能力者も秘密結社も存在しない退屈な世界にキレた俺は本物の厨二病たちをスカウトして【真・国家保安特務機関】を設立する~妄想が現実になった彼らはなぜか政府に土下座されています~   作:パラレル・ゲーマー

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第11話 パンドラの試験管および大国たちの裏切り

 東京湾岸エリアにある、警視庁科学捜査研究所の地下深部。

 極秘に増設された『特異生体解析セクション』には、冷たい機械音と研究員たちの荒い呼吸だけが響いていた。

 

「……信じられない。総帥(マクスウェル)の言葉は本当だったのか」

 

 主任研究員の木島は、防護ガラスの向こう側を食い入るように見つめながら呻いた。

 彼らが研究しているのは、先日NYやロンドンの討伐戦跡地から極秘裏に回収された『魔獣(シャドウ・ビースト)』の組織片、および凝固した黒い体液である。

 

 地球上の元素表には存在しない、未知の物質。

 だが、それをマウスのDNAに結合させた結果、驚くべき変異が起きていた。

 

 実験体コードM-04。

 かつては普通の白いハツカネズミだった個体だ。

 

 投与からわずか24時間後、その姿は変貌を遂げていた。

 毛並みはタワシのように硬化して漆黒に染まり、目は充血したように赤く発光している。

 

「バイタル確認。……心拍数、分間600。体温45度。代謝機能が通常の20倍に跳ね上がっています。普通なら心臓が破裂して即死する数値ですが、ピンピンしています」

 

 助手が震える声でデータを読み上げる。

 

「驚異的な生命力(タフネス)です。毒ガスを散布しても呼吸を止めず、致死量のリシンを注射しても、3分で分解しました」

 

「生物兵器としての基礎性能だけでこれか……。だが、本番はここからだ」

 

 木島は手元のスイッチを押し、実験ケージの中に「捕食者」となるヘビを投入した。

 

 通常のマウスなら、パニックになり隅に縮こまるところだ。

 だがM-04は逃げなかった。むしろ赤い目を細め、ニタニタと笑ったように見えた(マウスが笑うはずなどないのに)。

 

 ヘビが鎌首をもたげ、マウスに襲いかかろうとしたその刹那。

 

 キィッ!

 

 マウスが短く鳴いた。

 すると不可解な現象が起きた。

 

 ヘビの動きが、空中でピタリと静止したのだ。

 筋肉が硬直したのではない。まるでその周囲の「時間」だけが切り取られたかのように、舌を出した状態で固まっている。

 

「なっ……!? 時間停止? いや、空間固定か?」

 

「センサーに異常値! 脳波ではありません、未知の干渉波です!」

 

 モニターが警告色に染まる。

 

 M-04は、動けないヘビの身体を悠々とよじ登り、その頸動脈に鋭い牙を突き立てた。

 

 ジュウウゥゥゥ……。

 

 ヘビの肉体が急速にドロドロの黒い液体へと変化し、マウスに吸収されていく。

 

 木島は戦慄した。

 

「……見た者の動きを止める『邪眼(イビル・アイ)』。そして、接触による『捕食吸収(ドレイン)』……!」

 

 これはもはや生物の進化ではない。オカルトだ。

 

 御影の言葉が脳裏をよぎる。

『魔獣の力を利用して超常的な力を得ることも可能だろう』。

 

 あの黒き預言者は、この結果を知っていたのだ。

 

 別のケージ、実験体M-07の様子も異常だった。

 ケージ内には何もいないように見える。

 

 だが、床に設置されたチーズが勝手に宙に浮き、何もない空間へ消えていく。

 

「サーモグラフィーに反応あり! 床です! 床の『影』の中にいます!」

 

「影渡り(シャドウ・ウォーク)か!」

 

 M-07は自分の影を自由に使い、ケージ内の物理法則を無視して移動していた。

 時折、影の中から黒い爪のようなものが飛び出し、疑似餌の昆虫メカを一刀両断にする。

 

 防御無視の影の刃。

 こんな能力を持った暗殺部隊が作られたら?

 

 国家のセキュリティなど、紙屑同然になる。

 

「主任……これ、報告しますか?」

 

 助手の顔色は蒼白だった。

 これを上に上げればどうなるか、想像に難くない。

 

「マウスで成功したなら、次は……」

 

「言うな」

 

 木島は汗を拭い、重く頷いた。

 

「だが、報告しないわけにはいかない。……我々はパンドラの箱を開けてしまったようだ」

 

 彼の手は震えながらも、レポート送信のエンターキーを押した。

 宛先は、日本政府中枢、そして国連科学委員会。

 

          * * *

 

 翌日、ジュネーブの国連本部・非公開会議室。

 

 円卓を囲むのは、米・英・仏・中・露の常任理事国代表と、主要先進国の科学顧問たちだ。

 中央のスクリーンには、日本から送られてきた「異能マウス」の実験映像が流されていた。

 

 マウスが蛇の時を止め、喰らい尽くす映像に、出席者たちの顔が強張る。

 

