憑依拒否   作:茶ゴス

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第12話前編「宿命を閉ざす時」

「何も知らないくせに知ったような口を聞くな!」

 

 

 魔女、プレシア・テスタロッサは怒号の声を上げて前方に佇む少年へと雷撃を放つ。

 先程は牽制的な意味合いで手加減をしていた。故に素手の少年にも大したダメージを与えることは出来なかったのだろう。そう考えつつ、威力を上げた雷撃を次々と放った。

 

 しかし、少年はその雷撃を尽く捌き、その歩を魔女に近づけていた。

 

 

「ああ、何も知らないよ。でもさ、偽物と呼ばれることがどれだけ辛いかは知っているよ。」

 

 

 少年の脳裏に浮かぶのは赤髪の青年の物語。

 記憶として自身が体験したその物語で、青年は本物になるのではなく、また新たな存在として自身を認識することが出来た。

 しかし、そこまでの過程は楽といえるものではなく、苦悩に満ち溢れ、一度仲間にも見捨てられ、更には自身の死とも直面することとなった。

 

 それを青年は乗り越えたのだ。

 

 そのことを少年は知っている。偉大な英雄譚の一つとして語られたそれを侮辱する行為を少年は決して許すことなどは出来なかった。

 

 

「クソガキがぁ!!」

 

 

 魔女は更に雷撃の密度を増やし、少年へと憎しみを込めた攻撃を放つ。

 

 それでも少年は止まることは無く、一歩、また一歩と確実に魔女へと進む。

 そんな少年の姿に魔女は恐怖した。

 

 一体この子供は何者なのだろうか。バリアジャケットも纏っていない。それでも自身の放つ魔法を物ともせずに進んでくるその姿、とてもじゃないが"人間"には見えなかった。

 

 

「2発め!!」

 

 

 少年は魔女の懐に踏み込み拳を打ち込む。

 

 障壁が発動し少年の拳を止めようとするが、少年は腕の力で障壁を打ち破り魔女へとその拳を叩き込む。

 

 

「がっ!!?」

 

 

 腹部を殴られた魔女は吹き飛ばされ、その身体を壁にたたきつけられる。

 元来が研究者基質の身体。更に病に犯されている事も災いし魔女の身体は少年の拳に耐えられるはずもなかった。

 

 口から血を吐き地面に赤い染みを作る。そして、少年を睨みつけて荒く息を吸う。

 

 

 魔女にとっては予定外であった。

 管理局とは無関係の少年が自身の障害となっているのだ。

 どれだけ取り繕っても動揺を隠すことの出来ない自身の心に魔女は鞭を打つ。

 

 自分は娘を生き返らせなければならないのだ。その為にもう一人の娘ですら傷付けた。

 他人にどう思われようが関係のない。ただ、自身の目的は娘の蘇生なのだと内心で反響させていた。

 

 

 対する少年は自身の変化に少し驚いていた。

 いつもよりもスムーズに行える気の循環。魔力による強化。

 少年はこの現象に一つ心当たりがあった。今も少年の周囲をふよふよと浮いている鏡。

 これが現れてから少年は酷く調子が良いのだ。まるで、その鏡が少年を助長させているかのように。

 

 少年はこれを特に深く考えずにいた。

 損をしているわけではないのだ。ただ調子が良いだけ。ラッキーだと考えておけばいいと自身に言い聞かせて3度めの拳を魔女に叩きこむ。

 

 

 魔女は再度血を吐く。血は少年の身体にかかったが、少年は気にすることもなく4度目の拳を振り上げる。

 

 しかし、魔女が雷撃を放ったことにより少年はその場を飛び退いた。

 

 

 魔女は口内に溜まった血反吐を吐き出し少年を睨みつけて立ち上がる。

 少年は無傷であった。少し自身を殴ったためか拳を赤くしているが、雷撃によるダメージは皆無だったのだ。

 

 

「仕方ない……わね」

 

 

 魔女は懐からジュエルシードを一つ取り出し、その手に魔力を集める。

 雷が迸り地面を抉りだす。

 

 

「あまり刺激するのは良くないけどそうも言ってられないわ。」

 

 

 そして、少年に向けてジュエルシードを介した雷撃を放った。

 先程の倍以上の太さの雷撃を少年は気を纏わした拳で殴り、その軌道を無理矢理に変える。

 

 雷撃は再度少年からそれて横にある壁に穴を開けた。

 

 先程と違うのは少年の拳を火傷にした程度。それもすぐに治ってしまい魔女は舌打ちをする。

 

 

「ほんと化け物みたいなガキだこと」

 

「……」

 

 

 少年はただ、腰を低くし、その拳を構える。

 息を吐きだし脱力する。

 

 自身を襲った雷は脅威と呼べる程でなかったとしてもその威力を上げたのだ。

 もしジュエルシードが増えればどうなるのか?

