吾輩は竜である   作:金欠綱渡り

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今回は一話の厚みを増すために視点をころころ変えています。
一応視点が切り替わった所は空白を開けていますが、読みにくい方もいらっしゃると思います。
ですがこれからの話のベースであり、キャラクターに膨らみを持たせる回でもあるので是非楽しんでください!

一応書いておくと魔女殿→吾輩→魔女殿と大盾使いの順です。


魔女の力と街

 異変を感じたのは、森そのものだった。

 

 風向きが変わったように、木々が一瞬ざわりと逆立つ。

 草むらでは何かが跳ね、バサバサと鳥が群れで飛び立った。

 地中に潜む魔獣でさえ、震えるような振動を残して逃げ出すのが分かる。

 

 ……生き物が、“何かの目覚め”に反応した動きだ。

 

「来るよ」

 

「おう。こりゃあデカいな……しびれるねぇ」

 

 森に巨大な心臓が産まれたように気配が隆起する。

 瞬時に察した。

 ――竜の気配。

 しかも、あの子とは別の“格”を持つ存在のものだ。

 

 さっきまで枯れ葉の上にいた小型魔獣が、尻尾を巻いて逃げ散る。

 リスも鳥も、蛇までもが一目散に巣穴へ、枝の奥へと隠れていく。

 

 ただの捕食者が通る時とは違う。

 生き物たちが本能で悟った――

「ここにいては死ぬ」

 そういう動きだった。

 

 気配は徐々にこちらへ向けて動き、圧がまともに伝わってくる。

 大盾使いに四人を逃がすよう指示し、杖を取り出し構えた。少しして大盾使いが隣に立つ。

 

「素直に危険だからって言えないのかい、別れ際くらい」

 

「いやあ、俺だって死に場所くらい自分で選ばせてくれって言うのは控えたんだぜ?

 若いのには贅沢だって言ってやったんだよ。お前らは街に報告しに走れってな。

 耳を遠くしたんなら教えておいてくれりゃあよかったんだが? 俺等の仲じゃねえか」

 

「はん、ガキの頃から口が減らないこった。

 腕はなまってないだろうね」

 

 そして、ついに“それ”が木々の間から姿を――

 

 

 

 

 

 ……現した瞬間、二人して固まった。

 

 傷だらけでふらつく竜。

 口には巨大な竜の鱗。

 誇らしげなのか、得意げなのか分からぬ顔。

 

「……あんた、だったのかい……」

 

 大盾使いも盾を少し下げ、呆れ半分の笑みを漏らした。

 

 森中の生き物を逃げ散らせた“強大な気配”は——

 鱗を咥えてフラフラ歩く馬鹿な子から発せられたものだったらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どうにかこうにか帰ってこれたと思ったら、魔女殿と大盾使いがこっちを見て何やら驚いているではないか。

 ふふん、そうであろう。吾輩も結構ビビってる。

 

 だってこのでっかい鱗であるぞ?

 母上くらいでしか見たことがないサイズなのだ。

 で、その母上が鱗を落とすなどまずありえん。

 つまり、母上クラスのどえらい何かがこの近くにいるわけである。しかもそのサイズの強者から鱗を引っ剥がせるくらいの強い奴もいる。

 

 見たこともないが……

 想像するだけで、翼がちょっと震える。

 

 しかし、である。

 

 こっちに魔女殿が杖を向けているのはどういう了見であろう。

 そもそも魔女殿、杖使うのか。

 知らんかったぞ吾輩。

 

 それに体からバッキバキに木の枝みたいなものが生えているのは何なのだ?

 いつも氷をぶっ放しているのではなかったか?

 森で派手に転んだのだろうか。

 いや、あれはどう見ても“やる気満々です”の状態ではないか。

 めっちゃ怖い。

 

 ――というか、その、だ。

 

 呆れた顔のまま武器を向けてくるのは失礼ではあるまいか。

 吾輩はただ鱗を拾って帰ってきただけであるぞ。

 勝負でもしたいのか?

 魔女殿とは勘弁願いたいのだが……

 “本気だぞ”って顔の魔女殿、正直おっかなさすぎる。

 

 で、二人して突っ立っていたかと思うと――

 ハッとしたように目を見開いて踵を返し、

 街の方へ駆け出していった。

 

 はて、何であろうか。

 

 吾輩、何かしたか?

