東方楽酔録 ~ Perfect Sake Bliss.~ 作:地軸
広い心でご覧ください
~紅い悪魔と、覚えてない夜~
朝だ。
雀がチュンチュン鳴いている。遠くで聞こえるその声が、頭蓋の内側で直接響いている気がした。
二日酔いって、こんなに痛いんだっけ。
俺は目をこすりながら、ゆっくりと体を起こした。
……重い。
頭だけじゃなくて、腕も肩も腰も、全部が鉛みたいに重い。
布団からは、まだ誰かの体温がほのかに残っていた。
明らかに、俺一人分じゃない。
布団が、妙に広い。
目を開ける。
豪華すぎる天蓋付きのベッド。緋色のカーテン越しに差し込む朝日。
見たこともない部屋だ。
横に、誰かいる。
銀色の髪が、俺の腕に絡まるように広がっている。
小柄な体。白い、透き通るような肌。
……昨日、宴会で見た紅魔館の主、レミリア・スカーレット。
そして今、俺と同じ布団の中で眠っている。
しかも、二人とも、一糸まとわぬ姿で。
……死んだ。
瞬時に悟った。
人間が吸血鬼のお嬢様の寝所に、こんな格好でいるなんて、生きて帰れるわけがない。
息を殺してそっと布団をめくると、シーツの端に赤い染みがいくつも。
首筋には、ぴったりと歯形のついた噛み跡。
状況証拠は揃いすぎている。
そのときだった。
「……ん……」
小さなうめき声。
レミリアの長い睫毛が震え、紅い瞳がゆっくりと開いた。
最初はぼんやりとした視線だったが、俺と目が合った瞬間、眉がぴくりと跳ねた。
次の瞬間、彼女は体を起こし、シーツを胸に巻きつけて、鋭く俺を見据えた。
「人間如きが、私の寝所に、何のつもり?」
声は低く、凍てつくようだった。
俺は反射的に頭を下げまくった。
「す、すみませんでした! 本当に申し訳ありません! 昨日飲みすぎて、記憶がなくて……!」
レミリアの視線が、ゆっくりと部屋を巡る。
床に散らばる服。俺のシャツ、彼女のドレス、ストッキング、リボン。
そして、シーツの赤い染み。
彼女の頬が、わずかに紅潮した。
でもすぐに、怒気を装い直す。
「ふん。私のベッドを汚しておいて、その程度の謝罪?」
「本当に申し訳ありません! 命乞いします! 何でもしますから!」
レミリアは俺を睨みつけたまま、指先でシーツの赤い染みをなぞった。
「これが……私の血か、それとも……」
言いかけて、彼女の紅い瞳がほんの一瞬だけ揺らいだ。
すぐに視線を逸らし、声を強めた。
「ふ、ふん! 当然でしょう。酔った勢いでちょっと味見しただけに決まってるじゃない!」
耳まで真っ赤だった。
沈黙が落ちた。
レミリアが、ふっと息を吐いた。
「……で? 貴様、名前は?」
「酒飲 楽(さかのみ らく)です!」
レミリアは一瞬、眉をひそめた。
「さか……のみ? 妙な苗字ね」
まあ当然だ。
昨日、俺はただ外の赤い霧が晴れたのを見て、
なんだか無性に酒が飲みたくなって、手持ちの酒を抱えてフラフラ歩いていたら、
いつの間にか博麗神社の境内に辿り着いて、
ちょうど皆が集まって宴会を始めていたから、しれっと混ざっていた。
俺の能力のせいだ。
楽しくお酒を飲むためには、どんな手段も選ばない。
美味しい酒も肴も、必要な相手も、勝手に集まってくる。
だから異変の張本人であるレミリアまで同じテーブルに座って……
そこから先の記憶が、まるで霧に包まれたみたいにぼやけている。
レミリアは小さく鼻を鳴らした。
「まあいいわ。酒飲」
「覚えていないなら……なかったことにしてあげる。私の寛大さに感謝しなさい」
でも、その声にはどこか寂しさが混じっていた。
レミリアはシーツを巻いたままベッドから降りようとして、ふらついた。
吸血鬼でも二日酔いになるんだ。
「次に来るときは、またあの美味い酒を持ってくること。いいわね?」
「は、はい! 命のあるうちに必ず!」
レミリアは小さく笑った。
意地悪そうな、でもどこか優しい笑み。
「……それと」
本当に小さな声で、
「次は、ちゃんと覚えてなさいよね」
俺の心臓が、止まりそうになった。
レミリアは顔を真っ赤にして、枕を投げつけてきた。
「さっさと出て行きなさい! 見苦しい!」
俺は慌てて服を拾い、逃げるように部屋を出た。
廊下に出た瞬間、背後でドアがバタンと閉まる音がした。
……生きてる。
本当に生きてる。
俺、酒飲 楽は、今日もなんとか命を繋いだ。
でも、次に来るときは……
どうすればいいんだろうな。
「……おはようございます」
真正面に、咲夜が立っていた。
完璧なメイド姿。
手にはトレイ。
俺は今、
作務衣を羽織っただけの、
ズボン片手、帯なし、髪ボサボサ、
完全に半裸に近い状態。
咲夜の瞳が、一瞬だけ大きく見開かれた。
俺も固まった。
0.5秒の沈黙。
咲夜は表情を元に戻し、
完璧な笑顔で、
「……見なかったことにいたします」
優雅に一礼。
でも、
耳が、
真っ赤だった。
俺はもう、
死にたくなった。
そのままズボンを穿きながら廊下を逃げ、
門までたどり着く。
門前で、
美鈴が目をこすりながら立っていた。
「お邪魔しました……」
「おはようございます!
……って、朝帰り?」
俺はもう、
頭を掻いて、
「いやぁ、あははは、深く聞かないでください」
美鈴がクスクス笑って、
「了解です!
私の口は固いから大丈夫!」