 

 防げずにやられるかもしれない。

 どう足掻いても自身が人間であることには変わりない。ただ、頑丈ではあるがそれでも許容範囲を超えれば待っているのは死なのだ。

 

 

 少年は疾走する。

 これ以上時間をかけていられない。早いうちに何とかしなければならないと自分に言い聞かせてその拳を振りかぶった。

 

 そして気づいた。違和感に。

 だが、それに気づいた時にはもう既に遅く、違和感を載せた拳は障壁へと阻まれた。そして感じる雷撃の魔力。

 

 魔女はジュエルシードを使い、障壁へと魔力を回し、反撃するようにしていたのだ。

 

 少年の全身に襲う雷。

 とっさに気を全身に回した少年は瞬間的に回復していく。

 

 しかし、障壁を打ち破るのは少しばかり困難だと判断し、その場を飛び退いた。

 

 

 その間に魔女はジュエルシードをもう一つ取り出した。

 これで少年の攻撃は更に通らなくなり、尚且つ魔女の攻撃は強化されていく。

 

 このままではジリ貧だと感じた少年は考える。

 あの雷撃を防ぎつつ、魔女へと拳を叩き込むためにはどうすればいいのか…

 

 数個の考えを思い浮かべるがそれでは意味が無いと切り捨てる。

 

 少年の今の目的は魔女を10発殴ること。倒すことではないのだ。

 故に単純な方法でなければいけない。

 

 障壁を張っての突貫などを考えたが、少年は自身を中心に展開する障壁魔法を覚えていない。故にそれは使えない。

 

 

 そして、少年が考えついた方法は酷く原始的な考えだった。

 

 リソースを増やすのだ。

 

 体を巡る魔力を倍加させる。

 身体能力を飛躍させ、魔女が反撃する前に拳を叩き込めばいいと考えたのだ。

 

 

 しかし、それに悲鳴を上げたものがいた。

 少年の周りにふよふよと漂う鏡だったのだ。

 

 鏡は少年の纏う気と魔力を活性化させていたのだが、少年自身が纏う魔力を増やしてしまったせいで活性化の限界に近づき、鏡本体へ負荷がかかったのだ。

 ミシミシと装飾を傷つける音が響く中、少年はその音を気にもとめずに纏う魔力を増やしていく。

 

 それに鏡の持ち主は壊されるのは溜まったもんじゃないと少年へと話しかけた。

 

 

『なんてことしてやがるんですか!』

 

 

 その女性は少年の頭に怒号を浴びせて少年の魔力の高まりを抑える。

 このままでは自分の持つ鏡が壊れてしまうと言う女性に少年は申し訳無さそうに内心で謝った。

 

 恐らくは初対面なのだと思われる女性はぷんすかと腹を立てつつ少年に口を開く。

 

 

『真名を開放せずに力を引き出すから限界が来るのです!壊されては困りますから今回だけは手助けさせて貰いますけど、後でたっぷりと文句聞いて貰いますからね!』

 

 

 初対面の少年にこうまで言ってのける女性に少年に宿るもの達は呆れて物も言えずに少年と少女のやりとりを見守った。

 

 女性は告げる。

 鏡を使うには言霊を載せる必要があると。

 

 女性は告げる。

 言霊には意味が必要なのだと。

 

 

 故に続けた。

 自身の言う言霊を反響させて、口に出すようにと

 

 

 

 

 少年は告げる。

 頭の中で告げられる言霊を鏡に送るように

 

 

 

軒轅陵墓(けんえんりょうぼ)、冥府より尽きることなく……」

 

 

 

