風鳴ノ聲《―名ヲ捨テタ者ノ詩―》   作:曇らせの翁

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断罪の夢

 

????年 

 

──???―――

 

 

 

(―――何処からか声が聞こえる。)

 

 

 

『‥‥‥庶民派だって言って、本当は金持ちのお坊ちゃんだったなんて‥‥』

 

『コネで芸能界に入ったって噂、本当だったんだ』

 

 

 

 そう言って自分の歌を愛してくれたファンの足音がどんどん遠ざかっていく‥‥。

 

 

『最初から俺たちを騙してたんだ‥‥』

 

『‥‥こんな奴、最初から応援するんじゃなかった』

 

(――――違う!そんなつもりは‥‥)

 

 かつて応援してくれた人たちへ必死に弁明しようとするが、声が出せない。

 

 

 

 そして次に現れたのは自分を送り出してくれた人たちの影だ。

 

 

『―――翔逸(しょういち)、お前には失望したぞ。やはりお前は出来損ないだ‥‥』

 

『‥‥歌えないお前にはもう用はない‥‥じゃあな、(しょう)。』

 

(―――兄上、待ってください!兄貴も待ってくれ‥‥!!)

 

 手を伸ばして追いかけようとするが、二人はどんどん遠ざかって行ってしまう。やがて二人が見えなくなると、周囲は暗闇に包まれていく―――すると今度は、自分の周囲に無数の目が現れる。その目はまるで自分を蔑むような視線でこちらを見つめてくる。

 

『―――憐れだな、翔逸よ』

 

 そして何処からか高笑いが聞こえてくる。それは尊大で威圧的で、全てを下賤(げせん)と蔑む狂人の声だ。

 

『―――貴様のような恥晒しが作った『歌』などで人を幸せにするなぞ出来る筈がなかろう‥‥貴様はもはや鳴くことも出来ない憐れな()()()()()なのだ‥‥‥ハハハ!!』

 

 その嘲笑う声の主の姿はかつての記憶に刻み込まれた畏怖(いふ)の象徴。風鳴訃堂(かざなりふどう)その人で、その姿を見た自分はただ怯えて逃げ出すしかなかった‥‥。

 

 

「―――はぁはぁ‥‥っ!」

 

 逃げた先にあったのは、どこまでも続く真っ暗な(やみ)

 

 走っても、走っても、いくら進んでも同じ光景が続くばかりで、次第に息が上がってくる。

 

(苦しい‥‥誰か、助けて‥‥)

 

 助けを求めても、周囲には誰もいない。それでも走り続けていると、目の前に一筋の光が見えた。その光を照らす元には、一人の少女が立っているのが見えた。背を向けて佇んでいる少女に、知り合いの顔が重なった。

 

「‥‥‥(つばさ)?」

 

 その少女は背を向けたまま何も答えない。しかし、その後ろ姿は確かに彼女のものだということは直感的に分かった。

 

「待ってくれ‥‥!見捨てないでくれっ!」

 

 光の元へ駆け寄り、彼女の腕に触れると違和感に気が付く。彼女の腕は人形のように冷たく、人間らしさが感じられない。

 

(つばさ)‥‥なのか?」

 

 よく見ると人形のような関節をして、白い肌は石膏で出来ていた。手の先には操り糸が伸びており、その姿はまるで傀儡(くぐつ)のようだった。

 

「もうやめてくれ‥‥許してくれ‥‥」

 

 懇願するように語りかけるが、その声は届かない。次の瞬間、首に繋がれた糸が引かれ、首が絞まる感覚に襲われる。

 

「ぐっ‥‥あ"ぁ‥‥!」

 

 思わず呻き声を上げると、彼女は振り返った。虚ろな瞳でこちらを見下ろしており、その瞳には一切の光が宿っていないように見えた。

 

『―――おじさん!見て、わたし‥‥ちゃんと『風鳴(かざなり)のための人形(にんぎょう)』になれました!』

 

 そう呟くと翼はその場でくるりと回り人形のような白い石膏の身体を見せつける―――そして血の涙を流しながら狂気に満ちた表情で笑う。

 

