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空を裂くように翼を煽ぎ、吾輩は森の上空をぐるぐる旋回した。何組かのオークはすでに殺した。潰した。叩き潰した。……しかし、だ。
ぱったりといなくなった。
頭の奥がザラつくような苛立ちが込み上げてくる。
何故だ? お前たちは知能が高くないだろうが。どうして急に隠れる術など心得たような動きをしている? ああ腹立つ、吾輩の機嫌取りのために、せめてあと十匹は転がっているべきだろうが……!
鼻孔を広げても、臭いはあちこちに散っているだけで一向に所在が掴めぬ。上空からでは無理か。木々が邪魔だ。影が多い。やつらの脳みそには到底思いつかないはずの「隠れる」という行為が、なぜか今日は成功しているようで、なお腹立つ。
仕方なく、吾輩は高度を落とした。枝すれすれを滑るように飛ぶと、風圧で木の葉がざわざわと押し流される。時折、獣の気配は掴むが、違う。鹿だ。猪だ。つまらん。
――もっと腐った肉の臭いがするはずだろうが、どこに消えた。
森の奥へ、さらに奥へ。低空で森を裂きながら飛ぶ。
倒木を踏み砕き、枯れ葉を巻き上げ、息を荒げるほど飛び回る。
その時――だ。
いた。
森の窪地に、オークが群れていた。
鼻腔を刺す臭い。濁った呼吸音。あの忌まわしい皮膚の色。
そしてこちらを見上げる一団。吾輩を“見つけた”と理解した瞬間、奴らの筋肉が強張った。
その中で――ただ一匹。
怯えず、睨み返してくるやつがいる。
あれがリーダー格。腹の底が煮え返る。貴様が吾輩に手間を掛けさせたな?
腰の鞘から引き抜かれた剣。その刃に残る赤黒い血。
――あれは。
吾輩の血だ。
そうか、お前は。
吾輩に傷をつけた実績で、仲間の頂点に立ったというのか。
他のオークどもが、頼もしそうにその剣を見ている。
気に食わん!
胸の奥が沸騰し、内臓が怒気で震える。
「俺を踏み台にしたつもりか貴様ァ!!」
もう思考より先に身体が動いていた。
翼を畳み、全身を槍のように尖らせ――
突貫する!!
突貫の勢いのまま、吾輩は全身を矢のように投げ出し、真下へ落ち込んだ。
土と木片が弾け、衝撃波がオークどもの隊列を吹き飛ばす。
――ドラゴンダイブ。
だがリーダー格と取り巻きの精鋭だけは違った。
仲間を盾のように突き飛ばし、自分だけは横へ滑るように逃げる。
目が据わり、動きに迷いがない。あれは“獣”ではない。リーダーの指示で動く兵士だ。
忌々しい。少し判断力があるだけで調子に乗りおって。
着地の勢いを殺さぬまま、吾輩は反転し飛びかかる。
爪が閃いた――瞬間、リーダーの剣が爪と噛み合い、火花を散らした。
信じがたい膂力だ。吾輩の爪を正面から止めた。
そして剣にこびりつく匂い――吾輩の血。
“吾輩に傷をつけた実績”で群れの頂点に立ったオークがこちらを睨みつける。
腹の底が煮える。
舐めるなよ、小癪な豚が。
リーダーが低く吠える。
それは恐れではなく、かつて吾輩に刻みつけた“勝利”への誇示。
号令に合わせ、精鋭どもが殺到する。手にした武器は他より質がよく、錆の少ない鉄が嫌な光を返す。
「囲む気か。いいとも、来い」
吾輩は翼を少し広げ、地面を削って身構えた。
正面にリーダー。
周りにに精鋭。
槍、剣、斧、棍棒――四方向から襲いかかる。
吾輩は前へ踏み込む。
土が跳ね、地面が砕けた。
リーダーの剣が喉を狙う。
迎撃に意識を割けば他への対処が間に合わぬ。
故に――鱗で受ける。
刃が下顎の鱗に弾かれ、火花が飛ぶ。
衝撃で顎が痺れる。鱗がひび割れ血が散った。
痛みはある。だが、耐える。尾で腕の肉を奪ってやった。
左から斧。
翼を叩きつけ、風圧で軌道を逸らす。
斧は肩をかすめ、鱗が数枚欠けた。
ひりつく。殺意が膨らむ。
右から槍。
脚で地を踏み割り、その衝撃で槍の軌道を揺らす。
しかし穂先は腹をかすめ、血がにじんだ。
「うっとおしい……!」
尾を大きく振る。
風が裂け、二匹が吹き飛ぶ。
骨の折れる音。まだ息はあるが、しばらくは動くまい。が、こちらの尻尾にも痛み。尾に打たれる前刃を差し込まれたらしい。痛みが走り体が固まった。
直後、棍棒が背に叩き込まれた。
鈍い痛み。だがまだ問題ない。無視して前を向く。
リーダーが距離を詰めてくる。
剣の質も速度も、他より数段上だ。
吾輩は地を蹴り、滑るように側面へ。
人間の大剣を避けた時にも使った“滑空回避”。
すれ違いざま、脚の爪で脇腹を掠める。
確かな傷。リーダーの動きが一瞬鈍る。
その隙を埋めるように精鋭の剣が突いてくる。
吾輩の腿に切り込み、小さく血が垂れた。
(……同時に来られると鬱陶しいな)
吾輩は跳び上がり、翼で砂塵を巻き上げる。
視界を奪い、その真下へ――体を丸めて落下。
もう一度ドラゴンダイブ。
地面が砕け、避けきれなかった棍棒の精鋭が染みとなる。
砂塵を裂いて尾を振る。
剣の精鋭の胴が折れ、動かなくなる。
残るは立ち上がった二匹。槍と斧。
まだ恐れず向かってくるとは大した根性だ。
(いいぞ。来い、もっとだ)
吾輩は身を沈め、突貫。
槍が頬を掠め、血が散る。
斧が肩に食い込み、鈍痛が走る。
だが、問題なし!
