能力者も秘密結社も存在しない退屈な世界にキレた俺は本物の厨二病たちをスカウトして【真・国家保安特務機関】を設立する~妄想が現実になった彼らはなぜか政府に土下座されています~ 作:パラレル・ゲーマー
東京の下町、とあるファミリーレストラン。
お昼時の店内は、ランチを楽しむ主婦たちやサボりのサラリーマン、騒がしい学生たちでごった返していた。
その喧騒の中を、一人の店員が忙しく、かつ軽快に動き回っている。
「いらっしゃいませー! 二名様ですね、こちらのお席へどうぞ!」
「日替わりランチ一つ入りましたー!」
「はい、お冷のおかわりですね。少々お待ちください!」
ネームプレートには『火村(ひむら)』と書かれている。
清潔感のあるショートヘアに、愛想の良い笑顔。キビキビとした無駄のない動き。どこからどう見ても、真面目で好感度の高い好青年だ。
客のおばさまたちも、彼の爽やかな笑顔を見て「あら、感じのいい子ね」とひそひそ噂しあっている。
彼こそが、昨夜、新宿中央公園で黒炎を撒き散らし「俺は凶暴だぜ」とほざいて飛び去ったあの青年――組織でのコードネーム『ライト(右腕)』である。
本名、火村 陽介(ひむら ようすけ)。23歳、フリーター。
(……チッ、今日はまた一段と客が湧いてきやがる)
表向きの爽やかスマイルとは裏腹に、彼の脳内は大荒れだった。
(ハンバーグ三つにドリンクバー、ガキがこぼしたスープの処理、レジの行列……ああ、うざい。実にうざい。すべて焼き払ってしまいたい衝動に駆られるぜ)
だが、彼はそれを微塵も表に出さない。
なぜなら、それが「強者」の振る舞いだからだ。
『本当の実力者は、日常の中に完璧に溶け込むもの』。それが彼の信条(美学)だった。
彼は二十年以上、この世界に違和感を抱きながらも、誰よりも普通に、誰よりも健康的に「社会不適合者」の仮面を被って生きてきた。
「本当の俺」を隠すために、あえて人畜無害な好青年を演じる。この背反する二律背反(アンビバレンツ)こそが、彼の心をくすぐるのだ。
「あ、火村くーん! 悪いんだけど、3番テーブル片付けてくれる?」
「はーい、了解です!」
バイト仲間の女子大生からの指示に、一オクターブ高い声で応じる。
「あ、私がやっとくよ? 火村くん休憩まだでしょ?」
「いえいえ、これくらい俺がやりますよ。先輩こそ足、痛そうじゃないですか。座ってていいっすよ」
「えーっ、火村くん優しすぎ! イケメン!」
「あはは、よしてくださいよー」
心の中では『愚かな……俺の優しさなど、偽善の皮だとも知らずに』と舌を出しながら、完璧な配膳テクニックで皿を回収していく。
――ズキン。
ふと、右腕に鋭い痛みが走った。
いや、痛みではない。脈動だ。昨夜「開花」させられたあの力が、内側から自己主張をしている。
食器を落としそうになるのを、超人的な反射神経で寸前でキャッチする。
(おいおい……大人しくしてろよ、相棒。ここは戦場(フロア)だぞ?)
