デビル・グルメ   作:ナオ3

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日常回


箸休め 小悪党チップス〜うすしお味〜

 

 魔界の夜。

 悠夜の屋敷のリビングルームは、巨大なホームシアターと化していた。

 80インチのモニターに映し出されているのは、人間界でヒット中のパニック映画。

 巨大なサメがビーチを襲い、逃げ惑う人々を捕食していくシーンだ。

 

 

「行けー! そこだー! 右から来てるぞー!」

 

「ふん、脆い。人間とはなんと脆い生き物か。あんな軟骨魚類に遅れを取るとは」

 

 

 ソファに座っているのは、二人の少女。

 一人は、画面に声援を送る銀髪の幼女――『暴食』の魔王グラトニー。

 もう一人は、腕を組み、ふんぞり返って画面を見下している金髪の幼女――『傲慢』の魔王プライドだ。

 二人は相変わらず「寄生虫」「成金」と罵り合っているが、なんだかんだで気が合うのか、こうして一緒に映画を観たりゲームをしたりしている。

 映画がクライマックスに差し掛かった頃、リビングの扉が静かに開いた。

 

 

「おや、盛り上がっていますね」

 

 

 ワゴンの上に飲み物と、大きなボウルを乗せて入ってきたのは、この屋敷の主、悠夜だ。

 

 

「悠夜―! 小腹が空いたー!」

 

「我に合う気の利いたものはないのか?」

 

 

 二人の魔王が振り返る。

 悠夜は微笑みながら、ワゴンから色鮮やかなパッケージの袋をいくつか取り出した。

 

 

「ええ、ご用意しましたよ」

 

 

 悠夜が取り出したのは、赤と黒の派手なデザインのポテトチップス袋だった。

 パッケージには、デフォルメされた悪魔が親指を立てているイラストと共に、ポップなフォントでこう書かれている。

 

 

 『小悪党(こあくとう)チップス うすしお味』

 

 

「あ〜! 小悪党チップスだ!」

 

 

 グラトニーが目を輝かせて袋を奪い取る。

 

 

「なんだそれは? 聞いたことのない菓子だな」

 

 

 プライドが訝しげに眉をひそめた。

 彼女は普段、最高級の魂や、歴史に名を残すような大悪党の重厚な記憶しか口にしない。スナック菓子など、彼女の美学には存在しないカテゴリーだ。

 

 

「プライド様には馴染みがないかもしれませんね」

 

 

 悠夜はボウルにチップスをザラザラと開けた。

 見た目は普通のポテトチップスだが、表面には微かにノイズのような黒い粉末がまぶされている。

 

 

「これは、適当に破滅させた社会のゴミから作ったおやつです」

 

「社会のゴミ?」

 

「ええ。具体的には……『迷惑系YouTuber』と呼ばれる種族ですね」

 

 

 悠夜はさらりと説明した。

 

 

「彼らの薄っぺらい人生の記憶を、極薄にスライスして、高温の油で揚げて味付けした商品です」

 

「……は?」

 

 

 プライドは呆気にとられた。

 

 

「なんだその……聞くからに栄養価の低そうな、中身のない素材は。そんなものが美味いのか?」

 

「ふふ。プライド様、美食とは奥が深いものですよ」

 

 

 悠夜は一枚のチップスを摘み上げた。向こう側が透けて見えるほど薄い。

 

 

「確かに薄っぺらい記憶ですが、だからこそ見える境地(味)があるのです。まあ、騙されたと思って一枚どうぞ」

 

 

 グラトニーは既にバリボリと音を立てて食べている。

 

 

「ん〜っ! この軽さ! 薄くてサクサクしてる!」

 

「……ふん。まあ、毒見してやる」

 

 

 プライドはおそるおそる、チップスを一枚口に運んだ。

 

 パリッ。

 

 軽快な音が響く。

 瞬間、口の中に広がったのは、驚くほどチープで、ジャンキーな味わいだった。

 

 

『うぇーい! どーもー! 今日もヤバいことやってみたw』

『有名になれたんだから俺に感謝しろよw 店の商品全部買い占めてみたw』

 

 

 チップスを噛み砕くと同時に、脳内に薄っぺらい男の声が再生される。

 承認欲求だけが肥大化した、空っぽな自我。

 他人の迷惑など微塵も考えず、再生数と注目だけを追い求める、浅ましい思考回路。

 

 

「な、なんだこの……底の浅い味は!」

 

 

 プライドは顔をしかめた。

 

 

