吾輩は竜である   作:金欠綱渡り

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吾輩君視点10話です!いやあめでたい、飽きずに続けていられる事に感謝です。
今回からアンケートを反映して少し長くする為、試験的に話とキャラ別の視点を複数載せることにしました。
感想で読みにくい、このままで良いなど教えていただけると嬉しいです。


10話 竜の力⚔️

 翌日。吾輩はまず腹を満たすべく、久々に本気で狩りに出た。

 

 イノシシも、鹿も、うさぎも――普段なら追いかけるのが面倒で見逃す相手だが、今日は違う。片っ端から狩って、狩って、狩りまくった。

 うむ、満足である。腹の皮が心地よく張っている。これほど健やかな気分は久しい。

 

 腹が満ちれば、次は技の鍛錬だ。森の木々や外敵どもを相手にし、吾輩は己が武器をひとつひとつ磨いていった。

 

 まずは尻尾突き。

 敵を狙い、しなりと溜めを作り、一気に――ドンッ!

 皮を軽々と貫き毒を流し込んだ。うむ、威力よし。

 

 次に尻尾の振り回し。

 これは雑にやると自分が回るのである。力の抜き方、腰のひねり、尾の軌道……完璧だ。風圧で葉が散るほどである。

 

 足の爪も試す。

 斬撃を叩き込むたび、木肌が削れ、土がえぐれる。うむうむ、良い切れ味。

 

 そして最終手段――噛みつき。

 これは鍛錬対象が粉々になるので控えめにしたが、問題なし。顎は健在、牙もよく研がれている。

 

 翼もチェックする。大きく広げ、陽光を受けて羽を震わせる。

 今までで一番よく張っている。光沢すら感じるほどだ。

 

 ……まるで全身が、オーク殲滅のために研ぎ澄まされているかのようである。

 

 

 

 

 

 寝床に戻ると、兵士たちが吾輩を待ち構えているのが見えた。

 風に煽られてふらついているような者に吾輩は興味がないのであるが……何用であろうか。

 うさぎは今は要らぬぞ? 武器など向けおって……さて。

 

 

 良いぞ良いぞ、吾輩はまだ少し動き足りぬところだ。やる気なら相手をしてやるが?

 

 

 吾輩、兵士たちの前にどっしりと立つ。

 彼らは武器を構え、盾を前に出しているが……本気か? 。

 

(ふむ、やる気はあるらしい。よかろう、相手をしてやろう)

 

 吾輩は翼を大きく広げ、威嚇――いや、これから行うのは戯れだ。そこまでする必要もあるまい。

 その瞬間、兵士たちの目が変わった。

 よい反応である。恐れられるのはとても気分が良い!

 

「ぬっ……来るぞ!」「構えろ!」

 

 吾輩は地を蹴り、兵士の目の前に一気に迫る。

 もちろん殺しはせぬ。だが怖がらせるくらいならばよかろうなのだ。

 

 まず、尻尾を大きく振り抜く――

 受け止めようとした老兵士は盾の後ろからうめき声はしたものの踏ん張りきったようだ。吾輩、力加減バッチリであるな。

 

 盾の後ろに控えた一人の兵士が、震える手で杖を構えた。

 仲間を守るためか、恐怖のあまりか、よく分からぬが――

 次の瞬間、杖の先に魔力の火が灯った。

 

「か、火球ッ……!」

 

 ぽん、と軽い音。

 球状の炎が、一直線に吾輩の顔へ飛んできた。

 

(お、飛び道具であるか?)

 

 吾輩は避けない。

 むしろ少し首を下げ、真正面で受ける構えを取った。

 

 ――どん。

 

 火球が吾輩の鼻面にぶつかり、ぱっと弾けて消えた。

 熱? あるにはあったが弱い。子供にかまどに押し込められた時とさして変わらぬ。

 

(ぬるい……)

 

 吾輩は軽く瞬きをした。

 鱗には、焦げも、煤も、傷も何もない。

 むしろ、炎のせいでほんのり温まって気持ち良いくらいである。

 

 兵士の一人が叫んだ。

 

「な……なにそれ……無傷……? 顔に直撃したのに……!」

「嘘だろ……ドラゴンって、あれで平気なのかよ……」

 

