第1話「派遣魔導師」
あたし、スバル・ナカジマが機動六課に初めて訪れてから一週間が経った。なのはさんの教導はとても大変だけど、苦にはならない。今は未だ実感できないけれど段々と強くなれると言われた。
なのはさんのようになるにはまだまだ道は険しいけれど、一歩一歩着実と前に進んでいけばいつか追いつけると信じている。
だけど、そんな思いを胸に今日の訓練はどんなのだろうかと思考していたあたしにシグナム副隊長は今日は訓練がないと言った。正直訓練を休むよりももっと強くなりたいのだけれど、なにやら大事な人が来るそうで、今日は模擬戦を見るらしい。
見ることも訓練の一つだといえばそうだけれど、あたしのような戦闘スタイルの人は中々いないから参考になるとは思えない。
でもよっぽど凄い人なのだろうか、今日はなのはさんを含めあたし達フォワードチームを除いた隊長たち皆がそわそわしている。
フェイト執務官にいたってはコーヒーに砂糖を入れすぎて微妙な顔をしていた。流石に10個角砂糖入れたら変な味になりますよ。
なのはさんも落ち着かない様子で入口の方をチラチラ見ているし……一体どんな人が来るのだろうか。凄い偉い人が来るのだったら大変だ。
少し隊長達の緊張があたしにも伝わってきた。そして入り口に視線を向けると、誰かが入ってきた。
「ただいま!」
大きな声で入ってきたのは八神部隊長。まだ例の人は来ていない様子だけど、なのはさん達は八神部隊長に詰め寄っていった。
一体どうしたのだろうか。
「どうだった!?」
「ばっちし!私やっぱり持ってるわ!」
「と言う事は!」
何やら興奮した様子ではしゃいでいるなのはさん達。よほど嬉しい事があったのだろう。いつもの格好いいなのはさんとはまた違った可愛いなのはさんがそこにはいた。
「あ、あの。何かあったのですか?」
「ん?そう言えばキャロ達には話してなかったね」
オドオドした様子のキャロに嬉しそうに笑っているフェイトさんが話してくれた。
何でも各部隊に1〜2人程度外部から派遣された魔導師が所属するらしい。その選抜は部隊長によるくじ引きで早い者勝ちだったらしいのだけど、うちの六課にはその中でも特に凄い人が来るそうだ。
いや、でも派遣魔導師って初耳だけど、一体どう言った人達なのだろうか……
あたしがそんな疑問を持っていると、資料を持ったヴィータ副隊長がやってきて教えてくれた。
「ああ、GILSOKっていう会社があってな、表向きは警備会社だが裏では管理局からの依頼を受け持っている傭兵団なんだよ」
「え!?まさかそこの人達が派遣魔導師として所属するのですか!?」
あれ?ティア知ってるの?あたし初めて聞いたんだけど…
「スバルにも話したでしょ!兄さんを助けてくれた人が働いている会社のこと!」
ああ、そう言えばそんな気もする。確か違法魔導師追跡任務中に相手魔導師にもう少しの所でやられそうになったのを助けられたんだっけ…
確か大きな槍を持った男性に助けられたんだっけ?もしかしたらその人がここに所属するのかも知れないのか。
「でも、どうして派遣魔導師を各部隊に配置させるのですか?」
「管理局全体戦力の底上げだろう。所属こそしていないが、あいつらは私達の味方だ。立場が少し変わっているってだけでやってることは私達と大差ないんだよ」
「なるほど、吸収ってやつですか?」
「……ま、まあ。そうとも言えるな!(どちらかと言えば潜りだけど)」
最後の方は何を言っているかは聞こえなかったけど、大方の理由はわかった。だけど、どうしてなのはさん達はあんなに喜んでいるのだろうか。強力な魔導師が所属するってだけじゃなさそうだけど。
「それにしてもあいつが来るのか、今度という今度は倒させてもらうぞ」
「ヴィータ副隊長はその新しく来る人と戦ったことがあるのですか?」
「ああ、全く歯がたたなかったけどな」
「「え!?本当ですか!?」」