 鱗を持ち帰ってきたのがまずかったのか?

 いや、そんな怒るようなことでは……ないと思うのだが?

 

 取り残された吾輩、ぽかんと鱗を咥え続けるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 森を抜け、街道を走破した二人が城門をくぐると同時に、周囲の空気が一変する。それでも魔女と大盾使いはひたすら前を見据え駆け抜けていく。

 

 

「……なんか、妙に静かじゃないか?」

 大盾使いが低く呟く。

 

「そりゃあ、あんた。兵士が戻ってきて、しかも“竜以外の脅威まで森に現れた”なんて吹聴されてたら、誰だって息を潜めるさ」

 

 魔女は肩を竦めたが、その表情は笑っていない。

 

 領民たちが、槍や工具を手に遠巻きに様子を窺っている。兵士が逃げ帰ってきたという報せは、すでに街中を駆け巡っているようだった。

 

 

 

「“魔女を呼び出す理由”をこしらえておく。用意周到なこった」

 

 大盾使いが眉をしかめる。

 

「つまり……最初からあんたを呼び出す気でいたってわけか、

 新しい脅威がどうのって騒ぎは、あくまでついでと?」

 

「そういうことさ。元々領民から話も聞いてたんだろうしね。

 “森で未知の脅威が現れた”なんて話、領主にとっちゃあたしを突っつくネタにしか思ってないだろうよ」

 

 魔女は口の端だけで笑ったが、その目は冷えていた。

 

「ったく、あのジジイ……昔っからやり口がえげつないんだよ。

 味方の時は頼りになるが、敵に回すと面倒だね」

 

「それでも、行くんだろ?」

 

「行くよ。行かないと勝手に罪が増えて、あとで面倒になる。

 噂じゃ、あたしが森で何十体も怪物を従えてることになるかもしれないしねぇ」

 

 城塞都市の中心――領主邸への道は、まるで決闘場に続く一本道のように静まり返っていた。

 

 通りを警備する兵士たちが通りざまこちらに視線をよこす。

 その視線の数は、普段の倍は軽く超えていた。

 

 大盾使いがぼそりと呟く。

 

「……魔女殿よ。

 これ、街の連中……完全に“戦争前”みたいな空気じゃねえか?」

 

「だから急いでんだよ」

 

 魔女殿は足を止めず、淡々と続けた。

 

「本当に“竜より恐ろしい何か”が出たと思われたまま、あたしが姿を見せなかったら……

 そのうち、街の外に“掃討部隊”を出すだろうね」

 

「掃討……竜を、か?」

 

「そう。だから行く。

 あの子は――鱗拾って帰ってきただけなんだから」

 

 大盾使いは頭を抱えた。

 

「……あのバカ、森をパニックにさせるほどの気配まき散らしといて“ただいま”はねぇだろ……」

 

「そこがかわいいんじゃないか」

 

 魔女は小さく笑った。

 

「領主との話をつけないと、本当にあの子が狩られかねない。

 さっさと終わらせるよ。どうせジジイの毒舌を聞くだけだ」

 

 そして二人は、領主邸の前へ辿り着く。

 

 入口は閉ざされ、見張りの兵士たちは誰一人動かない。

 緊迫した空気が張り詰めている。

 

 すると、見張り台から太い声が響いた。

 

「――魔女殿。

 領主様より“直ちに参上せよ”とのご指示である!」

 

 魔女殿は肩をすくめた。

 

「ほらね。怒ってんじゃなくて――“確かめたくて仕方ない”って感じだよ、あれは」

 

 門がゆっくりと開き始める。

 

 魔女殿は大盾使いに目を向けた。

 

「行くよ。

 ――“馬鹿みたいに強い気配”の弁明をしにね」

 

 二人は門をくぐり、緊張の糸が張り詰めた領主邸へと足を踏み入れた。

 

 

 訓練場を兼ねた中央広場。

 領主が壇上で兵士たちに語りかけていた。

 

「――心せよ。我らが街は王都より遠く離れた地。

 ゆえに守りは我ら自身の手にかかっておる。

 剣を掲げ、盾を固め、城壁を守るは……」

 

 老いた声は強く、よく通った。

 兵士たちは背筋を伸ばし、緊張と誇りを胸にその声を聞いている。

 

