東方楽酔録 ~ Perfect Sake Bliss.~   作:地軸

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~雪女と、残雪見酒に燃える春~

春の気配が漂い始めた幻想郷。人里ではもう桜の蕾がほころびかけ、博麗神社あたりじゃ霊夢ちゃんが「今年も花見の準備しなきゃ」とぼやいてるらしい。紅魔館の庭園も、咲夜ちゃんが忙しそうに桜並木の手入れをしてるって小耳に挟んだ。でも、魔法の森の奥深く――俺の店、酒呑蔵の裏庭だけは、まだ深い雪に覆われたままだ。

雪は屋根から軒先まで届きそうなほど厚く積もり、足を踏み入れるたびにふくらはぎまでズボッと埋まる。息を吐くたびに白い霧が立ち、鼻先がチリチリと冷たい。それでも俺、酒飲楽は、どてらを羽織って裏庭に出た。今日は、あえてこの冷たさを正面から味わいたかった。

「よし、雪見酒だ」

呟いた途端、いつものように能力が勝手に動き出す。雪の上にござがふわりと広がり、小さな黒塗りの座卓がポンと現れる。氷でできた盃が三つ、キラキラと朝の光を反射しながら宙を舞い、ゆっくり卓に降り立つ。冷酒の徳利が二本、熱々の焼き芋が五本、串に刺さった味噌田楽、塩茹での枝豆、炭火で焼いた焼き鳥、湯豆腐用の小さな土鍋、河童のぬか漬け、天狗の干し肉、外の世界から取り寄せたカマンベールチーズと生ハム、さらには燻製の鱒まで、次々と雪の上に並んでいく。

寒い中で見る熱々の肴ってのは、妙に食欲をそそる。湯豆腐の湯気が白い息と混じり、焼き鳥の脂がジュッと音を立てて滴り落ちる。焼き芋の甘い匂いが冷たい空気に乗って鼻をくすぐり、俺は思わずゴクリと唾を飲んだ。

どてらをギュッと締めて、雪の上に正座する。冷気がズボット伝わってくるけど、これがまた心地いい。

と、その時。

「おーい楽ー! レティー連れてきたよー!!」

雪を蹴立てる勢いで、青いリボンの小さな妖精が突っ込んできた。チルノだ。

背中の氷の羽をバタバタさせて、興奮した顔で俺の前に着地する。その後ろから、白いドレスを纏ったレティ・ホワイトロックが、静かに微笑みながら立っていた。長い銀髪が風に揺れ、紫の瞳が裏庭の雪景色を優しく撫でるように見つめている。

白玉楼の異変解決宴会で少し話をしたが彼女は雪女らしい、恐ろしくもあるが、雪女とはその伝承から人を愛し人と寄り添うことができる妖怪だ。あまり畏れすぎるのもよくない。妖怪に畏れが必要とは言え、座敷童や白澤など人に寄り添える妖怪達を必要以上に畏れるのもまた違うのだ。

「……ここに、まだ雪が残ってるなんて」

レティの声は、雪解け水のように澄んでいて、どこか寂しげだった。春の陽射しが強くなるにつれ、彼女の存在感は薄れていく。それがわかってるからこそ、こうして最後の冬を味わいたがってるんだろう。

「どうぞ、レティさん。今日は特別に雪見酒です。俺もどてら一枚で付き合いますよ」

俺はどてらを羽織り直し、雪の上にどっかり腰を下ろす。チルノはもう雪の上に寝転がって、「冷たくて気持ちいいー!」と大はしゃぎだ。雪を掻き集めては投げ、掻き集めては投げ、しまいには雪だるまを作り始めてる。相変わらず元気すぎる。

レティがゆっくりと近づいてきて、俺の隣に腰を下ろした。距離、めっちゃ近い。ドレスの裾が雪に触れて、白い結晶がキラキラと散る。冷たい体温が、どてら越しにじんわり伝わってくる。

