東方楽酔録 ~ Perfect Sake Bliss.~ 作:地軸
あれから十日ほど経った。
俺、酒飲楽はカウンターで二日酔いを癒していた。頭がいてぇし、気持ちは悪い。それでも酒を辞めようとは思わない俺は終わってるな。
妖精たちがピョンピョン跳ねたり飛んだり、いつもの賑やかさだ。
「失礼いたします」
背後からの声。誰かが入ってきた気配はなかったぞ?
銀髪にメイド服。十六夜咲夜だった。
「あらあら、だらしない格好ですわね」
俺は思わず背筋を伸ばした。
「ど、どうしたの急に?」
咲夜は無言で一枚の封筒を差し出した。紅い蝋で封がされ、スカーレット家の紋章が押されている。
「主より、楽さまにお預かりしましたお手紙でございます。どうぞ、お納めくださいませ。」
格式ばった洗練された動きと共に渡された紅い封筒。
「えっと蝋封ってナイフではがすんだっけ?ナイフどこかにあったかな?」
瞬間!
「どうぞ」
目をそらした覚えはなかったのだが、いつの間にか彼女の手にはナイフがあり蝋封が剝がされていた。
なんて早業だ。俺じゃなきゃ、いや普通に見逃していたのだが、やっぱり彼女も紅魔館の住人だけのことはあるのだろう。
「というか、主が出した手紙の蝋封ってメイドが明けていいものなの?」
「どうぞ」
笑顔でごまかされた。
えーっとなになに。
『宴を開く。
酒を持参せよ。
日時 今夜
紅魔館主人 レミリア・スカーレット』
「端的!!」
ラブレターをくれとは言わないがもう少しなんかあってもいいだろう。
咲夜は少し頬を染めながら、
「お嬢様は照れ屋でございますので…」
照れなのだろうか、だとしたら嬉しいものがどこまで信用していいやら。
「二度目はございません……
(小声で)でも、またお会いしたいと思っていました」
まぁ、俺が酒の誘いを断るわけもない。
俺は苦笑いして、
「了解。じゃあ今夜、酒を山ほど持っていくよ」
咲夜の瞳が一瞬、キラリと光った。
「楽しみにお待ちしております」
優雅に一礼して、咲夜は静かに去っていった。
俺は封筒を眺めながら、
(今夜は……覚悟がいるな)
と静かに息を吐いた。
────────────────────
夕方、俺は酒を山ほど抱えて紅魔館に向かった。
背負子が二つ分になった。重いけど、今日だけは気合で運ぶ。
魔法の森を抜け、霧の湖を渡り、紅魔館の巨大な門が見えてきた。
門の前に、いつもの赤いチャイナドレス姿の美鈴がいた。
……寝てる。
「おーい……」
小声で呼びかけても、「うーん……もうちょっと……」と寝言を返すだけ。
俺は苦笑いしながら、門の前に酒袋をドサッと下ろした。
音でようやく目を覚ました美鈴が、「あっ! 楽さん!!」と慌てて敬礼。
「す、すみません! 今日も門番の仕事で……」
「いや、寝ててもちゃんと門は守ってるよ」
俺は苦笑いしながら、
「俺なんて飲みながら働いてるんだから、メイリンは全然ましだ」
美鈴が一瞬ポカンとして、でもすぐにクスクス笑った。
「それ……褒めてるんですかねぇ」
「褒めてる褒めてる」
美鈴は肩をすくめて、
「まぁ、私も休みの日は寝てばっかだからお互い様です!」
そう言って俺の酒袋をひょいと担いだ。
「これくらい朝メシ前!」
さすが門番。
歩きながら、美鈴が小声でニヤニヤしながら言った。
「ねぇ……あの日の朝の約束、ちゃんと守ってますよ?」
俺は顔から火が出そうになった。
「み、見なかったことにしてくれたって言っただろ……!」
美鈴がクスクス笑って、
「もちろん! 私の口は固いですから!」
館の中へ案内されながら、俺はもう、逃げ場がないことを悟った。
(今夜は……本当に覚悟がいるな)
大広間の扉が近づいてくる。
────────────────────
大広間へ向かう廊下を歩いていると、図書館の扉が少しだけ開いていた。
「……誰?」
声がして、紫のローブを着た少女が顔を出した。
パチュリー・ノーレッジ。
「あ、先日の宴会でお会いしました、酒飲楽です!」
パチュリーが「ああ……」と小さく頷いて、隣に立っていた小悪魔が「こんにちは!」と手を振った。
「お酒の匂いがするわね……今日はまた宴会?」
「実は謝罪の宴に呼ばれてて」
「ふーん……レミィらしいわね」
小悪魔が俺に近づいてきて、小声でニヤニヤしながら囁いた。
「実は私、先日の夜……お嬢様の部屋の前で、全部聞いてました」
……!!
