しとしとと雨が降り注ぐ。4月の半ば、春に降る雨は冷たく。公園の茂みの中で虚空を見上げる少年に容赦なく降り注いでいた。
既に少年の目には涙はなく、ただどこを見ているのかわからない目で木々の隙間から見える空を見上げるだけ。
顔に雨があたろうとも少年は反応する事もなく、ただじっとしていた。
少年がこの公園の茂みで倒れこんでから既に3日が経過していた。
その間少年は全くと言っていいほど微動だにせず、その身を弱らせていた。
無論少年は何かを食べなくては生きてはいけない。その危険信号は身体が少年へと訴えることなのだが、2日目を超えた辺りで腹は少年へ空腹を訴える事を諦め、腹いせと言わんばかりに痛みを少年へ与えていた。
そして、動くことを止めてしまった少年は雨に打たれて冷たくなっていく身体に自分の死を感じていた。
少年は、自分はここで死んで消えるのかと考えた。
皮肉なものだった。少年はあの場所に戻るために生きることを望み、それを叶えることが出来た。
しかし、蓋を開ければ叶ったのは孤独であり、少年が望んだ結末とは大きくかけ離れた物だった。
僕は、どうして生きたいと願ったのだろうか。
少年はそう自問自答を繰り返す。
自分の身体を操られることが許せなかったから?
違う
自分の居場所を奪った者が憎かったから?
違う
叶えたい夢があったから?
違う
ただ、少年は、家族に会いたかったのだ。
しかし、それはもう叶うこともなくなった。
それを少年は理解し、生きる意味を見失った。
◇
少年は目を覚ます。
いつの間にか自分は意識を失っていたのだと少年は理解した。
最後の記憶にある雨の感覚は無く、心なしか地面も柔らかい。
さらに、自分が見上げる景色は白一色に変化していた。
そこはあるマンションの一室であり、少年には見覚えのない内装の部屋であり、そこで少年はベッドに寝かせられていた。
少年は考える。どうやら自分は誰かに助けられて"しまった"ようであり、死から一歩遠ざかってしまったようであると。
誰がこのような物好きな事をしたのかはわからないが、あのまま消えてしまうことを良しとまで考えた少年は、自身を助けた者に余計なお世話だと内心呟いた。
少年は相も変わらず虚空を見上げる。
自分が生きていても意味は無い。家族や友人、全ての者から忘れられ、残ったのはこの身一つだけ。
何かを成すという志も無い。
何かを守るという対象もいない。
何かを得るという欲も無い。
何かに復讐するという目的も無い。
少年はただ、表情を変えずに虚空を見つめていた。
それから数時間が経過した。その間、少年は微動だにせずにベッドに横たわっていた。
ガチャリと扉を開く音が聞こえる。
この部屋の住人であり、少年を助けた人物が部屋に入ってきたのだろう。
入ってきた人物ははオレンジ色の髪を背中まで腰まで伸ばし、額には何かの宝石。そして、頭部には獣のような耳が付いていた。
明らかに普通の人ではないその人物(女性)に少年は興味を持つこともなく、視線を動かすことはなかった。
女性は少年を一瞥した後、部屋の隅にあるタンスへと近付く。
そして、タンスから幾つかの衣類を取り出すと、くるりと反転し、扉に向かって歩いて行く。そして、再度視線を少年に向けて気がついた。
少年の目が開いていることに。
「なんだ、起きてたのかい。それなら声をかけてくれればいいものを」
「……」
女性は頭を掻きながら少年へと近付く。
反応しない少年に何を思うのかは定かではないが、彼女は少年の顔を覗きこんだ。
少年の視線は変化せずに彼女など眼中に無いとでも言いたいのか、ただ彼女の向こう側を見つめていた。
「全く、反応くらいしたらどうだい?折角人が助けてやったのに」
不服そうにそう呟く彼女に少年の口は言葉を紡いだ。
"どうして助けた"
喉は枯れ、声にもなっていなような言葉。しかし、それはしっかりと彼女へと届いた。
「どうしたって、私が助けたわけじゃないから知らないよ。」
では、一体誰が…と少年が言葉を紡ごうとした時、部屋にある少女が入ってきた。
金色の髪を黒いリボンで括っている。服は黒を基調とした物で、少し心配しているような表情を浮かべていた。
少年は少女へと視線を移す。
この少女を少年は知っていた。フェイト・テスタロッサ、
母に虐待されながらもその身を削りジュエルシードという物を集める少女。
少年は少女の身の上を理解している。故に枯れた声で部屋に入ってきた少女に問うた。
"君は、どうしてそこまで頑張るの?"
突然の言葉に少女と女性は驚き少年と距離を置き警戒する。
この少年は一体自分たちの何を知っているのだろうか。気まぐれに助けたのは間違いだったと少女が心の中で呟くが、少年はただ問いの返答を待ち、少女たちを見ていた。
何を見ているのかがわからない目。焦点は定まっておらず、傍から見れば心ここにあらずと言った少年は酷く不気味に見えた。
沈黙が場を支配する。
コチコチと時計が動く音だけが響く。何分その状態が続いているのかがわからない。
少年は唯、少女を見つめるだけだった。
「……母さんのため」
「フェイト!!」
少女は答えた。何故答えたのかは自分にもわからない。だが、ここで少年にこの言葉を言っても特に問題もないため良しとしたのかもしれない。
少年は、"そう"と呟くと視点を天井に戻し、暫くしてからその目を閉じ、眠りに落ちた。
「どういうつもりだい?こんなガキに」
「わからない。まあ、知っていても問題ないから。私がやることは変わらないよ、アルフ。もしこの子が邪魔をするのなら、排除するだけだから」
少女は寝息を立てて眠る少年を見る。酷く衰弱している少年に一体何が出来るのかはわからないが、障害になることも無いだろうと考え、部屋の外へ歩いて行った。