『―――ですから、もう風鳴の道具である私はもう『歌いたい(・・・・)』なんて言いません――アハハハハハハハ!!』

 

 狂ったように(あざわら)い続ける彼女に対して、糸を引く力は増していく。糸が食い込むたびに、自分の頸椎(けいつい)がきしむ音が耳の中だけで鳴っていた。やがて意識が朦朧(もうろう)としていく中、目の前にいたのは―――首の骨が折れて絶命している自分の姿だった‥‥。     

 

 

 

―――その時、遠くで微かに、()()()()がした。

 

 

 

 

 

『‥‥翔逸‥‥もう、泣かないで‥‥』

 

 

 

 

 

 

 

その響きに胸が僅かに熱くなった瞬間、闇が音を立てて崩れ――俺は布団から跳ね起きた。               

 

 喉が焼けるみたいに乾いているのに、息は水の中でもがいてるみたいに荒い。体は汗でぐっしょり濡れて、Tシャツが背中に張りついて冷たかった。胸に当てた手の鼓動だけがやけにうるさくて、まだ首に糸が食い込んでいるような感覚が消えない。

 

「はぁ‥‥はぁ‥‥はぁ‥‥!!」

 

 荒い呼吸を繰り返し、胸を抑えつける。悪夢は覚めた。それでもまだ体が小刻みに震えている。ここ最近はまともな睡眠をとることが出来ずに毎晩この悪夢を見ていた。暗い部屋から日差しの眩しい外へ出るのが怖いのだ。自分はまだあの時の(やみ)から抜け出せないでいる。

 

 カーテンはずっと閉めっぱなしで、部屋は薄い灰色だった。隙間から差し込む昼の光は埃の粒だけを浮かせて、かつて母と座った畳の部屋みたいな暖かさは、もうどこにもなかった。ゴミに溢れた部屋で時計を捜しだす。その針はもう正午を過ぎており、自分の生活の乱れっぷりを如実(にょじつ)に表しているようである。

 

 

 

 

 引退を公表してから、もう何ヶ月も経った―――記者たちから逃げるために仕事も住居も全部捨てて、片田舎の安アパートに潜っている。音楽活動を引退してからというもの、記者たちからの追求を遠ざけるために一切の仕事と住居を引き払い、片田舎で自堕落(じだらく)に過ごしている。

 

 あれ程に拘っていた自分の音楽を、それを取り巻く環境や人々を否定するかのように、()()()()()()()()()ことで、自分自身も失ったのである。何も成し遂げられずに、ただこの部屋と町にある小さな居酒屋で酒を飲み干し現実逃避する日々を過ごしている。

 

「どうせすることもないんだ‥‥別にいいじゃないか‥‥」

 

 自分に言い訳をするように呟きながら、布団に包まり、もう一度眠りに就いた‥‥。

 

 いつか分からない時間、不意にドアの方からインターホンが鳴った。しかし、自分は布団から出て行く気力はないので居留守を使うことにした。諦めて立ち去るとばかり思っていたが、今度はドアをたたき出した。

 

「くそっ‥‥今日はしつこいな」

 

 偶に物好きな記者がここまで嗅ぎつけてやってくるのだ、だがこちらも意地でも出て行かないという思いで頑なに拒絶する。しばらくするとドアを叩く音は止み、部屋に静寂が訪れた。

 

「‥‥‥ようやく行ったか」

 

 

 

 静寂の訪れた部屋に安心して二度寝しようとしたその時....

 

 

 

ガアァァーーン!!