 吾輩は鼻先をひと振りして残り火を払い、ふんと息を吐く。

 

(吾輩の鱗に傷をつけるには百万倍は強くしてくれぬと困るぞ)

 

 そう誇示するように頭を上げ、兵士たちを見下ろした。

 

 続けて、別の兵士に向かって走る。

 足の爪で地面を軽く抉り、矢が目に直撃する直前で方向転換。

 弓兵を庇うように大剣を構える兵士の横をかすめ、風圧で鎧を鳴らす。タックルしてしまってはどうなるか分からぬからな、これくらいにしておいてやろう。

 

「うおっ!?」「ひぃいい!」

 

 吾輩は満足して鼻を鳴らす。

 

(もっとだ。もっと吾輩を楽しませろ!)

 

 散開した二人が槍と大剣で挑みかかってくる。木々の隙間から弓矢を飛ばす男も中々の難敵だ。

 おお、それでよい。蹂躙では面白くないからな。

 

 吾輩は尻尾を素早く突き出し、槍の柄を弾き飛ばす。

 鍛えた尻尾突きの応用である。

 兵士の手から抜けた槍は宙を舞い、木に刺さった。

 

「な……何だあの動き!」

 

 兵士の驚きに吾輩は胸を張る。

 尻尾を地面に突き刺して矢が飛んできた方向に向け振り上げる。砂と土が男たちに襲いかかるが大剣使いはトップヘルムが軽く弾いた。槍使いは即座に地面に転がって回避。

 

 怯まず振り抜かれた大剣をかわすため一旦飛び上がると、翼を狙った矢も鱗が弾き返す。その時間で五人は散開し吾輩を待ち構えている。素晴らしきかな闘争! ギリギリの戦いから生まれる高揚感!

 が――次の瞬間。

 

 背筋に氷が走った。

 

「——いいかげんにしな!」

 

 魔女殿である。

 玄関に立つ彼女の足元から、白い霜がふわりと広がった。

 

(や、やめろ! 吾輩はあれが嫌いなのだ!)

 

 吾輩は思わず身を縮め着地した。

 兵士たちは助かったと気の抜けた顔をしている。

 違う、吾輩は遊んでやっただけである! もとより殺すつもりなどない! 誤解をとけ兵士ども!

 

 魔女殿は氷色の目でじっと我々を見る。

 怒り、というより呆れと疲労が混ざった視線だ。

 

「朝から暴れ回って、帰ってきてまた暴れる……。

 人間で遊ばない! 言葉が通じないのは分かってるがねぇ……はぁ……」

 

 そして――

 彼女が静かに片手を上げると、冷気がふっと広がった。兵士たちとの間に巨大な氷柱が生え、吾輩を遠ざけた。

 

 吾輩は条件反射で腹を地面に落とし、翼をたたみ、尻尾をくるりと巻き込む。

 完全降伏だ。これは仕方ない。あの冷気は本当に嫌だ。今も体を氷柱からの冷気が襲っているが、やむを得まい。

 というかそんなに強かったのか魔女殿。直撃したらどうなってしまうのだあんなもの、洒落にならん。

 

 兵士たちはその隙にそそくさと魔女殿の方に下がった。

 

(……ちょっと遊んだだけであるのに……)

 

 吾輩は地面に伏せたまま目だけ動かし、魔女殿の機嫌を伺う。

 彼女はこめかみを押さえ、深い深いため息をついた。

 

「……本当に、目を離すとこれなんだから」

 

(ううむ……まだまだ勝てぬ……)

 

 

 

 

 吾輩は魔女殿の足元で、じいっと兵士たちを睨みつけた。

 別に襲う気はもうないが、「さっさと失せよ」と言いたい気分である。

 

 すると魔女殿が魔法使いの腰に吊るされていた袋をまさぐり、その中からうさぎを取り出した。

 

 魔女殿が小さくため息をつく。

 

 うさぎをぽん、と吾輩の前に投げ捨てるように放り投げた。

 

「……こ、これで……! これで手打ちということで……!!」

 

 そう言うなり兵士たちは退散し、魔女殿も「まったく……」と呟きながら、さっさと家の中へ引っ込んでしまった。

 

 残されたのは、戦いの熱を冷まされた吾輩とうさぎだけ。

 