「プライド(誇り)の欠片もない! あるのは虚栄心と自己顕示欲だけ! 信じられんほど中身がないぞ!」

 

 

 彼女が普段好む「傲慢」とは、王者のような揺るぎない自信や、実力に裏打ちされた高慢さだ。

 だが、このチップスから感じるのは、実力もないのに自分を大物だと勘違いしている、メッキが剥がれかけた安っぽい全能感だけ。

 

 

「不味い! こんな下賤なもの……!」

 

 

 プライドは吐き出そうとした。

 だが、次の瞬間。

 

 パリッ。

 

 無意識のうちに、二枚目に手が伸びていた。

 

 

「……む?」

 

 

 パリッ、サクッ。

 三枚目。四枚目。

 

 

「な、なぜだ……? なぜ手が止まらんのだ!?」

 

 

 プライドは焦った。

 味は間違いなく安っぽい。深みなどない。

 なのに、強烈に後を引くのだ。

 

 

『お前らも迷惑なんて知るかよ! 俺が楽しければいいんだよ!』

 

『ちょ、待って、警察はやばいってw 謝るからw 動画消すからw』

 

 

 チップスを噛み砕くたびに、男の人生が走馬灯のように駆け巡る。

 調子に乗って迷惑行為を繰り返し、炎上し、特定され、追い詰められていく過程。

 そして、最後の一口。

 

 

『うあああああ!? なんで俺が垢バンされるんだよおおおおお!?』

『ふざけんな! 俺は悪くない悪くない悪くない悪くない!』

『訴えた奴が悪い! ネットが悪い! 社会が悪い!!』

 

 パリィィィン!!

 チップスが粉々に砕け散ると同時に、男の社会的な死――破滅の絶叫が弾けた。

 

 

「……っ!!」

 

 

 プライドの背筋に、ゾクゾクとした快感が走る。

 なんて……なんて心地良い音色なのか。

 身勝手なクズが、自分の撒いた種で自滅し、全てを失って泣き叫ぶ。

 その惨めな姿。

 その愚かな涙。

 その希望が砕け散る瞬間の、カタルシス。

 

 

「くっ……悔しい! 悔しい……なんなんだこれは!!」

 

 

 プライドは顔を赤らめながら叫んだ。

 認めたくない。こんな品性の欠片もない味に魅せられるなんて。

 だが、舌は正直だった。

 

 

「プライドには、ある意味こっちの方が新鮮かと思ったからね」

 

 

 悠夜はニヤリと笑った。

 

 

「貴女が司る『傲慢』にとって、自分が至高だと思い上がっている小物が、無様に転がり落ちていく様を見るのは……最高の娯楽でしょう?」

 

「……否定はせん!」

 

 

 プライドはボウルを抱え込んだ。

 

 

「前回の権藤のような筋金入りの傲慢は、確かに食べ応えがあった。だが、あれは重い! 消化に時間がかかる!」

 

「その点、こいつらは軽い!」

 

 

 パリッ!

 

 

『俺はインフルエンサーだぞぉぉぉ!』

 

 

 サクッ!

 

 

『借金やばいって! 親にバレるって!』

 

 

 プライドは次々とチップスを放り込む。

 

 

「まるでプチプチを潰すような感覚だ! 気軽に、手軽に、他人の人生(プライド)を噛み砕ける!」

 

「そう! それそれ!」

 

 

 グラトニーも同意する。

 

 

「ポテチ感覚で人の一生を食い尽くす! この背徳感がたまんないのよ〜!」

 

「うすしお味がまた絶妙だ。奴らの涙の塩気が、薄っぺらい人生に適度なアクセントを与えている……!」

 

 

 プライドの手が止まらない。

 これは「やめられない、とまらない」悪魔の嗜好品だ。

 

 あっという間にボウルが空になった。

 

 

「おかわり!」

 

「我にもだ! もっと寄越せ!」

 

 

 悠夜は苦笑しながら、ワゴンの下の段からダンボール箱を取り出した。

 中には小悪党チップスがぎっしりと詰まっている。

 

 

「どうぞ。僕が所有するお菓子工場で、沢山作ってますから」

 

「なぬぅ!?」

 

 

 プライドが目を見開く。

 

 

「工場生産だと!? これほどの『クズ』を、安定供給できるというのか?」

 

「ええ。コイツらは、どの世界線でも掃いて捨てるほど居ますからね」

 

 

 悠夜は遠い目をして語った。

 

 

「特に、21世紀以降の地球系列の世界は凄いですよ? 嘆かわしいくらいに大豊作です」

 

 