 

 

 

 扉の方からとんでもない音量の爆音と衝撃が響く―――それは()()()()()()()()()()()()()かのように錯覚するほどだ。

 

 

 その突然の出来事に驚き、慌てて布団から飛び出ると部屋の扉が突き破られており、玄関の先は逆光で眩しく見えない。そんな中で大柄な男が部屋に足を踏み入れようとしてきたのが分かった。

 

 

 

 

 

 

 

『―――まったく‥‥ようやく見つけたと思って来たらこのザマか‥‥世話の掛かる弟だな、お前は‥‥』

 

 

 

 

 

 

 

 扉から差し込む光によって眩しくて顔が見えないが、呆れた様子で此方を見つめる男の声には聞き間違いようのない懐かしさが含まれていた。

 

「―――弦十郎(げんじゅうろう)の兄貴‥‥」

 

 自分は掠れた声を絞り出すようにして、彼の名をつぶやく。そこには赤いワイシャツを身に纏い仁王立ちする風鳴弦十郎(かざなりげんじゅうろう)の姿があった‥‥。

 

「‥‥‥な、なんで来たんだ‥‥俺を笑いに来たのかよ」

 

 安堵と恐怖がいっぺんに押し寄せてきて、胸が痛いほど脈打った。一番見られたくない姿を、一番見られたくない人に晒してしまった。だからこうして引き籠っていた。でも一番見られたくなかった人に見られてしまった‥‥。

 

(‥‥‥見ないでくれ、俺は兄貴と約束したのに)

 

 

《―――次会う時は、兄貴の()()()()()()()()になって帰ってくるよ!》

 

 

 

 自分の夢を誰よりも応援してくれていた人を裏切って逃げてきた事実が重く胸に圧し掛かり、自分が潰れていく様だった。

 

 

 黙ったままゆっくりと此方に近づいてくる。自分は後ずさるも背中は壁に当たり逃げ場を失くす。

 

 

 

「やめろ、来ないでくれ‥‥!!」

 

 

 

 拒絶の言葉を発しても兄貴は意に介さず、やがて兄貴は手を伸ばせば触れることの出来る距離にまで近づいて来る。

 

 

 

 

 

「―――えっ‥‥?」

 

 

 

 気づいたら、腕の中に引き寄せられていた。(しか)られる覚悟も、(さげす)まれる覚悟も、突き放される覚悟もしてきたのに‥‥‥。

 

 

――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 弦十郎(げんじゅうろう)兄貴の手は大きくて、指の節は固いのに、掌だけは驚くほどあたたかかった。その温度が肩に触れた瞬間、ずっと冷えっぱなしだった胸の奥で、何かがじんわり溶けていくのが分かった。一瞬だけ、本当に一瞬だけ、懐かしい家族(母親)の匂いを思い出した。  

 

 

 

 

『―――(しょう)、すまなかった‥‥お前の夢を助けるどころか、余計重荷にしちまってたようだな‥‥俺は()()()()()

 

 

 

 

 その重い言葉から後悔と懺悔の念が伝わってきて、胸が締め付けられるような思いになる。

 

(違うんだ、そうじゃないんだよ‥‥俺が逃げたのは()()()()()のせいなんだ‥‥!)

 

「‥‥‥止めてくれ、兄貴、お、俺は‥‥みんなの期待を‥‥もう何も残ってないんだ」

 

 自分は声を押し殺し泣き始める。涙が頬を伝い床へと零れ落ちた。そんな自分に兄貴は俺のがっしりと肩を掴み、そして真っすぐ見据えて自分に対して怒鳴った。

 

「―――馬鹿野郎!‥‥お前がこの先どうなろうと俺は()()()()()()()()―――もしお前が道に迷ったら背中押してやるし、もし道を踏み外したならぶん殴ってでも引きずり戻してやる!それが兄貴(あにき)ってもんだろ―――だからな翔、もう‥‥一人で泣くな」

 

 その言葉を聞くと涙が溢れ出してきた。ずっと張り詰めていた緊張の糸が切れたのかもしれない。嗚咽を漏らしながら、その場に崩れ落ちるように座り込んだ‥‥。

 

 

「‥‥すまない兄貴、俺怖かったんだ。みんながもう忘れてるじゃないかって‥‥だからさ」

 

 そう怖かったんだ、連絡するのが。もう電話に出てくれないんじゃないか、歌のない自分は不要ではないのかと‥‥。

 

「そんな訳ないだろ。お前は手の掛かる弟だがそれでも大事な家族だ―――お前のためなら()()()()()にだって飛んでいくさ」

 