(ふむ……まあよかろう。今日はこれで許してやる)

 

 吾輩は鼻先で夜食を転がしながら、尾を揺らし寝床に引っ込んだ。

 

 

 

 

 

 吾輩は寝床で丸くなり、深い眠りへ沈んでいた。

 まぶたの裏に、ふいに懐かしい光景が浮かぶ。

 

 ――母上の姿である。

 

 あの頃の吾輩は、今よりずっと小さかった。

 だが母上は、とてつもなく大きかった。

 翼は木々を覆い、影ひとつで怪鳥が逃げ惑うほどであった。

 

 母上はよく、まだ噛む力も弱い吾輩ら子を並べて、

 狩ってきたばかりの怪鳥や馬や鹿をちぎり分けて与えてくれた。

 

 あれを思うと、吾輩はまだまだ成長途中なのである。

 つまり、吾輩もあれほど巨大で強くなれるということだ!

 なんと愉快で楽しみな未来か。

 

 夢の中で、吾輩は子供の頃のように尻尾をわずかに揺らした。

 

 ……しかし、母上は今どこにいるのであろう。

 あの日、吾輩たちは賊どもにさらわれた。

 母上が巣に戻った時には、さぞや仰天したであろう。

 あの大声で山が震えたに違いない。

 

(まあ、吾輩は元気にやっておるから心配無用であるぞ、母上)

 

 そんなことを半分寝ぼけながら思い、

 吾輩は再び深い眠りへ沈んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 吾輩と名乗るようになる小竜達が巣から賊に連れ出されてから暫く経った後。

 母竜が餌を咥え巣へ戻ったとき、そこにあるはずのものがなかった。

 幼い子たちの体温も、鳴き声も――すべて消えていた。

 

 奪われた。

 

 その事実を理解した瞬間、山が揺れた。

 母竜の怒号は雷鳴のように大気を裂き、枝葉を震わせ、鳥の群れは一斉に飛び立った。

 以来、母竜は子を取り戻すことと奪った者を滅ぼすこと。

 それだけを胸に飛び続けた。

 

 

 

 

 追跡の道筋は惨憺たるものとなった。

 

 地上では、母竜の通過した跡で木々が風圧に吹き倒れ、

 翼のはためきから散る火花が下草に燃え移り、

 小動物たちは逃げ惑い、熱に焼かれ、あるいは命を落とした。

 

 怒りで視界は狭まり、母竜の行動はもはや暴風そのものだった。

 

 

 

 やがて、賊たちが住み着いている要塞へと辿り着いた。

 

 賊の一人が奪った幼体を玩具のように扱い、顔に火を吹かれ放り捨てて帰った後であったことが彼女にとっての不幸であった。

 

 治安維持を担う者たちが突破出来ず放置されて悪の巣窟となっている要塞を目にした母竜は、ためらいなく咆哮し、喉奥から太陽のような輝きを迸らせた。

 そこにいる者の罪も、成果物も、目的も関係ない。ただ怒りだけがそこにあった。

 

 すべてが焼き尽くされた。

 生存者は一人もいなかった。

 

 煙が晴れるころ、母竜は焦土を歩き回り、散らばった幼体たちを丁寧に集めた。

 鳴き声を返す子、泣きじゃくる子、息も絶え絶えの子。

 そして――そこにいない子。

 

 失われた子の「欠け」を前に、母竜は低く震える声を漏らした。

 痛みとも、怒りとも、絶望ともつかぬ、深い音だった。

 

 

 

 

 母竜は残された子らを抱え、人間の手が及ばぬ山奥へ移動した。

 だが、奪われた幼子のことは、どうしても忘れることができなかった。

 

 

 

 

 その後、母竜は再び賊の要塞へ戻り、奇妙な行動を取った。

 

 自らの鱗を、一枚また一枚と落とし始めたのだ。

 

 竜にとって成長による剥離を除き鱗を失うことは、皮膚が裂け血が滲み、

 風が吹くだけで焼けつくような激痛を伴う。

 

 それでも母竜は耐えた。

 

 子が失われた場所から、

 新たな巣へと続く道のりに沿って、苦痛に身をよじりながら鱗を落とし続けた。

 

 それはまるで 血の航路 のようだった。

 

 ---

 