 スマホとSNSの普及により、承認欲求モンスターが爆発的に増殖した世界。

 そこは、悠夜たち悪魔にとっては巨大な養殖場のようなものだ。

 

 

「誰もが発信者になれる時代。それは同時に、誰もが『小悪党』になれる時代でもあります。少しチヤホヤされればすぐに調子に乗り、簡単に一線を越える。収穫しても収穫しても、次から次へと新しい芽が生えてくる」

 

 

 悠夜はパッケージの裏面を見せた。

 

 

「色んな味付け(フレーバー)があります」

 

 

『炎上バーベキュー味』:炎上して批判殺到した時の、焦げ付くようなストレスと辛味。

『特定コンソメパンチ』:住所や本名を特定された時の、濃厚な恐怖のエキス。

『謝罪会見サワークリーム』:嘘泣きと保身にまみれた、酸っぱい敗北の味。

 

 

「……ラインナップが豊富すぎる」

 

 プライドは戦慄した。

 

 

「これらは今、下級悪魔達に大人気なんですよ。安くて、手軽で、そこそこ栄養(負の感情)もありますから」

 

 

 魔界のコンビニには、このチップスが山積みになっているらしい。

 

 

「そして味も評判です。彼らいわく、生前はあんなに不味そうだったのに、加工されることで『あのクソマズイ記憶が、こんなにも美味しく食べられるなんて……!』と、涙を流して喜んでいます」

 

「なんと……」

 

 

 プライドはチップスの袋をまじまじと見つめた。

 生前は社会のゴミとして人々に迷惑をかけ、嫌われていた存在。

 それが死後、こうして加工され、悪魔たちの腹を満たし、喜ばれている。

 

 

「ある意味、究極のリサイクルですね」

 

 

 悠夜は爽やかに言った。

 

 

「社会の不要物をエネルギーに変える。これぞSDGs(サステナブル・デビル・グルメ・システム)です」

 

「……ふ、ふん。興味はないな」

 

 

 プライドはツンと顔を背けたが、その手はしっかりとチップスの袋を握りしめている。

 そして、ちらりと悠夜を見た。

 

 

「まあ、そこの穀潰し(グラトニー)のせいで、貴様の家の家計も危ういのだろうから……買ってやってもいいぞ?」

 

「えっ?」

 

 

 悠夜が目を丸くすると、プライドは顔を赤らめて早口でまくし立てた。

 

 

「勘違いするな! 別に我が気に入ったわけではない! 部下たちの餌にしてやろうと思っただけだ!」

 

 

 プライドが統治する「傲慢」の軍勢。

 彼らへの配給品として採用してやる、というのだ。

 

 

「うちの兵隊どもは最近、たるんでいるからな。このチップスを食わせて、『調子に乗るとこうなるぞ』という反面教師(教育)にするのだ! 決して、我が夜食にしたいわけではないぞ!」

 

「はあ……。ありがとうございます?」

 

 

 悠夜は深々と頭を下げた。

 まさかの大口契約ゲットである。

 

 

(予想以上に刺さりましたね……)

 

 

 元々、プライドに何かの勉強になればと思って出したのだが。

 どうやら彼女は、この「ジャンクな破滅の味」の虜になってしまったらしい。

 

 

「よし、ではこのダンボール全部貰っていこう! 支払いは金塊でいいか?」

 

「ええ、もちろん。毎度あり」

 

 

 プライドはダンボール箱を軽々と持ち上げ(見た目に反して怪力だ)、満足げに鼻を鳴らした。

 

 

「グラトニー! 映画の続きを見るぞ! チップスを開けろ!」

 

「えー、私の分とんないでよー!」

 

「うるさい、寄越せ!」

 

 

 再びソファに座り、映画鑑賞を再開する魔王たち。

 画面の中ではサメが暴れ、リビングではチップスを噛み砕く音が響く。

 

 

 パリッ、サクッ。

 

 

『有名になりたかっただけなのにぃぃぃ!』

『チャンネル登録解除しないでぇぇぇ!』

 

 

 悲痛な叫び声が、映画のBGMに心地よいアクセントを添えていた。

 悠夜は空になったワゴンを引きながら、静かに部屋を出た。

 キッチンに戻れば、まだ在庫の山がある。

 人間界がなくならない限り、この工場のラインが止まることはないのだから。

 

 




グラトニーの食費は悠夜の莫大な稼ぎの前には大した痛手ではありません。
魔界随一の資産家です、プライドちゃんは知りませんが。
この後、プライドちゃんの領地でブームが出来たとか出来ないとか。
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