東方楽酔録 ~ Perfect Sake Bliss.~ 作:地軸
あれから数日が経った。
俺、酒飲楽は人里で仕入れを済ませて、夜の魔法の森を帰っていた。
提灯の火が小さく揺れて、今にも消えそうだった。
月は厚い雲に隠れ、木々の間から漏れる光は頼りない。
虫の声も途切れ、風が枝を鳴らす音だけが不気味に響く。
ふと、背筋に冷たいものが走った。
突然、周囲の音がすべて消えた。
次の瞬間、世界が真っ黒になった。
黒!! 黒!! 黒!!!
一切の光を通さぬ闇が俺の視界を塞ぎ、まるで盲目にでもなったかのようだった。
ヤバイ。
妖気と呼ぶべきものだろう。
レミリアさんから感じた力よりは小さいが、確実にこちらを殺しうる力の持ち主の気配。
逃げられない。
息が詰まる。
闇の中心に、金髪の少女の顔だけが、場に不釣り合いな無邪気な笑顔で浮かび上がった。
「ねぇ、あなたは食べてもいい人間?」
突然の言葉。
何を言っている。
脳がうまく機能しない。一体何を言っている。
「食べても……いい……?」
死ぬ。
本当に死ぬ。
震える手で酒瓶を握りしめた。
・
・
・
「そ、そんな事より……一緒に一杯どうだ?」
やっとの思いで絞り出した声がそれだった。
どうやらこの体は、
死にそうになっても徹頭徹尾、
誰かと楽しくお酒を飲むことしか考えてないらしい。
──その瞬間。
ルーミアの瞳が、
「人間を食べる」から「酒を飲む」へと、
ぱちりと切り替わった。
「……いい匂い」
闇が少しだけ薄れて、金髪の少女がニコニコしながら顔を近づけてきた。
「……これ、くれる?」
俺は必死で瓶を差し出した。
「い、一緒に飲まない……?」
ルーミアの目がキラキラと輝いた。
「飲む飲む飲む!!」
次の瞬間、闇がパッと弾けて消えた。
チルノが飛び込んできて大声で叫んだ。
「ルーミアが人間を食べてるー!!」
大妖精が目を輝かせて、優しく言った。
「わぁ、お酒のいい匂いがするね~」
リグル・ナイトバグが元気よく飛び込んきて、
「虫たちが騒いでる! 甘い匙いがするって!」
俺は思わずツッコんだ。
「おいおい、俺まだ生きてるぞ!?」
チルノがニヤリと笑って、
「生きてるなら一緒に飲むしかないよね!」
森が一気に明るくなって、即席宴会が始まった。
みんなで輪になって座り、酒を回し飲み。
能力で肴も勝手に出現。
するめ、はちみつたっぷりのお菓子(リグル持参)、枝豆、焼き鳥、謎の珍味、河童の漬物、鬼の辣油、天狗の酒盗、妖精の甘露まで。
ルーミアが闇の塊のようなものをグラスに流し込んで、
「黒いお酒~」
「闇って……飲んでも大丈夫なのかな?」
チルノが「冷やしてあげるよ!」と叫んで、
黒いお酒に氷をポンと浮かべてロックにしてくれた。
「みんなー集まれー!」
リグルが手を振ると、
無数の蛍が集まってきて闇夜を幻想的に照らす。
「お花も咲いてー」
大妖精が両手を広げると、
色とりどりの花びらが舞い始め、
森が一瞬で夢のような空間に変わった。
闇のロック、蛍火、花吹雪、氷のグラス。
「人間って意外と面白いね~」
ルーミアが俺の肩に寄りかかって笑った。
「あなたは楽しい人間だから、食べちゃダメな人間ね」
俺は一瞬背筋が凍った。
でも次の瞬間、胸の奥にじんわりと温かいものが広がった。
生きてる。
見逃してもらえた。
妖怪に「食べない」って言われたことなんて、
普通なら屈辱かもしれないけど、
俺はただ、
助かったって、
許してもらえたって、
一緒に飲ませてもらえたって、
それだけで、すごく嬉しかった。
「……ありがとう」
小声で呟くと、
ルーミアは「?」って顔をしたけど、
すぐにまたニコニコ笑って次の酒を注いでくれた。
チルノが「最強の氷彫刻!」と俺の似顔絵を作り、
リグルが「虫のダンス!」と蛍火を踊らせ、
大妖精が「みんな友達だよ!」と花を撒き散らした。
「生きてるって……最高だな」
俺は心底そう思った。
夜明け前、みんな酔って大爆笑。
誤睡なしで爽やか解散。
ルーミアが「また暗くなったら遊ぼうね~」と言い、
チルノが「次は私の勝ちだ!」と叫び、
リグルが「虫と酒、またね!」と笑い、
大妖精が「また遊ぼうね~」と手を振った。
妖精たちが元気に飛び去っていく。
俺は地面に座り込んで、
「……生きてる……」
朝日が昇り始めた森は、またいつもの賑やかさを取り戻していた。
──そして、次の日の昼下がり。
酒呑蔵の戸をガラガラと乱暴に開ける音がした。
「ねえ、何勝手に夜中に歩いてんじゃないわよ馬鹿!!」
博麗霊夢が、珍しく本気で怒った顔で立っていた。
隣には霧雨魔理沙が「あたしも聞いたぜ」と腕を組んでいる。
俺はカウンターで二日酔いを癒してたところだった。
「え、えっと……どうしたの急に?」
霊夢が一歩踏み込んで、
「ルーミアたちと夜通し飲んでたって聞いたわよ!
あいつらに襲われたらどうするの!?」
魔理沙がニヤニヤしながら続ける。
「おいおい、何の用事だったんだ?
近所なんだからボディーガードくらいしてやったのにもちろん有料でな!」
俺は苦笑いしながら、
昨日のことを簡単に説明した。
「いや、まあ……殺されかけたんだけど、酒を出したら仲間になって……」
霊夢が呆れた顔でため息。
「アンタ、本当に馬鹿ね……
でもまあ、無事で良かったわ」
魔理沙が肩を叩いて、
「で、昨日飲んだ酒の残りはないのか?
有料でボディーガードした報酬ってことで!」
俺は仕方なく、蔵から新しい瓶を出してやった。
霊夢は渋々座卓に座り、
魔理沙は「やったぜ!」とグラスを掲げる。
結局、昼間から三人で飲み直し。
妖精たちも昼間に気づいて乱入してきて、
また大宴会が始まった。
「……生きてるって、最高だな」
俺はまた、心底そう思った。