能力者も秘密結社も存在しない退屈な世界にキレた俺は本物の厨二病たちをスカウトして【真・国家保安特務機関】を設立する~妄想が現実になった彼らはなぜか政府に土下座されています~   作:パラレル・ゲーマー

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第1話 世界が退屈すぎてキレた夜、俺は創造主(フィクサー)になる

 気がつくと、俺は白に埋没していた。

 上も下もない。重力も感じない。ただ、視界のすべてが純白のペンキで塗り潰されたような、酷く抽象的な空間だった。

 

「……死んだのか?」

 

 自分の声だけが、妙にクリアに響く。

 最後の記憶は曖昧だ。確かコンビニからの帰り道だった。点滅する信号機、突っ込んできたトラックのライト、急なブレーキ音。そして、世界が反転したような衝撃と暗転。絵に描いたような事故死である。

 

 俺こと御影 迅(みかげ・じん)の人生は、二十数年であっけなく幕を閉じた――はずだった。

 

「にゃーん」

 

 間の抜けた鳴き声が、俺の意識を引き戻す。

 

 視線を下げると(足場があるのかも不明だが)、そこに「いた」。

 艶やかな黒い毛並み、黄金色の瞳。そして、なぜか首元には賢者がつけるような古めかしい勾玉の首飾りを下げた、一匹の黒猫。

 

 そいつは俺の足元で香箱座りを決め込み、ふあと大あくびをした。

 

「……猫?」

 

「うむ、猫じゃな」

 

「猫が喋ったあぁぁッ!?」

 

「やかましいわ。驚くでない。これだから、最近の魂は」

 

 猫は面倒くさそうに前足で顔を洗う仕草をしたあと、人間臭い流し目で俺を見上げた。

 

「自己紹介が遅れたの。ワシはこの空間の管理者にして、あまねく世界を観測する『賢者』――まあ便宜上『神』とでも呼べばいい存在じゃ」

 

「神……様……?」

 

 俺は唖然として黒猫を見下ろす。この愛らしい小動物が?

 

「なんじゃ、不服か? 人の姿より、このフォルムの方が撫でられやすいし、ちゅ~るも貰いやすいからのう。合理的じゃろ」

 

「はあ……」

 

 妙に世俗的だ。

 

「それでな、お主を呼んだのは他でもない。お主の死因じゃが、ありゃ本来の寿命じゃない。ワシがちょっと毛繕いに夢中になっている間に、因果律の糸がこんがらがっての。ワシが管轄しとる世界で、うっかりお主を死なせてしもうた」

 

「……医療ミスみたいなノリで死因を語るなよ!」

 

「すまんすまん。で、お主の魂を消滅させるのも忍びないし、元の世界に戻すのも法的にアレで面倒……ゲフン、難しい。そこでの。どうじゃ? ここではない『別の世界』へ転生してみる気はないか?」

 

 転生。

 

 その甘美な響きに、俺の中のオタク魂が反応した。ラノベやネット小説で何千回と読んだ導入だ。まさか自分が当事者になるとは。

 

「つまり、異世界転生ってやつですか!?」

 

「察しが良くて助かる。そう、俗に言う『神様転生』じゃ。まあお詫び案件じゃからな、ただの転生ではないぞ? お主が次の世界で楽しく生きられるよう、特典(チート)をひとつくれてやろうと思う」

 

 黒猫の髭が、ニヤリと歪んだように見えた。

 

「なんでもいいんですか? 魔力無限とか、最強の聖剣とか」

 

「もっと自由でいい。ワシの力の一端を貸す。……そうじゃな、『設定実体化(フィクション・リアライズ)』なんてどうじゃ?」

 

「設定……実体化?」

 

「うむ。お主が『こうである』と定義し、書いた設定や物語を現実に上書きする能力じゃ。嘘を真実に変える力と言ってもいい。かっこいいじゃろ?」

 

 俺は息を呑んだ。

 

 それはつまり、全知全能に近い力ではないか。魔法がない世界なら「魔法がある」と書けばいい。金がなければ「金持ちである」と書けばいい。

 

「最高です。ぜひそれでお願いします! ……で、次の世界ってどんな場所なんですか? 剣と魔法の世界ですか?」

 

「さあのう。ワシの管轄外の座標へ飛ばすからの。行ってからのお楽しみじゃ。だがまあ、新しい人生を謳歌せよ」

 

「よっしゃあ! 行きます!」

 

「よしよし、契約成立じゃ。では早速送るぞ。……あ、言い忘れたが」

 

 黒猫――神は、俺の体が光の粒子になり始めたのを見て、最後に付け加えた。

 

「お主、せっかくワシと同じ力を持つのじゃ。ただ生きるだけでは、つまらなかろう?」

 

「へ?」

 

「元気でな。そして目指すがいい『神の座(領域)』を! ワシと肩を並べるご同胞が増えることを祈っておるぞ~」

 

「え、ちょっとどういう意味――」

 

 問い返す間もなく、視界が白に反転した。

 