 そんな空気を裂くように、魔女と大盾使いが歩み出た。

 

 ざわつく兵士たちを横目に、魔女は杖をつきながら壇上へ向かう。

 

 

 

「――成竜の鱗をあの子が持ち帰っただけだったよ、領主殿。

 兵を動員する必要なんて無かった。悪かったね」

 

 兵たちが息を呑む。

 領主は眉を上げたが、すぐに老獪な笑みを浮かべた。

 

「おやおや……これはこれは、お久しぶりですな、魔女殿。

 脅威が増えたのは誤報であったと?  それはまことに僥倖。

 ですが――どこかで行き違いがあったようですな。その報告を受けたとしも、我々からすれば脅威が一つ減っただけ。

 我々はオークと……貴方のお気に入りを“狩る”ためにも動いておりますから」

 

 魔女の眉がわずかに歪む。

 

「ふざけないでくれよ。

 あの子は何もしちゃいない。人を襲う気配も無い。

 兵を動かして狩るなんて、許すわけにいかないね」

 

 広場が静まり返る。

 

 領主は細い目をさらに細くした。

 

「完璧に制御している、と言い切れますかな?」

 

「制御? あの子はわざわざ人を襲うような性分じゃないよ。

 私はずっと見てきたし、商人が助けられたとも聞いたがね」

 

「ですが“今までは平気だった”では放置出来ませんな。

 竜は竜。気まぐれで、自由で、いつ消えるか分からぬ存在。

 住民の信頼は兵士の剣と鎧に基づくべきだ。

 竜の鱗一枚などに預けられるものではない」

 

 兵士たちが無言で頷いた。

 

 魔女は肩をすくめる。

 

「随分と積極的じゃないか。

 あたしの力を借りてた頃とは大違いだね」

 

 領主の顔が、ほんの一瞬だけ陰った。

 

「……あれは必要なことでしたよ。

 あなたの力でこの街は救われた。それは今も感謝しています。

 だからこそ――あなたが“竜を庇う側”であるならば、

 なおさら慎重にならざるをえぬのです」

 

 領主はわざと兵士たちに聞こえるよう声を張った。

 

「王都のドラゴンライダー部隊ですら、

 竜の鱗ひとつに至るまで厳重に管理している。

 それを街で売りに出したとなれば……

 どんな動きが生まれるか、魔女殿なら分かりましょう」

 

 魔女の表情が固くなる。

 

「領主殿……!」

 

 大盾使いが一歩前に出たが、領主は手を上げて制した。

 

「私はね、魔女殿。

 あなたがあの子を育ててきた事情も承知している。あの村が焼かれたのは私の力不足です。膿の排除に躍起になって末端まで手が回らなかった。

 ですか……もう限界ですよ」

 

 声が低く鋭くなる。

 

「――一掃した貴族の残党が、

 最近になってまた動き出している。

 首輪をつけられていない竜なんて“餌”を嗅ぎつければ、

 どんな騒ぎを起こすか分かったものではない」

 

「だからこそ、魔女殿。

 あなたにはこれ以上、余計な面倒事を招かないでいただきたい。オークだけでも民は不安に揺れていたのですから。」

 

 それは忠告であり、本音でもあった。

 

 魔女が冷ややかに言い返す。

 

「面倒事?  そりゃあ、そっくりそのまま返すよ。

 あんたの送ってきた兵があの子と戦ったせいで、

 あたしが止めに入らなきゃならなくなったんだ。

 あれがあんたの指示だったのは知ってるよ」

 

 大盾使いも腕を組み、低く睨む。

 

「こいつが止めなきゃ、俺はともかく若手は死んでたぜ。

 “竜狩りごっこ”なんてするんじゃねえよ」

 

 兵がざわついた。

 

 だが領主は一歩も引かない。

 

「……いずれにせよ、魔女殿。

 あなたが言う通り“害がない”のなら――

 それを証明してもらいましょう」

 

 魔女は鼻で笑う。

 

「ま、いいだろう。最初からそのつもりだったさ。

 ――ただし、“あんたの都合”には合わせないけどね」

「忠告だよ。そっちこそ、忘れたわけじゃないだろう?

