モモイ「………はい、ミドリ」
一切れのパンを半分に分けたものを、ミドリに手渡す。モモイが持っているそれと比べて、少し大きめのサイズだ。
ミドリ「…そっちのパン、少ない」
モモイ「いいのいいの!私、お腹空いてないもん!」
ミドリ「…お姉ちゃんはいっつもそう言う」
モモイ「…遠慮なんてしなくてもいいよ。カビてないパンなんてそうそう食べれるものじゃないんだし…ね?」
ミドリ「…わかった」
微笑む姉に、妹は何も言えなくなる。
少量とはいえお腹を満たした二人は、食糧を求めて今までとは異なる場所に辿り着いた。
モモイ「…この辺、人がいっぱいいるね。ここなら少しはマシになるかな?」
ミドリ「…そうだといいなぁ…」
そうして歩いていると、二人は四人の少女と出会った。
サオリ、ミサキ、ヒヨリ、アツコの四人だ。
食糧についてはそこまでマシにはならなかったものの、はじめて友人と呼べる存在には出会えた。
サオリ「そんなところから来たんだね。…どこかに居着く気はないの?」
モモイ「うん。どこにも居場所はないし…。ねぇ、サオリ。…私たち、なんでここに生まれたんだろうね?」
サオリ「…それは…誰にもわからないと思う」
モモイ「…そっか。…そうだよね」
それからしばらくするとまた放浪することになったため、交流した期間としてはかなり短い方ではあった。
モモイ「ミドリ、大丈夫?」
ミドリ「…うん。平気だよ。…お姉ちゃんは?」
モモイ「もちろん私はへっちゃらだよ!」
明るくそう言うモモイ。ミドリはその様子を見て軽く笑む。
モモイ「…大丈夫。お姉ちゃんが守るから。…ミドリは、いなくならないでね」
モモイはミドリの頭を撫でる。温もりを感じるその一時を破壊するかのように─
爆発音が、響いた。
モモイ「ッ!?」
直後、二人を引き裂くように大規模な爆発が生じた。必死に逃げたミドリだったが、その隣に姉の姿はなかった。
ミドリ「お姉ちゃん!どこ!?お姉ちゃん!」
ミドリは必死になって姉を呼ぶが、周囲の音にかき消され、その声がモモイの元へ届くことはなかった。
モモイ「…」
いたい。
足に力が入らない。
ミドリ…。ミドリは…?
………。
いない?どこか安全な場所に逃げた?
それとも…。
…あぁ、ダメだ…。
…ちから…ぬけて…。
………。
………?
モモイ「…ここは…?」
目を覚ましたモモイ。眼前に広がるのは、ところどころボロボロの天井。
モモイ「ミドリ…!そうだ、ミドリは…!」
モモイは立ち上がって外へ出た。
そこにあったのは、焦土と化した町。他の人の気配も感じられなかった。
モモイ「…ミドリ…?」
「おや、起きましたか」
モモイ「!?」
後ろから声をかけられて振り返る。そこに居たのは、赤い肌に白いドレスを着た、大人の女性だった。
モモイ「…あなた、だれ…?」
ベアトリーチェ「…私の名はベアトリーチェ。以後お見知りおきを」
モモイ「あなたが助けてくれたの?」
ベアトリーチェ「ええ、あのまま死なすには惜しいと思いましたので」
モモイは警戒しつつ、ベアトリーチェの話を聞く。
ベアトリーチェ「内戦は私が終わらせました。あなたたちの真に憎むべきは、この環境ではありません。…憎むべきはすべての元凶、そしてこの世界…」
モモイ「難しい話はわからないからいいよ。それよりミドリを探しに行かないと…!」
ベアトリーチェ「…探しに…ですか。ですがもしもいなかった、としたら?」
モモイ「関係ないよ!まだそうなったって決まったわけじゃないから!」
ベアトリーチェは何も言わず佇んでいる。
モモイ「…とにかく、私はミドリを探しに行くから」
ベアトリーチェ「…えぇ、それについて私は止めるつもりはありません。ですが一つだけ言っておきましょう」
一時の沈黙の後、ベアトリーチェは静かに告げた。
ベアトリーチェ「………あなたを助けた時、他に人は見かけませんでしたよ」
モモイ「ッ!!」
聞いていられるか、と言わんばかりにモモイは飛び出した。
─それからは、ずっとミドリのことを探して回った。
ミドリの名前を、何度も叫んだ。
宛もなく、それでも呼び続けた。
何度も。
何日も。
何回も。
それでも、その声は虚空に消えるばかりで。
返ってくるのは…残酷な静寂だけだった。
モモイ「………」
ベアトリーチェ「…大切な、人だったのでしょうね」
モモイ「…わたしの…たったひとりの…いもうと…。まもるっていったのに…それなのに…」
虚ろな目でモモイは呟く。涙は、流れなかった。
ベアトリーチェ「えぇ、それが『虚しい』ということなのですよ」
モモイ「…むなしい…」
ベアトリーチェ「『vanitas vanitatum et omnia vanitas』。全ては虚しい。どこまで行こうとも、全ては虚しいもの。…それが、この世界の真理です」
モモイ「…ばにたす…」
ベアトリーチェ「…そう、全ては…ただ虚しいだけなのですよ」
その言葉は、荒んだ心の傷を癒すかのように染み込んでいく。
ミドリを守れなかったのも、ミドリが見つからないのも、そもそもミドリとはぐれてしまったのも。
きっと全ては虚しいものだからなのだと、モモイの中で結論づけられていった。
それからしばらくして─
モモイ「いきなり呼び出して何の用?」
ベアトリーチェ「…近い未来、あなたたちには兵士として戦ってもらう予定です。その為の力を得るために、あなたに訓練を施します。これはあなたにとって、最も必要なこと。代償として、何かを失うとしても…構いませんでしょう?」
モモイ「………」
この数日間、自分の無力さに打ちひしがれ続けていた。
全ては虚しいから、何をやっても無駄で。
全ては虚しいから、何を思っても無意味で。
それが世界の真理なのだということを、彼女は教えてくれた。
モモイ「…うん。なくなって困るものなんて…もう、ないもん」
ベアトリーチェ「そうですか。それでは…」