風鳴ノ聲《―名ヲ捨テタ者ノ詩―》   作:曇らせの翁

7 / 8
新年明けましておめでとうございます。(大遅刻)


紅蓮の邂逅

 

11月某日 PM19:35 風鳴翔逸

 

 

──特異災害対策機動部二課 地下研究施設廊下―――

 

 

 

「‥‥なんとか提出期限には間に合った」

 

 夜更けの廊下は、残業帰りの靴音だけがやけに響いていた。無機質な白い光の下で、蛍光灯が低く唸る。提出した書類の束は重みというより体温を奪っていくようだった。

 

「久しぶりに早く終わったな‥‥‥早く帰って寝よう」

 

 ここ数日はろくに寝ることが出来なかったので、久し振りにぐっすり寝れると小さく息を吐いたその時、背後から鋭い声が飛んだ。

 

 

 

 

「―――おい、待ちな!」

 

 

 

 反射的に振り返る。薄暗い照明の下、紅い髪の少女が立っていた。紅蓮(ぐれん)のような髪、(けもの)じみた眼差し。その存在だけで、夜気の温度が一瞬で変わる。

 

「‥‥‥あんたが弦十郎の旦那のコネで入ったっていう、()()()()かい?」

 

 少女の言葉にはあからさまな(とげ)があった。その名を名乗るまでもなく、彼女が誰なのかはすぐにわかった。

 

 その少女──天羽奏(あもうかなで)は、現場では有名な問題児だった。

 

 自分が二課に入ってまもなくの頃、ノイズ襲撃で壊滅した聖遺物(せいいぶつ)発掘チームの唯一の生き残り。そして、異常なまでの薬物投与と訓練を経て、第二種適合者となった少女。

 

 兄貴曰く『血反吐を吐く努力を重ねてやっと掴んだ力』らしい。その言葉の重みは、今の彼女の瞳を見れば理解できた。だが、同時に彼女のその鋭さは、誰も寄せつけない孤独の形にも見えた。

 

「‥‥はぁ‥‥そうだと言ったら、君はどうするんだ?」

 

 面倒そうにため息混じりに言葉を返すと、奏は口角を上げ不敵に笑った。まるで相手を噛み砕く前の猛獣の笑みだった。

 

「いいか、あたしはアイツらに──ノイズに復讐するためにここに居るんだ!命を()けて戦ってんだ! テメェみたいなコネで入ったお坊ちゃんがいたら迷惑なんだよ!」

 

 怒気を孕んだ声が廊下に響く。彼女の言葉の棘は鋭い。だが、正直な気持ちでもあった。無理もない。自分も兄貴に拾われなければ、今もあの薄暗い部屋で沈んでいたはずだ。

 

「君の言いたいことは分かってるつもりだ、だが俺は兄貴に何度も救われて、恩返しの為にこの二課に居る‥‥‥そして俺は兄貴のためなら、()()()()()()()()()()()()()

 

 静かに、だが確信を持って言い切る。言葉を吐いた瞬間、奏の目が鋭く光った。

 

 

 

「‥‥‥けっ、なんだコネだけじゃなくて()()()()()()なのか。気味が悪いねぇ」

 

 

 

 ──吐き捨てるような声

 

 

 

 その瞬間、胸の奥で何かがカチリと音を立てた。自分でも抑えられず、唇が勝手に動いた。

 

 

 

 

 

「‥‥なら、お前は()()()()()()()気取りってところか?」

 

 

 

 

 

「‥‥あ?」

 

 

 鋭い声が返る。彼女の境遇には同情するが、自分は止まらなかった。

 

「お前の境遇には同情する‥‥だが自分と家族の不幸を盾に関係のない人間に怒鳴ったり暴力を振るう‥‥お前は()()()()()()()()?」

 

 自分でも今彼女に掛けるべき言葉ではないと理解している。しかしあの侮辱的な言葉(ブラコン野郎)に自分も内心で苛ついていた。

 

「―――だからお前を悲劇のヒロインと呼んだまで‥‥」

 

