へっぽこ吾輩君です。
戦いの熱が、すぅっと引いていく。
……途端に、全身が悲鳴を上げ始めた。
痛い。
いや、痛いという言葉では足りぬ。
傷口に、さっき自分で巻き上げた砂埃が容赦なく入り込み、ズキズキどころかジンジンと焼けるように疼く。
尻尾も――ああ、尻尾も駄目だ。無理やり振り回したせいで傷口がぶり返し、動かすたびに星が飛ぶ。
「……ぐぇ……ぅッ……」
そして口の中が。
案の定、不味いでは済まない。
さっき噛んだリーダーの肉の味がまだ舌の奥にこびりついている。
吐きそう、という段階はとうに過ぎた。
空吐きが止まらない。
「ゴェッ……ッ、おえッ……! なんで噛んだ……吾輩……なんで……!」
後悔は無い――と言いたいが、嘘である。勢いで牙を使ったが、あれは衝動であり、決して舌が納得していない。
胃も納得していない。
鼻も納得していない。
どこもかしこも抗議してくる。
周囲を見れば、オークと吾輩の血が混じって真っ赤に染まった地面。
その上でむせ返っている吾輩。
威厳? 知らぬ。もう死んだ。
「い、痛……っ、くそ……!」
翼を広げようとしたが、背中の筋肉が軋んで悲鳴を上げた。
無理だ。飛べぬ。飛ぶ気力もない。
よって徒歩。
いや、ほぼ這いずるように。
足から血をぼたぼた垂れ流しながら川へと向かうことにした。
さっきまで咆哮し、空を裂き、敵を蹂躙した威厳ある吾輩?
もう二度と戻ってこん。
今ここにいるのは、ただ痛くて泣きたいだけの、可哀想な竜である。
「……川……川……! 水……!」
必死のダッシュ。死にかけ野生動物みたいな動きになっても構わぬ。というか実質その通りである。
痛いし苦しいし不味い。早く助かりたい一心で必死に体を動かした。
◆
ようやく辿り着いた川へ、勢いのまま飛び込む。
冷たい水が傷口に触れ――
「い゛だあああッ!?!?」
しみる。恐ろしくしみる。全身が跳ねる。
しかし、口はすすがねばならぬ。
吾輩は川底に顔を突っ込み、ガバガバと水を飲み、吐き、また飲む。
「んぐっ、ぉえっ……まだ味残ってる……っ!」
本気で泣ける。泣いた。
水を飲んで、すすいで、頭まで浸かって、ようやく少しだけ落ち着く。
「……お腹……すいた……」
「……寝床……帰りたい……」
しょんぼりと水の中で座り込む吾輩。
戦場を焼き尽くす咆哮を上げた竜の帰り道は、
涙目で傷を抱え、水をぽたぽた滴らせながらの情けない凱旋であった。
川で全身を洗い流したが、痛みは消えぬ。
翼を小さく震わせ、足から血を垂らしながら、なんとか寝床へと戻る。
道すがら、思わず呻く。
「……ぐぅ……うぅ……痛い……」
尾も翼も、腹も口の中も――全身が悲鳴を上げる。
さっきまでの威厳ある竜の姿は、もう影も形もない。
寝床にたどり着き、ゆっくりと体を横たえる。
傷口を水で湿らせたのが逆にしみる。
しかし眠らねば、もう力が残っていない。
そして……ふと気づく。
「……ご飯……?」
勝利の戦いを終えたあとに食べるような、ご馳走は……?
何もない。
溜息を吐き、目から涙がぽろりと落ちる。
「うぅ……うぇえ……腹……空いてる……」
痛みと空腹とで、全身が震える。
しかし、もう動けぬ。泣きながらも、仕方なく空きっ腹を抱え込み、体を丸めて眠る。
血まみれで、傷だらけで、泣き顔で。
けれど、戦いを生き抜いた証――それだけが、かすかに胸を支えていた。
こうして、吾輩の長く、痛く、悲しい一日は終わる。
血まみれで、痛みに耐えながら丸くなって眠った吾輩。
どれほど眠っただろうか。
薄く目を開けると、朝の光がじんわり差し込んでいた。
――そして、空腹が襲ってきた。
「……はら……へった……」
腹の奥がきゅるきゅる鳴る。
涙が浮かぶ。
痛いし寒いし腹が減っているし、気力なんてとっくに尽きている。
そして思い出した。
そういえば昨日の朝――ウキウキで全部食べた。
狩った肉も、魔女殿から渡されたうさぎも全部だ。
「今日は狩り日和だな! いっぱい倒して、いっぱい食べるぞ!」
などと、調子に乗って。
今の吾輩は、その昨日の自分に言いたい。
「……あの時の吾輩……馬鹿か……?
なんで全部食うんだよ……あれ残ってりゃ今……ぐぅぅ……!」
怒りとも情けなさともつかぬ鳴き声が漏れる。
腹は空っぽ。
体は傷だらけ。
勝利のご飯もない。
昨日の自分は満腹でご機嫌だった。今はそのツケを払って泣いている。
胸を押さえて丸まりながら、吾輩はシクシクと鼻を鳴らした。
「うぅ……あの時の吾輩め……今ここにいたら噛む……噛みつく……!」
でも、その牙も今は痛くて使いたくない。
そんな情けない気分のまま、竜の朝は始まった。
ありがとうございました、私は可愛い吾輩君が書けて満足したので寝ます。いい夢見れそうです。
評価感想よろしくお願いします。