 落ちた成竜の鱗は朽ちない。

 魔力を帯びたそれらは周囲の自然を大きく乱した。

 獣たちは恐怖して移動し、

 谷の捕食者の勢力図は変わり、川では魚群が突然消えた。

 

 しかし――

 

 この異変が、ただ一匹の母竜の“悲しみ”に端を発していることを知る者は、誰一人としていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 山の奥から、

 人間が出せるはずのない、

 雷鳴とも爆発ともつかぬ轟音が響き渡った。

 

 鳥が一斉に飛び立ち、

 小動物が地表を走り抜け、

 木の葉がばらばらと舞い落ちる。

 

「……な、なんだ今の」

 

 経験豊富な狩人が震える声で呟いた直後、

 空を裂くように巨大な影が通り過ぎた。

 

 雲が揺れ、日が陰る。

 山肌を撫でる風が熱を帯びている。

 

 その影を見上げた瞬間、

 冒険者たちは呼吸を忘れた。

 

「……竜だ」

 

 しかし、ただの竜ではない。

 

 森を覆うような巨体。

 その飛行の軌跡に沿って、森が燃えていく。

 

「お、おい。なんで森が……!?」

 

 竜の翼がはためくだけで、

 火花が散り、下草が一瞬で炎に包まれる。

 

 そして、もう一度。

 山を丸ごと揺らすような咆哮が崩落のように響いた。

 

 地面が震え、膝が勝手に折れ、

 冒険者たちは言葉もなく互いの顔を見合った。

 

「……あの竜、何を怒ってんだ……?」

 

 誰も答えられなかった。

 

 

 

 

 

 報告を受け派遣された冒険者達が森を調べている時、山の向こうで轟音が響いた。

 次の瞬間、天を赤く染める光柱が上がる。

 

「魔法――!? いやそんな規模じゃねぇ! なんだあの光は!」

 

 竜の咆哮が山を揺らす。

 足元の土が震え、苔が舞い上がり、樹木が軋む。

 

 

「……あれが怒ってる理由を、俺たちは知らねえ。

 だけど……近づいちゃいけねえやつだ。

 これは、竜が“近寄るな”って言ってる」

 

「確かに……これは、災害だ。意思すら見えねえ」

 

 誰も竜の姿をはっきり見ていないのに、

 ただその残滓と音だけで、意図を探ることすら不可能だと悟った。

 

 森は燃え、獣は逃げ、人は震えた。

 誰にも理解できない理由で、圧倒的な存在が暴れ回っている。

 

 ただ、一人が最後にこう呟いた。

 

「こんなの……怒りじゃねぇ。“喪失”だ。

 ……何を失えば、竜がここまで――」

 

 返事はなかった。

 

 山の奥で、もう一度、天地を割るような竜の咆哮が響いた。

 

 

 

 慎重に山道を進んでいた冒険者たちは、やがて“それ”を見つける。

 

 焼け焦げた森の中に巨大な鱗が一枚落ちていた。

 

「……竜の鱗だよな、これ」

 

「だが……なんで落ちてる? 竜が自分の鱗を置いていく理由なんて……」

 

 近づくと、空気がしびつくように揺れている。

 生き物の気配はなく、風さえ流れを変え、鱗を避けているかのようだ。

 

 鱗の落ちた周囲は、妙に静かで、草木が全く生えていない。

 そこだけ“死んだ土地”のようにも見えた。

 

「嫌な……嫌な感じがする。離れようぜ」

 

 冒険者たちは鱗を避けて進むが、

 歩くたびにまた鱗が落ちている。

 

 一枚。

 また一枚。

 さらに一枚。

 

 まるで竜が通った軌跡を刻むように、

 血の滴りのように、鱗が続いている。

 

「――これ、道しるべか?」

 

「誰に向けて? なんのために……?」

 

 その問いに答えられる者はいない。

 ただ、全員が同じ仮説に辿り着き、それを口にするのを避けた。

 

 “竜の怒り”そのものなのではないか、と。




ここまで読んでいただいてありがとうございます。
吾輩視点、母竜視点と冒険者視点の3つを載せたので文章量は増えましたが読み辛い気も…楽しいんでいただければ嬉しいです。
感想よろしくお願いします。
これからも楽しんで投稿していきますのでよろしくお願いします
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