「しかもあれだぞ?私一人じゃなくてシグナムやザフィーラとシャマル、そしてはやての5人がかりでだぞ?」
……にわかには信じがたいけれどヴィータさんが嘘をつくとは思えない。だとしたら本当の事なのだろうけどとても普通の人間とは思えない。もしかしたら私と一緒のような……それはないか。
だけど、ますますわからなくなってきたぞ。多分男の人なのだろうけれど、物凄い大男なのかもしれない。
でもそれだったらなのはさん達が喜ぶとは思えないし……
「みんなぁ!今から訓練場の方へ移動するでー!」
まあ、百聞は一見にしかずってなのはさんが教えてくれたし、自分の目で見定めよう。
凄い人が入ってくれるのならあたしも嬉しいし。出来れば拳で戦ってくれる人だったら色々聞けるから嬉しいな。
◇
私達4人は訓練場の少し離れたビルの上から見ているように言われた。回りには他の機動六課の人達も見学に来ている。
どうやら隊長達全員と新しく入ってくる人達が模擬戦をするらしい。試合形式はビルの立ち並ぶフィールドでのゲリラ戦。どう考えても隊長達側が負けることなどはあり得ないけれど、モニターに移る隊長達はとても真剣な目で試合の始まりの合図を待っていた。
合図を出すのは3つの明かり。こちらのモニターにも表示された明かりが一つ一つ点灯していく。
明かりが点灯していくと同時に隊長達が魔力を高めているのがわかった。
隊長達の布陣は見た感じ……
前衛にフェイト執務官とシグナム副隊長、中央、おそらくは遊撃役になのはさんとヴィータ副隊長、そして後衛にリインフォース曹長とツヴァイ曹長の二人とユニゾンしているはやて部隊長としている。
とてもじゃないがこの布陣に一人では対抗できるとは思えない。
「一体どんな人なのよ、その派遣魔導師って」
「わからないよ。でも、隊長達の表情からは余裕が見えないね」
ゴクリとつば飲み込みモニターを凝視する。
3つ目のあかりが点灯した。それと同時に前衛の二人の前に何かが現れる。マントを着てフードで顔を隠した何か。
そしてその何かが現れて間髪入れずにシグナム副隊長が斬りかかった。
マントの人はひらりと剣を躱す。フェイト執務官もシグナム副隊長と挟み込むように斬りかかるが躱されてしまう。
多分今まばたきをしていたら何が起こったのかわからなかっただろう。
前衛の二人は攻撃が躱されたことに動揺する様子もなく更に追撃を続ける。だけど、あたらない。
7回、フェイトさん達がそれぞれ攻撃を繰り出した回数だ。決して規則的な機動ではなく、フェイントを織り交ぜた攻撃なのに、掠りもしない。
フェイトさん達は8回目の攻撃を繰り出したあと、マントの人から離れた。それと同時にヴィータ副隊長がデバイスを巨大化させて振り下ろしている。
ちらりとなのはさんを見ると、レイジングハートの先に魔力を集中させて砲撃の準備をしていた。その後方でははやて部隊長が2つの本を持って魔法の詠唱をしている。
ヴィータ副隊長の振り下ろしはマントの人の逃げ場を与えずに接近する。いくらあれだけ動けると言ってもあれでは……
すぐに地面に叩きつけられるのだろうと思ってみていたが、そんなことはなく、左手一本だけで攻撃を止めていた。しかも立っている地面に少しも衝撃が伝わっていないのかひび割れすらしていない。
「あれ、本当に人間?」
「すごい……」
思わず口から言葉が出てしまった。其れほどまでに目の前の状況は信じられない。
ヴィータ副隊長がカートリッジを装填しさらに魔力による押しつぶしを試みているが効果は薄そうだ。
寧ろこのままでは押し返されるのではないだろうか……
だけど、その前にフェイトさんが横から現れ、薙ぐように斬りつける。マントの人はそれを足で受け止めた。
いや、本当に意味分かんないんだけど、シグナム副隊長の斬り付けももう一つの手で止めてるし。え?あんなこと出来るの?