「『楽……もっと……』って声が……」
俺は耳まで真っ赤になった。
「こ、小悪魔ちゃん!?」
パチュリーが咳払いして、
「まぁ、若い証拠ね。今日は私も少しだけ参加するわ。貴方の能力に少し興味もあるし……あの日、私の喘息も出なかったのよね」
小悪魔が「やったー!」と飛び跳ねる。
パチュリーが小さくため息。
「……少しだけなら」
美鈴が横でクスクス笑いながら、
「さぁ、大広間ですよ~」
と俺の背中を軽く押した。
扉が近づく。
重厚な木の扉の向こうから、すでに賑やかな声が漏れていた。
フランが「来た来たー!」って叫ぶ声。
レミリアの「フラン、落ち着きなさい!」というツッコミ。
俺は深呼吸して、
(覚悟……決めるしかないな)
扉が、ゆっくりと開いた。
────────────────────
扉が開いた。
一瞬、空気が重くなった。
大広間中央の玉座に座るレミリア。幼く小さい姿だが、感じる力はその何倍も大きい。その存在感だけで部屋全体を支配している。紅魔の主としての、静かで絶対的な威厳が、俺の肌に突き刺さった。
そのすぐ横で、フランが「お兄ちゃん!」と飛びついてこようとした瞬間、俺の背筋にぞくりと冷たいものが走った。
瞳に、無垢なる無邪気さと、奈落のような狂気が、同時に宿っている。
殺気じゃない。でも、ここにいるちっぽけな一人のただの人間なんて一瞬にして消える。そんな確信めいた予感が、俺の全身を駆け巡った。
紅魔館最強の姉妹を、同時に、真正面から見据む。
レミリアが静かに立ち上がり、紅い瞳で俺を見据えた。
目が合うと、照れたように一瞬だけ視線をそらされた。が、すぐに改めてこちらを見つめ直してきた。
緊張感からの、突然のギャップに、胸がドキリと鳴った。
「……よく来たわね」
威厳と、どこか照れ隠しのような響き。
恐れと愛しさが混同する、不思議な感覚に、俺は胸の鼓動を抑えた。
咲夜が一歩横に控え、美鈴、小悪魔、パチュリーも自然に位置を取る。
俺は、酒袋を床に下ろしながら、喉が乾くのを感じた。
(……ここからが、正念場だ)
レミリアが咳払いして、微笑んだ。
「さて、改めて。先日はトラブルがあったとは言え、自ら招いた客にまともな挨拶もなく追い出したのは私の落ち度だ。今日は最後まで責任を持って歓待するわ。楽しんでいくと良い」
その言葉で、部屋の緊張が、ほんの少しだけ解けた。
俺は酒を並べ始めた。
まずレミリアに、
「これは、レミリアさんに。前回の宴会で日本食が好きって言ってたでしょ。外の世界の日本のウィスキー、山崎55年です。好みに合うかなって」
レミリアの瞳が一瞬丸くなった。
「日本の……ウィスキー?」
続けて、古ぼけたラベルのワインを差し出す。
「こっちはたまたま手に入ったレアそうなやつで……おまけです」
レミリアが瓶を手に取り、指先がわずかに震えた。
「ふふ、気が利くじゃない」
甘露蜜酒はメイド妖精たちに、無難な銘柄は美鈴・小悪魔・フラン・パチュリーへ。
そして最後に、咲夜にそっと近づいた。
「咲夜さんにも、贈り物があって」
差し出したのは、秋限定 純米酒「いざよい」
咲夜の瞳が、大きく見開かれた。
「自分の名前のついたお酒を飲むって、幻想郷じゃなかなか出来ないと思うんだけど……どうかな?」
咲夜は一瞬、言葉を失った。
瓶を受け取る手が、小さく震えている。
「……私の名前が、お酒に……」
頬が、みるみるうちに紅潮していく。
咲夜は俺をちらりと見て、すぐに視線を瓶に戻し、小さな、小さな笑みを浮かべた。
「……自分のために、わざわざ……」
耳まで赤い。
咲夜は深く一礼して、
「ありがとうございます」
と、いつもの優雅な声で、でも少しだけ裏返りながら言った。
レミリアが優しく微笑んで、
「良かったわね、咲夜」
フランが「咲夜、顔赤いよー!」と騒ぎ、美鈴が「おお……!」と感動し、小悪魔が「素敵です……」と呟き、パチュリーが「珍しい反応ね」と興味深そうに見つめる。
咲夜は咳払いして、いつもの完璧な笑顔に戻り、
「では……今夜は、このお酒で乾杯いたしましょう」
──そして宴会が始まった。