彼はエプロンの下、右腕をさする。
あの日以来、彼の身体能力は明らかに向上していた。
トレーに乗せた10人分の料理も羽毛のように軽く感じるし、走り回る子供の動きがスローモーションに見える。
これは「覚醒」の後遺症か。あるいはギフトか。
「ふぅ……」
一通りのラッシュを捌き終え、バックヤードで一息つこうとした時だった。
「火村くん、外に知り合いって人が来てるよ?」
店長から声をかけられた。
「知り合い? ……誰だろう」
友人と呼べるような人間はいない。借金取りか? いや、まだ返済日ではないはずだ。
訝しみながら、彼は裏口のドアを開けた。
そこには、路地裏のダストボックスにもたれかかるようにして立つ、一人の男がいた。
黒いパーカーにジーンズというラフな格好だが、その佇まいは明らかに「カタギ」ではなかった。顔立ちは平凡なように見えて、どこか焦点の合わない、深淵を覗いているような目。
ライトの「厨二センサー」が、即座に反応した。
そして、その声を聞いた瞬間に確信した。
「ふふふ……馬子にも衣装だな、右腕(ライト)君」
男――御影 迅が、低く含みのある声で囁いた。
あの時マスク越しに聞いた声。
ライトは周囲に人がいないことを確認し、爽やかスマイルを瞬時に消し去った。
纏っていた「好青年」のオーラが消え、昨夜の狂犬の雰囲気が滲み出る。
「……ふん、アンタか」
ライトは腕を組み、挑発的に顎をしゃくった。
「わざわざバイト先までご訪問とは、随分と暇な組織だな。まさか俺の接客態度(ロールプレイ)を評価しに来たわけじゃねえだろ?」
「まさか。君の擬態能力は見事なものだ。店長も君の採用には太鼓判を押しているようだしな」
御影は肩をすくめる。
その手には、キラリと光る銀色の物体があった。
「約束のモノを届けに来た」
彼が放り投げたものを、ライトは片手でパシッと受け止める。
ずっしりと重い、古銀で作られたアンティーク調の『鍵』だった。
柄の部分には髑髏の装飾が施され、その瞳には小さな赤い宝石が埋め込まれている。いかにも、というデザインだ。
「……なんだこれ?」
「鍵だ」
御影は短く答えた。
「それがあれば、世界中のどこの扉からでも『アジト』へとアクセスできる」
「はあ? どこでもドアかよ」
「我々の拠点は、通常の座標には存在しない。次元の狭間にある『黄昏の宮殿』だ。選ばれし者だけが、その門をくぐれる」
御影は、壁際の錆びついた裏口の鉄扉を指差した。
「試しに、そこのドアノブに触れてみるがいい」
ライトは半信半疑のまま、受け取った鍵を握りしめ、ボロボロの鉄扉に近づいた。
鍵を鍵穴に近づけると、カチリと吸い込まれるような感触があった。
回す。
ギギギギ……と重苦しい音が響く。ファミレスの裏口が開く音ではない。まるでダンジョンの最奥部が開かれるような音。
僅かに開いた隙間から、ひやりとした冷気と、見たこともない蒼い光が漏れ出してきた。
その奥に、どこまでも広がる黒大理石の床と、紅い月が見える。
「!!」
ライトは思わず扉を閉めた。バタン!
心臓が高鳴る。
マジか。こいつら本気だ。
ただの能力者集団じゃない。拠点すら異次元に構えているのか。
「円卓がお前を待っているぞ」
御影は満足そうに告げた。
「その鍵は君の所有物だ。いつ来るかは任せる。だが、次の『作戦』は近い」
「……へっ、気を持たせやがる」
ライトは鍵をジーンズのポケットに深く突っ込んだ。冷たい金属の感触が、なぜか心地よい熱を持って太ももに伝わる。
これが招待状か。
「まったく……こっちは好青年を演じるのが大変だってのによ。面倒なもん渡しやがって」
口では悪態をつくが、その口元は緩みっぱなしだった。
彼は今まで、空虚なアルバイト生活を「演じる」ことに虚しさを感じていた。だが、この鍵があるだけで意味が変わる。
俺はただのフリーターじゃない。
ポケットの中に「異次元への鍵」を隠し持った、世界を揺るがす組織のエージェントなのだ。
その優越感が、彼を震えさせる。
「まあいい。鍵は預かるぜ」
ライトはニヤリと笑った。
「退屈すぎて死にそうだったんだ。……期待してるぜ、ボス」
「ああ、また円卓で会おう」
御影は踵を返した。
路地裏の影に紛れるように、その姿がかき消える(もちろん『認識阻害』を使ったフェードアウト演出だ)。
「……円卓で、か」
ライトはもう一度、ポケットの膨らみを確認した。
その時、バックヤードのドアが開いた。
「火村くーん? 誰と話してるの? オーダー立て込んでるよー!」
店長の声だ。
一瞬で、彼の表情が変わる。
狂気じみた光が瞳の奥へ潜り、人懐っこい好青年のマスクが装着される。
「あっ、はい! すみませーん! 今、戻りまーす!」
ライト――火村陽介は、元気よく答えると、軽い足取りで店内へと戻っていった。
「お待たせしました! こちら、Bランチです!」
「いらっしゃいませ!」
爽やかにバイト仲間たちの輪に戻り、笑顔で客を迎える彼。
しかし、そのトレーを持つ右手のポケットには、世界の裏側へと通じる銀の鍵が、重く、確かに存在していた。
彼の「日常」は、もはや退屈な牢獄ではなく、スリリングな潜入任務へと書き換わっていたのだ。