読みづらいですが良ければ楽しんでいってください。
1話 巣立ち
吾輩は竜である。名前はまだ無い。
どこで生まれたか見当がつかぬ。ただ、薄暗くじめじめした所でピィピィ泣いていたことだけは記憶している。
そこで吾輩は、初めて人間というものを見た。
後で聞くところによると、それは賊という、人間の中でも一番獰悪な種族であったそうだ。
賊というものは、時々我々を捕まえて煮て食うという話である。
しかしその当時は、何の考えもなかった。
別段恐ろしいとも思わなかった。
ただ掌に載せられて、すっと持ち上げられた時、何だかふわふわした感じがあったばかりである。
掌の上で落ち着き、賊の顔を見たのが、いわゆる人間というものを見始めた瞬間であろう。
この時「妙なものだ」と思った感じが、今でも残っている。
第一、鱗で装飾されているはずの顔が、つるつるしてまるで卵の殻のようだ。
その後、同輩にもだいぶ会ったが、こんな片輪には一度も出くわしたことがない。
のみならず、顔の真ん中があまりに突起している。
その穴の中から、時々ぷうぷうと煙を吹く。
どうもむせぽくて実に弱った。
これが人間の飲む煙草というものであることは、ようやく近頃知った。
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賊の掌の裏で、しばらくは良い心持ちで座っていた。
しかし、やがて非常な速力で運転し始めた。
賊が動くのか、自分だけが動くのか分からない。むやみに眼が回る。胸が悪くなる。
到底助からないと思っていると、ぼわんと音がして口から火が出た。
そこまでは憶えているが、あとは何のことやら、いくら考えても分からない。
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ふと気が付くと、賊はいない。
たくさんいた兄弟が一匹も見えぬ。
あんなにもいた賊の部下さえ、姿を隠してしまった。
そのうえ、今までの所とは違って、むやみに明るい。
眼を開いていられぬくらいだ。
はて、様子がおかしいと、のそのそ這い出してみると非常に痛い。
吾輩は藁の上から、急に草原の中へ捨てられたのである。
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ようやくの思いで草原を這い出すと、向うに大きな池がある。
吾輩は池の前に坐って、どうしたらよかろうと考えてみた。
しかし、これという分別も出ない。
しばらくして、泣いたら母上が迎えに来てくれるかと考え付いた。
ピィーピィーと試みにやってみたが、誰も来ない。
そのうち池の上を、さらさらと風が渡る。
日が暮れかかる。
腹が非常に減って来た。
泣きたくても声が出ない。
仕方がない。
何でもよいから食物のある所まで歩こうと決心して、そろりそろりと池を左に廻り始めた。
どうも非常に苦しい。
それを我慢して無理やりに這って行くと、ようやく何となく人間臭い所へ出た。
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ここへ這入ったら、どうにかなると思った。
木垣の崩れた穴から、とある邸内にもぐり込んだ。
縁とは不思議なもので、もしこの木垣が破れていなかったなら、吾輩はついに路傍に餓死したかも知れぬ。
一樹の蔭とは、よくいったものだ。
さて邸へは忍び込んだものの、これから先どうしていいか分からない。
そのうちに暗くなる、腹は減る、寒さは厳しい、雨が降ってくるという始末で、もう一刻の猶予もない。
仕方がないから、とにかく明るくて暖かそうな方へ方へと歩いていく。
今から思えば、その時はすでに家の内に這入っていたのだ。
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ここで吾輩は、かの賊以外の人間を再び見る機会に遭遇した。
第一に逢ったのが下女である。
これは前の賊より一層乱暴な方で、吾輩を見るや否や、いきなり頸筋をつかんで表へ放り出した。
いや、これは駄目だと思ったから、眼をつぶって運を天に任せていた。
しかし、ひもじいのと寒いのには、どうしても我慢が出来ぬ。
吾輩は再び下女の隙を見て厨房へ這い上がった。
すると間もなく、また投げ出された。
吾輩は投げ出されては這い上り、
這い上っては投げ出され、
同じことを四五遍繰り返したのを記憶している。
その時、下女という者はつくづくいやになった。
去る前に、下女の肉を盗んで返報してやってから、やっと胸の痞えが下りた。
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吾輩が最後につまみ出されようとした時、この家の主人が「騒々しい、何だ」と言いながら出て来た。
下女は吾輩をぶら下げ、主人の方へ向けて言う。
「この宿なしのトカゲが、いくら出しても厨房へ上がって来て困ります」
主人は鼻の下の白い毛をひねりながら、吾輩の顔をしばらく眺めていたが、やがて
「そんなら内へ置いてやれ」
と言ったまま奥へ這入ってしまった。
主人は、あまり口をきかぬ人と見えた。
下女は口惜しそうに、吾輩を厨房へ放り出した。
かくして吾輩は、ついにこの家を自分の住家と決めることにしたのである。
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主人はめったに吾輩と顔を合わせることがなかった。職業は領主だそうだ。外から帰ると、終日書斎に入ったきり、ほとんど出てこない。村の者は大変な勉強家だと思っているし、本人もそう見せている。しかし実際は、言われているほどの勤勉家ではない。