 その瞬間、冷たい無機質な廊下の空気が一気に()ぜた。

 

「てめぇ‥‥一遍痛い目見なきゃ分かんねぇみてぇだな!!」

 

 怒号と共に、拳が飛んできた。

 

 その瞬間――自分の耳に、床を蹴る音がほんの一拍だけ早く届いた。

 靴底がコンクリートを擦る、微かな(きし)み。

 それは訓練室で幾度となく聞かされてきた、「感情だけで踏み込んだ時の音」だった。

 

(――速いが、(あら)い)

 

 重心が僅かに前に流れる。

 呼吸が詰まり、肩が浮く。

 

 兄貴の衝拳なら、こんな音はしない。

 だから分かった。この一撃は――()める。

 

 避けることもできた。

 だが自分は、あえてその場に留まった。

 

 ‥‥‥それは多分、あのやり場のない怒りの目が何処かの誰か(昔の自分)に似ていたからだろう。

 

 腕で受け止めた瞬間、鈍い衝撃が骨を伝って走る。

 皮膚の下で血管が(きし)む。想像以上に重い。

 それでも、足は一歩も退かなかった。

 

「―――なにっ!」

 

 奏の動揺を感じ取るより早く、彼女の手首を掴む。

 そして掴んだ位置は、力が抜ける寸前の角度。

 そこへ体をひねり、踏み込みの残りを利用して足を払った。

 

 乾いた音が廊下に響き、奏の背が床に叩きつけられる。

 呆然とする彼女を見下ろしながら、俺は短く息を吐いた。

 

「ッ‥‥!」

 

 呆然とこちらを見上げる彼女に、静かに言葉を落とす。

 

「‥‥‥何か勘違いしているかもしれないが、これでも特機部二(とっきぶつ)の一員つもりだ。そしてお前の拳なんて兄貴の拳に比べれば()()()()()()()()

 

 

 自分はそう言い捨てて(きびす)を返した。そして痛みを誤魔化すように、こっそり受け止めた右腕を軽く振る。

 

 

 決して、あいつの拳が()()()()()()()()()からじゃない‥‥本当に、そうじゃないんだ。

 

(‥‥だが次からはアイツの攻撃は避けるようにしよう)

 

 廊下の奥へと歩き去る背に、奏の荒い呼吸だけが残った。その音が、どこか昔の自分の“怒り”と重なって聞こえた気がした。

 

 

◇◇

 

 

11月某日 PM19:15 天羽奏

 

 

──特異災害対策機動部二課 地下 第二適合者実験室――

 

 

 

―――それは、さっき廊下で“アイツ”と遭遇する少し前のことだった―――

 

 

 

 

 

 

『―――奏ッ!お前だけでも逃げなさい!』

 

『―――弟と一緒に逃げて‥‥!』

 

『―――姉ちゃん!』

 

 

 

 あの日、私は皆神山でノイズの襲撃(しゅうげき)を受けた。命からがら生き延びたものの、両親と弟を失った。そしてこの特異災害対策機動部二課に保護された。

 

 

 生き残った私に対してほとんどの人間は腫れ物を扱うかのように接してきたけど、私にはそんなことどうでも良かった。ただ、あの時何も出来なかった自分自身への(いきどお)りだけが私を(さいな)んでいた。

 

 

『それは‥‥‥君が地獄に落ちる事になってもか?』

 

 

 

 あの時、弦十郎の旦那に覚悟を問われた時も私はハッキリと言ってやった。

 

 

 

 奴ら(ノイズ)を皆殺せるのなら・・・あたしは望んで地獄に落ちる》

 

 

 私はノイズに復讐するために力を欲した。だから血反吐を吐いてでも厳しい訓練に耐え、吐き気を催すLiNKER(薬物投与)にも耐えて、ようやく適合者(てきごうしゃ)になったんだ

 

 

 

《コレが、やつらと戦える力‥‥あたしの復讐(シンフォギア)だ!》

 

 

 

