時は少し遡る─
モモイたちの捜索中、少し遠くから銃撃音を耳にしたサオリはその音の発生源へと向かっていた。やがて見えてきたそこにいたのは、ミカと完膚なきまでに叩きのめされたアリウスの生徒たち。
ミカ「そっか。そうなんだ。モモイ、あなたには妹がいたんだね。………私が大切なものを失ったんだから、あなたも失わないと不公平だもんね?ねぇ、モモイ?」
そう独り言ちるミカ。彼女がモモイを追っていることをその言葉から感じ取ったサオリは、見つからないように、気取られないように息を潜めて尾行を開始した。
やがてカタコンベへ足を踏み入れたミカを見失わないよう細心の注意を払って尾行を続ける。途中でユズたちに連絡しようとしたが、電波が通じなかったため断念せざるを得なかった。
そしてカタコンベを抜け、アリウス自治区へと辿り着いた。
数年ぶりの故郷は、悪い意味では変化がないように感じられた。そんな街と過去のアリウスを見比べていたらミカを見失ってしまったサオリ。しかしミカとモモイたちが交戦を開始したことより、再び発見することができた。
─そして、現在に至る。
ミカ「シナリオライター?…何それ、そんな人が何の用なの?無関係な人は首を突っ込まないでほしいんだけど?」
サオリ「無関係じゃないさ。…ここは、私の故郷だから」
ミカ「故郷…?」
サオリ「…二度と帰ることはないとは思っていた。だけど、こうなった以上仕方ない」
サオリは上着を脱ぎ捨て、武器を構える。
サオリ「…モモイたちは追わせない」
ミカ「…ふーん。よくわからないけど…私の邪魔をするんだぁ。やだなー、やっぱり私って嫌われ者なんだ…」
軽口を叩くミカもまた、武器を構えて臨戦態勢を取る。
その戦闘開始の号砲は、モモイたちの耳にも届いた。
ミドリ「お姉ちゃんが…!?」
自分たちを逃がした人物がサオリであることをモモイは全員に話しながら突き進む。
モモイ「煙でよく見えなかったけど…あれは間違いなくサオリだった」
ミサキ「…あいつ、なんで…」
ミドリ「戻らないと…!」
焦燥しきった顔でそう言うミドリを、モモイが止める。
モモイ「気持ちは分かるけど…ダメだよ。サオリはきっと…覚悟してきたんだ」
ヒヨリ「…サオリ姉さん…!」
ミサキ「………」
“…行こう、みんな”
重たくなった空気を、先生のその一言が引き裂く。
ミドリ「先生!」
“サオリの気持ちを無駄にしたくない。それに…ベアトリーチェも色々差し向けてきてるみたいだしね”
モモイ「…うん。ここで立ち止まったら、サオリの思いが全部無駄になる。…進もう」
モモイたちは迎撃してくるミメシスたちを退けながら進む。
目指すはアツコが囚われている、バシリカ。
ミドリ(お姉ちゃん…!)
何やら不吉な予感を感じながら、ミドリもまた突き進むのだった。
サオリ「ぐ…ッ!」
ミカ「…ふぅ、思ったよりやるね…」
倒れ伏すサオリへ、ミカは労うような言葉をかける。トラップや様々なアイテムを駆使して立ち回ったサオリだったが、肝心のミカへの効き目はイマイチで、真正面からゴリ押しされてしまった形だ。
全く歯が立たなかったわけではないものの、それでも力の差は圧倒的だった。
サオリ「…まだだ」
ミカ「えー?まだ立ち上がれるの?やめておいた方がいいと思うけどなー」
サオリ「やめるつもりなんてない…!私は…」
パァン!と銃声が響き、立ち上がろうとするサオリの頭に衝撃が加わる。結果、サオリはそのまま後ろへと倒れてしまった。
サオリ「ぐ…!」
ミカ「ねぇ、なんで?なんで諦めようとしないの?ここまでやられて…どうして?」
それは純粋な疑問だった。どうして立ち上がるのもやっとな有様で、なおも立ち塞がろうとするのか。
サオリ「…約束、なんだ」
ミカ「?」
サオリ「あいつは、もう私のことはおろか…自分の妹のことも覚えてない。…あの環境で生きてきたんだから、記憶に何らかの異常が生じるのは仕方のないことだろう。だけど、私との約束は…守っていてくれていた。もう、覚えてなんていないだろう約束を。…私は一瞬でも、頭から抜け落ちてしまったのにな」
何とか立ち上がったサオリは、ミカの目を見て続ける。
サオリ「…だから、行かせない。モモイやミドリ、ミサキにヒヨリにアツコにも…幸せになってほしいから」
その一言を引き金に、サオリに銃弾が撃ち込まれる。
弾が切れるまで撃ち込まれた銃弾を受け、立ち上がることはかなわなくなった。それでも、サオリは続ける。
サオリ「…しあわせに、なってはいけない人間なんて…いない。だれだって、そうだ。…だから」
ミカ「ッ!」
言葉の続きは、叩きつけられた銃床によって遮られた。
その衝撃を最後に、サオリは意識を手放した。
それから少し時は経ち、モモイたちは追ってくるミメシスたちを退け、ついにバシリカへ辿り着こうとしていた。
モモイ「この先がバシリカだよ」
“この先に、アツコが?”
