東方楽酔録 ~ Perfect Sake Bliss.~   作:地軸

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よまなくてもよい、日本昔話


むかしむかし、酒呑の名はじまる

むかしむかし、いや、はるか昔の世のこと。山の奥深くに、鬼の首領・酒呑童子が住んでおった。角の生えた美女で、伊吹瓢箪を腰に下げ、日ごとに酒を飲み、仲間たちと大宴を催す。笑い声は雲を突き抜け、酒の香りは谷を満たす。鬼どもは恐ろしいが、酒好きの者には優しく、宴の席では誰をも迎え入れるのであった。

ある春の宵、ひとりの旅の酒飲みが、鬼の住処にやってきた。男は苗字もなく、ただ酒を愛するただの人間。噂を聞きつけ、瓢箪の酒を味わうべく、盃を片手に山を登った。

「おお、鬼の首領よ! 飲み比べで勝負じゃ。俺の酒の腕、試してみい!」

酒呑童子は目を細め、にやりと笑った。「ほう、人間か。面白い。負けたら命を取るぞ。勝ったら、何が欲しい? 金か、銀か、宝か?」

男は首を振り、盃を掲げた。「そんなもん、いらぬ。酒を交わす友よ、互いの力を認め合おうぞ。どうしてもくれるなら、俺には苗字がないゆえ、苗字をくれい」

鬼の首領は大笑いした。こんな願い、聞いたこともない。「よし、ならば私の中から、酒呑をくれてやろう」。そう言って、瓢箪を傾け、酒を注ぐ。小さな声で、心の内で呟いた。「同じ苗字を名乗るなど、夫婦のようじゃのう。わるくはない……」。

宴は始まった。瓢箪の酒が尽きず、男の不思議な力で肴が次々と現れる。焼き魚、煮込み、果実——どれも酒にぴったり。盃を重ね、笑い声が響き、月が沈むまで続いた。鬼の仲間たちが囃し立て、夜の山は宴の灯りで明るくなった。ついに、意外にも人間が勝った。酒呑童子は体を霧のごとく揺らし、負けを認めた。

「ふむ、私に勝ったな。酒呑の名、受け取れ」。

男は喜んで盃を干し、「ありがてえ、いい箔がついたぜ!」と叫んだ。あの瞬間、名はただの言葉ではなく、魔法の絆となった。酒を楽く飲む力が、男に宿り、子孫に受け継がれる種となったのだ。

時は流れ、男は旅を続け、家族を持ち、酒呑の名を伝えた。だが、人間と鬼の世の差は残酷じゃ。男が老い、土に還る頃、酒呑童子はようやく気づいた。「あの男、嫁になってやってもよかったのう」と。だが、遅すぎた。墓前に酒を注ぎ、鬼の心に小さな棘が刺さった。あのうっすらとした恋みてえな想い、後悔が、鬼の宴を少し寂しくさせたのじゃ。

それが、時代を越えて酒呑が酒飲となり、読みもさけのみに変わった。鬼の贈り物は、子孫の力として生き続け、幻想郷の酒場で再び花開く。むかしむかしの絆は、盃のように、尽きることなく続くものじゃて。

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