 ()げた空気の匂いが、今も鼻の奥に残っている。ノイズに分解された知り合い。炭化(たんか)した家族。父さんと母さんは私を逃がすために立ち塞がり、弟はまだ五歳のまま、塵となって消えた。その時からだ、私の心の中にどす黒い感情が芽生えた。

 

 

―――ノイズを殺す。ノイズを殲滅(せんめつ)する。ノイズを――消し去る。憎い!憎い!アイツらが憎くてたまらない!!―――

 

 

 

 だが適合係数(てきごうけいすう)の低い私は、シンフォギアを纏って長時間戦うのは無理らしく。今日の訓練も情けなく途中でぶっ倒れて終了してしまった。

 

(―――クソッ!今日もダメだったか‥‥)

 

 何度も壁を殴った。拳が痛い。けど、心の方がもっと痛かった。叫んでも誰も聞いちゃくれないこの場所で、私は自分の無力を殴り続けた。

 

(―――チッ、LiNKERの副作用でイライラするぜ‥‥)

 

 その時だった。廊下の向こうから、長身の黒いスーツの男が歩いてくるのが見えた。

 

 日頃から屋内でもサングラスを掛け、女みたいに長い髪を後ろで一本に束ねている。職員達の噂で聞いたが、今まで何処かで放浪していたが、風鳴の家のコネでこの場所に入った弦十郎の弟らしい

 

 ‥‥そんな今まで好き勝手してた奴が家族のおかげで恩恵を受け、ここでのうのうと歩いているのが()()()()()()()()

 

 だからそいつに喧嘩を吹っ掛けてやった。所詮は口だけの軟弱者だと思っていたのに、私のことを(あお)ってきて、一発ぶん殴ってやろうとした――

 

 

『―――なにっ!』

 

 だがアイツは私の拳を涼しい顔してあっさりと受け止めやがった。そして自分のことなど眼中に無いと言わんばかりの態度で去っていった。

 

『――何か勘違いしているかもしれないが‥‥‥お前の拳なんて兄貴の拳に比べれば足元にも及ばない』

 

アイツが私を見下ろした時の同情と蔑みを感じさせる視線が忘れられなかった。

 

 

(――こんな奴に負けたのか?金も地位も‥‥()()()()()()()アイツがあたしよりも強いっていうのか?‥‥認めねぇ。絶対に認めるかよ!)

 

 そんなことを考えているうちに、その男はあたしに背中を向けて立ち去ろうとしていた。その姿があたしの神経(しんけい)を逆撫でする。

 

「‥‥ッ待てよ、テメェ!」

 

 立ち去る後ろ姿に、もう一度お見舞いしてやると意気込んだ瞬間だった‥‥その右腕はがっしりとした大きな手で掴まれ、振り返ると弦十郎の旦那が険しい表情でこちらを見つめていた。

 

「――奏‥‥止めておけ、今のお前じゃ翔には敵わない」

 

 その言葉を聞いた私はカッとなり、掴まれた腕を振り払って叫ぶ。

 

「なんなんだよアイツは!?なんであたしの拳をあんな簡単に止められるんだよ!?」

 

 私は感情のままに叫んだ後、今度は優しく弦十郎の旦那は(さと)すように話しかけてきた。

 

「あぁ、それはな‥‥昔、病弱な翔に俺が稽古をつけてたんだ。おそらくもう二課の中でも大抵の奴には負けないぞ」

 

「‥‥はぁ?」

 

 少し誇らしそうに言う旦那の自慢げな言葉に、私はさらに苛立(いらだ)ちを覚えた。

 

「―――それにアイツは強い‥‥‥ある意味で()()()()()

 

「‥‥あたしが、弱いってのか?こっちは死ぬ気でやってんだぞ‥‥血反吐吐いて、身体壊して、それでもノイズ共に復讐がしたくて‥‥!」

 

(それなのに、あんな奴に‥‥!あたしが、あんなコネ野郎に負けるなんて‥‥クソっ!)