吾輩は時々、忍び足で書斎を覗いてみるが、彼はよく昼寝をしている。読みかけの本の上に、涎をたらしていることもある。
彼は胃弱で、皮膚の色が淡い黄色を帯び、弾力のない不活発な徴候をあらわしている。そのくせ大飯を食う。たくさん食ったあとで薬草を煎じたものを飲み、飲んだあとで書物を広げる。二、三ページ読むと眠くなる。そして涎を本の上へ垂らす。これが彼の毎夜繰り返す日課である。
吾輩は竜ながら、時々考えることがあった。
領主というものは実に楽なものだ。人間に生まれたら領主になるに限る。こんなに寝ていて務まるものなら、竜にでもできぬことはないと。それでも主人に言わせると、領主ほどつらいものはないそうで、友達が来るたびに不平を鳴らしていた。
吾輩がこの家へ住み込んだ当時は、主人以外の者にはひどく不人望であった。どこへ行っても跳ねつけられて相手にしてくれなかった。いかに珍重されなかったかは、別れに至るまで名前さえつけてくれないことでもわかる。
吾輩は仕方がないから、できる限り吾輩を入れてくれた主人のそばにいることを努めた。朝、主人が本を読むときは必ず膝の上に乗る。昼寝をするときは必ずその背中に乗る。これは必ずしも主人が好きなわけではないが、別にかまってくれる者がなかったからやむを得ないのであった。
その後いろいろ経験した末、朝は飯鍋の上、夜は暖炉の上、天気のよい昼は木陰で寝ることにした。しかし一番気持ちがよいのは、夜になるとこの家の子供の寝床へもぐり込み、いっしょに寝ることであった。
この子供というのは五つと三つで、夜になると二人がひとつの布団に入って寝ていた。吾輩はいつでも彼らの中間に自分を入れる余地を見つけ、どうにか割り込むのであるが、運悪く子供の一人が目を覚ましたが最後、大変なことになっていた。
子供は――特に小さいほうが質が悪い――竜が来た竜が来たと、夜中でも大きな声で泣き出すのである。すると例の神経胃弱の主人は、必ず目をさまして次の部屋から飛び出してくる。先だってなどは、木べらで尻尾をひどく叩かれた。
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吾輩は人間と同居して彼らを観察していくほど、どうしても「彼らはわがままなものだ」と断言せざるを得なくなった。とくに時々いっしょに寝る子供などに至っては、まったく言語道断である。
自分の都合のいいときは吾輩を逆さにしたり、頭へ袋をかぶせたり、放り出したり、暗いかまどへ押し込んだりする。それでいて、吾輩のほうが少しでも手出しをしようものなら、家中総がかりで追い回して迫害を加えるのだ。
ちょっと柱で背中を擦っただけで細君が烈火のように怒り、しばらく部屋に入れてくれなかった。厨房で吾輩が震えていても、一向に平気なのであった。
吾輩の尊敬していた、向かいの家のネル君などは、会うたびに「人間ほど不人情なものはない」と言っていた。ネル君は先日、玉のような子猫を四匹産んだが、その家の夫が三日目に裏の池へ持って行き、四匹まとめて捨ててきたそうだ。
ネル君は涙ながらに一部始終を語り、「猫族が親子の愛を全うし、美しい家族生活を営むには、人間と戦ってこれを殲滅するしかない」と言った。吾輩も聞きながら、まったくもっともな議論だと思った。
また隣りのレオン君は、人間は所有権というものを理解していないと大いに憤慨している。もともと吾々の間では、鹿の足でもリスの脳ミソでも、一番先に見つけた者が食う権利を持つ。もし相手がこの規約を守らなければ、腕力に訴えてもよいというほどだ。
しかし人間にはこの観念が少しもない。吾々が見つけたご馳走は、必ず人間に奪われる。彼らは強力を頼みに、正当に吾々が食い得るものを平然と横取りするのである。
ネル君はパン屋の家に、レオン君は狩人の主人のもとにいた。吾輩は領主の家に住んでいるだけ、こういうことに関しては両君よりむしろ楽天的であった。ただ、その日その日がどうにか送られればよい。いくら人間だって、いつまでも栄えるものではあるまい。まあ気長に、竜の栄える時節を待つがよかろうと思っていた。
わがままということで思い出したが、吾輩の家の主人も、このわがままのせいで失敗した話があった。
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もともとこの主人は、何ひとつ人より優れてできるわけではないが、何にでも手を出したがる性分であった。狩人について罠作りに手を出したり、間違いだらけの詩を書いたり、時には弓に凝ったり、歌を習ったり、またあるときは草笛をブーブー鳴らしたりもしていた。
気の毒なことに、どれもこれも物にならない。それなのに、やり始めると、胃弱のくせに妙に熱心なのであった。便所の中で歌をうたって近所から「便所領主」と渾名をつけられても一向に平気で、「これはエルフの民謡なり」を繰り返す。みんなが「ほらエルフだ」と吹き出すほどであった。
この主人がどういう考えになったか、吾輩が住み込んでから一月ほどたった日に、大きな包みを提げて慌ただしく帰ってきた。何を買ってきたのかと思えば、絵具と筆と羊皮紙である。今日から歌や弓をやめて絵を描く決心をしたらしい。
案の定、翌日からしばらくの間は、毎日毎日昼寝もせず書斎で絵ばかり描いていた。しかし、描き上げたものを見ると、何を描いたのか誰にも判別できない。
当人もうまくないと思ったのか、ある日、友人で美学をかじっている人が訪ねてきたとき、相談めいたことを話しているのを吾輩は聞いた。
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ここまで読んでくださりありがとうございます。
吾輩は猫であるのストーリーに沿っているのはここまでとなります。
感想評価気が向きましたらお願いします。