「……グロテスクだな」

 

 イギリス代表がハンカチで口元を押さえ、不快感を露わにした。

 

「たかがネズミ一匹が、メドゥーサのごとき魔力を得たというのか?」

 

「日本のデータに間違いはない」

 

 アメリカ代表が、低い声で応じた。

 彼の手元には既に、NYで回収されたサンプルを使った独自の(そして失敗した)実験データがあったが、それは伏せている。

 

「この『黒の因子(ブラック・ファクター)』と仮称される物質は、宿主のDNAを書き換え、異能の器へと強制進化させる。成功率は低いが、適合すればその効果は……映像の通りだ」

 

 会議室の空気が張り詰める。

 

 誰の頭の中にも、一つの可能性が浮かんでいたからだ。

 

 ――これを『人間』に応用すれば?

 

 沈黙を破ったのは、人権派で知られるカナダの代表だった。

 

「……まさか、貴殿らはこれを人間で試そうなどとは考えていないでしょうね?」

 

 彼の声には、怒気が滲んでいた。

 

「人体実験? 馬鹿な!!! そんなこと、現代の倫理規定で許されて良いはずがない! 国際法違反、いや人道に対する罪だ!」

 

「その通りだ!」

 

 ドイツ代表も追従する。

 

「ナチスの再来など御免だ。この技術は封印すべきだ!」

 

「理想論ですね」

 

 冷ややかな声で、中国代表が切り捨てた。

 

「……あの『真・国家保安特務機関』の連中を見てみなさい。彼らは生身で空を飛び、物理法則を無視している。あれこそが、この技術の完成形ではないのか? 既に誰かが我々の知らないところで成功させているのだ」

 

「だからと言って、我々も同じ地獄に踏み込めと?」

 

「地獄ではない。対抗手段だ。……もし彼らが牙を剥いた時、核ミサイルが通用しない相手に、どうやって国を守る? 綺麗事を言っている間に、国民が虐殺されるぞ」

 

 正論という名の毒薬。

 

「しかしだ……!」

 

 建前上の議論は続いた。

 

「断固反対する!」「制御不能になればバイオハザードだ!」「だが指を加えて見ているわけにはいかん!」

 

 大声で反対し、机を叩き、正義を振りかざす。

 それが国連という劇場の、表舞台でのお仕事だからだ。

 

 そして会議は、玉虫色の決議で幕を閉じた。

 

 『当該物質の危険性を考慮し、加盟国はこれを厳重に管理すること。および人道的観点から、臨床実験を当面の間禁止(モラトリアム)とする』。

 

 平和的な、常識的な結論だ。

 

 だが、会議室を出た瞬間、各国の代表たちの顔つきが変わった。

 

 ◆アメリカ代表の公用車内。

 

 彼は防諜仕様のスマートフォンを取り出し、本国のペンタゴンへ暗号回線を繋いだ。

 

「……私だ。国連の猿芝居は終わったよ。『禁止』だそうだ。……ああそうだ。もちろん公式にはな」

 

 彼は車窓の外を眺めながら、冷徹に告げた。

 

「『エリア51』地下の研究施設のレベルを上げろ。死刑囚リストの上位20名、いや50名を搬入しろ。彼らには国の英雄になれるチャンス(人体実験)を与えてやれ。……急げよ。中国やロシアに先を越されるな。最強の『超人兵士(スーパー・ソルジャー)』を来月までに完成させるんだ」

 

 ◆中国代表の滞在ホテル一室。

 

 彼もまた、北京の中南海へ即座に指示を出していた。

 

「人民解放軍・特殊生体部門へ通達。奥地の少数民族自治区から『ボランティア』を募れ。数は問わん。適合率の高い子供が良いかもしれんな。……西側の甘っちょろい実験では到達できない『量』で圧倒する。失敗作(廃棄物)の処理班も手配しておけ」

 

 ◆ロシア代表、およびその他列強諸国。

 

 内容は違えど、やっていることは同じだった。

 

「極秘に進めろ」「予算は青天井だ」「他国より先に実用化せよ」。

 

 国連で高らかに掲げた「人権」という看板は、ドア一枚隔てた裏側で、軍靴の下に踏みにじられていた。

 

 これが人間の業。

 

 恐怖は理性をも凌駕する。

 未知の力を持つ「謎の組織」への恐怖と、「他国に出し抜かれる」という猜疑心。

 この二つが大国たちの背中を、禁断の領域へと蹴り飛ばしたのだ。

 

 世界中で秘密裏に『強化人間プロジェクト』が動き出した。

 

 ある国では刑務所から囚人が消え。

 ある国では貧民街から孤児たちが神隠しに遭い。

 そして、ある国では志願した精鋭特殊部隊員たちが遺書をしたためて、隔離病棟へと消えていく。

 

 その全てが、魔獣という劇薬を手にするため。

 皮肉にも、御影が適当に撒いた餌(嘘設定)が、人類を狂気じみた軍拡競争へと駆り立ててしまったのだ。

 

         * * *

 