 

 悔しくて、情けなくて、思わず走り出してその場を後にしてしまった。

 

 

 

◇◇

 

 

 

 

 薄暗い部屋の中、ベッドで一人膝を抱えて(うずくま)ってしまう。結局自分の弱さを(さら)け出しただけで終わってしまった。

 

 ふと横にある写真立てに視線を移す。そこには発掘現場で自分と弟と両親の姿が写っている。この写真を撮ったのは確か七歳の頃だっただろうか‥‥遠い昔のことの様だが、それでも幸せな思い出だったことは覚えている。

 

(‥‥‥あの頃と何も変わらない。あたしは無力だな)

 

 少しナイーブになってしまった自分を落ち着かせるためにシャワーを浴びて汗を流すことにした。シャワールームに入りお湯を出すと同時に頭から浴びる。暖かい水が身体を伝い流れていく感覚はとても気持ちが良いものだった。

 

 暫くすると不意に鏡に映る自分の姿が目に入った。鏡に映った自分は、戦士でも少女でもなかった。LiNKERの痕や訓練の傷が、まるで古い譜面(ふめん)みたいに身体に刻まれていた。

 

 

(―――ハハッ、これじゃあまるで楽譜みたいだな)

 

 だがあいつらに復讐できるのであればそんなの関係ない‥‥そう、例え自分の身体がどうなろうとも‥‥そんな事を考えながらシャワーの蛇口を捻って止めると、身体と長い髪をバスタオルで拭き取って着替えを済ませたあとベッドへと戻る。

 

 ベッドに戻ると、机に置いているCDがふと目に入った。それは両親の形見、家族でよく聴いた曲だ。再生ボタンを押すと、懐かしいイントロが部屋に流れる。

 

 

 

《~♪~♫♪~♬~》

 

 

 あの時は、父さんも母さんも弟も、この曲を聴くと()()()()()()()()()

 

 

『奏は歌が上手いな!将来は歌手になれるぞ!』  

 

『‥‥違うわよ、奏はきっと可愛いアイドルになるのよね?』   

 

 幼い私は、意味も分からず幼い弟と一緒に歌っていた。CDから流れてくる歌声は、不思議と痛みのない音だった。聴いていると、胸の奥に積もった黒いものが、ほんの少しだけ溶けていく気がした。

 

 

(‥‥今日はゆっくり眠れそうだな)

 

 

 そして白い淡白なベットに腰掛ける時、ふと思い出す。以前、私が翼にもこの曲を勧めたのだが、翼は何故かCDジャケットを見た途端に顔色を変えて

 

 

『‥‥ええと、奏、その人は‥‥いいえ!良い曲ではあるんだけど‥‥』

 

と複雑な表情をしていたのを思い出した。

 

(歌手の名前は‥‥ええと、なんか変わった名前だったよな?)

 

 それから思い出す為に古いCDジャケットを手に取る。白い純白のTシャツ、古いジーンズ。そして朱色の髪を揺らして笑う青年。

 

 

 

 

 

『―――那須英嗣(なすえいじ)―――』 と歌手の名前が下にハッキリと記載されていた。

 

 

 

 

 

(‥‥‥そうそう、ちょっと変な名前‥‥‥でもやっぱり好きだな、この(きょく)

 

 

 

《~♫♪♪~♬~♫♬~~》

 

 

 

 そしてリラックス出来たあたしは眠りつくためにそのままベットに倒れ込んだ。

 

 

―――その時、胸の奥で何かがかすかに鳴った気がした。悲しい音じゃない。あたしの知らない『歌』の始まりのような音だった。

 

 

 




――KEYWORD 用語・設定解説――

【宵風のメロディ】

風鳴翔逸が「那須英嗣」名義で家を出た後に初めて制作したアルバム。全10曲入りで、母親や故郷への想い、日常のぬくもりを歌った温かな楽曲が収録されている。素朴な詞と懐かしい旋律で人気を博し、彼が“庶民派シンガー”と呼ばれるきっかけとなった。物語では天羽奏の実家にこのアルバムが残されており、家族でよく聴いた思い出の一枚となっている。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。