東方楽酔録 ~ Perfect Sake Bliss.~   作:地軸

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~鬼の充足と、楽死の余韻~

朝の陽光が酒呑蔵の障子を優しく染めていた。あの男——酒飲楽が目を覚ましたばかりで、私は彼の視線を感じてゆっくりと体を起こす。昨夜の宴の余熱が、体に残っているようだ。銀色の髪を指で梳きながら、私はふと窓の外を見つめる。幻想郷の空はいつも通り、穏やかだ。でも、私の心の中は、少し違う。昨夜の記憶が、波のように寄せてくる。あの宴会……異変解決後の、あの賑やかな夜。すべてが、鮮やかによみがえる。

あの時、私は寂しかったよ。旧地獄から幻想郷に戻ってきて、すぐに3日ごとに宴会が起きる異変を起こしたんだ。みんなを強引に集めて、鬼の存在を思い出させようとした。長い間地上から離れていたせいで、鬼たちはすっかり忘れられちまってたんだ。霊夢に解決された時は、ホッとしたよ。でも、心の奥底に、ぽっかり穴が開いたままだった。「私、まだ必要とされてるのかな」って、酒を煽りながら思う夜が多かった。

異変が終わった後、伝統通り、解決の宴会が開かれたんだ。博麗神社で、霊夢が皆を呼んで。妖怪、神様、人間、みんなが集まって、酒を酌み交わす。いつもの幻想郷さ。私は伊吹瓢箪を腰に下げて、参加したよ。みんなの笑い声が、寂しさを少し埋めてくれる。でも、足りないんだ。もっと、もっと張り合える相手が欲しかった。

そこに、あの男が現れた。酒飲楽。酒呑蔵の店主で、能力は「お酒を楽く飲む」ってヤツ。最初は、ただの人間だと思ってたよ。霊夢の知り合いだって聞いたけど、宴の席で彼が酒瓶を無限に生み出すのを見て、目を見張った。「おいおい、こいつ、面白いな」。私は瓢箪を傾け、水を酒に変えて彼に勧めた。「これ、飲んでみろよ。無限だよ」。

彼はにやりと笑って、盃を受け取った。「萃香さん、いいね。俺も負けねえよ」。そう言って、自分の能力で肴を並べる。焼き魚、煮物、果物——どれも酒にぴったりで、香りが宴の空気を一気に熱くした。私たちは自然と飲み比べを始めたんだ。瓢箪の酒が尽きないように、彼の酒瓶も尽きない。盃を重ねるごとに、笑いが止まらなくなった。「あんた、強いな! 霊夢みたいだよ、こいつ」。私は彼の肩を叩きながら、声を上げた。みんなの視線が集まるけど、構わない。鬼の宴は、こんな風に熱くなるんだ。

宴は夜更けまで続いた。魔理沙が魔法で花火を上げ、幽々子が幽霊たちを呼んで踊りを披露。レミリアが紅茶を振る舞おうとして、咲夜に止められる。あの賑やかさの中で、私と楽は隅の席で、ひたすら酒を交わした。瓢箪の酒が彼の喉を滑り落ちるのを見て、胸が熱くなった。「この人間、張り合えて本当に楽しいよ」。寂しさが、溶けていくみたいだった。鬼の私が、こんなに満たされるなんて、久しぶりだ。

でも、満足が頂点に達した瞬間——それは、突然だった。飲み比べが白熱して、盃が何十杯目か。私の心が、ぱっと満ち溢れたんだ。寂しさの穴が、完全に埋まった。霊夢は戦いで張り合ってくれた。楽は酒で、魂まで満たしてくれた。「これ以上ない……究極の充足だよ」。視界がぼやけ、体が軽くなる。妖怪の精神は、あり方次第で変わる。幽霊が心残りを解消したら成仏するように、私の存在意義が、揺らぎ始めた。

「あれ? 私、消えちまうのか?」

一瞬、世界が白く染まる。体が霧のように散らばり、意識が遠のく。楽死——楽しすぎて死ぬ、ってヤツだ。名前まで、楽にかかってるなんて、皮肉だよ。でも、その時だった。楽の能力が、無意識に働いたんだ。楽本人も知らない力——楽しすぎて相手が死ぬなんて、トラウマになって二度とお酒が飲めなくなる可能性を、能力自体が考慮して、私の体を引き戻した。手段を選ばない、楽く飲むための絶対の守り。霧が凝縮し、視界が戻る。心臓が、どくんと鳴った。

私はだけが、気づいたよ。あの消滅の瞬間を。楽は、何も知らない。ただ、盃を差し出して笑ってる。「萃香さん、次の一杯、どうだ?」。私はボーッとして、座ったままだった。完全に負けた……この男は、私を討伐したんだよ。過去の棘が、疼く。あの酒呑童子の頃、先祖のあいつに負けた飲み比べ。苗字をくれてやった、あの時。うっすらとした片思いが、寿命差で叶わなかった後悔が、今、楽の顔に重なる。「今度こそ……」。

心の中で呟きながら、私はゆっくりと立ち上がった。銀色の瞳で、彼を見つめる。宴の喧騒が、遠く聞こえる。みんなはまだ盛り上がってるけど、私の世界は、もう少し狭くなったよ。

「どうした? 楽しい時間はどれだけあってもいいけど、ぼーっとしてちゃもったいないぞ?」

楽の声が、私を現実に引き戻す。あの言葉——彼の笑顔が、寂しさを吹き飛ばす。私はにやりと笑って、盃を掲げた。

「そうだな、楽しい時間はどれだけあってもいいよ。あんた、もっと飲もうよ」。

意気投合した瞬間、酒の熱が体を駆け巡った。宴の続きを、二人で抜け出す。酒呑蔵まで、ふらふらと歩いて、彼の店に辿り着く。能力で生まれる酒瓶を、並べて飲み干す。笑いが止まらず、体が近づく。酒の勢いで、ベッドイン。熱い肌が触れ合い、溶け合うような感覚。鬼の私が、人間に体を重ねるなんて、珍しいよ。でも、この充足は、特別だ。内面で、過去の影がよぎる。「この充足、過去のあいつみたいだよ……今度こそ、寿命差なんか気にすんなよ」。初恋のぶり返し——漏らさないけど、心に温かく灯る。あの棘が、少し柔らかくなった気がした。

朝、目覚めて、私は決意したよ。楽の顔を見ながら。過保護になるのも、悪くないな。この男を守りたい。私の存在を、こんなに満たしてくれたんだから。密度操作の能力で、分身を一つ作る。小さく霧状に変えて、彼のそばに置く。普段は眠らせて、意識をオフに。浮気の現場? そんなの、鬼の感覚じゃ気にしないよ。嫉妬なんて、くだらない。でも、ピンチの時——命の危機だけは、湧き出て助ける。物理的に、敵を霧散させて、楽を小さく抱えて守るんだ。「これで、縄張りだよ。あんたは、私の名前がついてるんだから」。

私は布団から起き上がり、楽の肩を軽く叩く。彼が目を覚ますのを待つ。幻想郷は広いけど、これからは少し、狭くなるかもな。紫には、後で釘を刺しておこう。「あいつにちょっかい出すなよ」って。友達だから、わかってくれるさ。

楽しい時間は、どれだけあってもいい。楽死の余韻が、私を強くするよ。この絆が、永遠の宴を約束するんだ。

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