東方楽酔録 ~ Perfect Sake Bliss.~ 作:地軸
竹林は、歩けば歩くほど同じ顔をしていた。
月明かりに照らされた青白い幹、節の位置、足元の落ち葉の量まで、さっき見た景色とほとんど変わらない。三度目に同じ倒木を跨いだとき、さすがに俺は足を止めた。
「……あれ?」
迷った、というより――迷わされている。そんな感覚だった。
気配はある。視線も、足音も。だがどれも一拍遅れて、俺の後ろをなぞるだけで、正体を見せない。
ふと、竹の間を白い影が跳ねた。
次の瞬間には消えている。兎か? そう思って足元を見ると、さっきまでなかったはずの竹の子が一本、地面から顔を出していた。
「サービスがいいな」
苦笑して、腰の酒瓶を確かめる。――軽い。
減っている。でも消えてはいない。
なるほど、そういう相手か。
「人間さん、ずいぶん余裕だねぇ」
声だけが、竹の向こうから降ってきた。
姿はまだ見えない。からかうように、楽しむように。
「普通なら、もう泣き出してる頃なのにさ」
「泣いても出てきてくれるなら考えるけどね」
俺がそう返すと、くすくすと笑い声が転がった。
次に見えたのは影、その次に兎の耳。最後に、細めた赤い目をした兎姿の少女が、竹の陰からひょいと現れた。
「あらあら。本当に変な人間。
道案内してほしい? でも、タダじゃないよ?」
因幡てゐ。永遠亭の、幸運兎。
噂通りの目だ。人を値踏みする、軽くて鋭い視線。
「何かいいもの持ってないの? 竹の子とか、餅とかさ」
「あるよ」
俺は肩をすくめ、能力を解いた。
兎耳の意匠が入った酒瓶と、竹の子を使った肴が、空間から呼び寄せられる。
「どうぞ、てゐちゃん。俺の酒は無限だ」
一瞬、彼女の目が見開かれた。
だがすぐに警戒するように、杯を指先で弾く。酒面が揺れ、匂いを確かめるように鼻を近づけた。
「……毒じゃない。
でもさ、人間。私の幸運狙いじゃないよね?」
その言葉は冗談めいていて、同時に本気だった。
俺は首を振る。
「狙うと痛い目見るって聞いてる」
「正解」
てゐはにやりと笑い、ようやく杯を口に運んだ。
舌で酒を舐め、少しだけ目を細める。
「へえ……美味しいかも」
そこから宴は、一気に騒がしくなった。
酒瓶が隠れ、いつの間にか戻り、俺の頭には兎耳のカチューシャが被せられる。
「兎の王様だよ~」
「なら臣下はちゃんと仕えろよ」
俺が能力で仕掛けを逆転させると、今度はてゐが驚いた顔をする。
彼女が指を鳴らした瞬間、周囲の兎たちに小さな幸運が連鎖した。転びかけた兎が助かり、代わりに酒瓶が割れ、誰かが笑う。
――俺だけ、何も起きない。
「……あれ?」
てゐが首を傾げる。
「「私の幸運、効かない?」
その言葉に、胸の奥がひとつ、軋んだ。
竹林の冷えた空気に、場違いなほど懐かしい匂いが混じる。――酒蔵の匂いだ。
「実家がね……変わった神様を信仰しててさ」
そう言うと、てゐの耳が、ぴくりと動いた。
「お金に執着する人間に、
一番嫌われる神様だよ」
杯を指先で軽く揺らす。澄んだ音が、竹林に溶けた。
「だから、家では金の話をするなって言われてた。
その代わり、酒だけは切らすな、ってね」
てゐは何も言わず、俺の顔を見ている。
からかう目じゃない。値踏みする目でもない。
「名前は知らない。
ただ……奪うくせに、捧げものだけは受け取る」
少し間を置いて、肩をすくめた。
「酒一本で、全部済ませるような神様さ」
てゐは、ふっと息を吐いて笑った。
「……あはは。なるほどね」
彼女は杯を持ち上げ、俺と同じ酒を口にする。
「それなら、私の幸運が効かないのも、納得かも」
昔、幸運を与えた人間が、そのせいで潰れていった話。
だから彼女は、悪戯でバランスを取るのだという。
「人間に幸運与えすぎると、地獄ができるからね」
酒が進み、距離が縮む。
気づけば、てゐは俺の膝に乗っていた。
「効かない人間なんて、初めてでさ。
ちょっと近くで見たくなっただけ」
翌朝、竹林は驚くほど静かだった。
隣で、てゐが寝息を立てている。
「昨日のこと、忘れちゃダメだよ?」
笑顔でそう言われ、俺はただ、頷いた。
結構な量書いたけど、感想もらえない。
もう切り上げようかな。
おもろくないのかもしれない俺の小説