 俺の意識は、暖かな羊水の中へと溶けていった。

 

 オギャーと産声を上げてから十数年。

 

 結論から言おう。

 

 新しく生まれ変わったこの世界は、とんでもなく退屈で、どうしようもなく「普通」だった。

 

 転生先の世界は、前世の日本と瓜二つだった。歴史も文化も科学技術のレベルも、何ひとつ変わらない。あるとすれば、俺という異物が混入したことぐらいだ。

 

 両親は、ごく一般的な善良な市民。俺、御影 迅は、長男として何不自由なく育てられた。

 

 もちろん俺には記憶がある。そして、神(猫)から授かったチート能力『設定実体化』がある。

 

 俺は幼少期から、周囲にバレないように、この能力の検証を行ってきた。

 

 ノートの切れ端に『この引き出しの中にキャラメルがある』と書けば、空っぽだった引き出しからキャラメルが出てくる。『今日の天気は雨のち晴れ』と日記に書けば、予報が嵐でも晴れる。

 

 すごい。俺は神になった。

 

 しかし同時に、違和感も覚えた。

 

 この力、反作用(リアクション)がなさすぎるのだ。

 

 前世のフィクションなら、能力を使えばそれを感知する「組織」とか「魔法使い」とか、あるいは「結界」の反応みたいなものがあるはずだ。

 

 だが、何も起きない。

 

 中学生になった俺は、本格的に「世界の裏側」の調査を開始した。

 

 俺の能力に、自分への強化設定を加える。

 

 ――『御影迅は、あらゆるネットワークに痕跡を残さず侵入できる、超一流のハッカーと同等のスキルを持つ』。

 

 その能力を使い、防衛省、ペンタゴン、CIA、バチカン、ありとあらゆる極秘データベースを覗き見た。

 

 期待していた。「エリア51には宇宙人がいる」「政府は秘密裏に対魔組織を運営している」「古の神々が封印されている」……そんな真実を。

 

 結果は、絶望的なまでの「シロ」だった。

 

 そこにあったのは、ただただリアルで生臭い政治とカネのやり取りと、退屈な機密情報だけ。

 

 宇宙人? いない。

 超能力者? インチキか誤認。

 秘密結社? フリーメイソン的な友愛団体はあっても、世界を裏から操る闇の支配者なんて存在しなかった。

 

 俺は呆然とモニターを見つめ、乾いた笑いを漏らした。

 

「嘘だろ……。あの猫、管轄外の世界に送るとか言ってたよな?」

 

 てっきり「管轄外」というから、物理法則が違うファンタジー世界かと思っていた。

 

 蓋を開ければどうだ。魔法もダンジョンも怪異もヒーローも存在しない。

 

 前世の科学万能社会とまったく同じ、完璧なまでに合理的な世界。

 

 それが俺の転生先だった。

 

 高校生になった俺は、もはやヤケクソで行動範囲を広げた。

 

『俺は空を飛べる』『俺は透明になれる』『俺は世界中の言語を話せる』。

 

 夏休みを利用し、能力で単身世界一周旅行をした。

 

 エジプトのピラミッド内部へ潜り込んだ。→ ただの墓だった。ミイラが起き上がる気配はない。

 アマゾンの奥地へ踏み入った。→ 未知の巨大生物は発見されず、絶滅危惧種の鳥がいただけ。

 バミューダトライアングルへ飛んだ。→ 磁場が少し不安定なだけで、異空間へのゲートなんて開いていない。

 

 帰国の飛行機(の屋根の上)で、俺は満天の星空を見上げながら、深い深いため息をついた。

 

「……マジかよ」

 

 チート能力はある。何でもできる。

 

 金も女も地位も、能力で「設定」を書けば手に入るだろう。

 

 だが俺が本当に求めていたのは、そんなものではなかった。

 

 もっとこう、魂が震えるような「非日常」。

 

 世界の闇と戦ったり、選ばれし者として覚醒したり、強大な敵と命を賭けて戦ったりする……そういう熱い展開が欲しかったのだ。

 

 俺だけが特別で、あとは全部「一般人(モブ)」。

 

 誰も魔法を知らない。誰も異能を知らない。

 

 そんな世界で俺一人が最強だなんて、まるでチートコードを使ってレベル1の雑魚モンスターを虐殺するゲームのようなものだ。虚しい。あまりにも虚しい。

 

 時は流れ、俺は二十歳になった。

 

 世界に絶望した俺は、大学にも行かず、適当なワンルームアパートで一人暮らしを始めていた。

 

 表向きの職業は「Webライター」。

 

 もちろん金に困っているわけではない。能力で銀行口座の数字を書き換えれば、国家予算レベルの金だって手に入る(インフレが怖いからやらないが、財布の中身を常に万札で満たすくらいはしている)。

 

 だが無職でいると、社会的に怪しまれる。適当な隠れ蓑が必要だった。

 

 それに、この仕事は俺のささやかな抵抗でもあった。

 