 世界中で秘密裏に『強化人間プロジェクト』が動き出した。

 死刑囚、孤児、特殊部隊員たちが、魔獣因子の投与という名の人体実験へと送り込まれていく。

 

 各国の研究所からは、悲痛な叫びと共に『心停止確認』『被検体ロスト』の報告が相次いだ。

 

 ――表向きは、そういうことになっていた。

 

          * * *

 

「……はぁ。どいつもこいつも、加減を知らない馬鹿ばっかりだな」

 

 日本の六畳一間。

 御影 迅は、モニターに表示された世界各国の惨状を見て、大きくため息をついた。

 

「マジでやりやがったよ人体実験。こっちが引くレベルで容赦ないな、人類」

 

 画面には『被検体A:死亡処理』『被検体B:廃棄処分』の文字が躍っている。

 

 本来なら、俺の「嘘設定」に踊らされて、本当に死人の山が築かれているはずだった。

 だが、それはさすがに寝覚めが悪い。

 

 俺は世界を面白くしたいのであって、ホロコーストを望んでいるわけではないのだ。

 

「……あくまで『ごっこ遊び』の範疇を超えちゃいけない。これ、鉄則」

 

 御影はキーボードを叩き、あらかじめ仕込んでおいた【裏設定:強制救済プロトコル】の稼働状況を確認した。

 

 これは、魔獣因子が人間に投与された際、その負荷が致死量を超えた瞬間に発動する緊急システムだ。

 

 ――システムログ参照。

 ・NYエリア51地下にて、被検体No.13、因子適合失敗。生体反応停止直前にプロトコル起動。

 ・対象者を「死亡」したように見せかけるダミー幻影(死体)を残し、本体を即座に「転送」する。

 ・転送先:座標X-99, Y-00【平和で豊かな常夏の無人島(別名:パラダイス・アイランド)】。

 

 そう。実験に失敗して「死んだ」とされる人々は、誰一人死んでなどいない。

 

 彼らは光に包まれて消失し、次の瞬間には青い海と白い砂浜が広がる南の島(御影が異空間に作った、食料無限・気温快適・危険生物ゼロの超平和なリゾート地)で目を覚ますのだ。

 

 そこでは、不治の病も癒え、のんびりとバカンスを楽しめる設定にしてある。

 

「まあ、社会的に『死んだこと』にはなってるから、元の生活には戻れないけど……刑務所や貧民街で朽ちるよりは、南国でマンゴー食べて暮らすほうがマシだろ?」

 

 これは俺なりの慈悲であり、暴走する人類への、せめてもの良心のブレーキだ。

 

 御影はモニターの隅にある「島」の監視カメラ映像をチラ見した。

 

 画面の中で、さっき「廃棄処分」されたはずのアメリカの元死刑囚とロシアの孤児たちが、浜辺で仲良くヤシの実サッカーをしている姿が映る。

 

「平和かよ」

 

 思わずツッコミを入れてしまう。

 

 この島に放流された彼らは、これから一生、俺の作った箱庭で幸せに暮らすことになる。

 これぞ究極の更生プログラムだ。

 

「よし、生存者多数。死者ゼロ。……俺ってば、神として有能すぎない?」

 

 自画自賛しながら、御影は視線を「成功例」の方へと戻した。

 

 大多数は失敗(転送)したが、その屍(と偽装されたダミー)を超えて、奇跡的に因子に適合し、この過酷な実験に耐えきった「当たり」が数名出ている。

 

「おっ、こいつは……アメリカの元グリーンベレーか。適合率80%。『身体鋼鉄化』の能力に目覚めかけてるな」

 

「こっちは中国の少女か……。精神干渉系の能力。ふむ、ライバルキャラとして有望だ」

 

 これらの成功者たちは、これから各国の政府直属の『強化兵士』として利用されることになるだろう。

 

 可哀想ではあるが、彼らは自ら志願(あるいは同意)した強者たちだ。

 魔獣因子という力を得た代償として、物語の舞台に立ってもらう。

 

 彼らが、我々『真・国家保安特務機関』の前に立ちふさがる、悲しき敵役(アンチ・ヒーロー)となるのだ。

 

「いい配役だ。悲劇と、少しの救い。そして、避けられない対立」

 

 御影はストロングゼロの空き缶を積み上げた。

 

 表の世界では、政府は非道な人体実験で兵器を開発し、国民を騙していることになっている。

 裏では、実は犠牲者たちは楽園でバカンスを楽しんでいる。

 

 その事実を知るのは、この世界でたった一人、創造主たる俺だけ。

 

「くっくっく……。まあ、これくらいの手心は加えてやらないとな。俺は悪魔じゃなくて、あくまで『厨二病の神』だからな!」

 

 かくして、人類の歴史上もっとも倫理的(?)かつ残酷な兵器開発競争が始まった。

 

 死ぬはずだった弱者たちは楽園へ。

 力を手にしてしまった強者たちは修羅の道へ。

 

 御影の掌の上で、運命は鮮やかに振り分けられていくのだった。

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