東方楽酔録 ~ Perfect Sake Bliss.~   作:地軸

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~瀟洒なメイドと、値踏みの寝文~

 

あれから十日ほど経った。俺、酒飲楽は今日も朝から二日酔いだった。原因は昨日の霧雨魔理沙だ。魔法の森の端っこにある俺の店「酒呑蔵」は、魔理沙の家から歩いて十分もかからない距離にある。だからアイツは店ができた次の日に「近所に変な店できたぜ!」と気づいてからというもの、ほぼ毎日押し掛けてくる。

昨日も「新しい曲できたから聴けよ!」と、店の隅に置いてある外の世界から流れてきたボロギターを抱えて歌い始めた。そこに博麗霊夢まで「酒代タダでいいよね?」と合流して、座卓は朝まで占拠されたままだった。……まあ、いつものことだ。

蔵を覗くと、また知らない酒が増えている。昨日は外の世界の芋焼酎が三本。秋穣子様への奉納用に取っておこう。土間カウンターを拭きながら、ぼんやりとあの朝のことを思い出していた。紅魔館。レミリア・スカーレット。血の染み。本当に、どこまでやったんだろうな。もしかしたら本当に初めてだったとしたら……俺みたいな人間が、あんな立派なお嬢様に……責任とか取れるわけないし、取らせてもらえるとも思えない。でも、逃げるつもりもない。出方を見て、ちゃんと向き合おう。

――ガラッ

戸が開いた。立ち上がって迎えようとした瞬間、俺は凍りついた。そこに立っていたのは、銀の髪にメイド服の少女。十六夜咲夜。紅魔館の完璧で瀟洒なメイド長だった。

咲夜は無言で一礼し、店内を見回した。壁はまだ真っ白で、妖精たちがいたずらで描いた花や星の落書きが数カ所あるだけだった。七輪でするめが焼ける匂い。妖精たちがピョンピョン飛んでいる。いつもの酒呑蔵だ。

「先日は……失礼いたしました」

声はいつも通り静かだったが、どこか硬い。

俺は慌てて頭を下げた。

「いえ……その、お見苦しいところをお見せしてしまって」

咲夜は一瞬だけ視線を逸らした。

「いえ、私が申し訳ありません。お嬢様を……その、あのような状況にしてしまいまして」

やっぱり全部見られていた。

俺は苦笑いで頭を掻いた。

「まあ、宴会のハプニングってことで……お互い様ですよ」

咲夜は少し間を置いて、静かに口を開いた。

「ところで、今日はお嬢様のご命令で参りました。またあの酒を……それと、少しお話を伺いたいのですが」

来た。

俺は苦笑いしながら、カウンターの奥に立った。

「話だけじゃ味気ないでしょ?一杯どうです?メイドさんも人間です。たまには肩の力抜いてもいいんじゃないですか?」

咲夜は一瞬だけ目を逸らして、ため息を吐いた。

「……一杯だけです」

俺はにやりと笑って、グラスを差し出した。

最初は立ち飲みのまま、堅い空気だった。

「先日の朝のことですが……お嬢様は“なかったことにする”とおっしゃいましたが、あなたはどう思っているのですか?」

重い質問だ。

俺はグラスを回しながら、正直に答えた。

「正直、頭から離れません」

小声で、でも咲夜に届く音量で続けた。

「もし本当に初めてだったとしたら……俺みたいな人間が、あんな立派なお嬢様に……責任とか取れるわけないし、取らせてもらえるとも思えないけど……でも、逃げるつもりもないです。出方を見て、ちゃんと向き合います」

すぐにいつもの笑顔に戻した。

「まあ、今は酒で許してもらえるなら、それでいいかなって!」

咲夜は一瞬、目を見開いた。すぐに表情を戻したが、声がわずかに柔らかくなった。

「……及第点、といったところですわ」

俺は内心でガッツポーズした。

その後は、自然と小上がりの座卓に移った。妖精たちが「メイドさんだー!」と飛び回り、大妖精が花を咲かせて歓迎する。七輪にするめを焼きながら、会話はどんどん弾んだ。

「この店、いつもこんなに賑やかですか?」

「妖精の取り分って言うんですけどね。樽から蒸発する分を妖精が持ってくって、西洋じゃ言われてるらしいんです。こいつらのおかげで酒が美味くなるんですよ」

咲夜は珍しく小さく笑った。

酒が進む。咲夜は何度も「仕事中ですわ……」と呟きながら、グラスを口に運ぶのを止めていた。でも俺の注ぎ足しは容赦ない。七杯目を空けたとき、咲夜はついにテーブルに突っ伏した。

「……もう、無理……ですわ……」

完璧なメイドが、とうとう崩れた。

俺は苦笑しながら立ち上がった。

「うら若き乙女を床に寝かせるわけにはいかないよな」

蔵の奥、自分の寝床に咲夜を抱き上げて運んだ。布団に横たえて、毛布をかけてやる。

銀の髪が乱れて、寝顔が無防備だ。寝息が静かに響く。

(……俺の布団、男の匂いしかしてないけど、床よりはマシか)

俺はカウンターに戻って片付けをしながら、妖精たちに「静かにしろよ」と小声で注意した。

翌朝。

咲夜は目を覚ますと、一瞬で状況を把握した。布団の匂い。俺の布団だということに気づいた瞬間、

「……男の人の……匂い……」

小さな呟きが漏れた。耳まで真っ赤になって、慌てて起き上がる。

「……っ!」

乱れた髪と服を整えながら、

「……記憶は鮮明ですわ。失態をお許しください」

声が震えている。

俺はニヤニヤを堪えて、

「楽しかったって言ってもらえただけで十分ですよ」

咲夜は購入した酒の袋をしっかり抱えて、

「二度目はございません」

と宣言して、でも最後に小声で、

「……また来ますわよ」

そう言って、完璧なメイドは朝の森へと消えていった。

俺はカウンターに戻り、残ったグラスを片付けながら呟いた。

「布団……干さなきゃ」

夜は寝静まっていた妖精たちも、朝日と共に目を覚ましたらしい。ピョンピョン跳ねて、朝の酒呑蔵はまた賑やかだった。

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