「……寒くない?」

レティが小首を傾げる。長い睫毛に雪が一瞬止まって、すぐに溶けた。

「寒いけど……なんか、こう、生きてるって実感するんだよな」

俺は苦笑いして肩をすくめた。レティはクスッと笑って、ぴったりと寄り添ってきた。

「あら、体温上げてあげましょうか?」

――むにゅ。

冷たい、でも柔らかい感触が、どてら越しに胸に当たる。俺の顔が一瞬で火照った。心臓がドクンと跳ねて、耳まで熱い。

「レ、レティさん!?」

「ふふ、外の雪より、こっちの雪玉の方が柔らかいみたいね」

レティは悪戯っぽく微笑みながら、わざと胸を押しつけるように体を預けてくる。冷たさと柔らかさのダブル攻撃で、俺の理性が雪より早く溶けそうになる。息が白く、頭がくらくらする。

チルノが横で腹抱えて爆笑。

「楽、顔真っ赤! 鼻血出そう!! もう出てるー!?」

「うるさい! チルノは冷酒飲んでろ!!」

俺は慌てて徳利を掴み、チルノの前に氷の盃を滑らせる。チルノは「わーい!」と飛びついて、一気に飲み干した。

「うぷっ! 冷たっ! でも美味しいー!! もう一本!!」

……妖精だから酔わないんだろうけど、念のため薄めておこう。俺はこっそり水で割ったやつを追加で注いでやる。

レティが静かに微笑み、俺の肩に頭を預けてきた。銀髪が頬にかかり、甘い雪のような匂いがする。

「春なのに、冬の味がする……あなたの体温で、私、少しだけ溶けそう」

冷たい指先が、俺の首筋をそっと撫でる。ぞくっとした。鳥肌が立つ。でも逃げられない。逃げたくない。

「……うわ、美味い」

俺は冷酒を一口。キンキンに冷えた酒が喉を滑り、体内でジワリと火が灯る。寒い中で飲む冷酒ってのは、まるで体の中から燃えるみたいだ。頭の芯がふわっと熱くなり、視界が少し歪む。

「レティさんもどうぞ」

俺が盃を差し出すと、レティは小さく頷いて、俺の手から直接飲んだ。唇が盃の縁に触れる瞬間、俺の指先が少し震えた。冷たい唇と、ほんの少しだけ温かい吐息。

「ん……綺麗な味。雪の味がする」

「……俺の酒に雪の味なんてするわけないだろ」

「するわよ。だって、あなたが注いでくれたんだもの」

ずるいな、そんなこと言われたら。

しばらく他愛もない話をしながら、肴を突つき、酒を酌み交わす。チルノは焼き芋を抱えて「熱い熱い!」と雪に転がり、レれども、すぐに復活してまた食べ始める。レティは湯豆腐を小さく箸でちぎって、俺の口元に運んでくる。

「あーん」

「……マジかよ」

顔がまた熱くなる。でも、拒否できるわけがない。俺は恥ずかしさをごまかすように口を開けて、ぱくりと食べる。

「美味しい?」

「……最高だよ」

レティが満足そうに微笑む。その笑顔が、雪景色より綺麗だと思った。

「なあ、レティさん」

俺は少しだけ真面目な声で言った。

「春が来ても、裏庭の雪はまだしばらく残ると思う。俺の能力が勝手に雪を残してるみたいでさ。だから……いつでも来ていいよ。涼みたい時でも、冬を思い出したい時でも、ただ俺と飲みたい時でも」

レティの紫の瞳が、雪の結晶みたいに輝いた。

「約束よ、楽」

雪がちらちらと舞い始める。俺たちの吐く息が白く混じり合い、盃がキラキラと光る。熱い肴の湯気と、冷たい酒の香り。チルノの笑い声と、レティの体温。

――この日から、酒呑蔵の裏庭は、春は花見、夏は星見、秋は月見、冬は雪見と、四季を通して使える「裏庭テラス」として、店の新しい名物になった。

レティはその後も、春の陽射しが強くなると、「少し涼みたい」と言いながら、ふらりと顔を出すようになった。時にはチルノを連れて、時には一人で。カウンターじゃなくて、必ず裏庭の雪の上に座る。

「楽、また寄り添ってもいい?」

「……どうぞどうぞ。俺のどてらはいつでも貸しますよ」

「ふふ、ありがとう」

むにゅ。

相変わらず冷たくて柔らかい。でも、もう顔はそんなに赤くならない。慣れたわけじゃない。ただ、少しだけ、春の終わりまで、この冷たさを味わっていたいと思った。

雪はゆっくり溶けていく。でも、俺とレティの間にある小さな冬は、まだもう少しだけ、続いていく。

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