『歌舞伎町の地下に巨大ダンジョン発見か!? 目撃者に突撃取材!』

『政府がひた隠す人体実験施設「第9サティアン」の真実を追う!』

『河川敷で見つかった未確認生物の骨、DNA鑑定不能!』

 

 俺が運営するオカルト系ブログ【月刊:世界の裏側】に、俺は今日もデタラメな記事をアップする。

 

 キーボードを叩く指が重い。

 

 コメント欄には、即座に反応がある。

 

『はいはいワロス』

『ソースは? また妄想乙』

『このライターまだ活動してたんだ。SF小説でも書けば?』

 

 画面の向こうの冷めた視線。それがこの世界の「正常」な反応だ。誰も信じない。だってそんなものは存在しないから。

 

「あああーーーーッ!! もう!!」

 

 俺、御影 迅は叫びながら、飲みかけのストロング缶チューハイをテーブルに叩きつけた。中身が溢れ、ノートパソコンのキーボードにかかるが、そんなことはどうでもいい。能力で『PCは防水で壊れない』と設定済みだ。

 

「つまんねえ!! つまんねえんだよ、この世界ッ!!」

 

 二十年。

 

 よく耐えたと思う。大人になるまで様子を見よう、もしかしたら何かが起きるかもしれない、そんな淡い期待を抱いて生きてきた。

 

 だが今日もニュースキャスターは、平和な顔でパンダの赤ちゃん誕生を伝えている。事件といえば、汚職か不倫か交通事故。

 

 世界の理(ルール)は鉄壁だ。

 

 神(猫)の言葉が脳裏をよぎる。

 

 ――お主、せっかくワシと同じ力を持つのじゃ。ただ生きるだけではつまらなかろう?

 ――ワシと同じ『神の座』に到達してみせるのじゃぞ!

 

「……到達しろって言われたってよぉ、なんにもねえ場所でどうしろってんだ」

 

 空き缶を握りつぶす。

 

 神の座。創造主。

 

 ふと、その言葉の意味を反芻する。

 

 創造主とは、何もないところから有るものを生み出す存在だ。

 

 そうか。管轄外のこの世界がこんなにも退屈なのは……まだ「白紙」だからか?

 

 思考が停止する。そして、猛烈な熱となって再始動する。

 

 そうだ。簡単な話じゃないか。

 

 俺はどうして今まで、受動的(受け身)に待っていたんだ?

 

 不思議な事件が起きるのを待つ? 秘密結社が見つかるのを待つ?

 

 バカか、俺は。

 

 ないなら――

 

「――ないなら作ればいいだけじゃねえか」

 

 唇が勝手に吊り上がる。笑いが込み上げてくる。

 

 そう、御影 迅こそがこの世界唯一の「バグ」であり、「特異点」。

 

 世界がこんなにも現実的(リアル)で退屈だと言うなら、俺がその顔面に極彩色のペンキをぶちまけてやればいい。

 

 俺好みの「闇の組織」を作り、俺好みの「異能バトル」を展開し、俺好みの「世界の危機」を演出し、それを俺の組織が人知れず救う。

 

 この退屈で平穏な現代社会を、極上のエンターテインメント空間(戦場)に変えてやる。

 

「決定だ。今日この瞬間、世界は変わる。……俺が変える」

 

 俺は濡れたノートパソコンに向き直り、ニタニタと不気味な笑みを浮かべながら、新しい記事(シナリオ)を打ち込み始めた。

 

 もう、嘘記事を書いてバカにされるだけの自分は終わりだ。これからは、俺が書いた記事が「予言書」となり、世界の「歴史書」となるのだ。

 

【緊急速報:新宿中央公園にて所属不明の武装集団と『怪物』が交戦中。政府は情報の封鎖を開始しました】

 

 エンターキーをッターン!! と思い切り叩く。

 

「よし。まずは……『怪物』の生成からだな」

 

 俺は窓を開け、眠らない街・東京の夜景を見下ろした。

 

 この眼下に広がる数千万の「モブ」たちよ、震えて眠れ。そして感謝しろ。

 

 お前たちの退屈な日常を、これから俺が最高に面白おかしくぶち壊してやる。

 

「……だが、俺ひとりじゃ『組織』にはならねえな」

 

 秘密結社ごっこをするには、部下が必要だ。

 

 それもただの部下じゃない。俺の設定(妄想)を心から信じ、共にこの茶番を命がけで演じてくれる、選ばれし精鋭たち。

 

 今の日本に、そんな都合のいい人材がいるだろうか?

 

 いや、いるはずだ。

 

 俺と同じようにこの退屈な世界に絶望し、人知れず「特別な何か」を求めている魂が。

 

 前世で言うところの――『厨二病』の患者たちが。

 

「待ってろよ、未来の英雄(おもちゃ)たち。お前らの痛々しい妄想、全部俺が『本物』にしてやるからな!」

 

 夜風に吹かれながら、御影 迅は高らかに宣言する。

 

 世界征服の……いや、壮大なる「厨二病ごっこ」の始まりだった。

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