夢を見ている。
熱く、冷たい、不思議な夢を。
── 起きなければ。
でも、もう少しだけ目を閉じていたい。
そんな抗い難い誘惑と戦う、微睡みから醒める朝が好きだ。
冷たいからこそ、何処か凛と感じさせる冬の朝はことに。
冷たさは静寂も運んでくるのは何故だろう。
きっと世界も同様に目覚めの時を今か今かと待ち焦がれているのだろう。
目覚めの前の『溜め』の一瞬、それがこの冬の朝に詰まっている。
そんな気がしてくるのだ。
だから、そう、冬の朝というものはことに悪くないのだ。
かじかみそうになる指先を擦りつつ意識して唇の端を持ち上げてみる。
カーブミラーに映った笑顔は、うん、悪くない。
いつものあの子に会うというのに辛気臭い顔では気分がアガらない。
── 笑顔を浮かべないと。
光陰矢の如し、命短し恋せよ乙女。
億劫な身体であっても気分までそうなってはおしまいだ。
若さの無駄遣いというものだ。
いつもと同じような日々だけど、僅か一瞬たりとも同じ時は存在しないのだから。
お? 中々に悪くない。詩のセンスもあるいは自分にはあったのかも知れない。
あの子がいつもの場所で待っている。
いつもと変わらない笑顔。いつもと変わらない寝癖。
だけど、目が離せない。だから、胸が高鳴る。
── 目に焼き付けないと。
彼女の寝癖を撫でて梳きながら朝の挨拶をする。
お決まりのルーティン。
彼女はこの時は笑顔を浮かべてくれていたはずだ。たぶん。
自分は、はて、どうだったのだろう。
どうでも良いことはえてして忘れてしまうものだ。
だって、それは仕方ないよね。
持ち出せる思い出なんて存外限られているもの。
案外残念な自分の頭なればこれも無理からぬことだろう。
呆れを通り越して笑うしかない。
とすれば優先順位というものがあるのだよ。いわゆるプライオリティってヤツ?
── だからこの一瞬一瞬を目に焼き付けて、持ち出さないと。
お調子者の自分は結構あれこれおかしなことも口走ったと思う。
それでも彼女は苦笑しながらも可笑しそうに相槌を打ってくれて。
……私の横に並びそっと手を重ねてくれる、君。
── 好き。
本当に好きだ。
確か、そう、夢の話をしていたと思う。
熱くて、冷たい夢の話。
けれど、それは予感だったのかも知れない。
不思議そうに首を傾げた君の背の向こう、路面の薄氷にスリップした車の影が見えた。
近付いてくる。
こっちに来るかも知れない。
来ないかも知れない。
それでも私の取るべき手段なんて間違いなく一つしかなくて。
「 」
突き飛ばす。
直後、身体に走る衝撃。
視界がブラックアウトして、同時に感じる浮遊感。
また衝撃。
呼吸が出来ない。
口元に入る砂利が不快だ。
そして、あぁ…
── 熱くて、冷たい。
身体の中程がマグマでも飼っているんじゃないってくらい熱いのに、
手足の先からドンドン冷たくなっていく感覚。
うん、これは、夢の感覚だ。
「あつくて、つめたい…」
あぁ、いや、そんなことはどうでもいい。
どうでもいいんだ。
えっと、なんだっけ。
そうそう。
楽しいことを考えよう、綺麗なことでもいい。
だって、息もできないんだ。
頭が回らない。
それくらいしか出来ない。
でも、幸か不幸か耳まではまだ使い物にならなくなってたみたいで。
「 ッ!!」
叫んでいる彼女の声が聞こえてきて。
あぁ、うん。
なんて言ってるかは分からないなんて。
どうやら耳もダメになってたみたい。
ううん、脳かな?
まぁ、どっちでもいいか。
だから、億劫な身体に鞭打ってなんとか目を開けて見せる。
笑わないと。
目に焼き付けないと。
熱くて、それでいて凍えそうに寒いけれど。
何かを『持っていき』たくて眠気と格闘していたら…
不意に、指先が温かさに包まれた。
── あぁ、あの子か。
私は不意に『抵抗』を止めて、心の底からの笑顔を浮かべる。
……たぶんね? 浮かべられているはずさ。
だって、もう無理に目を開ける必要はないんだから。
彼女の顔を目に焼き付けてもいい。
あるいは良く耳をすまして散らばる言葉を掻き集めてみてもいいだろう。
そのどれもがきっと自分にとっては一つの正解なのだから。
けれど、持っていけるものが『なにか一つ』であるとするならば…
── なんともこの手に宿る『ぬくもり』は抗い難くて。
だから私は、そっと目を閉じたままにする。
今この世界で自分だけが彼女の熱に包まれている贅沢を実感しながら。
きっと私は世界一の幸せものだろう。
やはり、冬の朝は良いものだ。
だって…
── こんなにも二度寝が心地よい。
…なんてね。
了