頭突きで槍使いの胸を陥没させ、
同時に尾で斧使いの腹を砕く。
二匹が沈黙。
砂塵の向こう、一つの影が立つ。
止血を終え、剣を構えたリーダーだ。
「いいぞ……だからこそ倒す価値がある」
お互い血を滴らせながら向き直る。
リーダーが吠え、生き残りが続くが、
その整った足取り――まるで訓練でも積んだような円陣。
“オーク風情の分際で”と怒りが募る。
まず左。盾持ちが槍を突く。
吾輩は風を起こし、砂埃で他の敵を遮断。盾持ちの体勢を崩し、隙を突いて尾を突き刺す。骨が弾け、砕けた盾ごと沈む。
続いて二体目の刃。
鱗が弾くが、わずかに食い込み、熱い血が流れる。
怒号と同時に尾を振り抜き、戦線を割った。生き残りが怯んだ隙に翼を広げ、尾を滅茶苦茶に振り回しながら一回転。硬いものを砕いた感覚と共に、尾に痛みが走る。
これで残ったのはリーダーただ一匹。
呆れるほどしぶとい。
だが、これで良い。こうでなければ面白くない。
着地した吾輩は唸り、血に濡れた尾を構えた。
残るはリーダーただ一匹。
全身に尾から流れ込む毒が回り、腹部を裂かれ血を流し、体をふらつかせている。
それでも、奴は止まらない。
前に、前に――命を削りながら踏み込むその姿は、狂気じみた執念そのものだ。
――奴が、まだ立っている。
吐き気と眩暈に抗い、剣を握りしめるその必死さに、怒りが胸を煮えたぎる。竜と我慢比べか、上等である。
翼を煽り、砂塵を巻き上げて距離を詰める。
奴は毒に侵され砂埃で視界を塞がれながらも、僅かにずれた軌道で剣を突き出してくる。
腹部を斬られ――痛みが走る。刃は鱗をかすめ、肉を裂いた。狙いが逸れた瞬間、奴はわずかに踏み止まり、吾輩も痛みに体を固めた。
ふらつきながら、奴は俺の腹に噛みついた。原始的な攻撃が鱗を破り、皮膚を裂く。今日一番の出血。それを浴びてやつの動きが止まる。
耐え難い痛み。
それが逆に、吾輩の思考をさらに荒れ狂わせた。
――この虫けらがァ。
吾輩は唸り、決めた。
これまで決して使わなかった牙――今、ここで初めて使う。
間違いなく後悔するだろう、他の攻撃でも殺せはするだろう。
それでも構わない。
“折るため”ならば。
その重みを胸に、全身の力を牙に集中させる。
「――小癪な……一矢報いたな貴様……!」
動きが止まった隙を逃さない。尾で剣をはじき、脚で押さえつけ――牙を胸に突き立てた。
鋭い牙が肉を裂き、骨をかすめ、熱い血が吹き出す。
剣は甲高い音を立てて地面に転がった。
毒で揺れる体で、最後の力を振り絞り、命がけで突進してきたリーダーの執念が、なおも牙に抵抗する。
胸に突き立てた牙に、微かな震えが伝わる。――奴はまだ、抗おうとしていたのだ。
その姿に、吾輩の胸奥で何かが燻った。
敬意――ではない。
屈服しない者への、本能的な苛立ちだ。
しかし、次の瞬間、全身の力が抜け、リーダーは地に崩れ落ちる。
牙によるトドメ――初めて使った決断が、全てを終わらせた。
血まみれの尾を揺らし吾輩は深く息を吐く。
――終わった。
吾輩の全身から血が滴っている。
だが、生きている。
勝ったのだ。
吾輩は胸を張り、頭を高く持ち上げる。
血に濡れた鱗が陽光を反射し、砂塵が舞い上がる。
そして――
「グルルォォォオオオッ!!!」
地鳴りのような咆哮が森を裂く。
風が巻き上がり、枝葉が吹き飛び、倒木が震え、空気そのものが振動する。
尾を高く掲げ、翼を大きく広げるたび、砂塵と血の匂いが空に渦を作る。
強者に与えられた痛みも、プライドを傷つけられた苛立ちも、すべてを超えて放たれる――吾輩の全てで放つ雄叫び。
森の奥まで、岩の間まで、すべてがこの咆哮に応え、地がわずかに震えた。
――今、全ては吾輩のものだ。
ここまで読んでいただいた方、ありがとうございます。
読みづらいのではないかと何度も修正を行いましたが、自分が納得しただけで読みにくいのではとも思っております。ですが楽しかった!満足です。
これでオーク関係の話はほとんど終わりです!次からのストーリーはもう考えているのでお待ちください。
感想評価是非お願いします。