ヒヨリ「だ、だと思います…」
ミサキ「かなり時間が経ってるし…急ごう」
道は長い一本道。危険な場所ではあるが、立ち止まるわけにはいかない。…その時だった。
ドオオォォン!!
響く爆発音とともに、柱や天井が崩落する。
“!?”
それにより、五人は先生とミサキとヒヨリ、モモイとミドリの二手に分断させられてしまう。
ミドリ「先生、大丈夫ですか!?」
“こっちは大丈夫!”
ミサキ「モモイちゃん!大丈夫ですか!?」
モモイ「………」
ヒヨリ「…モモイ?」
モモイ「…また、あなたなんだね」
ミカ「うん、そうだよ。また私だよ」
その声を聞いた瞬間、ミドリとミサキは言葉を失った。
ヒヨリ「ミカさん…!?」
いくらミメシスの対処に時間を取られていたといっても、その会敵は予想外だった。
モモイ「…サオリはどうしたのさ」
ミカ「サオリ…さっきの人のことかな?それなら潰したよ、邪魔だったしね」
ミドリ「ッ!」
その言葉を聞いて、ミドリはスナイパーライフルの銃口をミカへと向ける。
ミドリ「フーッ…フーッ…!!」
ミカ「…嫌われちゃったかな?ま、どうでもいいよね。今私が用事があるのは…モモイ、その子だけだし」
怒りを露わにするミドリ。それを止めるように、モモイがミドリの眼前に立ち塞がる。
ミドリ「お姉ちゃん、どいて…!」
モモイ「…ダメ。あなたには、そんなことさせられない」
銃身を下ろさせたモモイは、ミドリの頭を軽く撫でた。
“ッ…!待っててモモイ、今からそっちに…!”
モモイ「ヒヨリ!ミサキ!」
何か言おうとした先生の声を、モモイの声がかき消す。
モモイ「…アツコを、お願い!」
ヒヨリ「…!は、はい!ミサキさん!」
ミサキ「ッ!」
モモイからの言葉を受けたヒヨリは固まったミサキに声をかけ、先生の手を引く。
一瞬反応が遅れたミサキも、それに続いて駆けていく。
“待ってヒヨリ!モモイが!”
ヒヨリ「も、モモイちゃんと合流するには、もう時間がないですから…!」
ミサキ「………!!」
向こう側から聞こえる声が遠くなっていく。
それを聞いていたモモイは、ミカと向き合う。
ミカ「あーあ、先生…行っちゃったね。まぁ、これであなたの望みは叶えられるよ。きっとね」
モモイ「…願い、かあ…。ねぇ、ミカ。あなたの望みは何?」
ミカ「望み…望みかぁ…。…なんだったんだろうね?わからなくなってきちゃった…」
モモイ「…そっか」
そしてモモイはミドリへ顔を向ける。
ミドリ「お姉ちゃん…?」
モモイ「…ごめんね」
ドゴッ!
その言葉と共に、ミドリの鳩尾に衝撃が走る。
ミドリ「!?…お、ね……ちゃ…」
意識を手放し、モモイに体の全てを預けるミドリ。
モモイ「…これ以上、あなたは巻き込めない」
そう言うとモモイはミドリを隅に寝かせ、改めてミカの方に向き直る。
ミカ「妹に暴力を振るうなんて、酷いお姉さんだねー」
モモイ「妹じゃないよ」
深く息を吸って、吐く。まるで、決意するかのように。
モモイ「…私は、お姉ちゃんにはなれないから」
ミカ「ふーん…。ま、どっちでもいいけど?」
モモイ「そっか。でもね、どっちでもいいじゃ困るんだ」
ミカ「?」
疑問を浮かべたミカの足元に、手榴弾のようなものが転がる。爆発したそれは、周囲を煙幕で包む。
ミカ「ゲリラ戦…確かにこの地形ならそれが最適かもね?」
モモイ「…ミカ、私はあなたの憎悪を否定なんてしないよ。あなたが不幸になったのは私のせい」
撃ち込まれる弾丸。ミカはそれを一身に受ける。
モモイ「…だからこれは、私とあなたの問題。あの子は関係ない」
ミカ「いたた…。ちょっと意外だったかも?それを認めるんだって。…だったら全部受け止めてね、モモイ。あなたにとっては全て虚しいのかもしれないけど」
モモイ「………そうかもね。でも…」
全ては虚しい。どこまで行こうとも、全てはただ虚しいものだ。
─だが。
「…それは、足掻くのをやめる理由にはならないから」