 その型破りながらも兄貴なら()()()()()()と思われる励ましの言葉に、自分は久しぶりに口角を上げた。

 

「あぁ‥‥‥やっぱ兄貴も馬鹿だよ」

 

 ――そして、その言葉に兄貴はただ少し照れくさそうに笑った。

 

「‥‥‥そうかもな」

 

 

 ひとしきり泣いて落ち着いたところで、改めて部屋を見渡すと酷い有様だった。ゴミだらけの部屋に酒瓶が転がり、服は脱ぎ散らかしたままで足の踏み場もない状態だ。

 

 

 

「‥‥‥少し時間をくれないか?もう兄貴からは逃げないからさ」

 

「分かった。俺は近くの喫茶店で待ってるぞ」

 

 

 兄貴が気を遣って部屋を出てから、自分は数日ぶりのシャワーを浴びた。 久しぶりのシャワーは自分の辛い過去と一緒に少し洗い流せた気がして気持ちがよかった。そして伸び切った無精髭を丁寧に剃り、切らずにボサボサだった長い髪は一本に纏めて後ろに流す。

 

 

 

◇◇

 

 

 そして約束の喫茶店に着く。ドアを開けると古臭いドアベルがチリンと鳴り、入り口近くの席で待っていた兄貴と目が合う。そして向こうが手を挙げると、自分はそこに向かい向かい合うように座った。

 

「―――ようやく来たか‥‥うむ、やはり整えたらお前は男前だな」

 

 そう言うと兄貴は腕を組み、どこか納得したかのように頷いた。

 

「‥‥‥茶化すなよ、兄貴」

 

 店に入って注文を済ませた後、数年ぶりの再会であるため何を話そうか迷っていたが、昔見た映画や思い出話を話し合えば次第に昔のような感覚を取り戻した。

 

ふと弦十郎(げんじゅうろう)がコーヒーカップを置くと、真剣な顔をして切り出してきた。

 

「―――(しょう)、俺と一緒に働く気はないか?」

 

 いきなりのことで思わず自分は飲みかけていた紅茶を吹き出しそうになり(むせ)た。

 

「ゴホッ‥‥い、いや兄貴は公安警察だろ?自分が言うのもなんだが、あまり向いてるとは思えないんだが‥‥」

 

「あぁ、そうか‥‥お前はまだ知らなかったな。俺はもうとっくに公安は辞めて、今は()()()()()

 

 すると兄貴は赤いシャツの胸ポケットから一枚の名刺を自分に差し出してくる。

 

特異災害対策機動部(とくいさいがいたいさくきどうぶ)二課 風鳴弦十郎(かざなりげんじゅうろう)』と名刺には書かれていた‥‥。

 

 兄貴から差し出された名刺をわずかな興味から眺めた。

 

 

(‥‥‥特異災害対策機動部、聞いたことあるな確か‥‥)

 

「―――特異災害対策機動部、最近設立された対ノイズ組織だ‥‥あの旧陸軍『風鳴機関(かざなりきかん)』を前身としている」

 

 話を聞けば表向きは災害救助を主とした組織であるが、実際はノイズ に対抗するために組織されたようで、設立されてからまだ間もないため人材不足に悩まされているらしい。

 

(‥‥‥風鳴機関、噂には聞いていたが実在したのか‥‥そして風鳴機関(かざなりきかん)と言えば間違いなくあのあの男(風鳴訃堂 )が関わってくる。)

 

 その時、自分の腕が無意識に震えた、脳裏には自分を嘲笑うかつての父親の影を思い出していたのだ。

 

「‥‥兄貴に悪いがこの話断らせてもらう。俺はあの人の元で働くつもりもないし、あの人も俺を赦すとは思えない」

 

 そして貰った名刺をそのまま返して自分の意思をハッキリと告げた。だが兄貴はその返答に()()()()()()()()()()()首を振り言葉を続けた。

 

「そのことだが‥‥親父はもう特異災害対策機動部(とくいさいがいたいさくきどうぶ)には居ない。ある事件で引責辞任となり、今は鎌倉で蟄居(ちっきょ)中だ」

 

「―――冗談だろ‥‥?」

 