 魔女は少年の雰囲気が変わったことに気付いた。

 それに警戒し、さらにジュエルシードを取り出す。

 そして自身が纏う障壁を更に強固なものとし、少年の動きを注視した。

 

 

 

 

「出雲に神在り。」

 

 

 

 

 少年は目を瞑り拳を自身の顔の前で握って言霊を謳う。

 その言葉が紡がれる度に少年の近くにある鏡が輝きを強めて少年を強く照らす。

 

 

 

 

 

「審美確かに、(たま)に息吹を、山河水天(さんがすいてん)天照(あまてらす)。」

 

 

 

 

 やがて少年の身体は光りだし、その光は周囲を照らすものとなった。

 

 

 

 

「是自在にして禊ぎの証、名を玉藻鎮石(たまものしずいし)神宝宇迦之鏡也(しんぽううのかがみなり)。」

 

 

 

 

 そして、最後の言霊を謳った少年はその身体から強い光を放った。

 

 

 

 少年の近くに浮かぶ鏡は言霊を教えた女性の持つ道具。

 それは魂と生命力を活性化させる鏡。

 黄泉の世界の伝説の神宝。

 

 

 そして、少年の言霊は第2章へと進む

 

 

 

 

 

 

 

「ここは我が国、神の国、水は潤い、実り豊かな中津国(なかつくに)。」

 

 

『なっ!?一体どうして続きを!?』

 

 

 

 

 女性の驚いた声が少年の頭に響く中少年は至る。

 根源となった物に。

 

 少年は理解した。

 あの日に見た英雄譚とは別の記憶。

 数多に混じりあってしまい、何が何やらがわからなくなった記憶の奥にあるその宝具の真意を。

 

 

 少年は自分に出来る事はプレシア・テスタロッサを止めることだけだと考えていた。

 しかし、それは全くの間違いだったことに言霊をのせていく中で気付いたのだ。

 

 

 

 

「国がうつほに水注ぎ、高天(たかま)巡り、黄泉(よみ)巡り、巡り巡りて水天日光。」

 

 

 

 

 鏡に写すは少年の後方にあるカプセルの中に眠る少女。

 活性化させるのは彼女の魂と生命力

 

 次に映すは少年の目の前にいる女性。

 

 光は周囲を照らし、鏡は力を高めていく。

 

 

 

 

「我が照らす。豊葦原瑞穂国(とよあしはらみずほのくに)八尋(やひろ)()に輪をかけて、これぞ九重(ここのえ)天照(あまてらす)……!」

 

 

 

 

 今、言霊は最後まで紡がれた。後は、引き金となる名前を紡ぐだけ…

 

 

 

 

 

水天日光天照八野鎮石(すいてんにっこうあまてらすやのしずいし)

 

 

 

 

 少女と魔女の身体は光りだし、効果を発揮させる。

 それは神の眼前では禁忌とされる行為。

 

 しかし、それは人間が渇望した行為(もの)だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇

 少年は今、少女を"黄泉還らせた"

 

 それに女性は憤慨する。神への冒涜であると言う女性に少年はしれっと言い放った。

 

 

 ーー僕、神様嫌いだから

 

 

 その言葉に少年に宿る者達は一瞬唖然とし、その後すぐに笑い声を上げた。

 

 確かに少年の境遇にいれば神を好きになる筈もないという事を知っている女性は何も言えずにグヌヌと唸っているだけだった。

 そして、少年に、「もう手を貸しませんからね!」と告げると少年の奥底に沈んでいった。

 

 少年は少し苦笑いを浮かべて周囲の様子を見る。

 

 

 照らされていた光は収まり、そこには倒れている魔女と、カプセルの中に浮かぶ少女。

 そのどちらも先程とは変わり、顔には生気が溢れていることに気付いた少年は、いつの間にか消えていた鏡に感謝の言葉を告げてその場に座り込んだ。




玉藻の前の考えでは少年の魔力をブーストさせる事だったんですけど、一応宝具の知識をつめ込まれた優君はそれを十二分に使ってしまいました。

今でも何かしらのきっかけと宝具があればそれを本来の使い方として使役できます。

転生者が願った力は宝具を使えるようになるですからね。本編優君はその恩恵をばっちし受けています。






まだまだ戦いは終わってないよ

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