『流石というべきだな!』
『………』
『じゃあ、ここからが本番!』
3人が離れた。マントの人は追撃を加える様子もなくそこに立ったまま動かない。
そこになのはさんの砲撃が降り注いだ。以前見たディバインバスターよりも高密度で広範囲な砲撃魔法。あんなものをくらってしまっては一溜まりもないはずだけど……
『………』
当然のように砲撃を手刀で切り裂いている。
あれだけの魔力を物ともしないなんて……モニターとは別に魔力光がここからでも確認できるほどなのに……
『行くで!同時詠唱:DE・ADE・H・M・R』
今度ははやて部隊長が魔法を放った。様々な砲撃や槍の形をした光を撃ち放っている。
「嘘でしょ、信じられない」
「どうしたのティア?確かに信じられないような光景だけど」
「はやて部隊長、あれだけの規模の魔法を複数、しかも全部完全にコントロールして放ってる」
それがどれだけ凄いのかはいまいちわからないけど、そんな魔法の嵐にものともしていないマントの人は規格外ってレベルじゃないだろうか。
『あぁ、やっぱ強いなぁ』
『そうだね、でもまだ負けていない。でしょ?なのは』
『うん。だけど、このままじゃジリ貧で何も出来ずに負けてしまう』
『ならやることは一つだな』
『最大火力による波状攻撃だ。トドメは任せたぞ?なのは』
隊長達が話し合っている間もマントの人は特にアクションを起こす様子もなかった。まるで攻撃を待っているかのように……
「ねえティア。あれって幻影じゃないの?」
「違うわよ。もし幻影だったら隊長達の攻撃を受け止めたり、砲撃を切り裂いたりなんて出来ないから」
確かに、ティアの幻影だったらすり抜けるだろう。じゃあやっぱり生身で戦っているのか……
隊長達が弾みをつけるように接近する。それぞれのデバイスから魔力を放出させながら斬りかかっている。
あんな戦い方では無駄に魔力を消費するだけで意味が無いと思うけど、一体どういった意図があるのだろうか。
なのはさんだけ、少し離れた位置に移動して砲撃準備している……
「あれは、収束魔法。なるほど、だから他の隊長達はあんな戦い方を」
「収束魔法?」
「周囲の魔力を取り込んで発動する魔法よ。自分の魔力の消費が少ないから使い所のいい魔法ね」
周囲の魔力を取り込む。だから隊長達はあんなに魔力をまき散らして……あれ?
「ねえティア、あのマントの人、魔力感じれる?」
「………いいえ」
え?まさか魔力で強化も何もせずに戦っているの?
じゃあ、まさかとは思っていたけど隊長達手加減されている?
……本格的に人間か怪しくなっていた。
『紫電一閃!』
シグナム副隊長の一撃を指で挟むように止める。普通なら触るだけでもダメージ負う筈なんだけど……
『ギガントハンマー! 』
いや、デバイスの一撃を素手で殴って止めるって……
『雷光一閃!』
何も言わない。フェイトさんの砲撃を手で受け止めてる光景なんてあたしには見えない。
『クラウ・ソラス!』
あ、はやてさんの砲撃は避けた。あれは食らったらダメなのかな……正直平気そうだけど…
『みんな、巻き込んじゃったらごめんね!スターライト…』
『ちょっと待て!』
レイジングハートの先が痛いほど光を放っている。隊長達は射線から離れようと急いで退避しだした。
『ブレイカー!!!!』
モニターからとてつもない光が放たれた。
◇
「目が、目がぁぁぁ」
「クッ、たかがメインカメラをやられただけだ!」
咄嗟に目を庇えたから良かったものの、庇え無かった人達は目を押さえ悶えている。地面をゴロゴロと転がったりしているところから相当なダメージだったのだろう。
モニターからは砂嵐しか映し出されていない。多分なのはさんの砲撃で周囲のサーチャーが全部壊されたのだと思うけど。
「……ティア」
「……スバル」
「「機動六課って過剰戦力なんじゃ……」」