 あたしがどれだけの“種”を、この街の地下に埋めたか」

 

 老領主の口元が、わずかに引きつった。

 

 

 魔女の肩を覆うローブが、さわ、と揺れた。

 布の隙間から、細い根と若枝が伸び出し、兵士たちが息を呑む。

 

 地中に埋められていたひと粒の種が、ぱき、と音を立てて割れ、瞬く間に芽を伸ばした。

 踏み固められた訓練場が、みるみる緑に覆われていく。

 

 ざわめく兵士たちの前で、魔女は軽く片手を払った。

 その動きに呼応するように、地面から太い幹が伸び上がり、兵士たちの前に木の巨人が立ちふさがる。

 

「街と敵対するつもりはないよ?」

 魔女の声は淡々としている。

「か、あたしのお気に入りに手を出すっていうなら……黙ってられないね」

 

 兵士に緊張が走る中、ただ一人、領主だけが揺らがない表情で言い返す。

 

「脅しですかな。……しかし分かっているでしょう?」

 領主は一歩踏み出す。

「竜を狩ることも、オークを討伐することと同じこと。いつ牙を剥くか分からん存在を、野放しにはできん」

 

 魔女は薄く笑った。

 

「近くのオークなんて、あの子がもう狩り尽くしたよ?」

 

 兵士の列がざわっ、と揺れる。

「嘘だろ」「竜が……?」

 動揺が広がるのを横目に、領主は短く息をついた。

 

「――本気で争う気はない。

 わしも、あなたもね。

 互いに“街の外”で問題を抱えている。それだけのことだ」

 

 

 魔女が片手をすっと下ろすと、巨人は音もなく収縮し、地面に潜った。

 兵士たちは安堵の息をつきつつ、緊張の溶けぬ顔で魔女殿を見つめている。

 

「誤報だったのは悪かったね、貸しにしとくよ」

「ええ、竜のこともいずれ必ず。」

 

 去っていく魔女を見つめる領主の顔を、兵士たちは見ることができなかった。

 

 

 

 

 

 

訓練場に突然生い茂った草原は、夕暮れまでにすっかり刈り取られたが——

兵士たちの胸のざわめきは、夜になっても消えなかった。

 

「おい、あの……お前ら。ちょっと来いよ」

 

街外れの酒場。

魔女の住処に向かわされていた五人が、興味津々の兵士たちにぐるりと囲まれていた。

 

「で、どうなんだよ。あの魔女、結局何者なんだ?」

「お前ら、住まわせてもらってたって聞いてたぞ」

 

大盾使いは槍使いと揃って我関せず。大剣使いは酒で潰れ、弓使いと魔女の弟子である魔法使いが、問い詰められて苦笑する。

 

「……師匠は、ドライアドですよ」

 

静まり返る酒場。

杯を持つ手が止まり、喉が鳴る。

 

「森の……精霊、だと?」

「そんな存在が、人の街に……?」

 

弟子は肩をすくめた。

 

「昔の話ですよ。領主様が城塞都市の汚職を一掃したとき……魔女殿が手を貸していたんですって。

権力争いに巻き込まれるのが嫌で、そのあとは森に籠もったらしいですけど」

 

「じゃああれか、“街の守り神がいた”って噂……」

「本当だったのかよ……」

 

ざわつく兵士たち。

弟子は続ける。

 

「……あの人は気まぐれです。

弟子はとりますけど、街に出てくるのは年に数回。

森にから出てこない年だってあるくらいですから」

 

「結局のところ……どうなんだ?」

「俺たち、敵に回したら終わりなんじゃ……?」

 

弟子は静かに言った。

 

「怖いですよ。師匠は。

……けれど、理不尽に人を害する方じゃない。

ただ、“お気に入り”に手を出したら……わかりますよね?」

 

昼の騒動を思い浮かべ、酒場は何とも言えない沈黙に包まれた。

 

 

 

森の家に戻った魔女は、拾ってきた鱗を抱えて寝ている竜を軽く小突いた。

 

「何を気持ちよく寝てるんだい。あんたのせいで今日は疲れたんだからね」

 

 竜はむにゃ、と寝返りを打つだけ。

 魔女は「まったくもう」と呟きつつ、その隣にごろんと横になった。

 

 家を包む木々が、そよ、と揺れる。

 静かで、温かい夜が訪れた。




最後までありがとうございます、読みにくいと感じれば是非意見いただければありがたいです。
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