 兄貴の言葉に自分は驚愕する。まさかあの人が失脚していたとは思わなかったからだ。おそらく政治的干渉か、もっと別の思惑があって敢えて蟄居したとしか自分は思えなかった。

 

 

 

「―――まぁそういう訳で、その後任の司令官(しれいかん)として俺に白羽の矢が立ったという訳だ‥‥まったくお偉いさん方は人使い荒いぜ‥‥」

 

 珍しく複雑な表情を浮かべ赤い髪を掻きながら愚痴を溢す。確かに兄貴は後方で指揮するより前線に立って戦う方が性に合っているだろう。

 

「‥‥‥で、ここからが本題だ。お前を災害機動部に誘う理由だが‥‥詳細は言えないが、かつてお前が教わった()()()()()()()が必要なんだ。」

 

 どうやら重要な機密事項らしく、声のトーンを落として話す。しかし歌の知識だと‥‥?

 

(―――そもそもなんで特異災害に歌が関係あるんだ?)

 

「‥‥‥いや、確かに母上から歌や音に関する教養は受けたが、それがノイズに対抗する術になるとはとても‥‥」

 

 未だノイズに対する有効な戦術は確立されておらず、日本政府はこれまで様々な対策を考案・実行してきたが悉く失敗に終わっている。それが何故今更になって歌や音の力が必要になるのだろうか?

 

 

「すまんが、これ以上は国家機密(こっかきみつ)になる。唐突な話かもしれんが、後はお前が決めてくれ‥‥」

 

 兄貴の真剣な表情から読み取るに、どうやらそれ程までに重要なようだ。おそらく今ここで詳細を聞くことは叶わないのだろう。

 

「―――兄貴、もう俺は()()()()()()()‥‥‥」

 

 それが今の本音だった。精一杯振り絞った自分の言葉に兄貴は昔から見た優しい笑顔を見せる。

 

「―――歌えるかどうかなんざ関係ねえ。たとえ声が出なくても俺は()()()()()()()()‥‥お前と俺と、そしてお袋の信じた『(うた)』はまだ胸の中にある」

 

 俺はその言葉に思わず心を撃たれた。そして自分は少しの間、瞼を閉じて思考を巡らす‥‥自分は人生の中で二度兄貴に救われた。

 

 ―――最初は家を出るのを後押ししてくれた時‥‥‥

 

 

『―――お前の(つさば)は、()()()()()()()()()んだ‥‥!!』

 

 

 ―――そして二度目は今この瞬間だ。

 

 

 病気で歌が歌えなくなり夢も失い絶望していた自分に新たな道を示そうとしてくれている‥‥この誘いを受けることで自分は恩返しをしたいと思う‥‥そして母から学んだ歌と音楽が別の形で人を救えるのであれば‥‥。

 

 俺は、喉に残った痛みを指で押さえた。そこには、もう声はない。

それでも、兄貴の言葉が胸の奥に落ちた場所は、まだほんのり熱かった。

 

「―――分かった。俺の知識で誰かの役に立てるなら‥‥‥俺の声がもう出なくても、誰かの助けになるなら――()()()()()()()()

 

 すると弦十郎の兄貴の表情が明るくなり、嬉しそうに自分の肩を何度も叩いてきた。

 

「そうか!じゃあ決まりだ!これからはまた『()()()()()』だな!はははっ!!」

 

「ちょ、痛い痛い!そんなに強く叩くなって!」

 

 互いに笑いながら肩を叩き合う。まるで昔に戻ったかのような懐かしい感覚を覚えた。それから二人で長い空白の時間を埋めるように冷めた紅茶とコーヒーで他愛もない話を語り合った後―――久しぶりに兄弟揃って映画を観に行った‥‥‥。

 

 

              




――KEYWORD 用語·設定解説――

【兄弟と映画】

兄の弦十郎の影響で、翔逸も映画館に足を運ぶことがある。しかしアクション映画ファンの弦十郎とは違い、翔逸の好みは『雨に唄えば』や『オズの魔法使い』などの往年のミュージカル映画を好んで見ている。

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