やしてきた連中が、今度は永遠に喰い物にされる。……どうです? 実に美しい、芸術的な構図でしょう?」

 

 

 永遠の苦痛。死という逃げ場すら奪われた、無限の地獄。

 権藤豚の目から光が消えた。

 

 

「ああ、給料(・・)はしっかりと払っていますよ?」

 

 

 悠夜は補足した。

 

 

「貴方達の肉の売上は、全額、貴方達が過去に苦しめてきた被害者たちへの補償や、慈善団体への寄付に使っています。素晴らしい社会貢献だ!」

 

「いつまで……いつまで続くんだ……」

 

「ご安心を。流石に永遠に働き続けろとは言いません」

 

 

 悠夜は指を立てた。

 

 

「啓太さんが天寿を全うし、老衰で亡くなった時。それを貴方の『定年退職』としましょう」

 

「け、啓太が死ぬまで……あと何十年あると思ってるんだ!?」

 

「甘えるな」

 

 

 悠夜の声が、氷点下まで冷え込んだ。

 その威圧感に、権藤豚は言葉を失う。

 

 

「根性で頑張れ。気合で乗り越えろ。這ってでも働け。愛社精神を見せろ」

 

「あ……あぁ……」

 

「これらは全て、貴方が社員たちに浴びせてきた言葉でしょう? 自分が言われる側になったら文句を言うのですか?」

 

 

 ブーメランのように返ってきた自分の言葉が、権藤の心を完全にへし折った。

 

 

「さて!」

 

 

 悠夜はパンと手を叩き、下僕たちに向き直った。

 

 

「今日はいつも頑張ってくれている貴方達のために、私が腕を振るいましょう! 特製・ブラック社長ステーキです!」

 

「「「「悠夜さまー!! 一生ついていきます!!」」」」

 

「「「「おーいみんなー! 悠夜さまの手料理が食べられるぞー!!」」」」

 

 

 下級悪魔たちが歓声を上げ、皿とナイフを持って集まってくる。

 牧場はお祭り騒ぎだ。

 

 

「さあ、行きますよ権藤さん。キッチンが待っています」

 

 

 悠夜は権藤豚の後ろ足を掴み、ズルズルと引きずり出した。

 床に爪を立てて抵抗するが、悪魔の怪力には敵わない。

 

 

「ブギィィィィィィィ!! 助けてくれぇぇぇぇぇ!!」

 

「鳴き声が大きいですね。鮮度が良い証拠だ」

 

 

 断末魔の悲鳴と共に、権藤豚はキッチンの奥へと消えていった。

 魔界の夜は長い。

 宴はまだ、始まったばかりだ。

 

 




悠夜「家畜になった社畜...センス無いですね私」

悠夜は魔界に複数の事業を展開しています。
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